Hの作曲家



パトリック・ハドリー Patrick Hadley (1899-1973)

イギリスの作曲家,指揮者。ミドルネームはアーサー・シェルドン。1899年3月5日ケンブリッジ生まれ。ウィンチェスター校を出たのち,第一次大戦へ従軍。フランス戦線に配属され,1918年に戦闘で右足(膝下)を失った。戦後,ケンブリッジ大学ペンブローク校へ進学。その後,王立音楽学校へ進んで,チャールズ・ウッドおよびヴォーン=ウィリアムスへ師事。また,指揮法をエイドリアン・ボールト,マルコム・サージェントにも学んだ。次いで1925年から13年間,王立音楽学校で教鞭を執り,その後同大学ゴンヴィル(Gonville)校およびカイウス(Caius)校の研究員にも就任。第二次大戦中は,ケンブリッジ大学音楽協会から指揮者に任ぜられ,ディーリアスの作品を多く演奏。戦後その功績が認められて,1946年に同協会会長に選ばれ,1962年に職を辞すまでその地位を全うした。バックスやモーラン,ロースソーンら同時代人と親しく交流。彼らの作品に通じる英国流ポスト・ロマンティックな書法を基調に作曲。ハンディキャップにもかかわらずハイキングを好むなど自然を愛し,イギリスの風景を題材とした作品を遺した。1973年12月17日ヒーチャム(Heacham)にて死去。


主要作品

管弦楽曲 ・交響的素描【優しき誘い】 kinder scout: sketch for orchestra (1923)
・或る春の朝に one morning in spring: sketch for small orchestra (1942) {small-orch}
歌曲 ・森の民 scene from 'the woodlanders' (1925) {sop, chamber} {sop, chamber}...T. Hardy詩
・マリアンナ Mariana (1937) {msp, chamber}...
A. Tennyson詩
・【チェンチ】より lines from 'The Cenci' (1951) {sop, chamber}...
P.B. Shelley詩
合唱曲 ・交響的バラード【聳える木々】 symphonic ballad 'the trees so high' (1931) {btn, choir, orch}
・麗しの奥方はもう結構 la belle dame sans Merci (1934-1935) {tnr, choir, orch} ...
J.Keats詩
・ソロモンの歌より【私の好きな口調】 my beloved spake (1938) {choir, p, org}
・旅行者たち travellers (1942) {sop, choir, orch} ...
A. Pryce-Jones詩
・丘陵地帯 the hills (1944) {sop, tnr, bas, choir, orch} ...
Hadley詩
・フェンとフラッド Fen and Flood (1954-1955) {sop, bas, choir, orch} ...
C.L. Cudworth詩
・コヌマラ Connemara (1958) {sop, tnr, bas, choir, orch}...
Cudworth詩
・開けられた門 the gate hangs high (1960-1961) {3vo, hrp} ...
Cudworth詩
・緩やかな瞑想曲集 cantana for lent (lenten meditations) (1962) {tnr, bas, choir, orch, org}
典拠 Wetherell, E. 2004. Patrick Hadley. In 'New-grove online'. Oxford Univ.Press.


ハドリーを聴く


★★★★
"The Island (Sainton) : The Trees so High - Symphonic Ballad (Hadley)" (Chandos : CHAN 9181)
Matthias Bamert (cond) David Wilson-Johnson (btn) Philharmonia Orchestra & Chorus

スイス出身のバーメルトは,ジョージ・セルの助手として経験を積んだのち,1977年にバーゼル放送管の音楽監督,1985年にスコットランド響の主任客演指揮者となって頭角を現し,1993年にロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの音楽監督となった当時気鋭の指揮者。スイス出身でありながら,英国周辺で評価されるに至った理由の一端が窺えるのが本盤。現在手軽に入手できるCDで,セイントンが聴けるのは,今もこのバーメルト〜フィルハーモニア管の2枚だけではないでしょうか。作曲者の名を一躍高めた『島』は1942年,BBC響に初演され,これを聴いたヘンリー・ウッドが絶賛。1948年にはバルビローリにも評価されてチェルテナム音楽祭で披露され,その後1960年代には度々上演される人気演目だったとか。果たして,『選ばれた乙女』当時のドビュッシーに通じる洒落た転調技法と優美な和声感覚,それでいて拍動はより明快かつエキゾチックで力感に富み,モーランやバックスを彷彿させる。中程の敷衍部はまだ練り込める気もしますし,唐突に幕が下りる終局は呆気にとられるほど尻切れトンボなんですけど,とても本業がヴィオラ弾きだったとは思えない立派なものです。今なお追随する録音はないようですが,これほどの健筆が放置プレイとは勿体ない。ぜひ浮かばれて欲しいですねえ。併録のハドリーはV=ウィリアムスの弟子。セイントンほどではないにしろ,彼もまた忘れられた作曲家です。こちらはより女性的で穏健な英国ロマン派。自然を愛した作曲家らしく,曲想は田園詩風。良くも悪くもドイツ・ロマンティックな懐古趣味と,マイペースな長閑さが漂う。同じことを語るのに,時間を多めに取るのんびりした語り口は評価を分けるでしょうが,分刻みの忙しい聴き方を止めて聴けば,隠居後の老人が手すさびで風景画を書いているような,穏やかな風情のある佳品だと思います。

★★★★
"Nadir / The Dream of Marionette (Sainton) : La Belle dame sans Merci / One Morning in Spring / Lenten Meditations (Hadley)" (Chandos : CHAN 9539)
Matthias Bamert (cond) Neill Archer (tnr) Stephen Richardson (bass) Philharmonia Orchestra & Chorus
1992年に第1弾(上記)を録音後,4年を経て制作されたセイントンとハドリーの折半録音第二集。バーメルトはこれと前後して,ロンドン・フィルを率い,同郷の偉大な才能フランク・マルタンの管弦楽作品を連続録音し,その名を高めることになります。その堅実な指揮振りはこの2枚でも充分に堪能できましょう。1942年に書かれた『ナディア』は,当時ブリストルで従軍していた作曲者が,子どもの爆死するところを目の前で見てしまい,衝撃を受けて書いた《交響的哀歌》。そんな動機もあってのことでしょう。主題も明快で拍節もきびきびとしており,掴み所がはっきりしていた『島』と比べると,特にリズム面で格段に入り組んだ筆致になり,国民楽派風。フランス近代の優美な風情と洒落た和声感覚は希薄になり,バックス流儀の重厚かつ厳しい佇まいが全体を支配します。1929年に書かれた『マリオネットの夢』は対照的に,ぐっと女性的で優美な曲想。第三楽章「夢」は,ピノキオが夢見る王宮の舞踏会のように,優美でフランス的。形式は後期ロマン派で,和声はドビュッシーの必勝パターンです。二曲を比べるに付け,作曲者としての彼は,フランス音楽礼讃から出発し,やがて英国人である自己の立ち位置を見定めて,自己の語り口を深めていった人と云うことになるのでしょう。併録のハドリーも,第一集同様の持ち味を発揮。時間をゆったり取り,後期ホルスト風の不穏な影を漂わせつつ,マイペースに田園詩を展開する。ちょっと掴み所に乏しく聞こえるのですが,これは演奏にも少なからず原因があるでしょう。付帯される合唱隊が,オーケストラとは比べようもないほどに訓練不足。二割は評価を下げているのは残念としか言いようがありません。

(2006. 2. 7 uploaded)