Sの作曲家



フィリップ・セイントン Philip Sainton (1891-1967)

イギリスの作曲家,ヴィオラ奏者。フランス系。ミドルネームはプロスペル(Prosper)。1891年11月10日セーヌ=マリティムのアルク=ラ=バタイユ(Arques-la-Bataille, Seine-Maritime)生まれ。祖父にフランスのヴァイオリン奏者フィリップ・セントン,祖母にアルト唱者ヘレン・ドルビーなどを持つ音楽的な環境で育つ。16才で王立音楽学校へ進学しフレデリック・コーダー(Frederick Corder)に作曲法,ライオネル・テルティス(Lionel Tertis)にヴィオラを師事した。第一次大戦中は中東へ従軍。戦後クイーンズ・ホール管弦楽団の主席ヴィオラ奏者に就任し,1929年にロンドン弦楽四重奏団のヴィオラ奏者となる。さらに1930年にはBBC交響楽団の第2ヴィオラ奏者(主席奏者はバーナード・ショア。のちに幻想的セレナードを初演した人物。セイントンは彼の引退後,主席に就任)となり,1944年まで同楽団で活動した。1923年に作曲した『海の情景』が同楽団の演奏会で上演されて作曲家としても認知され,1939年に作曲した交響詩『島』は,印象主義の薫陶を得た色彩的な和声感覚で,彼の評価を固めることになった。編曲家としても,南アフリカの作曲家J.S.ガーベル(Gerber)の作品を数多く編曲している。一般にはジョン・ヒューストン監督の映画『白鯨』の映画音楽を作曲したことでのみ記憶されている。このほか,1950年代にはギルドホール・ミュージックで指揮法の教鞭も執った。1967年8月2日,ハンプシャー州ピーターズフィールドにて死去。生涯および作品については不明な点も多く,彼自身も初期の作品の大半を破棄。全作品を展望することは現在もなお不可能である。


主要作品

舞台作品 ・バレエ音楽【マリオネットの夢】 the dream of the marionette (1929)
管弦楽曲
・海の風景 sea pictures (1923/1924)
・アルルカンとコロンビーヌ Herlequin and Columbine (pub. 1925)
・交響詩【島】 the island (1939)
・管弦楽のための戯曲 caricature for orchestra (1940)
・メカニカル・エナジー mechanical energy (1940)
・交響詩【ナディア】 Nadir (1942)
・モビィ・ディックによる組曲 suite from Moby Dick (1956)
・謝肉祭 carnival (-)
・ファントム・ガヴォット phantom gavotte (-)
・ニューヨークの王 a king in New York (-) ...
未完?
・戯画 caricature (-)
・快足帆船 the clipper (-)
協奏曲 ・幻想セレナード sérénade fantastique (pub. 1935) {vla, ob, orch}
歌曲 ・彼は私の王だった he was my king (-)
・葉,影,そして夢 leaves, shadows and dreams (-)
・春の夜 night in spring (-)
・風鈴 wind bell (-)
・羊飼い小屋の歌 shieling song (-)
・ジョアの歌 Jonah's hymn - from Moby Dick (-)
編曲作品 ・バラトン balaton (-) ...J.S.Gerberの作品を管弦楽配置したもの
・祝祭 fiesta (-) ...
J.S.Gerberの作品を管弦楽配置したもの
・ストーンヘンジ stonehenge (-) ...
J.S.Gerberの作品を管弦楽配置したもの


セイントンを聴く


★★★★
"The Island (Sainton) The Trees so High / Symphonic Ballad (Hadley)" (Chandos : CHAN 9181)
Matthias Bamert (cond) David Wilson-Johnson (btn) Philharmonia Orchestra and Chorus
スイス出身のバーメルトは,ジョージ・セルの助手として経験を積んだのち,1977年にバーゼル放送管の音楽監督,1985年にスコットランド響の主任客演指揮者となって頭角を現し,1993年にロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの音楽監督となった当時気鋭の指揮者。スイス出身でありながら,英国周辺で評価されるに至った理由の一端が窺えるのが本盤。現在手軽に入手できるCDで,セイントンが聴けるのは,今もこのバーメルト〜フィルハーモニア管の2枚だけではないでしょうか。作曲者の名を一躍高めた『島』は1942年,BBC響に初演され,これを聴いたヘンリー・ウッドが絶賛。1948年にはバルビローリにも評価されてチェルテナム音楽祭で披露され,その後1960年代には度々上演される人気演目だったとか。果たして,『選ばれた乙女』当時のドビュッシーに通じる洒落た転調技法と優美な和声感覚,それでいて拍動はより明快かつエキゾチックで力感に富み,モーランやバックスを彷彿させる。中程の敷衍部はまだ練り込める気もしますし,唐突に幕が下りる終局は呆気にとられるほど尻切れトンボなんですけど,とても本業がヴィオラ弾きだったとは思えない立派なものです。今なお追随する録音はないようですが,これほどの健筆が放置プレイとは勿体ない。ぜひ浮かばれて欲しいですねえ。併録のハドリーはV=ウィリアムスの弟子。セイントンほどではないにしろ,彼もまた忘れられた作曲家です。こちらはより女性的で穏健な英国ロマン派。自然を愛した作曲家らしく,曲想は田園詩風。良くも悪くもドイツ・ロマンティックな懐古趣味と,マイペースな長閑さが漂う。同じことを語るのに,時間を多めに取るのんびりした語り口は評価を分けるでしょうが,分刻みの忙しい聴き方を止めて聴けば,隠居後の老人が手すさびで風景画を書いているような,穏やかな風情のある佳品だと思います。

★★★★
"Nadir / The Dream of the Marionette (Sainton) La Belle dame sans Merci / One Morning in Spring / Lenten Meditations (Hadley)" (Chandos : CHAN 9539)
Matthias Bamert (cond) Neill Archer (tnr) Stephen Richardson (bass) Philharmonia Orchestra and Chorus
1992年に第1弾(上記)を録音後,4年を経て制作されたセイントンとハドリーの折半録音第二集。バーメルトはこれと前後して,ロンドン・フィルを率い,同郷の偉大な才能フランク・マルタンの管弦楽作品を連続録音し,その名を高めることになります。その堅実な指揮振りはこの2枚でも充分に堪能できましょう。1942年に書かれた『ナディア』は,当時ブリストルで従軍していた作曲者が,子どもの爆死するところを目の前で見てしまい,衝撃を受けて書いた《交響的哀歌》。そんな動機もあってのことでしょう。主題も明快で拍節もきびきびとしており,掴み所がはっきりしていた『島』と比べると,特にリズム面で格段に入り組んだ筆致になり,国民楽派風。フランス近代の優美な風情と洒落た和声感覚は希薄になり,バックス流儀の重厚かつ厳しい佇まいが全体を支配します。1929年に書かれた『マリオネットの夢』は対照的に,ぐっと女性的で優美な曲想。第三楽章「夢」は,ピノキオが夢見る王宮の舞踏会のように,優美でフランス的。形式は後期ロマン派で,和声はドビュッシーの必勝パターンです。二曲を比べるに付け,作曲者としての彼は,フランス音楽礼讃から出発し,やがて英国人である自己の立ち位置を見定めて,自己の語り口を深めていった人と云うことになるのでしょう。併録のハドリーも,第一集同様の持ち味を発揮。時間をゆったり取り,後期ホルスト風の不穏な影を漂わせつつ,マイペースに田園詩を展開する。ちょっと掴み所に乏しく聞こえるのですが,これは演奏にも少なからず原因があるでしょう。付帯される合唱隊が,オーケストラとは比べようもないほどに訓練不足。二割は評価を下げているのは残念としか言いようがありません。

(2006. 2. 7. uploaded)