◇臨死体験・気功・瞑想

臨死体験の事例集

 

Aikoさん(2)

aikoさん(1)と同様、aikoさんが掲示板に書き込んだ順に、ここに収録する。途中、掲示板での他の方とのやりとりにあたる部分は、すこし省略したところもある。もし、掲示板に書き込まれた時の流れを追いたい場合は、通し番号をたよりに直接掲示板で確認してほしい。


1124 aiko 2001/03/09 13:4716

光の根源は同一です。 大きな光はこの針の点ほどの微粒子の光の集合体なのです。 目で捉えることすら出来ない小さな光に計り知れない生命力が秘められていると理解します。 そして、点を支えているものは何か。 それもまた根源は同一です。 点は全体をなしているものでもあり、全体は点をなすものでもある訳です。 私はそれを「循環」と捉えます。 たとえば人は人として存在し得る絶対条件下で人として肉体を形作り誕生と死を繰り返します。 明さんがおっしゃるとおり、 条件が変化すればまた違う生命体として存在するでしょう。 私たちの根源は細胞の中の微粒子であり、微粒子を創造するエネルギーであり、生命であります。肉体が朽ち果てても生命は永遠に活動し続けます。 私たちはそこから生まれてそこへ帰るのです。 しかし、実際臨死体験をしてみると生も死もなく、単なる言葉による観念的なものであったと知ったのです。 私たちは肉体を持った瞬間から錯覚と言う罪を犯し、何処から生まれて何処へ帰るのかを知らなければ無知のまま人生を彷徨うことになるとはいえないでしょうか?

1133 思考と肉体の変化 aiko 2001/03/12 14:50

さて、臨死体験後の変化についてですが、詳細を書き連ねる訳にもいきませんのでこれまでの変化を総称して書くことに留めましょう。

臨死の1回目は20年前になります。28歳でした。 前にもお話しましたが、私は排卵がほとんどなく結婚して5年間子宝に恵まれず産婦人科を転々として排卵誘発剤を打ち続けておりました。 しかし、ある日を境にそうすることに罪悪感を覚え、医学的な療法を止め、一人悶々と過ごしておりましたが、気が付けば「神様、私に子供を授けてください」と祈っておりました。 日を増すごとに祈りが真剣になって行きました。 その時も祈る度にある閃きが起こり、子宝に恵まれるためには、まず、肉体を整えようと、食事と運動、睡眠のバランスを整えました。 朝日と供に起き、ジョギング、水泳、山登り・・・ 1年間の成果は体重20キロ減(ホルモン療法で太っていました) 祈りを欠かさなかったことは当然ですがその頃には、子供は必ず授かるものと信じておりました。

案の定私はほとんど生理がないまま長女、二女と授かり、3回目の出産のとき最初の臨死体験をします。 私には祈りを信じる思考がすでに働いていることをご承知おきください。 母子供に心電図が止まり外科、内科、院内全ての専門医が緊急呼び出しされます。主治医がローカでうろたえている主人にこのままだと母子供に危ない。母親、子供、どちらの命を選択しますか? 「妻は、子供を助けてくれと言っていると思います。」 勿論私に異存はありません。 自分とお腹の子の医学的な現状を確認した私は、「貴方たちは何を見ているの、たとえ心電図が止まっていても私たちは生きているの」心の叫びは誰の耳にも届きません。

業を煮やした私は、お腹の子に命令しました。「貴方は神様に授かった宝物なのお母さんの全てを貴方にあげるからここを脱出しなさい」 お腹の子が大きく動きました。医療スタッフは医療器具の前に集まり誰も私たちを見ていません。 「生まれる!」今度は届きました。スタッフが一斉に振り返ります。 ボールがはじけるように勢いよくポーンと我が子が飛び出してきました。

一瞬を争うので私自身もとても慌しかったのですが、気が遠くなって光に出会い、置き去りにしてきた子供のことを思い出すと供に命の重要性を悟り、慌ててそこを飛び出し子供の元へ戻った訳ですが、終止光と供にあったことは今でも鮮明です。 結果的に5分間の心停止が記録されていましたが、母子ともに後遺症は残りませんでした。 8ヶ月の早産でしたが今現在19歳、東京の大学に通っております。

余談ですが、彼女が高校時代に「夢は実現する」というタイトルで弁論大会に出場し最優秀賞を頂きました。 娘独自の体験を元にした夢を実現するプロセスの描写は、あの時やはりこの子も光に触れたのだと思わずにはいられませんでした。 話が長くなりましたが、私の思考の中に光の存在と祈りの力を肯定する背景があることをお伝えしておきたかったのです。

本題に戻ります。 肉体の変化は常に思考の変化と供に起こります。 それは理解度と比例すると思います。 私は肉体の変化を素直に浄化と受け止めます。 そして「意識」とは潜在意識、表面意識を総称していわれる魂を包含する意識。意識が宇宙意識であることを知っている意識 肉体は意識の結果であることを知っている意識を指します。

最初の浄化は止める事の出来ない涙で始まりました。 次はお腹の爆発です。(それ以来毎月生理があるようになりました。) 例えば「愛とは」と意識した時 胸の当たりが真っ赤に燃え出します。体温の上昇があり心臓の鼓動が緩やかになります。 苦痛を伴うこともあります。 「全てが呼吸をしている」と気づいた時のことです。 2日間昼夜通して咳き込み、嘔吐しました。 最後には血を吐いたほどです。 「真実の目」という課題の時は眼底出血を引き起こし頭が割れるように痛かったです。

2〜3年の期間は頻繁にこういうことが起こりました。 周りを安心させるためにその都度病院で診察を受けております。 喘息、心臓肥大、乳癌、さまざまです。 眼底出血では、視力が低下しているので車を置いて帰りなさいと言われますが、私は決して不自由を感じません。 そして必ず答えと課題が出ます。 Noboru様は目の前の人物が青い光に覆われていたらどうしますか? 当然目を他に移しますよね。 他の人も紫であったり、黄色であったりするわけです。 しかし、光のない人のほうが多いです。 目の捕らえる対象物がプリズムのような光を発している現象を見るようになる訳ですが、これらが肉体のアンバランスなのか概念の上書きなのかいろいろ葛藤がはじまります。 その都度何処にたどり着くのか見届けたいと思うわけです。 初対面であれ、知人であれ目が合った瞬間に相手のパンドラの箱を見てしまったりします。 垣根を越えてはならないと言う規制心が強く働きますので言葉に出さないのですが、その分私が苦しみます。 相手に肉体的な陰があれば私の肉体のその部分に激痛が走ったりします。 浄化が進むに連れ、私の肉体や感性が敏感になり寝ても覚めてもどこかのアンテナが覚醒状態になります。

瞑想(15年以上の週間)を通しても臨死体験ほど強烈ではありませんが至高体験をするようになります。 理論的でなかった体験にプロセスが見えるようになり精神的混乱が整理できるようになります。 カウンセリングを受けていた当時の夢日記から寝ている間自分の意識が何処へ行っていたのか解ります。 ヒーリング能力に気づいたりもするのですが、私の方向ではありません。 少なくとも私は自分を納得させる理論を求めておりました。 一通りの浄化を経て違う視点からそれに取り込みたいと思い以後4年間法律の専門学校に通い必死に法律の勉強をすることになります。 感覚的な意識と現実的な意識とのバランスを整えたいと思ったのです。 ついでに書きますが、肉体的な浄化が頻繁になってきた頃原因不明の発作はピタットなくなりました。 次の機会では子育てを通して得た学びについて書かせて頂いてよろしいでしょうか?

1134 それを見てそれと戦わないで。 aiko 2001/03/13 13:29

どの人の人生も貴重で掛替えのないものです。 私は3人の子宝を授かりました。 家族を置いて何時帰ってしまうかも知れない状況の中、先に生まれたものとして子供たちに生きるとはどういうことかを知るヒントの種を蒔いておきたい一心で山梨へ引越したのですが、必死の思いは子供たちを圧倒し、常に遠くを見る私に対し疎外感を持つようになっていることは知っておりました。 母親の病は子供たちに取り返しのつかないトラウマを与えかねません。 そういう意味でも病は罪です。

さて、問題は二女のことです。 先天的な目の疾患を持っている彼女は私が発作を起こしている最中でも 車を運転して無事帰宅する私の姿を目の当たりにしています。 彼女もそうなりたかったことでしょう。 見えないと不満を言うより見えないことによる発見をしたいと。 しかし、小5の彼女にはそれが過酷な試練となってのしかかります。 内性斜視、弱視、遠視、乱視。 生後2ヶ月から病院を転々としましたが、沖縄でたった一人しか居ない斜視の専門医にたどり着いた頃にはすでに手遅れでした。

それでも諦めきれず、強引に頼み込んで弱視の視力回復の訓練を1年間受けます。 見える目をアイパッチで塞ぎ、見えない目での生活です。 そして神経をある一転に集中しない訓練を日々の生活の中で実行するよう言われます。 私たち親子は目を治したい一心で忠実に実行します。 見えないものを見ようとして集中すると目が内側に寄ってしまい、戻せなくなり白目だけになってしまうのです。

1年後アイパッチをはずしますが、効果はでませんでした。 この訓練は5歳前後までにすべきだったのです。 最後の手段に手術をしてみようということになり娘はそれに飛びつきましたが、精密検査の結果断念せざるを得ませんでした。 娘は一度は希望を与えた先生に泣き喚きながら罵倒しましたが、これで気が済む訳ありません。 孤独だったに違いありません。 私たちは諦めませんでした。 集中しない訓練は彼女自身の中でひそかに進行します。

中学に進学した彼女の学校生活は教師の誤解により悲惨なものになります。 本を開かない、ノートを取らない、人の目を見ない。 いくら注意をしてもよそを向いてツンとしている。恐ろしい子供さんです。 学校に呼び出され家庭の躾を疑われます。 娘はアイパッチをしていた小学校時代の教訓から特別扱いされたくないと目の疾患を担任に話すのを極端に嫌がっていました。 担任にことの一部始終を話しましたが言い訳にもなりませんでした。 私たちが夜遅くまで家庭学習に励んでいることなど先生の耳には届きませんでした。 担任の娘に対する評価はそのまま全教科の先生の評価になります。

中間テストで娘が最高得点を出したことから更に波紋が広がります。 そして娘はカンニングの汚名を着せられAランクの試験結果を出しながら終止内申書は全教科1でした。 もう娘に怖いものなどありません。自由気ままに学校規則を切り崩しにまわります 彼女の周りに200名規模の集団が出来上がります。 私も頻繁に学校に通いました。授業参観をして学校の実態をこの目で把握する必要があったのです。

さまざまな問題を引き起こした娘でしたが、卒業式の当日、校長先生から感謝の言葉を頂いたそうです。 娘が何をしていたか想像できますでしょうか? 遅刻、欠課、早退。の原因が明らかになったのです。 不登校生20人が登校するようになり全員卒業式を迎えることが出来たのは娘のお陰だとその生徒らが話してくれたと言うのです。 娘の家庭教師に頼んで不登校生の何人かを娘と一緒に勉強をさせたり、食事の世話したりして娘と供に励ましておりましたので当然想定できますが、そうせずにはいられない娘の心理を思うと娘の行く先に暗雲が立ち込みます。

高校に進学した娘でしたがここでもやはり先生を敵に回し、校長先生からこういう生徒は登校してもらっては困ると印度を渡されます。 いくら話し合いをしても平行線のまま娘は不登校を決め込み、娘と私は旅に出ました。 旅をした結果私たちは校長に卒業させて頂きますと言い残し学校をきりすてました。 これでいよいよ娘のはけ口を一手に引き受けることになる訳です。 私は娘の心の何処にたどり着けば娘を癒すことが出来るのだろうと悩みました。

心理分析を選択した私は娘を自分がお世話になった先生のものへ連れて行き一通りのことを済ませました。娘が癒されるならどんな方法も試みました。 それが更に娘を苦しめることなど気づきもしませんでした。 私が必死に見つめているのは娘の苦しみです。 カウンセラーの先生が娘の心の傷、心の闇を逐一探っているのを傍で見ていて目が覚めました。 「先生。よくわかりました。心の病を病を見つめてはいけなかったのです。私は大変な過ちを犯すところでした。闇に力を与えていたのは闇を見つづけた私です。」 「これから、どうなさるおつもりですか」先生がいいました。 「この子に正解を見せるだけで良かったのです」 とは言ったものの、それからしばらくの期間最悪の状態が続きます。娘に包丁を突き付ける程エスカレートします。

ある日娘に平手打ちをしている最中娘の目に映る自分を見ました。 「そうだ。私が娘を見ている通り、そのままこの子もまた私を見つめているのだ。」 私は娘を手繰り寄せ抱きしめました。 偉そうな事ばかり言ってごめんなさい。貴方を愛しているのに愛していると言わなかったお母さんが悪かった。本当は貴方は貴方のままでいいの。そのままの貴方を愛しているのよ。貴方が生まれてきてくれただけで幸せなのよ。 娘は大粒の涙をこぼしながら家を飛び出ししばらくの間帰ってきませんでしたが、戻ってきた娘はやせ細り抜け殻のようでした。

娘がトンネルを抜け出し、21歳。私の右腕として供に働いております。 私にそっくりになりました。 そして娘の目は斜視が治り、強制メガネなしで不自由しない術を身に付けております。 娘と私の運転する車には怖がって誰も同乗してくれませんが、私たちは無事故、無違反です。 そして娘が奔走したいわゆる不良は今でも事あるごとに近況報告に来ます。 私と主人に自分の行く末を見ていて欲しいと頭を下げる姿は、こちらのほうが感謝したいくらいです。

1138 そこへ至る道 aiko 2001/03/15 12:12

「ここを通って私の元へ来なさい」 「針の穴をらくだが通るが如し」 至高なるものを知る方法は無限にあります。 しかしそこへ至る道はひとつだけです。 そこを通らずして(あるいは通る過程で)見たもの、感じたもの、聞こえたものは輪廻転生の粋を超えてはおりません。 どうぞ囚われることなくそこを通過してください。

あなたがそれを知りたい動機は何ですか? 貴方が見たいもの、知りたいもの。全てを見せてくれることでしょう。 しかし、そこに留まってはなりません。 それを振り返ってもいけません。(否定も肯定もしない) 自分の現在地点を確認して先へ進むことです。 細く険しい道ですが先へ進むことを怖がってはなりません。 やがて、光が貴方を中心へ導いてくれます。 平安と至福に満たされた時、更に前進しなければならないことを知ることでしょう。

全ては回転しております。全ての全てが大いなるひとつの回転の中にあり小さきものほど高速回転をしております。 貴方の細胞とて休むことなく回転しています。 肉体も魂も霊も全てを尽くして今を生きることです。 今一瞬の中に過去、現在、未来が存在します。 過去は過ぎたもの、未来はまだこぬものではありません。 今あるのです。 今というの回転運動が永遠に続くのみです。 私も毎日20時間働いております。 ではまたお会いいたしましょう。

1148 光を掲げた人 aiko 2001/03/17 14:42

Noboru様こんにちは。 元気付けられたとおっしゃって頂いて恐縮です。 あれは私自身へのメッセージでもあるのです。 ありがたい事に、精神世界を学ぶ上において私はとても恵まれた環境にあります。 師の影響も大です。 いろいろなケースを見てまいりました。 結果的に言えることは、動機は何であれ、針の穴を通ることが出来た人はごくわずか何万人に一人の確立かもしれません。 自己のパンドラの箱を開けてその中身を解き放つ勇気がおありですか? 用意の整っていない人には必ずそう言って釘をさします。 精神世界の追求は履き違えると更に迷走しかねません。 その過程で観たものを屈折させ、あるいはこれが全てだと豪語しにわか救世主が誕生したりします。 それも一過程ですからそれでいいのですが、そういう人に着いてゆく者もいたりして人事とは思えずせつなくなります。 全体の調和を五感的に解釈しいかなることも甘んじて受け入れなければならないと自縛に苦しむ者(全体は常に調和がとれているからこそ存在がある訳です。) カルマだとか輪廻を方便にする者。 さまざまです。しかし、わたしたちはもうそろそろ気づくでしょう。 いろいろな概念に振り回されていたことを。 私が現象に囚われまいとする所以です。

さて光を掲げた人についてですが、 3度目の臨死体験をした時のことですが、私と供にあった人のことです。 その人は15年来のお付き合いがあります。 彼はいわゆるヒーラーと言われておりその筋での信望があります。 わたしたちは師を同じくしともに歩んできた間柄であり信頼をしております。 私が意識不明の間中(2日間)ずっと私の脈を取りながら傍についていてくれました。 彼が2日間一睡もして居ない事も不思議でしたが、お話したいのは意識の中での影響力です。 彼は終始私と供にいてあくまでも私のペースで光に向かいます。 そこまでは前回までと同じ体験です。 至高体験を超える世界(無)(0)言葉の表現は何でもいいのですが、 姿、形、色、振動、時間、重力、・・・何も無い。 しかし、それが無限なる有であることが明らかな場所。 そこへ行けたのは彼の影響であると今だかつて思っておりますが、その件に関して一切確認はしてはおりません。

体験から戻った時点で、私はこれまでの学びを脱ぎ捨てると供に、 神様・・と天を仰いで祈るのを止めていました。 私は全てを脱ぎ捨てて自分の足で歩く決心をし自分の内部と向かい合ったのです。 あれから10年経過しましたが、未だ彼を超えることは出来ません。 年に2〜3度しかお会いできないのですが、日を増すごとに彼の許容範囲は広く深くなり、尊敬の念が強くなりなす。 私は自分が観た世界を実際に生きている人を見せていただくことが出来る環境にある訳です。 ありがたい事です。 しかしまた、そうなる事が生半可な自己管理でなしえるものではないことも充分承知しているわけです。 2日間一睡もせず、「必ず帰るから」私はそう言い残し彼は「大丈夫」と言った。彼の信念は終止揺るぎませんでした。 私の脈が止まり体温が下がり痙攣が始まって瞳孔が開いたままになっても一切たじろぎさえしませんでした。 私に万一のことがあれば法律的には彼は不作為の罪に問われることになるのです。 私はまだそこまで出来ません。 臨死体験をして人は死なないと解った今でもやはり人の死は辛いですから。 目の前で人が倒れたりしたら真っ先に動揺します。 光を掲げた人は強健な信念を持っていますが決してそれを振りかざさず ただ許容するだけなのです。 それに気づかない人が多いのですが・・・

1174 お別れ aiko 2001/03/23 14:58

Noboru様、そして私の体験を読んでくださった皆様ありがとうございました。 途中ではありますがしばらく皆様にお会いできないと思います。 Noboru様、私は先日恩師を訪ね、至高体験に於ける師の意識の影響力について確認をしてまいりました。 どうぞ自己の魂の囁きに耳を傾け、魂の導くままそのまま素直に歩いてください。 知りたいという思いと、素直さがあれば私たちに必要なものは全て与えられます。私は今それを実感しております。 私の体験はあの時の私にとって必要なものであったに過ぎません。 しかし、体験が私を何万年もの転生輪廻から解き放ち、誕生の時を迎えております。 今生の心の整理をしながら、古い皮袋を脱ぎ捨て、静かにその時を迎えたいと思っております。 きっとまた、いつかどこかでお会いできることでしょう。 体験を話す機会を与えてくださったNoboru様と聞いてくださった皆様に感謝申し上げます。


01/4/2 追加

 

 

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