Paraglide America
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緑線が予定ルート赤線が経過ルート



6月6日
ノースカロライナのシルバに着陸
今日はもう一つ州境を越えてノースカロライナ州に入った。 運がよければ、幾つかの空港の間を縫うように抜けて、キティホークにたどり着けるかもしれない。だが、実際大西洋岸のどこに到着するかは、北は首都ワシントンから南はフロリダまでかなりの幅がある のだ。
キティホークまでもう600km程なのだから、自分がどの方向に向かえばいいかくらい分かりそうな ものだろう・・と思うかもしれない。しかし、今までもそうであったように、我々は全て風に任せているし、これからもそうするつもりだ。

旅の途中で降り立った所は、ほとんど常におもしろい場所だったということは、そこが行くにふさわしい場所だったのだ。 映画の台詞を引用すると「君がどこに行こうとも、君はそこにいる。」わけで、これは実用的な知恵の 言葉だと私は思う。結局、ほとんどの場所は極めて興味深く、人々はたいがい皆善良な人達なのである。

この旅の間、我々はごく少数の否定的な人に出会わないこともなかった。また、もし多くの新聞記事からアメリカという国を眺めると、国中、精神病者だらけだと思ってしまうかもしれない。本当のアメリカが知りたければ、新聞なんか読むよりも、足を一歩踏み出して現実の人々と会うことだ。空から地上に降りて来るという方法も悪くない。ともかくどこに行っても我々は良い人たちと出会い続けるだろう。
こういう物の見方は今までの私の経験から来る世界観みたいなものだ。 アメリカのメディアはあまりにもネガティブな面を取り上げるのに時間を使いすぎているように思う。 (私もメディアの一部かな?)ちょっと話題が脱線したようだ。

今日のテイクオフはヤング・ハリス大学の校庭から。ここの管理人は冬の間ソリが出来るように実にきれいに森まで続く芝生を刈り込んでいて、理想的なパラグライダーの練習場のようなスロープになっている。我々はほとんどパワーを使うことなくテイクオフすることが出来た。
Garyの今日の予報は悪くなかったが、しばらくして空は不穏な雰囲気になってきて、あちこちに大きな雲が立ち始めた。我々はグレートスモーキー山の南側、国立公園の森林の上を飛んでいて、緊急ランディング場所は限られている。 出来る限りリッジウインドとサーマルを使いながら高度2100m、ジョージア州の最高地点にまで上がった。下を見ると巨大な森の木々がまるで人工芝を敷きつめているように見える。幸いにも我々はそこに降りることは無かった。

雲から逃げるように東に向かって飛んだ。1km程の距離で丸い雲頂部分が見えていた。こんな雲はとんでもないパワーを秘めているものだ。そのうちあちこちの空が暗くなり始めたが、風はさほど強くなかったので、私は雲の前面に出てフライトを続けることにした。ジムはフランクリンの郊外に降りた。しばらくフライトを続けていた私も、間もなくして巨大な積雲に突っ込むしか道が無くなってしかたなくノースカロライナはシルバの近くの牧草地に降りた。
牛達は走り回るだけだが、馬達はもっと賢いらしくて、私や私の飛び道具に興味を持って近づいて来 る。カリフォルニアをテイクオフした時から、七面鳥の飼育場の上は飛ばないようにしていたが、我々は 一度もそれらを見ることはなかった。(エンジン音で1ヶ月はタマゴを生まなくなると聞いていたから)

午後はずっと雨だったので、シルバの町の探索に出かけた。ここにも素晴らしい歴史物語があった。明日も雨で飛べなければ大スモーキーマウンテン国立公園の見物に出かけたいと思っているが、たぶん雨は降らないだろう・・(ひどいジレンマだ!)

6月7日
ノースカロライナ州・シルバのフォートテイサムキャンプ場から直接UP。
今日はほぼ終日雨で、ユニット整備とホースシュー(馬蹄を投げて遊ぶ競技)の一日となった。
サザンスカイのクリス・バウエルが何時間もかけてユニットのメンテナンスに来てくれた。彼はアメリカのあらゆる場所にプロペラやボルトを送ってくれたり、これ以上望むべくもないアフターケアをしてくれている。 私のユニットはカリフォルニアを出発してからおよそ100時間運転しているが、クリスの完全な検査 の結果、大きな問題は無いことが分かった。
(この掲示板にもダクトファンや4 サイクルユニットなどで登場したことがあるサザンスカイのクリスは、Soloエンジンの大家でアメ リカではソロドクターと呼ばれることもある)

メキシコ湾に大きな嵐あって、遥か南部に大きな被害をもたらしているが、我々はノースカロライナの北の外れにいるので、明日は飛べる可能性がなくも無い。週末はいい天気になりそうだが、北風が強そうだ。
これまでのフライトの旅でかなり疲れているにもかかわらず、早く飛びたいという気持ちが出てくる。 訪れる全ての場所が心躍る冒険の連続なのだ。こんな素晴らしい時間の過ごし方が他にあるだろうか。

Q&A
Q:あなた(Will)のフライトログは良く書けていて面白いです。私は毎回そこから何かを学んでいます。
将来このフライトツアーについての本を書くつもりは無いのでしょうか?また、サーマルを使ったフラ イトについての本を書く予定はありませんか?

A:そう言って頂いて嬉しいです。しかし、我々はゴールまでまだ600km程残していて、 このフライトツアーを極力安全に成し遂げることに集中したいと思います。
私にサーマルフライトの本を求めるのはちょっと奇妙なことですが、私が自分で飛んでいるだけより も、人に教えることによって更に多くのことを理解してきたというのも事実です。人に教える為には空 や地上の何処を飛ぶべきか判断する上での微妙なヒントなどについて、自分自身より明確に理解してな いといけないからです。
もし、私の書いた本を読みたいという人がいるなら、ぜひサーマルやフライトそのものについて書きた いと思います。どこかこんなことに興味がを示す出版社があるでしょうか?

Q&A
Q:大体のフライトプランは別として、フライトルートは風向きに従う・・ということですが、風の道と地上の道が食い違うことこともしょっちゅうだと思います。 これは地上サポートのクルーにとっては問題ではないですか?RV車は使ってますか?

A:西部では道路の有る無しにかかわらず、良いサーマルやリフトがたくさん有ったので、我々は全て 風に従ってフライトしました。
ここ東部ではずっと多くの道路が有りますが、ランディング場所は遥かに少なくて、サーマルが見つからなかったり、燃料が切れたりした時のことを考えて、前もって決められてたランディング場に届く範囲をフライトするようにしています。
地上クルーは確実に我々を追っかけてあらゆる場所に駆けつけてくれていますが、実際のフライトコースには多少なりとも誤差が出ますから、予定よりも随分多くの距離、車を走らせないといけなくなることも有ります。

車はフォードのイクスペディションで古いトレーラーを引いています。イクスペディションはフォード 社からお借りしているもの。トレーラーは東海岸に到着したら売却するつもりです。かなりの値段で売れるかなあ・・?。

6月9日
ノースカロライナ州のシルバから東へ9km。
今日はしばらく忘れがたい一日となった。2日間雨に祟られたのでジムも私も地上クルーも、少しでも先に進むことを渇望していた。4時になって空が明るくなってきてすぐさまテイクオフ地点に向かった。天気はまだスッキリしないし、テイクオフ地点は決して良い場所ではなかったが、ともかく我々は 飛びたかったし、その可能性はあったのだ。
フォートテイサムキャンプ場から何人かの人たちが見送りに来てくれていた。テイクオフ場の所有者のアリソンさんディエツさんも・・このような地主の方達の寛大さが無ければこの旅は成立しなかったろう。

ただ、問題はランディング地点の替わりに設けられたテイクオフは(フライトの 連続性を保つ為に通常は正確にランディング地点からテイクオフする)高圧線に囲まれたゆる い傾斜地の林の中の狭い空き地だった。。私はジムと話し合って、もし風が最悪の場合は、アップヒルで(傾斜地に向かって)降りて来ることにして、グライダーを広げ、テイクオフを試みた。
ところが、ちょっとライザーを強く引きすぎた為にグライダーが前にかぶって、斜面に出来た穴に足を突っ込み、惨めな恰好で丘を転げ落ちてしまった。普通はこの種のテイクオフはなんら問題は無いのだ が、30kgもの扇風機を背中にしょっているので、力のかけやすいリバースライズを使わなかったのだ。 幸いにも怪我は無く、ガードとプロペラをだめにしただけだったが、強烈なアドレナリンが噴き出してきた。

替えのユニットが準備できるまで、ジムは待っていてくれたが、その間、幸運にも(皮肉)頭上に巨大 な雲が出現した。45分間大汗かきながら準備を済ませて、急いでテイクオフ・・ところが・・リダク ションベルトが滑っていて、どんなにエンジン回しても推力が出ない(車のクラッチが滑っているのをイメージしてもらえればよく分かると思う)。高圧線は近づいて来る。 私は常に万事完璧・・順調にいっている・・と書きたいところだが、実際の現実は毎日、精一杯の体験 の連続なのだ。

幸いにも多少の雨と共に雲底がグッと下がってきて、雲の吸い上げで雲底まで上げることが出来たの で、ランディングするのに安全な場所を数箇所見つけることが出来た。不穏な天気にちゃんと機能しないユニットしかない今の私にはありがたいことだ。7km程飛んで6本の高圧線に囲まれた場所(他よ りはましなのだ!)に転倒しながらランディング(一日のストレスが一気に開放された感じ・・)。間もなくジムも私に続いたがアプローチが伸びて非常に高圧線に近づいて危ないところだった。

このゲームは毎日が真剣勝負だ・・ちょっとしたミスが命取りになる。 キャンプ場での夜、我々の気分は落ち着いていた・・・ともかく、日頃の飛行技能とある種の幸運が最 悪の事態を回避させたのだ。我々は飛ぶことに気持ちが急いていて慎重さを欠いていた。フォートテイサムキャンプ場では歓待されて2日間を楽しく過ごしたが、空を飛ぶということはホースシューやバドミントンとはやっぱり違うのだ。私はジムと二人で今日起こったこと、その原因についてよく話し合った。そしてキティホークまでの残り600km程をより良いものにしようと決意し合った。

コンディションは厳しいが広大な平原がある西部と違って、木や高圧線が多くてランディング地点が限られている、というのが東部の現実で、この土地でのクロスカントリー飛行は全く新しい世界なのだ。

6月10日
シルバ→モラビアン(ノースカロライナ州) 227km

昨日は間違った冒険をしてしまったので、今日はまともなテイクオフ場を見つけることにした。そして シルバ空港が最適であることが分かった。そこは600mの山の頂上で、きれいに芝生が敷き詰められており、何エーカーも走ることが出来、滑空で降りれそうな場所がいくつもある素晴らしい場所だ。 空は遂に晴れてきて、3日間に渡る雨の後で比較的乾燥している。私たちはまたテイクオフにエネルギーが満ちてくるのを感じた。

Garyの予報では、早めに出発すればかなり距離が伸ばせる・・という明るいものだったので、1 0:30にテイクオフ、すぐさま1200mまで上がるリフトを見つけた。心地よいリフトの中で、ス ムースに旋回しながら上昇していくのはほんとに楽しいことで、昨日の苦闘とは大違いだ。我々はすぐ にサーマルを乗り継ぎながら移動し始めた。強くて快適なサーマルの中でグライダーがしっかり頭上で 安定しているくらい悪い記憶を消し去るのに適したものはないだろう。雲底まで達する強いリフトを楽しみながら、間もなくシルバの東方36kmの地点まで来た。

ジムはユニットの調子が悪かったので早めに降ろして、地上クルーと共に私を追跡することになった。 私の方はアッシュビルに非常に美しい場所を見つけたのでGPSでその地点の情報をキムとエリックに 送った後、そこにランディングして、彼らの到着を待つことにした。

当然ビルトモア(米国の高級ホテルチェーンの一つ)の土地を選んで降りたのだが、すぐに警察官がや ってきて、私が個人の所有物(土地)に進入したこと、どこにでも適当にランディングすると撃たれて しまう可能性もあるということを、丁寧に指摘した。 私も同感だった。彼も今まで会ったほとんどの 人達と同じように公正な態度で、再びテイクオフして移動することを勧めた。彼は本部に無線を入れ てParaglidAamericaのHPをチェックしてもらっていたが、「おい・・君達はすごいことやってるじ ゃないか!サポートの地上クルーをここに呼んで、空に帰りなさい」と言った。クルーを待っている 間、ビルトモアの不動産について極めて面白い専門的な話を彼から聞いた。
大富豪のバンダービルツがここに一時125000エーカー(1エーカーは約4000u)を持ってお り1890年から極めて順調に運用していた。私が飛び越えた豪邸は、ここの最初の発電設備の一つだったのだ。 バンダービルト氏は彼の不動産を農場から貸し別荘にいたるまで、うまく運用していたが、土地の90000エーカーをノースカロライナ州に寄付して、それが今日のピスガ国立森林になっている。その後の歳月の流れの中で土地は9000エーカーまで減少するが、明らかに良く手入れされてながら維持されている。 旅行者はこの土地を通過するときに料金を払わないといけないが、我が地上クルーはゲートを迂回して私を回収してくれたのだった!

ジムのエンジンは相変わらず調子が悪かった。私はすぐさまテイクオフして、結果的に2100mまで上がって、良い西風を見つけた。それからの数時間は一つのリフトの層の頂上まで達したら、次のより高い位置にあるリフトの層を使って上昇するなど幾つもの雲の層を利用した。私は今までこんな複雑なフライトをしたことはない。これは大空を理解しその働きを充分利用するのを練習するには間違いなく素晴らしい方法だ。

更に180km程飛んで、ロレインにあるセールプレーンの飛行場にランディング。更に再テイクオフの後36km程飛んでムーア山のフットランチドサイトハングやパラのエリア)に降りた。
ここでには何人かのパラグライダーパイロットがいた。今まであちこちで我々がやっていることを説明しなければいけなかったのが、ここではその必要が全く無い。我々は一時周囲の世界のこと忘れて、お話に夢中になってしまった。

夜はクリスやタミーと近くの飲み屋で一杯やって、だいぶ元気にはなったが、やはり1日7時間のフラ イトは疲れる。明日はミューア山のエリアでローカルの皆さんと飛ぶつもり。

6月11日
ミューア山エリアでのPGフライト→ウォールナットコーブ(ノースカロライナ)

この日はミューア山・・テイクオフもランディングも総芝生の恐らく東部で最も整備されたPGエリア で、キム(カリフォルニアを出発する前に膝を負傷して今まで飛ぶことが出来なかった女性パイロット)と共にタンデムフライト。 久々に重たいモーターから開放されてたフリーフライトを存分に楽しみながら、10月にTVで放映予定の番組の為のビデオを撮ったりした。

5400mまで上昇することも出来る広大な西部と違って東部の山々はさほど高くは無いが、谷が複雑 に入り組んでいる上に、森林が多く、ランディングできる場所が極めて限られている。ここで50kmもXCフライトしたら、ビールの一杯もおごらなければいけないだろう。

その後、アパラチア山脈を背後に残しながら、東に向けて100kmほどモーターフライト。森とタバ コ畑の中にあるウォールナットコーブの飛行場にランディング。いよいよ、キティホークまで残すところ僅かとなる。

6月12日
ウォールナットコーブ→ナッシュビル(ノースカロライナ) 218km

気持ちの良い素晴らしい朝だ。総芝生張りの空港ほど快適なテイクオフも少ない。ウォールナットクロ ーブ空港のスタッフは皆さん親切で、我々はAvガソリン(純度の高い航空燃料)を買った。(普通はレギュラーガソリン)

ジムはグライダーに付けたカメラからのケーブルがガードの隙間から入って、これで4本のプロペラ交 換。私は今まで2本!プロペラが安いものではないのは知っているが、人間が壊れるよりは道具が壊れる方がずっと良いのだ。

大気は非常に湿度が高く安定していて、私が「ヒメコンドルのリフト」と呼んでいるサーマルしかなか った。それは、強い場合もあるが直径が小さくてグライダーの半分程しかないので、センタリングしてもやっとレベルで留まれるかどうかという程度のものだ。

一度ランディングして、急速に蒸し暑くなる地面を去ってジムと一緒に1800mまで上げる。我々は ほとんどのPPGパイロットより高く飛ぶことを好むが、それは、エンジン停止後滑空しながらなるべく多くのランディングに適した場所を探す為で、めったに無いことだが、厄介なコラプスなどに遭遇した時も高度があれば安全なのだ。

だんだん増えてくる丘を越えた後で、アルカンサス以来の湿地帯にやって来た。 林や水やブッシュや蚊や蛇がごた混ぜになっているこんな所に降りるなんてまっぴらだが、カヤックで探索すると面白いに違いない。湿地帯は明らかに多くの生命が渾然と繁栄している場所で、私が見たことも無いような鳥が何百もいる。

ほとんどリフトが無かったので、エンジンのスロットルを最小限の位置で固定して、地表の様子をじっ くり観察することにした。 サーマルの中を飛んでいるときは、センタリングに全精力を注いでいるのでそんな余裕はないが、こう することでこの上ない窓から外を眺めるようなリラックスした気分で、足元を過ぎていく地表の景色を 眺めることが出来るのだ。低すぎも高すぎもしない高度で、タバコ畑や森や小川が互いに入り組んでい る様子を詳細に観察することが出来た。所々で蛍光色に光る農薬が湖に流れ込んでいるのも見えた。 ここには多くの人達が住んでいるが、まったく人間に煩わされることの無い森の広がりがあるのも事実だ。空中から見ると西部では森林の伐採が破壊的に見えたが、ここではやはり農業が環境に最も影響を 与えているのではないかと思える。

2時間ほど飛んで森と高圧線に囲まれた休耕地にランディング。地上は35度の高熱・高湿度だった が、我々の体はで冷え切っていたので温まるまで20分ほどかかった。ところが、それから汗だくにな るのはあっという間で、ジムと私は再び空中に舞い上がるまでにレッドブルの冷たい飲み物を2缶ほど飲み干した。

午後は安定した上昇率で1200mまで上昇。湿気を伴った靄が周りを覆っていて、上昇の途中で雲に 入っても分からないくらいだった。実際ジムはそうなって全く何も見えなくなった。
地上クルーにとっても我々の姿が見えないので、追跡するのは大変な苦労だ。しかも西部では東西に伸 びる舗装道路の上を飛んでいる無線を入れれば、彼らはその道をすぐに見つけることが出来たが、ここではそんな道は無数にあって、我々が6時間飛んだら、どっち向いて飛んで行くかはっきりしない我々 を追って彼らは6時間車の中にいなければならないことになる。それにしても、キムとエリックは地 の風や雷雲の情報やその他諸々の素晴らしい仕事をしてくれていて、私は、これ以上のスタッフはいないと断言できる。

キティホークまで後230kmほど・・こないだ南部を襲った嵐の余波が収まるまでここに留まることになると思うが、来週中(17日前後)にはゴールする予定である。

6月17日
6月17日・・・48日間、3000マイルのPPGの旅を終えて、パラグライ ド・アメリカチームは遂にアメリカ大陸東海岸・キティーホークに到着した!!

今日のレポートでは、キティホークへは実は16日にすでに到着していて、17日は前もってマスコミ や関係者に連絡しておいた午後4時「ライト兄弟記念碑」へのゴールに合わせての、このツアー初めてのランディング時間を決めたフライトになったのだ。
午後3時、当初予定していたテイクオフは風向きが悪く、急いで場所を移動して午後4時、10km程 離れた記念碑に向けて離陸。最後のフライトメンバーはオサールも加わって3人で記念碑上空を数回旋 回してランディング。ロガロ財団から記念盾を贈呈されている。(フランシス・ロガロとガートルー ド・ロガロは50年前ハンググライダ−の原型となったロガロ翼を開発した)

Willはかなり疲れているようで、また落ち着いた頃に今回のツアーの「まとめ」を書く予定。
最終日のフライト




FINAL LOG

こうして椅子に座ってファイナルログを書きながら、私はちょっと戦慄を覚えている。実際、この旅に 最後の言葉は無いのだから・・・過去2ヶ月で私たちが見、体験し、楽しんだことは、これからの私たちの人生から離れることはないだろう。

私は毎晩のようにこの旅の夢を見る。素晴らしいものもあれば、怖いものもあるが、この2ヶ月間の模 様は鮮烈に私の心の中に残っている。今まで書いてきたログはしばしば日々の旅に展望を与えるもの で、暑く長い一日の後でPCに向かってそれらを綴っていくのに気乗りしないこともあったが、メールを通して伝わってくる皆さんからのコメントや思いをいつも楽しませて頂いた。
このことが、モハベ砂漠の真中にいたり、5200mを超える高度で4時間を過ごした後で、遥か遠く に感じられるこの世界と私たちを結び付けてくれていたのだ。だから、いつものように特に順序だったものではないけれど、私がこの旅を終えて考えたことの幾つかをここに記しておきたいと思う。

1:空を飛ぶことは恵みである。もしあなた方が空を飛びたいとずっと思っていて、まだ実現していな いのなら、それがパラグライダーやセールプレーンやその他どのような小さな飛び道具(aircraft)であれ、ぜひ始めてみることをお勧めしたい。
飛び道具が小さいものであればあるほど、より迅速に大気や地面との関係が生まれてくる。気象担当の Garyは、私たちが飛行していた気象規模を「マイクロ気象」と呼んでいた。何故かと言えば、私た ちは高性能のセールプレーンや世界記録をつくるようなハンググライダ−に比べたら、はるかに限られ た範囲を飛行しているに過ぎなかったから。
しかし、私はゆっくり飛ぶことは良いことだと考えている。もし歩いて1〜2キロも移動すれば、その土地のことがよく分かるだろうが、何百キロも車で移動しても、地面が広いということの他はほとんど

何も知ることは無いだろう。 今私の頭の中には決して忘れることの無い、合衆国という一枚の絵がある。もちろん、もう一度訪れてみたい多くの場所も・・・。

成り行き任せで、出来る限り小さなフライトギアに頼りながら、風やサーマルの恩恵と共にゆっくり飛 行することは、疑いも無く私の好むフライトスタイルだ。
飛び終えたら翼をバッグに詰め込んで、飛行機で家まで帰ってくる・・・こんな自由を与えてくれる翼 は他には無い。少なくとも私にとっては、どれだけ遠くまで飛ぶかということと同時に、どれ位長く空中にいるか、が大事なことなのだ。

2:冒険は良いことである。それが大掛かりである必要は無い。野外に出て動物になること(鳥であれ何であれ)。そこが本当に現実が存在する場なのだ。

いつだったか、建物の「出口」の標識は、そこから本当の現実世界へ向かって入って行く所という意味 で「入口」と読み返られるべきである・・と何かで読んだことがある。
私たちは皆、生活の為に働く必要があり(もちろん私も!)、デスクワークやその他のことで時間を費やさなければいけないが、野外にいることは間違いなく人の魂を復活させ、素朴で古いものが良いもの だ・・と感じさせてくれる。それだけで充分なのだ。
友人と出かけるのも良いだろう。たぶん私たちは、オフィス(仕事場)が元々野外に適した私たち体や 心を死の縁に縛りつけるようになるまでは、そうやって生きてきたのだろうから。

反撃しよう・・その価値はある。誰ももう一日働いたらよかったな〜・・なんて思いながら死んでいく人なんかいない。あるノースカロライナの農夫は言っていた、「野外で過ごした一日は、一人の人間の 平均寿命の日数には入らない。何故なら、神はその一日を最後に返してくれるから。」
私はこの言葉を、仕事の締め切りで午後のジョギングや散歩やサイクリングが出来そうもないと思った 時に思い出そう。野外で過ごした良き一日の後で、もっと仕事に時間使うべきだったなー・・などと後悔することはまず無いだろう。

3:概して、北アメリカ、特に合衆国は広大である。モハベ砂漠の焼け付くような暑さは、私の記憶の中でその対照を成すアルカンザスやノースカロライナのアウターバンク(海に向かって広がる広大な浅 瀬)の霧に包まれた朝の情景にまで跳躍する。

それぞれの場所が独特の文化や地勢や形にならない「感じ・雰囲気」を持っている。
たぶんその大きさ によって、合衆国は同じ言葉を話し、同じような願望を持つ人たちの巨大なマーケットになっているのだ。ウォール・マート(大型集合商店街)やオフィス・デポット(巨大倉庫街)やマクドナルドやその 他の全国チェーン店は我々消費者の需要を満たすのに必要なものなのだろうが、私にとっての本当のアメリカは小さな町の個人経営の店にある。

グローバリゼーションと戦うことは、可能でも合理的でもないとは思うが、あなた方が何処に住もうとも、その「小さなもの」の為に戦うことは価値があると私は思う。これはまだ完成した価値観とは言えないが、ローカル(地方的)であることは、単に旅行者の視点からだけでなく、コミュニティー的市民 覚からも大事なことだ。

4:都市化は暴虐的である。商店街や住居を作る為に、国中でブルドーザーが太古からの穢れ無き原野を引 っ掻き回している。その結果は、計画性の乏しい細長いモール、交通地獄、郊外からの長距離化。私は元々の土地よりも良くなった駐車場を見ることが無かった。僅かな例外を除いて、何か価値あるものに開発された場所もアメリカ中にほとんど無かった。

「限りなき大地」は当初、北アメリカを開拓してきた人たちにとっての基本的な考え方で、簡単には拭えないものだが、もう見直すべき時が来ている。
確かに北アメリカは広大な大地だが、そんなに多くの土地はもう残っていないのだ。
もし私たちが更に必要以上のモール街や都市の大陸を求めたら、そうなるだろう。そして、その結果住むところが無くなって、まず姿を消すのはタカやその他の猛禽類だ。

私は開発自体に反対しているのではない。しかし、古いもののすぐそばに建てられている巨大な新しいショッピングモールを何度か見てきたし、これは深刻なスペースの無駄遣いだと思わずにいられない。
なんで、古い店を拡張しようとしないのか。新しいものを作る方が安上がりになるということは分かるが、それによって多くのものが失われるのだ。
ヨーロッパではいくらお金を持っているからといっても、家を建てる為に新しい土地を剥ぎ取ることなんか出来ない。私はそのような姿勢をこの国でももっと採用 すべき時が来ていると思う。

5:良きアイデアは、たとえ自分が何をやっているかよく分かってないとしても追求してみる価値がある。
私はこの旅を始めるまでPPGの経験は無かったが、出来るに違いないと思っていた。
私たちのことを、「大バカ者だ。死ぬに違いない」と言った人達もいれば、ただ笑って「幸運を祈る。」と言った人達もいた。ほんとに僅かな人達だけが、「素晴らしいじゃないか・・私も行きたいよ!」と言ってくれたに過ぎない。

この旅が成し遂げれれたのは、成功が保証されていたからではなくて、私たちが成功の可能性に賭けたからなのだ。

実際に何かをやってみることなく、失敗を回避する姿勢からは何も痛みは生じないが、そのような生き方からはあんまり面白いことは起こらない。キティホークではライト兄弟がどうやって飛行を可能にしたかを見た。無論それは私にとって貴重な啓示とも言うべきものだった。
フランシスとガートルード・ロガロもそこに生きていた。彼らはロガロ翼を作り、皆の楽しみの為にその特許を公開することによって、同じことをしたのだ。私たちはこれらの非常に度量の広い先人達のおかげで大陸を横断する事が出来たのだ。

6:この旅は、このログを呼んでくださっている皆さんも含めて、多くのサポーターによって可能となった。キムとエリックはイクスペディション(フォードのRV車)で地上サポートに奔走してくれた。
スコットとダリルとアンナはイクスペディションで非常に長い距離に渡ってビデオやフィルム撮影してくれた。ゲリーはどこにあっても毎朝、気象情報を提供してくれた。最後に多くのスポンサーがこの旅に現実性を与え、どう考えても空想的な私たちの夢を信じてくれた。

レッド・ブル社(エネルギー飲料などの会社でWillは過去にもスポンサード されている)は文字通り(文字通りじゃなくても)翼を与えてくれた。私たちは一人一日平均 2缶(ハードな日はもっと)のエネルギードリンクを消費し、これは効いた。サザンスカイのクリスと タミーは何時間も電話でアドバイスをくれたり、どこにいてもユニットのスペアパーツを送ってくれ た。スーパーフライはグライダーとリペアキットを提供してくれた。オゾンのオクタン(グライダー)は私が使った中でも際立って素晴らしいグライダーで、かつてこんなに信頼でき、楽しめたものは無い。(Willは様々な高度で計4回コラプスを経験したが全く問題が無かったとも言っている)
イリジウム衛星電話はどこにいてもコミュニケーションを可能にした、ライ フセーバーだ。 フォードのイクスペディションはどんな過酷な道中も全く問題なく、重いトレーラーを引きながら動い てくれた。キムとエリックはその快適性と機能性をよく知っている。ブッシュネルは双眼鏡を提供して くれて、そのおかげで地上クルーは飛行中の私たちの姿を見失うことが無かった。

これら数行の言葉では、とてもサポートしてくれた方々に対する私の感謝の気持ちを表し尽くすことは 出来ないが・・・ともかく有難う!!

皆さんにとって良い夏になりますように・・また充分に強いサーマルと良い方向からの風が吹きますように。

最後に:もし私のログをお楽しみいただけたら、是非「ハヤブサ基金のサイト」を訪れ てください。ここほんとに素晴らしい組織でサポートするに価値ある団体です。



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