





| グ ル ー プ 名 | 02年の現状 | 03年の現状 | |
| 1 | ALEX BUENO |
素晴らしいリズム感 | ますます人気が出て、NYへ出稼ぎにいく日々 |
| 2 | FRANK REYES | よい | 悪くない |
| 3 |
MONCHE & ALEXANDRA |
軽妙でノリがいいジュエット、ルックスはX | スターだ。完全に、新曲が欲しい |
| 4 |
RULIN RODRIGUEZ |
田舎の親父の歌い方だ | |
| 5 | JOE VERAS | 人気あり | 何というか、悪くない ハイ |
| 6 |
WILBERT MANUEL | コンサートはやってるの? |
|
| 7 |
YOSKAR SARANTE | 肥の艶は最高、ルックスは最低 | もう少し男前の格好したらもっともてるのに |
| 8 | ALEX ROSARIO | ソウル | |
| 9 | EDDY HERRERA |
||
| 10 | LUIS VARGAS | 人気あり、リズムよし,何しろ大御所 | 大御所は変わらない。娘がすっかり偉くなった |
| 11 | JUNIOR & jORGE |
ぱっとしないが良い | ぱっとしないが、悪くはない |
| 12 | Juan Luis Guerra |
このメロデイの多様さ、音楽性、クロスオアバーしているバチャテロです | |
| 13 | AVENTURAA(We broke the rules) |
この不良ぽい格好のお兄ちゃん達歌いプリ好きだな、一曲目のデユエト最高。 | よい、ギャングスターと呼びたい。彼らのファンが日本にいる事知りショックに。 |








ある夜、国立劇場で Ruby Perezのメレンゲ・コンサートがあるというので行きました。観客は皆、ドレッシーに着飾ってやってきました。メレンゲのバンド16名、何と2部ではストリングスのバンドまで出演。その数二二名。*
フアン・ルイス・ゲーラ『ニ・エス・ロ・ミスモ・ニ・エス・イグアル』
フアン・ルイス・ゲーラが再び動き出した。前作『フォガラテ!』から4年あまりの沈黙を破って発表された新作は『ニ・エス・ロ・ミスモ・ニ・エス・イグアル(似ても似つかない)』。本誌先月号の海外ニュースでも紹介されていたが、先行ナンバーの「ミ・ペーセー(ボクのパソコン)」は12月の半ばにビルボード誌の“ホット・ラテン・トラックス”の1位にいきなりランクイン。彼の復活がいかに多くの人々に待ち望まれていたかを見せつける結果となったのである。
といってももちろん、前評判と期待感だけで話題になっているわけではない。そのサウンドは、「いかにも彼らしい」としかいいようのないポップでキャッチーなメレンゲだ。軽々としたリズム、軽快なアンサンブルを聴かせるホーン・セクション、しゃれたセンスのコーラス・ワーク、そして4年のブランクを感じさせない生き生きとしたヴォーカル。これぞまさにフアン・ルイス・ゲーラの世界である。しかも、タイトルが「ボクのパソコン」とは!
「ねぇ彼女、聞いてよ。ボクのコンピューターにはキミのキスが1ギガバイトも入ってるんだよ。それにキミの人柄を記憶したフロッピーもね…」ときて、「ボクのパソコンにはキミの目を写すモニターしかない。キミの肉体を記録したCD‐ROMしかない…」、さらにインターネット、モデム…とコンピューター関係の用語を続々と登場させながら、世紀末らしいストーカー的な愛の形を浮き彫りにしてみせるところなんぞは、さすがにフアン・ルイス・ゲーラならではだろう。
このあたりの、時代の最先端をヒョイっとつかまえてヒット曲にしてしまうのが、この人はウマイ。天才的だ。考えてみれば、90年の大ヒット・アルバム『バチャータ・ロサ(薔薇のバチャータ)』だってそうだ。その少し前からメレンゲのアルバムの中にはやたらに“バチャータ”っていうタイトルのついた曲が増えてきたのだったが、いろいろ聴いてみても、なんだかよく実態がつかめなかった。そんなときに、「これがバチャータですよ」って感じでバーンと登場したのが、あのアルバムだったのだ。もともとは安酒場の片隅で歌われていた庶民の(つまり、かなりオゲレツな)歌だったバチャータを、ドミニカ共和国が誇る音楽として世界のポップ・ミュージック・シーンの中に引きずり出したのが、『バチャータ・ロサ』というわけである。
ボストンにあるバークリー音楽大学でジャズを学んだフアン・ルイス・ゲーラが故郷に帰ってグループを結成し、最初にアルバムをリリースしたのは84年だった。はじめはそれほど売れなかったようだが、男ふたり女ふたりによるマンハッタン・トランスファーを思わせるユニークなスタイルが次第に話題を集めるようになり、88年の『オハラ・ケ・ジュエバ・カフェ』が大ヒットを記録。この次の作品が前述の『バチャータ・ロサ』で、続けて『アレイト』(92年)、『フォガラテ!』(94年)と意欲的なアルバムを連発したのだった。しかしそんな絶頂期に、突如、活動停止宣言をしてしまうのである。
この間、彼はいったいナニをしていたのだろう? 再び先月号によれば、テレビ、ラジオ局を開局・運営していたそうで、「つとめて平穏に暮らすようつとめてきた。そして、イエス・キリストのなかにそれを見いだした」ということになる。
ある人に聞いた話しによれば、彼はこの間にカトリックからプロテスタントに改宗したのだそうである。ほとんどがカトリック教徒というドミニカ共和国にもやはりプロテスタントはいるのだそうで、聞くところによれば、彼らは一般に、歌ったり踊ったりすることを禁じられているのだという(ドミニカだというのに!)。なぜ改宗したのか、また、なぜ突然復帰する気になったのか、くわしいことはよくわからない。が、この新作を何度も聴いていると、なんとなくヒントのようなものが聞こえてくるような気もする。
例えば5曲目の「エル・ニアガラ・エン・ビシクレタ」。“自転車でナイアガラを渡る”という、ある意味では魅力的な、意味深なタイトルのついたこの曲は、スロウなメレンゲのビートをバックにした彼の語りから始まる。それが次第にラップのようになっていき、途中からノリノリのメレンゲに突入するのだが、歌詞はかなり難解だ。心臓発作で緊急病院に運び込まれた人が、どうなってしまうかわからない不安な医療の現場に直面する。そこで看護婦のいうセリフが「落ち着いて、ボビー、落ち着いて」なのだ。しかもこのセリフは、ジャケットの見開き部分にどデカク登場しているのである。さて、この意味は…?
またまた聞いた話しで恐縮だが、彼は93年ごろに目の病気で入院したのだそうだ。そのときの経験がもしかしたら、この一連のさまざまな出来事…改宗、復帰…に関係しているのだろうか? んー、このへんのところは本人に直接訊いてみたいところである。
ま、そういった歌詞の内容のことなどは別にして音だけを聴いてみるならば、これはまさにジャケット写真から想像できるとおりのサウンドだといえるかもしれない。前11曲中メレンゲが4曲、サルサが1曲、ほかはポップ・バチャータや弾き語りの曲が中心で、“軽やかなポップ・ラテン・アルバム”といった表現が最もあてはまりそうだ。
なにはともあれ、偉大な音楽家の復活を、まずは喜びたいと思う。
(月刊「ラティーナ」1999年3月号)
分かった、分かった言ったでしょう。ファン・ルイス・ゲーラはバチャテロだっていってのに。bachata.htm へのリンク
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ンテリャス諸島(マルティニーク、グアドループ)は、カリブ海に浮かぶ西インド諸島の一部。フランス人が奴隷として連れてきたアフリカ系黒人の音楽は時代と共に変化し、ビギンやズークなどの活気あふれるダンス音楽が生まれました。

