ヒガンバナ(彼岸花)
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Last Updated on 2001/09/19 



 ♪♪ 赤い花なら曼珠沙華〜 ♪♪ と歌われたあの花です。死人花(しびとばな)とも呼ばれ、昔は嫌われたものですが、近頃はガーデニングブームにのって、装いも新たに『リコリス』という名前で登場したり、土手やあぜに一面に咲く花が、村おこしイベントの呼び物になったりしているようです。

 当地(兵庫県相生市付近)では、名前の通り、秋の彼岸(秋分の日)の頃に咲きます。昨年、一昨年は残暑が続きましたが、それでもいつも通り、彼岸に咲きました。今年(2001年)は1週間ほど早いようです。下の写真は、揖保川町原で撮ったものです。

(写真はクリックすると大きくなります。)


2000/09/25


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2001/09/18


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 原産地は中国の長江上流域で、日本へは約2500年前、稲作技術と同時期に伝来したと考えられています。田圃のあぜに多いのは、毒性を利用して、野ネズミの害(あぜに水漏れ原因の穴をあける)を防ぐとか、飢饉のときに毒抜きして食べるため(救荒植物)だといわれています。岩手県では、天明の飢饉(1782〜1787)で人口の3分の2が死に絶えましたが、そのときヒガンバナを手に入れることができた村だけが残ったそうです(一戸良行著 『毒草の雑学』による)。

 ヒガンバナの球根には、アルカロイドの一種のリコリンという毒が含まれていますが、同時に多量(重さの約10%)の澱粉も含まれています。したがって、毒抜きをすれば、食料になるわけです。日本経済新聞(2000.9.20)の文化欄で有薗正一郎氏(愛知大学教授)が紹介している毒抜き法は、次の通りです。

 球根を洗ってからつぶし、灰汁(あく)で数時間煮る。その後、水に漬けて毒を流し去る作業を繰り返す。

 植松 黎 著の『毒草を食べてみた(文春新書)』には、能登の老婆がヒガンバナの澱粉で作った餅(ヘソビ餅)を、著者(植松氏)と2人で食べる場面があります。その餅の作り方は次の通りです。

 ヒガンバナの球根の外皮を剥ぐ → 中身をすりこぎでドロドロにつぶす → 石臼でさらに細かく挽く → 清水で繰り返し洗う → 水底に残った澱粉を天日に干す → 得られた粉(澱粉)と同量の水を鍋に入れ、ワラビ餅の要領で、糊のようになるまで煮つめてから容器にあけ、冷やしてかためる → きざみネギと味噌(または醤油)をつけて食べる

 筆者は中学時代に、ヒガンバナの毒成分(リコリン)を取り出そうと球根を刻んでいて吐き気を催し、寝込んだことがあります。そのリターンマッチにと、長男が中学生になったとき、『親のかたきを取ってくれ』とけしかけて、夏休みの自由研究に「ヒガンバナ澱粉の採集」をやらせました。首尾良く灰白色の粉末が得られ、ヨード澱粉反応でそれが澱粉であることも確認しました。しかし毒抜きが完全であるという保証は無いので、試食はしませんでした。このとき長男は、どこからか次の一句を探してきて、自由研究レポートの結びに使いました。

 曼珠沙華咲いて ここが私の寝るところ   山頭火
 


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