Sの作曲家



カロル・シマノフスキ Karol Szymanowski (1882-1937)

現ウクライナ(当時は露政権下のポーランド)の作曲家。1882年11月6日,ティモシュフカ(Tymoszówka)の地主の家に生まれる。幼少期から父に就いて音楽を学んだのち,エリザベートグラードのネイガウス校へ進んで最初の音楽教育(ピアノ)を受ける。1901年にポーランドのワルシャワへ留学し,1904年までマレク・ザヴィルスキに和声法,シグムンド・ノシュコフスキに対位法と作曲法を私的に師事した。1907年から1914年にかけて欧州を歴訪し,中東や地中海の民俗文化に傾倒。1914年に帰郷したのち,1919年ポーランドの独立を機に再びワルシャワへ居を構え,ルビンシュタインをはじめ若い作曲家・演奏家と交流。【若きポーランド作曲家たちの出版協会】を創設し,保守的な楽壇へ新風を吹き込むべく活動した。楽壇では後年まで評価されぬままであったが,1920年のロンドン〜アメリカ楽遊がきっかけとなって海外で名声を高め,徐々に新世代の旗手として評価を確立。1930年にワルシャワ音楽アカデミー総長へ任命されるとともに,クラクフのジャギエロニアン大学(Jagiellonian University)の名誉博士号を取得し,ISCMの名誉委員などにも選ばれた。晩年はポーランド南部ザコパネ地方へ隠棲。現地の土着音楽(ポトハレ)に深い愛着を寄せ,民族主義的な傾向を強める。1937年3月24日,ザコパネで肺結核のため死去(保養のためローザンヌへ転地した直後との情報もあります)。作風は初期にはスクリャービンやショパン,歴訪期には印象主義,後年は民族主義的な音楽への傾倒が顕著である。ショパン亡き後,国の滅亡・再興を経てルトスワフスキ,グレツキへと通じるポーランド現代音楽の橋渡し役的な存在と位置づけられる。(関連ページ:Karol Szymanowski ポーランド音楽センター内)


主要作品 (言うまでもなく原題は英文ではありません)
※Wightman, A. 1999. Karol Szymanowski: his life and work. Ashgate. 入手。時間出来次第作品表完全版移行。

舞台作品 ・オペレッタ【人間の運命】 the lottery for men (1908-1909)
・オペラ【ハギート】 Hagith (1913)
・オペラ【ロジェ王】 king Roger (1918-1924)
・黙劇【マンドラゴラ】 Mandragora (1920)
・バレエ【ハルナシェ】 Harnasie (1923-1931)
・歌劇【ポチョムキン頌】 Prince Potemkin (1925) {chamber-orch}
管弦楽曲 ・演奏会用の序曲 concert overture in E major (1904-1905)
・交響曲第1番 symphony in F minor (1906-1907)
・交響曲第2番 symphony No.2 in B flat major (1909-1910)
・交響曲第3番【夜の歌】 symphony No.3 'song of the night' (1914-1916) {tnr (sop), choir, orch}
・交響曲第4番【協奏的交響曲】 symphony No.4 'symphony concertante' (1932)
協奏曲 ・ヴァイオリン協奏曲第1番 violin concerto No.1 (1916) {vln, orch}
・ヴァイオリン協奏曲第2番 violin concerto No.2 (1933) {vln, orch}
器楽曲 ・ヴァイオリン・ソナタ sonata in D minor (1904) {vln, p}
・ピアノ三重奏曲 piano trio (1907) {vln, vc, p}
・ロマンス romance in D major (1910) {vln, p}
・夜想曲とタランテラ nocturne and tarantella (1915) {vln, p}
・3つの神話 mythes (1915) {vln, p}
・弦楽四重奏曲第1番 string quartet No.1 (1917) {2vln, vla, vc}
・パガニーニの3つのカプリース three Paganini Caprices (1918) {vln, p}
・アイタコ・エニアの子守歌 lullaby 'la berceuse d'Aitacho Enia' (1925) {vln, p}
・弦楽四重奏曲第2番 string quartet No.2 (1927) {2vln, vla, vc}
ピアノ曲 ・9つの前奏曲 nine preludes (1900)
・4つの習作 four studies (1902)
・変奏曲集 variations in B flat minor (1903)
・ピアノ・ソナタ第1番 sonata No.1 in C minor (1904)
・あるポーランド民謡の主題による変奏曲集 variations on a Polish folk theme in B minor (1904)
・幻想曲 fantasy in C major (1905)
・前奏曲とフーガ prelude and fugue in C# Minor (1905)
・ピアノ・ソナタ第2番 sonata No. 2 in A major (1911)
・メトープ metopes (1915)
・12の習作 twelve studies (1916)
・仮面 masques (1916)
・ピアノ・ソナタ第3番 sonata No.3 (1917)
・20のマズルカ twenty mazurkas (1924-1925)
・4つのポーランド舞曲 four Polish dances (1926)
・2つのマズルカ two mazurkas (1933-1934)
合唱曲 ・デメーテル Demeter (1917) {alto, f-choir, orch}
・アカヴェ Agawe (1917) {alto, f-choir, orch}
・スターバト・マーテル Stabat Mater (1925-1926) {vos, choir, orch}
・我らが創造主 veni creator (1930) {sop, choir, org, orch}
・聖母マリアの典礼 litany to the virgin Mary (1930-1933) {sop, f-choir, orch}
・クルピエ地方の歌 kurpie songs (1928-1929/1930-1933) {choir/vo, p}
歌曲 ・6つの歌 six songs (1900-1902)
・カスプロヴィッチの3つの詩 three songs (1902)
・白鳥 the swan (1904)
・4つの歌 four songs (1904-1905)
・5つの歌 five songs (1905-1907)
・12の歌 twelve songs (1907)
・サロメ Salome (1907) {sop, orch}
・ペンテレシア Penthesilea (1908) {sop, orch}
・6つの歌 six songs (1909)
・色とりどりの歌 bunte lieder (1910)
・ハーフィーズの愛の歌 love songs of Hafiz (1911/orch. 1914) {vo, orch (p)}
・お伽の国の王女の歌 songs of the fairy-tale princess (1915/orch. 1933) {vo, orch (p)}
・3つの歌 three songs (1915)
・4つの歌 four songs (1918)
・気の狂ったムエジンの歌 songs of the infatuated Muezzin (1918/orch. 1934) {vo, orch (p)}
・2つのバスク地方の歌 two basque songs (1920)
・スオピエフニエ slopiewnie (1921/orch. 1928) {vo, orch (p)}
・3つの子守歌 three lullabies (1922)
・20の子ども達への韻詩 twenty children's rhymes (1922-1923)
・4つの歌 four songs (1926)
・ヴォーカリーズの練習曲 vocalise-etude (1928)


シマノフスキを聴く


★★★★
"Piano Works vol.1 :
Mazurkas No.1-4 / Metopes / Four Studies / Piano Sonata No.2" (Naxos : 8.553016)

Martin Roscoe (piano)

ウネウネ・ガンガン頭痛持ちのショスタコさながら,ただただ大仰で陰鬱なだけの管弦楽を聴いてすっかり無視を決め込んで以来,まともに彼を聴くのはかれこれ数年ぶり。しかし,聴いて吃驚とんでもないカメレオンでした。中身は,スクリャービン(後期)の和声感を生地に,和声と多調的に絡む,五音階を効果的に使ったケックラン風のアルカイックな主旋律と,初期デュティーユの低体温な流動感を加え,そこに時折ジャズの隠し味・・といった筆致。初期作品の『練習曲』は,やや人格崩壊ぎみのショパンといった面持ちであまり感心したくなるようなものではありませんが,後年の作品『メトープ』,『マズルカ』あたりになると,冷徹な艶めかしさを備えつつ,深い内省を秘めた独自の語法が見事に確立。オケ作品とは完全に別人で呆気にとられてしまいました。ドビュッシーがあと10年長生きしたら,あるいはこんな作品を書いたかも知れません。ソリストはイギリスの俊才。サクサク弾いて少々深みに乏しいところはあるかも知れませんが,タッチは綺麗だし丁々発止然としていて,レベルの高い演奏だと思います。

★★★★
"Piano Works Vol.3 :
Mazurkas No.13-16 / Études / 4 Polish Dances / Prelude & Fugue / Sonata No.1 in C Minor" (Naxos : 8.553867)

Martin Roscoe (piano)
王立リバプール管と頻繁に共演しているピアノ弾き,マーティン・ロスコーが進めているシマノフスキのピアノ独奏曲集。本盤はその第三作です。20世紀突入後,10年周期でみるみる変貌していったシマノフスキの作品集を作るのに,こうして全ての年代をバランス良く配置して編纂する目論見はクレバーといえるでしょう。『前奏曲とフーガ』と『ピアノ・ソナタ』の二編は,調性記号が示すとおり,1900年代最初の10年に書かれたもの。まだ作曲者がロマン派の枠内で仕事をしていた時期です。それでも,『前奏曲とフーガ』は,さすが1909年に書き上げられているだけに,中期以降のピエルネ彷彿の不穏な転調や主旋律の経過音が,間もなく始まるスクリャービン方向への崩壊をざわざわと予感させる。もはやロマン派の限界を感じていたのでしょう。『練習曲』は,印象主義へ最接近した『メトープ』翌年の作。素材が素材だけに,ドビュッシーやスクリャービンの『練習曲』を意識しているのが,波形の端々から漏れ聞こえます。白鍵と黒鍵をゴッツゴッツとぶつけてお手本二人を一層気難しくしたような感じですか。『マズルカ』,『4つのポーランド舞曲』は,1920年代半ばにルーツ回帰へと立ち至ってから書かれた作品。調性感は回復するものの,リズムも和声も,ひたすら土臭い主旋律を肉付けするためだけに機能。荒れた大地を開墾する百姓の恨み節を,鋭角的なハーモニーで質実剛健に肉付けしたような音が聴けます。好んで聴くには些か口当たりが晦渋ですけれど,西欧圏の音楽にはない独特の土臭さは,さすがショパンを生んだポーランド人。エキゾチズムを大回りして,彼は結局,宮廷(ロマン派)から庶民(民俗趣味)へと回帰したんでしょうねえ。細部に波形の乱れが散見されるも,独奏者は芯の通った演奏で健闘していると思います。

★★★★
"Oeuvre pour Violon et Piano : Sonate / Romance / Nocturne et Tarentelle / Mythes / Berceuse d'Aïtacho Enia" (Accord : 201122)
Annick Roussin (vln) Pascal Le Corre (p)
シマノフスキはポーランド近代の作曲家。元は後期ロマン派様式の穏健な曲想で作曲していましたが,若い頃に非西欧圏を楽遊してエキゾチズムに目覚め,一時は印象主義に傾倒。その後は民謡収集にあたって,作風もポーランド復古主義的になる・・と,クロノロジカルに作風が変わった典型例と言っても良い人ではないかと思います。それにしては名前が残って,運が良かったですねえ。恐らくは,仏における「穏健なモダニスト」と同じ発想に至った彼の,ポーランド音楽史上における役割の大きさがそうさせたのでしょう。ただ,純粋にこの作家が好きで曲を聴きたいだけのファンからすると,その辺が災い半ばする面もあるように感じられる。冒頭「ソナタ」は,柔和な旋律のはしばしに,後年華開くことになる神秘主義的な旋法使いがごく僅かに顔を出すものの,模範的なフォーレ傍系。ここから,ロマン派風の主旋律なのに少し調性がぐらぐらし始める「ロマンス」を通過。ドビュッシーも書いた「タランテラ」で印象主義に突入し,題名からしてこってり仏近代被れの分散和音芸術「神話」に至って,後期ドビュッシーとスクリャービンを合体させたような神秘的筆致はピークを。やがて自分の立ち位置を自覚して自国へ戻り,沈鬱な「アイタコ・エニア」へ・・。彼の音楽的変遷が効率よくまとめ上げられたものとも言える反面,作風がかなり変化するので,固定ファンは付き難いんじゃないでしょうか。個人的にも「神話」以外はもう一つ東欧の農夫っぽく沈鬱で,あまり好んで聴きたくなるようなものではありませんでした。演奏は,フレムのヴァイオリン・ソナタ集でも甘い美音を聴かせていたアニック・ルーシン。彼女の仕事はここでも確かなもので,水準は大変良いと思います。

★★★
"Symphony No.1 in F Minor / Symphony No. 2 in B Flat Major" (Naxos : 8. 553683)
Karol Stryja (cond) Polish State Philharmonic Orchestra

これが上記でいわくつき,ショスタコ風味満載の鬱々交響曲です(笑)。とまれ,このCDは島流しにして久しいので,差しあたってはかつて書いた感想文を,ほぼ原文侭以下に引用し,再聴まで保留扱いにさせていただきます・・【ほとんど近代ロシア音楽に興味のない小生にとり,こういうスラヴ臭い作品をうまく表現するのは骨が折れます。作風は,プロコフィエフからショスタコーヴィチあたりに近いのでしょうか。国民楽派的な様式の上に,大仰な対位法を積み上げたような内容。和声は近代的ですが,印象派的なカラフルさはありません。冒頭から半音階的に推移する旋律がウネウネとのたくりながら仰々しいテュッティをがなり立て続け,起伏に乏しいまま推移します。いかにも当時の悲壮感漂う世相を反映したような,憂鬱感ばかりしか耳に残らない作品です。


(2003. 2. 18)