Dの作曲家



アベル・ドゥコー Abel Decaux (1869-1943)

フランスのオルガン奏者,作曲家。本名アベル=マリー・ドゥコー(Abel-Marie Decaux)。1869年オーファイ(Auffay)生まれ。父から最初の音楽教育を受けた後,1890年にパリ音楽院に進んでシャルル・マリー・ウィドールとアレクサンドル・ギルマンにオルガン,テオドール・デュボワとアルベール・ラヴィニャックに和声法,ジュール・マスネーに作曲法を師事。オルガン科で一等を得て卒業した。聖ジェルヴェ教会のオルガニスト,次いでスコラ・カントールムのオルガン科の教授を務めるとともに,25年に渡ってモンマルトルのサクレ・クール(Sacré-Coeur)教会付オルガニストの地位にあった。その後渡米。1923年から1937年にかけては,イーストマン音楽学校のロチェスター校でオルガン科の教鞭も執っている。楽史上はシェーンベルクが先鞭をつけたとされる無調技法に1900年の時点で手を染めており(「月の光」第1曲),完全に先んじていたが,圧倒的な寡作のため知られることなく,現在演奏の機会が与えられているのは4曲からなる『月の光』ただひとつだけである。のちにレジオン・ドヌール賞受賞。1943年3月19日死去。


主要作品

オルガン曲 ・アヴェ・マリス・ステラ ave maris stella (-) <org>
歌曲 ・夜はかくの如く c'est la nuit (-)
・蒼白の月 la lune blanche (-)
・歌 chanson (-)
ピアノ曲 ・月の光 clairs de lune
 1) 真夜中過ぎ minuit passe (1900)
 2) 路地 la ruelle (1902)
 3) 墓地 le cimetière (1907)
 4) 海 la mer (1903)

・ジーグ ト短調 gigue en sol mineur (-)
・「ねぇ,聞いてよお母さん」の主題による華やかな変奏曲 variations brillantes sur 'ah! vous dirai-je maman' (-)


ドゥコーを聴く


★★★★☆
"Sillages (Aubert) / Tombeau de Claude Debussy (Dukas; Roussell; Malipiero; Goossens; Bartok; Schmitt) / Tombeau de Paul Dukas (Schmitt) / Clairs de Lune (Decaux)" (3D : 3D 8005)
Marie-Catherine Girod (piano)
近代ファンのジャンヌ・ダルクことジロ女史のCD中でも,これは最もロコツに趣味丸出しの一枚。分けても白眉となるのが世界初録音のドゥコーでしょう。ドゥコーはシェーンベルクが開祖だと思われている無調技法をいち早く編み出した先見の明の持ち主。早くも第一曲(1900年)の装飾音に,モロ無調のフレーズが現れます。なろうと思えば偉人になれたのに。奥ゆかしいといえばそうなんでしょうけど,それが仏音楽を近現代音楽史の中でマージナルにしちゃったんですから責任重大です。尤も,その後の音楽史において無調は,シェーンベルクが自らとその信奉者を音楽史上におけるいち派閥へ昇格させるための半ば手段として,机上の楽理遊びの道具にされた嫌いがある。そんな結末をみれば,あくまで夜の神秘を表現する上で,音楽的な効果を上げるため無調を差し挟んだドゥコーが,『月の光』で満足しちゃったとしても無理ないのかも知れませんし,それはむしろ,無調もあくまで音のパレットを豊かにする絵の具の一つに過ぎないことを予見した先駆者一流の達観だったのでは。作風はそんな達観を反映してかカミソリの如く鋭角的。ドビュッシーが『映像』を書いた当時,密かに同じくらいハイな作曲家がここにもいたと感嘆。茫洋と霧散した旋律や形式はドビュッシーに源を発していますが,ドゥコーのそれは無調との境界線上に位置しているため,口当たりはより晦渋でデュティーユ的です。後期スクリャービンやデュティーユのソナタ,ドビュッシーなら『6つの古代の墓碑銘』あたりを聴ける方にのみお薦め。(付記:本CDの入手に際してはmyaさんのご助力を頂きました。有り難うございます)

(2003. 2. 13)