呼吸―――光の充満




 呼吸は生命活動の基盤である。

例えば、あなたがここで3分間呼吸をストップさせたとしよう。するとどのような反応が起こるだろうか? 酸素の欠乏はあなたに苦痛を与え、生命を圧迫し、次の瞬間あなたは全身全霊でもって息を吸入し再び呼吸のサイクルを開始することになるだろう。水から上がった魚が生きていけないのと同様に我々はプラーナという名の不可視の生命力の海の中でしか生きられない。
 あなたが内なる世界に潜行し、沈思黙考したいと望む時もまた、あなたの魔術的な意志は深い呼吸を求める。日常での浅い胸式呼吸とは異なり、魔術で用いられるリズミックな複式呼吸は、むしろ全身呼吸と呼ぶに相応しいもので、肺の深部( デッドスペース )にまで酸素を送り込み、内臓に停滞している古い血を流し、新鮮な血をもたらすことによって内臓の諸器官を強化する効果を持っている。魔術的な呼吸は「力」の増大を促進し、自然原理との同調を生み、神性原理と結びついた「光」を身体に呼び込む作業となる。更にベーシックな呼吸の訓練は「中央の柱」を始めとした「力の技法」への門となる。広義の意味で捉えれば、「中央の柱」も魔術的呼吸の技法の一種である。その重要性はヘルメス学的実践魔術の基盤を形成する。

 古来より、息は生命・霊と捉えられてきた。肉体を用いた秘教的錬金術の観点から観れば、呼吸とは変成と肉体光輝化の鍵であった。息は肉体とより精妙な身体の各中枢に送り込まれ、細胞を活性化し、光をもたらす自然界からの贈り物であったのだ。
古代の哲人達は、世界に充満している「気息( ティモス )」が生命の根源であり、この希薄な流動体が身体に吸収されることによって、心が発生すると考えた。またヘブル語の息( ネフェシュ )は同時に「魂」を表す。アナクシメスの云う「空気である我々のプシュケーが我々をしっかり支えているように、気息( プネウマ )が全世界を取り巻いている」という言葉からも推察される通り、気息と心・魂との関連は古くから考察されていた。これらは単に生命原理の説明不可能な謎に対して古代人が思いついた空想でしかないのであろうか?

 では魔術的な観点から捉えた呼吸の意味について語ろう。魔術修行の為の呼吸は、あなたが日常生活で自律的・機械的に行っている単なる息の出し入れとは異なる。あなたは、日頃――歩行中や食事中、仕事や勉強に没頭している最中に「今、自分は呼吸をしているんだ」と改めて自覚したことがあるだろうか? 私の場合、答えはノーである。理由は簡単、その必要性がないからだ。翻って魔術修行の基礎としての呼吸は、少なくとも意図的に開始され継続されるものである。この場合の呼吸は単に意識を変成状態に落とし込む為だけに行われるのでない。むしろそれは結果論であることが後に理解されるだろう。確かにそれは重要な要素ではあるが、魔術的な呼吸は、魔術師の身体( 物理的な肉体にとどまらず )に「力」を呼びこみ、光を増幅する作用を併せ持つのである。また気息は意識に呼応し、意志の導きによって肉体の特定の部位へ集中あるいは、分散・循環させる事が可能である。秘教的錬金術では、この気息の性質を含め、この生命の力を「簡易の金」とまで呼んでいる。この生命のエネルギーは錬成によって、増幅し、肉体を強化/光輝化させる。

 生命の活発な流れ、プラーナは錬金術では「水銀」に対応する。「水銀」はまた霊・魂・体の三原理のうち「霊」に対応し、賢者の水、第一物質、月、全存在の種子ないし精子とも呼ばれる。従って、ヘルメス学的観点から観た場合の気息には肉体と精神を活性化するある種の生命力の流れが内在していると考えられている。プラーナという用語が飛び出したのでここでヨガの体系に云うプラーナと「火の蛇」の力、クンダリーニとの違いについて解説しておこう。私が学んだヘルメス学の伝統では、この二つのエネルギーを明確に区別している。プラーナは太陽と月の循環に影響される生命エネルギー( Vital Energy )であり、自然のサイクルからは全く独立しているクンダリーニ/霊的エネルギー( Spiritual Energy )の能動性に比べ、受動的である。Vital Energyは、勿論植物・樹木や動物達も保有・発散しており、彼らの生命原理を維持している極めて普遍的なエネルギーである。他方、火の蛇の力、Spiritual Energyは人類のみに宿るエルネギーであるが、通常この力は脊髄の基底部で眠っている。

 弛緩の訓練同様、呼吸の作業も多くの魔術師を悩ませてきた。その理由は弛緩の場合と同じである。最初の内は自分の上達が感じられ比較的楽しいものである。だが、その内に失望を憶えることになる。要するに退屈なのである。ただ無心になって息を感じ、数を数える。その作業の継続の何と刺激のないことか!!
では何故呼吸の訓練が退屈な作業となってしまうのか? 恐らく、その理由はその作業そのものが「心地よい」ものとなっていないからだろう。数息の重要性は軽視することができない。まず基本となる規則的なリズム呼吸に馴れることから、始めなければ次のステップに進むことは難しい。ここでは最初に「黄金の夜明け」団で採用されていた4-4-4-4のリズム呼吸( 四拍呼吸 )を取上げてみる。やり方は単純明快である。神の姿勢に座したまま、全身の力を抜く。だが、姿勢を崩してはならない。特に脊髄を真直ぐに保つことは重要である。もし、あなたが事前に楽園でのリラックスの実践を行っていた場合、中央の柱、スシュムナが弛緩され、気息がスムーズに流入する為の径が開かれている筈である。

 まず最初に肺の中の空気をすべて吐く。続いてあくまでも腹に主導権を置いたまま、複式呼吸によって「1・2・3・4」のリズムで息を鼻から吸い込む。その息を同じく「1・2・3・4」のリズムにて保持する。ここで注意すべき事は口を閉じたまま、無理をして息の逃げ道を閉鎖しないことである。止息時に自然と息が口から漏れるようであれば、そのまま無理に口を閉じないこと。でなければ、最悪の場合、肺を痛めてしまう。続いて「1・2・3・4」のリズムで鼻から息を吐く。最後に再び「1・2・3・4」の間、止息を行う。
以上で、ワンサイクルである。後はこれを延々繰り返す。とはいえ、いきなり30分や一時間の訓練を行う必要性は全くない。最初の内は5分で十分である。少しづつ、息を安定させながら、長く呼吸を続けられるように訓練していけば良い。
もし、止息の四拍が苦しいということがあれば、腹筋を鍛えてやればかなり楽になる。鈍った肉体には呼吸の作業はいささか辛いものである。男性であれば、一日30〜50回の腹筋を一週間、女性であれば15〜25回ぐらいの腹筋を一週間程行えば、驚くほど楽に呼吸できるようになるだろう。四拍呼吸を初めとした魔術的な呼吸法では常に複式呼吸が用いられるという事を念頭に置き、腹部に呼吸の主導権を持たせる全身呼吸を心掛けるよう注意する。

 四拍呼吸の訓練を行っている最中にリズムが崩れてくることがよくある。殆どの場合、四拍のリズムは少しづつだが、時間の経過とともに長くなったり、短くなったりしてしまう。安定した四拍呼吸を行う為には、自分のリズムを把握することが重要なポイントになってくる。安定した呼吸とは即ち、楽な呼吸であり、心地よいリズミカルな呼吸は、退屈な作業とはならない。イスラエル・リガルディーは「年間マニュアル」_The One Year Manual_という著作の中で、楽器店で手には入る電子メトロノームを補助的に用いることを提案している。事実、これらの電子機器は、自由にリズムを設定することが可能で、完全に一定のリズムを刻んでくれる。自分自身のリズムを発見した後は、その設定を保持し呼吸の訓練の時に、メトロノームをかければよい。これも一つの手法であろう。

 呼吸への集中力と意識の変成を促進する為に、呼吸のリズムに対応したマントラを用いる方法も比較的ポピュラーである。リガルディーの前掲書においては「Lord Jesus Christ, have mercy on me」が例として登場する。マントラは揺らぎがちな意識を一つの方向に拘束し、心のお喋り、ノイズを消去する働きを持つ。四拍のリズムに則したものならば、古代の格言や聖書の一節など様々な材料を利用することができる。

 呼吸の訓練に終わりはない。生命が続く限り、如何なる魔術師も呼吸の作業と対面することになるだろう。アレイスター・クロウリーはヨガのプラーナヤーマへの無限の挑戦を説いたし、東洋にも数え切れない程の呼吸、気のシステムが存在している。
ある時は、意識を変成する為に、ある時は不可視のエネルギーを肉体に充填する為に、様々な目的の為に魔術師は静かに座し、気息を巡らせるであろう。そして訓練が進めば、別のアプローチによって肉体が放射する生体エネルギーに自由に触れることが可能になるだろう。

 次に示すエクササイズは弛緩の作業同様、イメージ導入を伴う呼吸のエクササイズである。基礎となる四拍のリズム呼吸をある程度練習し、安定した複式呼吸を10分以上実践可能になった後に行うのが好ましい。


光の充満―――イメージ導入を伴う呼吸のエクササイズ


弛緩エクササイズの後、場の設定を保持したまま座す。今、あなたの肉体と精神はネクタルによって溶かされ、光の炸裂によって聖別されている。次にあなたは確固たる意志を持って、更に光を肉体に呼び込む作業を開始する。
依然として、頭上の白色の太陽は明るく、そしてこの上なく心地よい光を楽園全体に照射している。今や、楽園全体が喜びに満ち、彼の光と共鳴している。
あなたは彼方の地平線を凝視する。霧で霞んだ地の果てが今や、晴れ渡り、楽園全体に歓喜の季節が到来した。再び、あなたは頬を撫ぜる風を感じる。空間に充満する生命の躍動と歓喜が渦を巻き、螺旋に輝いている。その生命力の流れはあなたの肉体の隅々にまで等しく巡っているのだ。突如として、あなたは楽園そのものが、あなたの肉体でもあることを理解する。

四拍の複式呼吸を開始する。流入してくる息は輝く無形の光であり、聖なる炎でもある。鼻から入ってきた光の息は四拍のリズムに乗ってあなたの肉体の隅々までを光輝化する。止息の四拍で光は更に輝き、細胞を活性化し、あなたの内面の毒素を純化し、バランスを整える。そして、四拍の吐息とともに体内の不純物を体外へと連れ出してくれる。ここで四拍の止息を行い、白色の太陽の白輝光に触れたあなたの内部の不純物は一瞬にして、光の躍動へと変換される様を心の眼で見る。このプロセスを繰り返し、光のイメージと肉体を流れる精妙な力の流れを感じ取るよう努める。

この作業を満足のいくまで行った後、楽園と光イメージを保持したまま立ちあがり、両腕を頭上の白色の太陽に向かって掲げる。太陽の叡智と輝きの背後に存在する「光と闇の主」に対し祈りを捧げる。

     Holy art Thou, Lord of the Universe!
    Holy art Thou, whom Nature hath not formed!
    Holy art Thou, the Vast and the Mighty One!
    Lord of the Light, and of the Darkness!


 暫し、沈黙を置き、作業を終了する。この時、あなたは光のポジティヴな脈動と「光と闇の主」に対する感謝の念、心身の活性化を強く認識することができるだろう。