第十六回
猫とアワビ

 アワビとは旨いもの。生でも焼いても、乾燥して調理しても味は最高です。
 そんなアワビは昔から人々の貴重な食材で、江戸時代初期には、アワビの貝殻を猫の食器に用いられていた記録があり、陶磁器やガラスが高価な時代では、猫にとって好都合な道具となったでしょう。そしてアワビの食器はさらに工夫され、江戸城大奥では、アワビの形をした瀬戸物の食器を飼い猫に使っていたという記録があります。夏目漱石の『我輩は猫である』の猫もこのアワビ貝の形の食器を使っていたそうです。最近ではそんな気の利いた食器はなく、器は全て円形と相場が決まってしまいました。ただ、食器の縁にヒゲが触れるのは嫌で、底の浅い食器が好まれるのは、現代の猫にも継承されています。

 猫は本来、狩りで食を満たす動物です。常に動物性蛋白質を必要としており、ネズミなどの小動物はもちろん魚類も大好きなのはそのためです。さらにそれらが動けば、後は本能で飛びかかるだけです。しかし、飼い猫にとっての好みとは、各家庭の食材で決まってきます。アワビなどの貝類を食べる国では、猫も好んで貝類を食べるのです。

 ところが、猫にイカやアワビ等の軟体動物はいけないと昔から言われてきました。果たして本当にそうなのでしょうか。診察室でも時々「イカを食べたが腰が抜けるでしょうか」という飼い主の質問もそうした言い伝えからなのでしょう。確かに古くなったイカには、抗神経炎物質であるビタミンB1を分解する酵素を発生し、人では脚気などの運動障害をひき起こすことが知られています。猫にとってビタミンB1は、犬の5倍も必要で、欠乏すると食欲不振から嘔吐、脱水が激しくなり、フラフラの状態で歩くようになります。この状態を腰が抜けたように見えたために言われてきたのでしょう。

 今では古くなったイカを猫に食べさせる飼い主はいないでしょうが、3〜5月にかけて獲れたアワビには海藻の葉緑素を分解して出来た毒素で、猫は中毒を発症します。症状は耳介がしおれて脱落すると江戸時代の書物にも書かれており、古くから猫が貝類を食べていたことが分ります。しかし、猫にとって貝類は悪いことばかりではありません。こうした軟体動物には必須アミノ酸の一つであるタウリンが多く含まれ、心筋、筋肉、網膜などを正常に維持する働きを持っています。ですから新鮮なうちであれば、むしろ好都合な食材なのです。総合栄養食であるキャットフードには必ずタウリンが含まれているので心配ありませんが、時には新鮮な食材から栄養をとりたいと思っているはずです。

 それにしてもアワビという生き物は、猫とよく似ています。どちらも違った環境にありながら、ヒゲの様な感覚器官で、周囲を伺っているのには驚きです。やはり猫とアワビは元々縁があるようです。
「ドギー&キャッツ」 2004年10・11月号掲載

第17回に続く

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