源重郎池
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相生市矢野町小河(おうご)の源重郎池(げんじゅうろういけ)へ行ってきました。この池は、小河村の百姓、源重郎家が、享和2年(1802)から天保6年(1835)にかけて、3代にわたって私財を投じて築造し、修理した灌漑用の溜め池です。

 小河は南北に細長い谷あいの村落で、用水源は谷間を細々と流れる小川しかなく、20町あまりの水田は絶えず干ばつに悩まされていました。日照りが続けば、たちまち飢饉が起こっていました。それが、源重郎池が出来てからは小河村には飢饉がなくなったといわれています。

 村人は報恩のため、池の水を落とすときは、先ず源重郎家の水がめ、風呂の水を汲んでから水を引き、干ばつでもこの家の田の水は涸らさぬように配慮したといわれています。

 平成元年(1989)6月18日の「雀の声」(「相生ライフ」紙のコラム)は、龍野史談会の老先生からこの話を聞き、「相生に住みながら誇らしいこの池の歴史も知らぬ不明を恥じながらも、嬉しく感じた」 と記しています。

 「相生市史」第2巻(588〜594ページ)には、堤防の構造や工事費用などの詳しい資料も紹介されています。

 源重郎池は、小河の集落の一番奥(北の端)にある明神橋から谷沿いの道をさらに約4km入ったところにあります。標高は約370mで、天下台山の頂上(321m)よりも高いところです。道は少し荒れていますが、小型の四輪駆動車なら通行可能です。池は平成2年に大規模な改修工事が行われたようです。その記念碑の横に、梵字と「享和二年」の銘が読みとれる石碑があります。下の写真に写っている山の向こうは上郡町の鞍居になります。いかにも山上の池といった、静かで明るい感じです。

(写真はクリックすると大きくなります。)


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 途中の谷沿いの道で、捕虫網を持ったおじさんを見かけました。そういえば黒っぽい小型の蝶がたくさん飛んでいました。ひょっとするとこのあたり、その筋では有名な蝶の名所なのかも知れません。
 

 周辺地図(2000年8月28日追加) 


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