臨死体験・気功・瞑想 

覚醒・至高体験の事例集

山本佳人氏

 山本佳人氏の覚醒体験、氏のいう「宇宙意識体験」は、私がこれまでに知ることができたなかでもきわめてトータルなもののひとつであると思う。山本氏は、そこに至るまでの経緯やその後の体験などをきわめて詳細に記しているだけでなく、その哲学的な考察も深く行っている。
 ただ、あまりに孤高でありすぎて、多くの人に知られるには至っていないのかも知れないと感じた。
 以下は氏の高校3年生の時の体験であり、同氏著『宇宙につながった日―自己超越への道 (現代のさとり体験シリーズ) 』(金花舎、1993年)からの抜粋である。

 一九六六年九月五日。私の人生を決定し、私の思想の根本を形成することになった「宇宙意識」が体験された瞬間である。それは高見の彼方から響いてくる遠雷ほどの兆しも孕まずに、突如として晴天を貫く雷光のように顕れ、私を包み込んだ超越と恍惚と至福の瞬間でもあった。それは確かに私の側からは、誰からも告知されざる突然の瞬間の訪れであったわけだが、振り返ってみれば、これまでに体験されたさまざまな出来事が、すでにこの日のあることを予告してはいたのである。

  この日、私は昨夜の興奮状態を持続していて、かつてない緊張状態にあった。この緊張は、その夜の高みの意識状態を維持しようという決意によってもたらされていた。その意識のレベルは、夜から朝、そして昼へと向かう時間の流れの中で、瞬く間に失われる夢の記憶のようなものであってはならなかったのである。その夜の解答は、紛れもなく永遠からの解答であり、そのときの精神のテンションの高さが、解答の真実性を保証してあまりあるはずだったからだ。

 私はその意識の高みが、夢のように失われるのを恐れ、恐れが現実にならないうちに、何らかの形で刻印するべきだと考えた。そこで私は、昨夜と同じ意識状態を保っているうちに、自分の胸のうちを彼女に伝えようと決心していた。この場合、伝えること自体が何よりも大切だった。

 午前中の授業が終わり、昼食時間となった。私は一級下の彼女たちがいる校舎へと向かっていた。『伝えること!何を?』。おそらく私は心のどこかで、このように自問自答していただろう。長い廊下をゆっくり歩いていた。その道のりが、揺りかごのように感じられていた。そしてその道のりの長さが幸いした。彼女の教室に近づくにつれ、私は自分自身を母親のように見守る私自身がいるのに気づきはじめていたのだ。それは、母親から大切 な伝言を頼まれて、ご近所に向かうときの私のようだった。とにかく大切なことなのだから伝えなくてはならない……と、このように伝言を胸に抱いて向かう子供のようだった。

 そう、私は、自分自身に起こったことではなく、自分を超える何かから託された言葉を伝えにいこうとしているにちがいないのだ。だからこそ、伝えにいく価値があるのだ。(中略)

  ドアの上に突き出た、黒く光る小さなプレートを見る。『2年6組』。まちがいなく、彼女の教室だ。ついに来たね、やまもと君。私は自分にささやく。そうだ、なかなかいい調子だぞ。で、彼女は・…:? この時間なら、きっといるはずだ。誰かに呼んでもらいなさい。

 すぐに彼女は現れた。この私はといえば、美術教室で言葉を交わしたころとはまるで違っていた。一歩半くらい親のような気分になって、彼女のけげんそうな表情に対面しているのだ。あれほど神秘に見えた容貌は、真昼の光の中のマリーゴールドのように印影を失い、瞳の奥に潜む邪悪な光は、無邪気な少女のいぶかりに変わっていた。あのころの私の恋慕の記憶は、ただ成熟したその唇に、わずかに残るだけだった。私は口を開いた。

 「僕を覚えていますか? 突然このようなことをいうのは、多分勇気のいることなのですが、ずっと見ていました。あなたには不思議な魅力があるんです。でも、あなたはそれに気づいていない。気づいていないから、安売りしてしまう。これは自分だけでなく、他人を低くすることにつながる行為です。男子たちの熱狂ぶりを知っているでしょう? あなたはそれを見て、何を感じました? 彼らはあんなに熱狂しながら、あなたのどこも見ていない。あなたが自分を見ていないのと同じです。自分を見つめなおし、もっと自分を大切にしてください」

 今にして思えば、ずいぶんおせっかいな上に、気障なセリフを吐いたものだが、それは私の偽らざる気持ちだった。彼女はいわれていることの意味を理解しかねて、キョトンとしたまま耳を傾けていたが、最後に深々と頭を下げ「ありがとうございます。努力してみます」とだけ答えた。

 充実感に満たされながら、私はもと来た廊下を引き返しはじめていた。およそ三分の一くらい来ていただろう。すでに南の空に回り込んだ日差しが、光の絨毯(じゅうたん)のように廊下を覆うていた。教室に戻るには、その絨毯を渡っていかなければならない。子供のころ、岸辺から水面へと続く縁のあたりで、そのまま水の上を歩けないものかと試みたことはないだろうか?

 はやる気持ちを抑え、呼吸を整え、爪先にかかる力を抜きながら、そろりそろりと、歩みを進めるのだが、結局、水は靴の中にひたひたと浸出してきて、この試みは実現されようもなかったのだが。

 光の絨毯に差しかかった私の気持ちは、そのときの想いと少し似ていた。違う点といえば、今度こそ私はその絨毯の輝きの中を、あたかもミズスマシのように渡っていけそうな感じがしていたことだ。私はためらいもなく、輝きの中に足を踏み入れた。

 その瞬間のことだ。私の体は急に軽くなり、たちまちフワフワと空中に引上げられるような浮遊感に襲われた。それと同時に、目に映る室内の光景の変化や、すれちがう仲間たちの動作、歩みなどがスローモーションのようなテンポに変わり、私は鳥が舞う高さにいる自分と、今まで通りに廊下にいる自分とに引き離されていた。これらは一瞬にして起こった。

 といっても、その両方の自分が、肉眼で見るように見えたのではない。それは、私の意識の中で、突如として発生した、ある意味のカタストローフだった。

 私の実体、私自身は、空中に存在し、現実の出来事を、スクリーンに映し出されている映像のように見下ろしているのである。その状態のまま光の絨毯を歩み、私は自分の教室に戻っていた。この間、私は空中を浮遊しながら下界を見渡しているような、身体感覚を欠いた悦耀感に満たされていた。

 こうして私は、自分の机に戻った私を、空中から感じているのだ。私の意識や感覚の中心は、もはや机を前にした私にあるのではなく、もっとかけ離れた次元に存在していた。とはいえ、私に、椅子に掛けて始業ベルを待つ現実の自分の姿が認識されていないわけではない。そういった自分のことも含め、すべての出来事を私は現実の自分の身体を離れた高い場所から意識しているのだ。あいかわらず周囲の仲間たちの動作はスローモーションの映像のように展開していて、ひどく精彩を欠いていた。

 この光景は私にとって大きな衝撃だった。というのは、いったん、自己の日常的な意識のレベルを超えた視点から見るなら、われわれがその客観性を疑わないで身を委ねている現実世界などというものは、いま目の前に展開している光景に如実に示されているように、操り人形のごとき虚な存在にほかならないからだ。そのような現実に立脚している私自身、すなわち椅子にもたれて始業ベルを待っている私についても同じことがいえるのだ。 『なんてことだ! みんながいる世界、今まで僕がいた世界は虚像じゃないか! 今、僕がいる世界こそ、実在の世界なんだ!』

 私は驚嘆しながら、心の中で叫んでいた。そしてこの事実をまわりの友人たちに知らせたい衝動に襲われた。自分の目の上を覆う、わずかベール一枚ほどの薄皮を剥取るなら、その上方にはこれまで味わったことのない実在の世界が広がっているのだ!と。

 それとも、これは夢なのだろうか? もし夢でないなら自分の体はここにあるはずだ。

 私は隣の席の友人に声をかけようとして思いとどまった。「僕をつねってみてくれ」そういうつもりだったが、それは二つの意味であまりに馬鹿げていたからだ。もしこれが夢なら、私は昨夜から延々と続く夢を見ていることになる。こんなことは私が狂ったのではない限りありえないことだ。それにこのような依頼に友人が応じるわけがない。

 二つ目は、これこそ、このときの真実の感情に近いのだが、仮に私を誰かに殴らせたとしても、その危害は私には及ばないことがわかっていたからだ。すでに私は、そのような物理的な暴力の手の届かない場所に存在して、力や利害が対立し合う中にいなかったからである。そのような領域を「実在」と呼ぶなら、まさに私のいる場所こそが、それであった。

 先生が入室しようとしていたが、私の中ではさまざまな感情があふれ出し、顔を上げていることができなくなっていた。真実を見せてもらっているという照明感、見守られつづけているという抱擁感、全体を共有しているという合一感と受容感、自分になり切っているという的中感、実在に至っているという至高感、などが大きな感動の渦となって私を呑み込み、涙が止まらなくなったのだ。それは私が初めて経験する「法悦」といわれるものの味わいだった。

 この想像を超えた感覚の領域は、もはや私個人に帰する意識の次元なのではなく、神に属することがらにちがいないと私は確信した。それはおそらく神が世界に対して抱く感情に限りなく近く、また神が自分に対してもつ認識の形に近いものだった。いうなれば神のそのような感情や自己認識が、私という一個の心理的精神的装置を通して、きわめて劇的な形で働いたことを意味していただろう。しかしそれはこの瞬間、私が神のように偉大な存在になったというようなことを意味しているのではない。神が私の心を通し、同時に私が神の心を通して、自分と世界を認識する神秘的合一の瞬間が、このとき、現実に存在したということに留まるのである。

 私はしばらくの間、机の上に教科書を立てかけるような格好で、あふれる涙を隠し、こみあげる鳴咽と肩の震えを咳払いでごまかしていた。このころになると、私は机を前にする自分にほとんど戻っていて、空中から俯瞰(ふかん)する鳥のような視座は消えはじめていたが、 悦惚とした法悦と実在感は、なおも強く私を支配しつづけていた。驚いたことに、その感覚は登校中であろうと、授業中であろうと変わりなく、ほぼ一週間も持続したのである。

 この期間中、私は本当の自分になり切っているという充実感に満たされ、ふだん見慣れている光景や事物の生き生きとした輝きに心を奪われつづけた。とりわけ登校中に見る道路沿いの雑草の群れの様子は、さらに私を陶酔させた。それらは、車がまきあげる粉塵にまみれた、なにげない草花のはずだったが、それらを覆う埃の粒子さえ、石英の粒のように燦々(さんさん)としているからである。

 明らかに、その輝きの方が真実に属していたであろう。目に映る愉しみ、心をはう快楽にのみ身を委ねていたなら、決して気づくことはなかったであろう世界、存在それ自体がすでに本質的に具有している悦びの世界が、私心からわずかにベール一枚離れた次元で拡がり、宇宙ともつながっているのだ。存在自体がすでにあまねく祝福されてあること、実在を観る日それ自体がすでにすべてを慈しむ目であることを私は知った。そしてこの知識は、以後の私のものの見方、考え方の核心となったのである。

 さらにこの期間を通して、私の身体そのものも異常とも思える変化の只中にあった。食事の量が激減し、それでいて全身の細胞には気力がみなぎり、直毛だったはずの頭髪は突然ウェーブを描くようになったのだ。頭髪のこの変化は二度と元に戻ることはなかった。


01/02/11 追加


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