Lの作曲家



オベール・ルムラン Aubert Lemeland (1932 - )

フランスの作曲家。1932年12月19日,ノルマンディ地方マンシュ県(Manche)ラ・ヘユドピュイ(La Haye-du-Puits)生まれ。フランス器楽アンサンブル(L' ensemble de chambre Français)の創設者。シェルブールでピアノとチェロを学ぶ。1948年にパリへ移り,その後はパリを拠点に活動。1987年から仏作曲家・作詞家協会(SACEM)終身委員。1995年に『オマハ』と『散華した兵士達の歌』の録音でシャルル・クロ賞を受賞している。少年時代に連合軍のノルマンディ上陸作戦を目の当たりにし,生涯に渡って引きずって作曲活動をしているようですが,現在詳しい経歴は調査中。作品が素晴らしい上に情報皆無なので,取りあえず仮アップしました。


主要作品

オペラ/歌劇 ・勅令文書 Laure ou la lettre au cachet rouge (1994) {sop, tnr, btn, bass, orch}
管弦楽曲 ・交響曲第1番 première symphonie(1975)
・追悼 memorial. Dieppe 19-08-1942 (1993)
・交響曲第9番 neuvième symphonie (1997)
・交響曲第10番 symphonie No. 10 'letzte briefe aus Stalingrad' (1998) {narr, sop, orch}
・交響的即興曲 作品21 impromptus symphoniques (-)
・ダブル・コンチェルト double concerto (-) {strings}
・水平線の状況 第3番 état d'horizon No.3 (-)
・金管のための交響曲 symphonies pour cuivres (-)
・サミュエル・バーバーを偲んで élégie à la mémoire de samuel Barber (-)
協奏曲 ・葬送協奏曲 concerto funèbre (1992) {vln, orch}
・ヴァイオリン協奏曲 作品128 concerto pour violon et orchestre (1985) {vln, orch}
・ヴァイオリン協奏曲 作品148 concerto pour violon et orchestre (1985) {vln, orch}
・ハープ協奏曲 concerto pour harpe et orchestre (-) {hrp, orch}
室内楽 ・不十分さ scantions (1969) {ob}
・5つの小品 作品20 cinq pièces (1970) {cl}
・夜想の音楽 作品18 musique nocturne (1973) {5winds}
・変奏二重奏曲 作品77 duo variations (1978) {fl, g}
・ジョン・コルトレーンの墓碑銘 epitaph to John Coltrane (1979) {sax, p}
・3部の譜面 作品46 three score set (-) {cl, p}
・イース 作品47 Ys (-) {g}
・5つの新奇な小品 作品62 cinq nouvelle pièces (-) {cl}
・弦楽三重奏曲第4番 作品75 trio à cordes No.4 (-) {vln, vla, vc}
・夜想四重奏曲 作品93 noctuor (-) {4sax}
・バラード 作品94 ballade (-) {vib}
・7つの前奏曲 作品96 sept préludes (-) {vib}
・ハープのための哀歌élégie (-) {hrp}
・弦楽二重奏のための哀歌 élégie (-) {vln, vc}
・3つの楽章 trois mouvements (-) {2vln, vla, vc}
・夜の鳴動 night vibes (-) {vib}
・水平線の状態第2番 état d'horizon No.2 (-) {4fl}
・遙かなるホルンの響き cor lointain (-) {hrn, p}
・田園詩曲 pastorale (-)
・吹奏五重奏曲第3番quintette à vent No.3 (-) {5winds}
・アルベール・ルセルへのオマージュ hommages à Albert Roussel (-) {g}
・夜想エピローグ epilogue nocturne (-) {4sax}
・喜遊曲 divertissement (-)
・フルートと弦楽三重奏のための四重奏曲 quatuor pour flûte et trio à cordes (-) {fl, vln, vla, vc}
ピアノ曲 ・コラール風変奏曲 作品4 choral variations (1954/1959)
・ソナチヌ 作品129 sonatines (-)
・夏の海景 作品131 marines d'été (-)
・兵士たちのバラード 作品171 ballades du soldat (-)
・5つのエピソード cinq episodes (-)
歌曲 ・3つの海画 trois marines (-) {btn, g}
・ある日の出来事 les nouvelles du jour (-) {btn, g}
・オガール高原 Hoggar (-) {btn, g}
・サハラ砂漠のように Sahariennes (-) {btn, g}
・7つの歌への前奏 sept préludes chantés (-) {btn, g}
合唱曲 ・アメリカの戦争レクイエム American war requiem 'Normandy, 1944' (1991) {sop, hrp, choir, strings}
・散華した兵士たちの歌 作品156 chants pour les soldats morts (1993) {sop, hrp, recit, 2hrn, strings}
・エピローグ【泥干潟の中で】 作品164 à l'étale de basse-mer (1995) {sop, choir, orch}
・時の光景 作品153 time landscapes (-) {sop, orch}
・飛行機乗りたち 作品159 airmen (-) {sop, recit, hrp, strings}
・オマハ omaha (-) {choir}


ルムランを聴く


★★★★★
"Omaha / Chants pour les Soldats Morts / Concerto pour Harpe / Élégie à la Mémoire de Samuel Barber" (Skarbo : SK 2338)
Marc Tardue (cond) Carole Farley (sop) Francine Bessac (choir dir) Sabine Chefson (hrp) Cordes de l'Ensemble Instrumental de Grenoble
あまり有名ではないながら,ケックランやクラの室内楽ものなど,実は密かにカタログ豊かなスカルボは,10年ほど前からこの作曲家に肩入れ。これまでに数枚の作品集を録音しています。このCDもその一つで,弦楽オーケストラを主体とした大編成アンサンブルを従えての『散華した兵士たちの詩』に,ハープ協奏曲とバーバーへ捧げた哀歌を収録。1932年生まれの彼は世代的にはデュティーユの次にあたります。果たしてその作風は,ドビュッシーからケックラン経由でデュティーユやオアナ方向へと延びる【低体温高流動】型作家の一人といった筆致。高度な旋法表現を駆使して,和声・旋律を拡張・解体していくという方法論をとり,あからさまな前衛臭はほとんど感じません。いつも同じ形容になってしまい恐縮ながら,純音楽版の久石譲と形容すると,一番分かりやすいのでは。中でも歌曲作品は編成からでしょうか。ラヴェルの傑作『ステファン・マラルメの3つの詩』をドビュッシーの流儀で書いたような,得も言われぬ深遠な筆致に感服します。録音もアンサンブルもなかなかに健闘しているこの盤に,唯一残念な点を上げるとすればソプラノ歌手。声質はドーン・アップショウにどことなく似ており,なかなか澄んでいて美麗ですし,ピッチも正確で一聴なかなかの技量。ただ,惜しむらくは表裏声の境界領域のコントロールに少し不安を残すことです。このためファルセットを含む大きな跳躍の際に,声量不足のためか少しコントロールが不安定になり,ヨレてしまう。尤もこれはもう贅沢の域。このマイナー作家を再発見するには十分な演奏パフォーマンスだと思います。

★★★★☆
"Symphonie No.8 / In ricordo Arturo Toscanini / Battle Pieces / Symphonie No.9" (Skarbo : SKA DSK3046)
Marc Tardue (cond) Orquestra Nacional du Porto
購入後しばし熱が冷めてしまい,買ったはいいが半ば放置してしまったルムランの2005年盤。スカルボが進めている管弦楽作品の連続録音,その新しいヤツです。グルノーブル器楽アンサンブルとのコンビで録音を進めていたのが一転,今回はポルト国立管なる耳馴染みのないポルトガルのオケに変わったのが相違点ですか。指揮を執るタルデューが,1999年からここの音楽監督になっていたと知ったところで,スカルボの並々ならぬ肩入れが誰の肝煎りだったのか,何となく分かってしまった気がする昨今です。一流オケと同等とはいかないものの,今回のポルト管も演奏水準はグルノーブル並みの高水準で,「これで我慢しな地雷が炸裂しないか」という,恐らく皆さんにとって最大の不安材料は払拭。残る不安は,収録された作品がルムラン的な美点を上手く救い取った選曲かどうかの一点のみ。蓋しこの人は,体位法的センスはあまり秀でておらず,美旋律と和声の繊細さで聴かせるタイプ。縦軸を練り上げた構築的な交響作品よりは,簡素かつ感傷的な主旋律と,それを支える優美でほの暗い弦部の和声とで構成された,管弦楽的小品のほうにより美点が色濃く出る人でしょう。本盤でも,弦楽のために書かれた『トスカニーニ・・』と『戦いの小品』はさすが。艶めかしくも美しい弦部が感傷的でもの寂しい主旋律に妖しく絡み,目下彼の最高傑作と思われる『ハープ協奏曲』彷彿の効果を挙げていると思います。そのいっぽう,バーバーやショスタコを意識しているらしい彼の第九交響曲は,何となく雑然としていて生真面目な課長補佐止まり。音的にも何だか陰気な「ミヨーっぽい・・」気がしたのですがいかがでしょう?(苦笑)。

★★★★☆
"Airmen / Epilogue / Mémorial / Time Landscapes" (Skarbo : D SK 3945)
Marc tardue, José Serebrier (cond) Carole Farley (sop) Pamela Hunter (recit) Ensemble Instrumental de Grenoble : Staatsorchester Rheinische Philharmonie : Ensemble Vocal Francine Bessac
本盤は厭戦作曲家ルムランが1990年代に書いた,管弦楽および管弦楽付帯の歌曲4品を併録している作品集。アメリカ人指揮者マーク・タルデューとグルノーブル器楽アンサンブルのコンビで吹き込まれた『飛行機乗り』と『エピローグ』に,セレブリエール指揮ライン州立管の『追想』と『時の風景』の2編が併録されています。散華した英空軍飛行兵の詩をもとに書かれた『飛行機乗り』は,ソプラノ,朗唱とハープ,弦楽の編成。こう書けばお察しいただける通り,深い内省性を帯びた瞑想的な曲想は姉妹品『散華した兵士たちの詩』にそっくり。しかも同曲を上回る完成度。合唱とソプラノ,弦楽のための『エピローグ』も,元は『アメリカの戦争レクイエム』から抜粋編曲したもので,彼一流の繊細な弦あしらいを存分に堪能できます。別盤に併録されていた『追想』,ソプラノと管弦楽のための『時の情景』では管楽器も入り,幾分曲に躍動感が生じる部分も出てきますが,やはり全体に渡って,物悲しくどこまでも瞑想的な筆致は不変。やはり多作家だったミヨーと同様,彼も金太郎飴タイプなのかも。それでも,繊細極まりない弦あしらいの巧さには全くもって溜息しか出ません(Breathtaking)。となると,書くべき問題は演奏くらいでしょう。前半2編ははタルデューとグルノーブル器楽アンサンブルの演奏。やはりというべきか,セレブリエル指揮ライン州立管が演奏する後半とは,オケの性能が段違い。『飛行機乗り』が『オマハ』と一緒に,こののちシャルル・クロ大賞を獲ったと聴いて,やっぱりなあ・・と納得してしまうほどに,その落差は顕著です。全てグルノーブル器楽アンサンブルに委託すれば良かったのに,惜しいなあ。ところで,スカルボはどうもルムランCDの販売に際しては,シャンドスがモーランの作品集でやっているのと同じ「抱き合わせ商法」をしている模様。本盤でも『追想』は『交響曲第10番』の併録曲と同一内容です。どういう慣行なのか知りませんけど,何だか気持ちのいい商売じゃないですねえ。

★★★★☆
"Laure ou la Lettre au Cachet Rouge" (Skarbo : D SK 5981)
Marc Tardue (cond) Monika Brändle (sop) Richard Williams (tnr) Claudio Danuser (btn) Laurence Albert (bss) Staatsorchester Rheinische Philharmonie
既に200曲へ迫る勢いのルムランも,実は舞台作品は殆ど書いていません。この作品は唯一の例外で,1994年の秋に作曲されました。もとの素材は,アルフレド・ド・ビニュイが,フランス革命直後のとある悲劇を題材として,1833年に『2つの世界批評』誌へ発表した小説『従属と大いなる軍隊(Servitude et Grandeur Militaires)』中の「ローレット」と題された1章。19才の兵士アルマンは,軍から招集されていながら,若妻ロールとの婚儀のため出征の船に乗り遅れてしまい,脱走兵と見なされてしまいました。未開封の勅命文書とともに,アルマンとロールを収容所へ移送することになった司令官は,仏領ギアナへ向かう護送船に乗ります。2人の釈明を聞いているうち,事情を知った司令官は情が動いてしまうのですが,勅命文書に記されていたのは,ただちにアルマンを処刑するようにとの命令。結局,彼はアルマンを手に掛けてしまう。その後司令官を辞めた彼は,悲嘆のあまり正気を失ったロールを引き取り余生を送る・・,戦争の暗部を見つめるのをライフ・ワークとしている,作曲者ならではの素材選びといえましょう。歌手4名を加えた大所帯となり,しかも舞台音楽。瞑想的な弦部で,深い思索性を露わにする管弦楽に比べると,リズムは細かく断片化され,躍動感も増します。しかし,全体に流れる不穏な香りと,熟達したオーケストレーションは不変。特別な気遣いはほとんど要りません。せっかくマーク・タルデューを指揮者に迎えていながら,条件の悪いライン管を使ってしまった演奏は,やや弱い男声陣も含め相変わらず細部に不満が残りますけれど,冴えないパフォーマンスを補って余りある素晴らしい作曲センスには惚れ惚れします。この陣容が相手なら勝てる。首都圏の楽団あたり,吹き込んでくれませんかねえ。

★★★★☆
"Sinfonie Nr.10 Letzte Briefe aus Stalingrad / Memorial, Dieppe 19 août 1942" (Skarbo : DSK 2025)
Shao-Chia Lü, Jose Serebrier (cond) Pamela Hunter (narr) Svetlana Katchour (sop) Staatsorchester Rheinische Philharmonie
現在も現役で,トゥルーズ管と組んで続々と作品を発表し続けているフランスの作曲家オベール・ルムラン。彼がごく最近に書いた2作品の初録音をカップリングした本盤は,2002年に出ました。朗唱(語り)を加えた6楽章編成という,何から何まで風変わりな交響曲は何と,第10番。付けられた作品番号は172。このまま行ったら早晩,ケックランを超える多作家となるのは確実で,間違いなく,ミヨーの最長不倒記録に最も近い男は彼でしょう。前者は対ソ連戦でナチが惨敗した際の従軍兵士の書簡集を,後者はロシア戦線で散華したと思しき連合軍のカナダ人部隊を慰霊すべく書かれたもののようで,これは『散華した兵士たちの歌』と同様,ノルマンディ戦線で地獄を見たこの作曲家の,半ばライフワークと言えるものです。曲想柄,全体を物憂い雰囲気が包むものの,この人ならではの精妙で詩情豊かな和声感覚はますます充実。久石譲も真っ青の流麗な弦あしらいには溜息しか出ません。これで演奏も素晴らしければ文句なかったんですけどねえ・・。残念なことに本盤,お馴染みマルコ・ポーロのご贔屓オーケストラを演奏陣にしてしまった。ドイツ人に演奏して貰うことこそ意義があると考えた・・と,してもです。よりにもよって何でちびマル子になんか!録音機材が良いからか普段のマルコ盤よりましとはいえ,半世紀前の楽団みたいに垢抜けない弦部なんか,凡そ作者の精妙な和声を描き切るには役不足。特に前者は,ライヴだからか指揮者が無名のアジアっ子だからなのか,粗いにもほどがあります。勿体ない!惜しい!というより,ここまで来ると悔しい・・。

★★★★☆
Aubert Lemeland "Concerto Funèbre / Concerto op. 128 / Concerto op. 148" (Skarbo : D SK 3922)
Emmanuel Plasson (cond) Marie-Annick Nicolas (vln) Orchestre de Chambre National de Toulouse
1992年に出た本盤は,ルムランが近年書いた3編のヴァイオリン協奏曲を収録。1985年に,ベルナール・カルメルの依頼で書いた最初の協奏曲(作品128)は,伝統的な急緩急の三楽章形式をとり,バルトーク風味の即物フレーズを,形式感の強い弦部の上で紡がせる晦渋な作品。これが,第2番(作品148)になると2楽章となって物憂げな叙情性が色濃くなり,単楽章の『葬送協奏曲』では,いつもの深い思索性が横溢します。となれば,残る心配は演奏ですか。同じトゥルーズ管でも,本盤のそれは1953年結団の室内管。アラン・モグリア時代に録音したフランセも,どこか不揃いでした。本盤も,技量的にはマルコ楽団上級並みかなあ・・という印象。細部の襟が揃わず,肌理も粗めで,モヤモヤ煮え切らない音です。そんな本盤を救済したのが独奏者。ニコラ女史はロン=ティボー,チャイコフスキ,及びエリザベス妃国際杯へ入賞したのち,1980年から1986年に掛けてパリ放送新管弦楽団の首席奏者だった人物。スカルボに録音したクラ作品集でも,細身ながら品のある音色で健闘していました。この盤でも,冴えない楽団を後目に,一人艶やかな美音と女性らしい艶めかしい独奏。僅かにピッチが甘いものの,気になるほどではありません。指揮者のプラッソンさんは,元フランチェスカッティの弟子だったヴァイオリン奏者。イギリスの名門ギルドホール芸大を出たのちアルスター管を経てロワール管,コロンヌ管を振った経験もある若手。作品128のほうは初演の独奏を彼が担当しました。聴く限り,演奏がもう一つなのは楽団の力量に依るところが大きいようですが,お名前からしてかの偉大な実父ミシェル御大の息子さんな指揮者。それもこれも七光りのせい・・と言われちゃうんでしょうね,きっと。

★★★★★
"Duo Variations / Fantasia pour Clarinette et Guitare / Ys / Hommage à Albert Roussel / Variations / Musique Nocturne pour Quintette à Vent / Scansions pour Haubois Seul / Cinq Pièces pour Clarinette Seule" (Skarbo : 1218.28)
Jean Dupouy (vla) Ramon de Herrera (g) Robert Fontaine (cl) Robert Casier (ob) : Quintette à Vent de Paris
現在では入手が難しくなってしまったこの室内楽作品集。分けても目を引くのが,伴奏楽器にピアノではなく,クラシック・ギターをあしらった数品。ギター伴奏と聴いて「まさかフラダンス・・?」と警戒心を煽られるのはあっしだけじゃありませんでしょう。危惧なさる皆さん。ご安心を。本盤から静かに流れ出す,柔らかく物憂いアルペジオを前にすれば,じゃんじゃらフラメンコ乗りを刻むギターのイメージは,波に洗われる砂の城の如く溶け去ること必定です。彼の大編成作では,なぜか弦部ばかりが前面に出る作品が多い。偶然でしょうか。本盤を聴くにつけ,到底そうは思えません。大編成作品における弦部に代わって,その繊細な和音を鳴らすには,ピアノすらアタックが強すぎ,音も武骨すぎた。ギターのつま弾く伏し目がちで寡黙な音がちょうど良いほどに,彼の室内楽は繊細で静かな憂いに富んでいました。プーランクの室内楽から簡素で調性感も明瞭な主題を高度な旋法技法で抽象化。照れ隠しの戯けた佇まいを排し,純音楽へ偏倚させた後に残るエレジアックな空気が,そのままルムランの室内楽を構成します。演奏者はいずれもパリ音楽院出身者で編成。ヴィオラはブタペスト国際,クラリネットもジェネバ国際に優勝。これにオーボエを加えた3人は,いずれも音楽院でプルミエ・プリ。ギターはパリ歌劇場でソリストを務め,パリ吹奏五重奏団はルムランに『夜想の音楽』を依頼した楽団で,やはりパリ音楽院出身者の五重奏団。ここまで書けば皆さんの予想なさる通りでしょう。みずみずしい潤いと均整のとれた演奏技術がバランスした美演です。唯一,文句を言うとすれば『五重奏曲』。ピーク・レベル設定が高すぎたらしい集音は返す返すも無念。こんな録音技師はプロ失格でしょう。エリック・ドルフィの言葉を借りるまでもなく,中空へ放たれた音符は消滅し,二度と帰っては来ないんですから。

★★★★☆
"Sept Préludes Chantés / Les Nouvelles du Jour / Trois Marines / Saharinnes / Hoggar" (Integral : INT 221.111)
Jean-François Garneil (btn) Alain Prevost (g)
2001年に出た本盤は,ギター独奏とギター伴奏のための歌曲で構成されたルムラン歌曲集。先に出た室内楽曲集でも,伴奏はギターでした。彼の管弦楽も,専ら雰囲気を決めていたのは弦部でしたから,管よりも弦,ピアノよりもギターのほうが,繊細で伏し目がちな彼の美意識と共鳴するのでしょう。スペインと中南米の作家が好んで使うギターは,どう転んでもフラメンコのイメージが付いて離れない楽器。にも拘わらず,ルムランの書くギター伴奏は,仄かな翳りと,伏し目がちの視線,憂いを帯びた音色で,ひたすらデリケートです。『オガール高原』と『サハラ風』は,ジャン・クラの実娘モニクさんが1930年代の終わりに書いたアフリカ旅行の紀行文に着想したもの。ミシェル・パセレルグの詩に着想した『7つの歌への前奏』もまた,クラの実娘さんの文章の中に,似通った感性の閃きを感じたのがきっかけで書かれた,いわば姉妹作品なんだとか。バリトンのガルネル氏はアグン生まれ。トゥルーズ音楽院を出てローザンヌで学び,ラヴェル・アカデミーやメニューイン財団から認められて奨学金を受けた人物。ビリー・エイディの伴奏したオネゲルの歌曲集でシャルル・クロ大賞を獲った実績をお持ちです。記憶が確かならギイ・サクルの歌曲集もこの人が歌ってましたが,スゼーとカシュメーユの中間辺りに位置する,飴のように滑らかな歌い回しに感心した記憶が。この盤でも,ごく僅か弱音のコントロールに不安が過ぎるものの,やはり素晴らしく鍛錬された美声。伴奏するプレヴォストはヴェルサイユ音楽院で学び,1977年からエタン音楽大学ギター科で教鞭を執っているとか。しっとりとした伴奏は良く作曲者の望みを具体化していると思います。強いて言うなら録音ですか。先のミゴ盤でもそうでした。左右に2人を振りわけるマイク設定は,酷い録音とまでは言わないまでも,今時いかにも古臭い。このレーベル,どうも録音にあまりお金を掛けていない気がするなあ・・。

★★★★
"Ballades du Soldat / Épilogue: À L'étale de Basse-Mer" (Skarbo : DSK 2041)
Jean-Pierre Ferey (p) Carole Farley (sop) Marc Tardue (cond) Ensemble Instrumentale de Grenoble : Ensemble Vocal Francine Bessac
スカルボの音楽監督をなさっているジャン=ピエール・フェリー氏は,傍らクラースやケックランの録音に参加するピアノ弾きでもあります。近代音楽に対する見識眼は相当なもので,特にオベール・ルムランへの傾倒が著しい。彼がいなければ,恐らくルムランさんが日の目を見ることもなかったでしょう。本盤では,とうとうご自分でピアノの前に座ってしまいました。ピアノ独奏のための『兵士のバラード』は,第二次大戦中に従軍した米軍兵士の詩や散文に着想。これらは前線で発行され読まれていたと思しき雑誌『ヤンクス』に大半が投稿されており,ブックレットには原文が掲載されている。これを見ながらピアノ曲を聴かせる趣向でしょう。厭戦作家を自負する彼としては,当然メインもピアノ曲。併録された『泥干潟の中で』は,詩も自作だったからでしょうか。完全に付けたりの体で,解説でも一切コメントなし。カワイソ〜っ!・・ところがですねえ,困ったことにこの併録曲,彼の得意な独唱+合唱隊+弦部なんですよね(苦笑)。制作者側の思惑とは裏腹に,円盤のクライマックスを作ってしまうのも付けたりのほう。薄暗くミステリアスな弦部が静かに浮かび上がり,消え入りそうに揺らめきながら物憂く悲しげな主題を奏でる。ラヴェルの『マラルメ』に匹敵する幽玄な情緒は,完全に彼独自の世界です。それに引き替えピアノ曲の方は,「たったかター」という頻出リズム(マーチのつもり?)がもう何とも野暮ったくて失笑を禁じ得ませんし,楽器の性格上,どうしても拍節の骨格が明瞭になり過ぎてしまい,彼の美点である詩的情緒が骨の隙間から流れ落ちてしまう。彼はメッセージ性で音楽を作る人ですし,それを否定はしませんけど,正直なところ,彼が曲作りへ込める政治的含意と動機づけは,彼自身の持っている音楽性と必ずしも協和しない。本盤は,図らずもそれを露呈してしまった格好です。フェリーさんのピアノもペケ。彼の音楽監督としての卓見は心から尊敬しますが,ピアニストとしては残念ながら二流以下。掉尾二曲のために買える方のみお薦めの問題作,ですか。

(2003. 11. 13)