種明かしをして何がわるい



 「マジックのタネを暴露することは良くないことだ」 マジックをする側も観る側も何となくそういう認識があります。 しかし、果たして本当にそうなのか…? 突き詰めて考え出すと、物事分からなくなってしまうものです。
 ここでは、そういう迷える方々のために、種明しに関する私見をまとめてみました。 皆さんのご参考になれば幸いです。 合せて、皆さんの忌憚のないご意見・ご感想も随時募集しております。



Q1:なぜ、マジシャンは、マジックのタネを教えてくれないのですか?
A1:マジックは観客の「知的好奇心」を満たすためのものではなく、「未知との遭遇欲求」を満たすためのものだからです。


大小はあると思いますが、誰しも「UFOを見てみたい!」「幽霊を見てみたい!」「普段得られないような体験をしてみたい!」(身の安全は確保しながら)といった欲求があると思います。
そういう「日常を逸脱したミラクル体験への憧れ」を狙った演芸がマジックである訳です。

したがって、マジックを見せた後、マジシャンがタネの解説を始めてしまったら、それはもはや「マジック」ではなくなります。
解説を受けた瞬間、想像力をくすぐる余地はなくなり、現実の世界に引き戻されて、不思議体験の余韻は瞬く間に消え去ってしまうのです。

それが「知的好奇心」を満たすための「クイズ」や「推理小説」との大きな目的の違いである訳です。

「クイズ」や「推理小説」と化しても別に面白ければいいのでは?と思う方もいるでしょう。確かに「知的好奇心」が満たされれば、それなりの楽しさがあるかも知れません。
しかしながら「マジックの種明かし」は、マジックを「観る側」にとっても「演じる側」にとっても、そうしたメリットよりも、むしろ「デメリットの方が多い」と考えられます。

以下にその理由を挙げておきます。

(1)マジック独特の楽しさが死ぬ

上に述べた通り「知的好奇心」に走ると「不思議体験の余韻」を完全に放棄することになります。

(2)タネというのは、えてして面白くない

タネによっては「へー、なるほど、そういうことか…」という素晴らしいものもありますが、「なんや、たったそれだけのことか」とか「ややこしいなあ」というようなタネが大多数です。

酒の席などで小難しい理屈の話を始めても、得てして白けるだけなのが落ちなのです。せっかく驚いたものが、つまらないタネだったりしたら怒り出す人すらいるかも知れません。優雅に泳ぐ白鳥の水面下でバタつく両脚を見て興ざめするのと同じです。これは、マジックの道具を買ったことのある人なら容易に想像のつくことだと思います。ワクワクしながら家に帰って、中身を見た瞬間、愕然たる失望感に打ちひしがれる…マジックのタネというのはえてしてそういうものなのです。

「推理小説」では「トリック」が素晴らしいことも要望される要素の1つですが、「マジック」では「タネ」が素晴らしいことは、全くの目的外なのです。

(3)マジックのタネは「苦心の結晶」「企業秘密」「希少」「共用のもの」であるため気安く扱えない

マジシャンは、一体どのようにマジックのタネを手に入れているか?
基本的にそんなに楽に手に入れている訳ではありません。本やビデオや講習会や商品や人脈など、高いお金や苦労を費やして手に入れているのが通常です。

更に、タネが分かっただけでマジックを演じられる訳ではありません。
1つ1つのマジックについて相応の練習時間を費やし、手順や演出方法を修得して、初めてまともに演じられるものです。(勿論、マジックによって大小はあります)
いくら「低価格志向」「無料サービス」の時代とは言え、そうしてモノにした「苦心の結晶」をそこらのクイズ本の答えのように言ってしまえ、という方がナンセンスだと言えます。

更により重要な事柄は、大元となるマジックのタネという物が、様々なマジシャン達の絶え間ない努力と思考錯誤によって、開発・確立されてきているものだということです。これらは、多かれ少なかれ、マジックをする人間共有の財産となっており、例えるならばマジック界の「企業秘密」であると言えます。これを外部の人間(マジックをしない方)に漏らせば当然、そのマジシャンのマナーやモラルが問われることになります。
したがって、種明しをしないマジシャンを責める方が酷なわけです。

更にもう1つ挙げるなら、マジックのバリエーションというものは、それこそ星の数ほどある一方、その根底にある基本原理というものは、実のところ、決して膨大ではないことが言えます。実際、マジックの勉強を数年も続けていれば、類推が働く事で自分で見て「不思議だ」と思えるマジックの数は激減してしまいます。

これは昨今「推理小説」の世界で「新しいトリックの形式はほぼ出尽くした」と言われているのと似通っている面が伺えます。理屈的には限界があるわけです。
こうした「希少」なタネを全世界のマジシャン達が「共用」しているのが実情であるため、そこらじゅうで、あっさりタネ明かしが行われた日には、人々がマジックをマジックとして楽しめるような環境が、瞬く間に崩壊してしまう虞があるのです。

(4)タネを教えても、何の役にも立たない。さもなくば、誰かの迷惑になる

「そんな堅苦しいことを言わなくても、こそっと俺に教えてくれるくらいいいがな」と思う方もいるでしょう。分かる話です。でも残念ながら教えられません。その理由は単純です。
「マジックのタネというのは、自分でマジックをしない人にとっては、知ってる事のみが自慢のタネになる」からです。
正直、マジックのタネは、知ったところで、普段、何の役にも立ちません。その知識が脚光を浴びる場面は、只一つ「そのタネのマジックを再び目の当たりにした時」です。その瞬間、人は叫びたくなるのです。「私はこのマジックのタネを知っている!!」
…極めて当たり前の人間心理です。

もし近くに、そのマジックを観て驚いている人がいたら、「知らなきゃ教えるのが親切だ」という常識に基き、迷わず話すことでしょう。
「あれはこうこうこうなっているんだよ…」こうしてマジックはあえなく「崩壊」する訳です。本人はそれで満足かも知れませんが、驚きを味わっている観客やマジシャンにとっては迷惑この上ない話です。

もっとも、知ってて知らぬふりをするというのも結構ストレスの掛かる話でしょう。穴ぼこに向かって「王様の耳はロバの耳!」と叫びたくなる心境そのものでしょうから。結局、タネを教えても、誰がしかに辛苦をなめさせるという結末が見えている訳です。

ちなみに、私は口が堅いから平気という人も中にはいるでしょう。素晴らしいことです!
きっとマジシャンの口の堅さにもご理解を頂けるものと確信します(^^;)

(5)マジックに対する観客の興味・理解・意識の低下を招く

 マジックという演芸は、観客側にマジックを「楽しもう」という意識があって初めて成り立つものです。それは他のどんな演芸でも同じです。

マジックの場合は特に「不思議さを魅せる」「秘密を秘密として魅せる」というのが目的であるため、観客側に「マジックのタネを明かしてやろう」「騙されないようにしよう」等という意識が度を越して先行しまうと、マジックという演芸そのものが成立しなくなるのです。

 安直なマジックの種明かしが横行すると、マジックに対するそのような誤った意識を助長しかねず、また(2)で述べたようなマジックの無味乾燥な現実面をたやすく曝すことは、マジックの不思議さへの憧れ感を失わせて、マジックそのものを貶める結果にもなりかねません。

 「マジック」を「マジック」として楽しんでもらうためには、安直な種明かしは避け、観客の皆さんのマジックへの正しい理解を仰ぐことが重要なのです。



以上から「マジックのタネ」は「クイズ」の解答のように気安く明かしたりはできない代物であり、また、明かしたとしても「推理小説」のような効果は、さして期待できない上、「マジック」そのものの効果も放棄してしまう。更には、後々にまで禍根を残しかねない、という踏んだり蹴ったりの状況となる訳です。

以下、予想される質問に対するQ&Aです。


Q2:A1を見ましたが、基本的には、単にマジシャン側の都合が悪いだけでは?
A2:「種明しが横行するとマジシャンにとって都合が悪い」のは何ら否定しません。

「対岸の火事」を決め込めば、勿論マジシャン以外の人に、大きな「痛み」はないでしょう。それは「企業秘密漏洩」だろが「プライバシー侵害」だろうが同じことです。だから「種明しOK!」だという議論を始めるのなら、もはや論外なのは分かりますね?

こと、種明しに限らず、文明的な世の中では、いわれのない被害を他人に与えるような言動を故意に採るのは、余程事情がない限り、控えるのが通常ではないでしょうか?


Q3:TV等で「種明し」されて困るのは、マジシャン側の努力が足りないだけなのでは?(マジックをより発展させれば解決する問題なのでは?)
A3:努力は確かに大事です。でも違います。

観客の中にタネを知っている人がいたとしても、マジックを見せる前に「タネやオチを知ってたり分かったりしても、隣の人に耳打ちしたりしないで、どうぞ皆が楽しめるようにお願いします」と一言添えておけば、暴露の危険性は抑えられます。(それでも暴露する観客は、それ以前の問題と言えるでしょう)

また、単純にかなめのタネを知っているだけの観客の場合、より流麗にタネの動作などを修得しておけば、逆にアッと言わせられることもあるでしょう。

金属の輪が繋がるリンキングリンクを見て「え?!これってそこらのお店で売ってる奴とは全く違うものなのですか?!」「はい、プロ用はそんな単純じゃありませんよ」などの展開もありえる訳です(^^;)

また、観客が1つや2つ、タネをすっかり知っていたとしても、数多くのマジックを修得しておけば、動じる必要はない訳ですし、更にものによっては、タネを知っている人を逆に欺くような裏技もなくはありません。

マジックの基本原理には共通性が多いとは言え、その全体像を掴むことは、TV等で行われる暴露番組をたまに目にする程度では、とても無理な話であり、体系的・継続的に学習する姿勢のある人がそれに負けるはずがありません。(マジックは勝ち負けじゃないですけど…)

そういう意味では、マニア相手にマジックを見せることにも慣れている愛好家諸氏にとっては、日本国民の目が肥えて総マニア化したところで、望むところかもしれません。そこまで皆がマジックに興味を持ってくれるなら、逆に腕の奮いどころとも言えるからです。

したがって、マジシャンが「努力が嫌いで手を抜きたい」から種明しを問題にしているというのは、はっきり言って全く勘違いです。

ただし、安直なマジックの種明かしという行為は、A1で述べたような様々なデメリットを引き起こすため、これによって興味や意識が低下した観客が増えてしまうと、マジックそのものが成立しなくなり、マジシャンの努力がどうのマジックの発展がどうのと言った以前の問題になるのです。日本国民総マニア化どころか総スカンになったのでは、終わってしまうのです。


Q4:「種明し」がマジシャンに対して、そんなに言うほどの害をもたらすのですか?
A4:マジックの考案者やそれを生業としているプロには当然、大打撃です…

自分の作品や生計の柱を他人に勝手に侵害される…そのダメージは何ら想像に難くはないでしょう。その点についてはくどくど述べるまでもなくご理解頂けると思います。

一方、我々のような単なるアマチュアマジシャンにとってはどうなのか?
『マジックを見せて楽しませられる状況が減少する』以上では決してないかも知れません。

とは言え「世の中、生死に関わるようなことで苦しんでる人も多いのに、そんな細かいことでくどくど文句を垂れるな」などとは言わないで下さいね(^^;)物事に対する価値観は人それぞれ違うものです。例え趣味ではあっても、身銭や時間を投じてマジックを勉強している人の身になって考えてみて頂ければと思います。マジシャンにとっては苦労が報われない非常に残念な状況になるのです。


Q5:では逆に、どういう場合に、種明し(講習)が許されるのですか?
A5:基本的に相手がそのマジックをちゃんと修得して使う場合は許されます。

これは、以下の条件が全てクリアされるかどうかで判断できると思います。
●相手が知りたいという意思表明を明確に行っている
●相手がマジックのタネを知ることのデメリットを理解している
●相手にそのマジックをする意志と実力が見込まれる
●特別な道具が必要な場合、それを相手が所有している(入手の見込みが高い)
●相手にそのマジックを悪用する意志が見込まれない
●相手がそのマジックを修得するに足る、半端ならざる情報提供が行える (または修得に至れるだけの自力を相手が持っている)
●教えるマジックの著作者や情報源において講習規制の意志表示が特にない (これは必須。可能ならば直に確認するのが望ましい)

理由は以下の通り。
●A1の(1)(2)のデメリットを上回るメリットが期待できる。(その人に「マジックを見せる」楽しみが生じ、その人からマジックを見せてもらって楽しめる人が増える)
●(3)の「企業秘密」漏洩には当たらなくなる
●自分でマジックを見せる機会があるなら(4)のように人にタネを漏らしたり,ストレスを感じたりする心配が解消される。

個別のケースについて述べると、純粋にマジックを披露した会場の場合は、例え、観客から希望があったとしても、その場での種明しは避けるのが通常でしょう。そういう場面ではえてして上記の条件の正しい把握が無理だからです。
「どうしても知りたい方は後で楽屋裏で講習します」と言っても、知りたがった割に実際に来る人はほとんどいません。そんなものです。

講習会などを行う場合、以上の条件が保証できない度合いが大きいほど、講習するネタとしては、初歩的・入門的な当たり障りのないものを選ぶのが良いと考えます。

TVやインターネットなどの公共メディアにおける種明しの場合、不特定多数に垂れ流しすることになるため、不可だと考えられます。
少なくとも、所定の対価を払ったり、それなりの手続きを踏んだりするだけの積極的な意志が示されて初めて目に出来るようなシステムが必要だと考えます。(昔NHKで放送された「ナポレオンズのマジック教室」などは入門的なネタであり、かつ、視聴率も低い点まで勘案して、ギリギリOKのところでしょうか?視聴率が数10%とかだと覚えても見てもらう相手がいなくなる気が…)

店頭で書籍などとして販売する場合は、同様の理由から、興味本位で、立ち読みできないように、ビニ本化したり、レクチャーの部分だけ袋とじにしたりの配慮が欲を言えば、欲しいところです。(上の条件によれば「タネの保護」という観点では、マジシャンだったら、立ち読みしてもいいかのようにもとれますが、それはまた別の意味でのモラル違反ですね(^^;))

図書館の場合は…そこまで脚を運んだという事でOKであると考えましょう。(「サリンの作り方」とか程の有害性はないので、そこまでの厳密性は問はなくて良いかと…)

#なお、マジックのタネが分からないと生死に関わるなど、より優先されるべき特殊な状況が生じている場合は、上記の限りではありません。無論です(^^;)


Q6:マジックを見た時に「タネ」が分からないと非常に悔しい気持ちになるのですが、この気持ちは一体どうしたら良いのですか?
A6:マジシャンとしては「不思議の味わい」を楽しんで欲しいのですが(^^;)

 しかし、好奇心に走ってしまうのも人間の性。非常に理解の出来る話です。ただし、マジシャンに聞いても教えてくれないのは上記の通りなのでご理解下さい。それに腹を立てていても始まりません。お奨めの対応策を以下に挙げておきます。

1)マジックの観方を変える

2)マジックを観るのを止める

3)理論的に考えてみる

4)試しにマジックの道具や本を買ってみる

5)自分がマジックをする人になる

 <詳細は推敲中>


Q7:では、マジックを勉強してみたい場合、どうしたら良いのですか?(以上を見ると、何だかとても敷居が高く感じられるのですが)
A7:1つの手としては…WRMCへ来ることです!!(爆)


<以下、推敲中。しばしお待ちを>