◇臨死体験・気功・瞑想

臨死体験の事例集

 

ある発明家

 このサイトの掲示板に投稿をしてくださっている裕介さんが、掲示板に次のような書き込みをしてくれました。

 私とお付き合いしてくださっている発明家の方から「自作の小説」が送られてきまして、パソコンで作られた物ですがその中にご自身の臨死体験がかかれていました。 了解が得られたら、その方の臨死体験の部分をご紹介できるかもしれません。

 さっそくお願いしたところ、その発明家の方の許可を得て掲示板にに投稿してくださいました。臨死体験のところだけ抜粋したものです。 トンネル体験、そこを抜けたあとの黄金色に輝く心地よい草原と、報告される典型的な臨死体験に共通する体験を含んでいます。


 ・・・いつものように、民間の病院で糖尿病の診察を受けた後、待合室で支払いの名前を呼ばれ、いすから立ち上がったときに急に胸が苦しくなり、目の前が真っ暗になって、自分が崩れるように倒れ込むまで意識はあったが、胸にまさぐるような鈍痛を感じ多眼照明のガラスに写った、手術台に乗せられた素っ裸の自分を発見したのは、それから3時間後の夕方であった。

 その間、現実には何があったのか分からないが、夢現の感覚の中で、苦しくて冷たく、暗く長いトンネルを時間をかけてやっとくぐり抜け、突然、黄金色に輝く、とても暖かくて心地の良い、限りなく広い、草原にたどり着き、胸をまさぐる鈍痛を感じたのである。

 誰に言うことも、説明することもないが、自分では、生と死の狭間を、垣間見たと思っている。

 その経験以来、私は、死ぬことが恐くなくなった。

 その時のイメージを、絵に描いては見たが、自分で思うほどそれらしく表現できていない。

 ・・・心不全の経験から死ぬことは恐くなかった。 人間、生まれてくるとき、自分の意志、意識は何もないと同じように、 但し、私の思うところに寄ると、おおよそ人という生き物は、歓びの中で意識は育まれるのであるが、死ぬときも、あるところから、他人には分からないが、自分では、とても気持ちの良い状態で何も分からなくなることが、死にたいする私の経験である。


 日本の人々の中にも、臨死体験をしている方がたくさんいると思います。しかし、現代の日本の風土は、そういた経験を自由に分かち合える雰囲気は、まだまだないようです。
 しかし、もっと自由にこうした体験を語り、分かち合うことが精神世界への理解を深めていくうえで大切だと思います。
 体験を紹介して下さった裕介さん、この場に公表することをこころよく引き受けてくださった発明家の方に深く感謝します。
 
 この体験記をひとつの出発点として、こうした体験や精神世界をフランクに語り合える場が広がっていけばいいなと思っています。

00/8/23  追加

 

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