Vの作曲家


エミール・ヴュイエルモーズ Emile Vuillermoz (1878-1960)

フランスの批評家。本名エミール・ジャン=ジョセフ・ヴュイエルモーズ。1878年5月23日リヨン生まれ。リヨン大学法文学部を卒業したのち,音楽を志してパリ音楽院へ進学。ピアノとオルガンをダニエル・フリュレ(Daniel Fleuret)に,和声法をアントワーヌ・トードーに,作曲法をガブリエル・フォレに師事した。当初は作曲も嗜み,オペレッタの世界で一応の成功を収めたほか,民謡の編曲などを行っていたが,間もなく批評家に転じ,メルキュール誌の批評欄を担当。その後1911年にはルヴュ・ミュジカール誌の編集長に就任。『挿絵(l'illustration)』,『エクレール(l'éclair)』,『コメディア(Comoedia)』の各誌で健筆を揮った。彼は1909年の独立音楽協会創設に関与するなど,進歩的な芸術に擁護的で,大戦後に現れた映像メディアにもいち早く注目。『ル・タン』,『エクセルシオール』,『新音楽論』,『キャンディド』,『現代絵画』,『パリ・プレス』などへ評論を寄稿。『フランス公民(L'impartial Français)』の編集委員も務めた。その後,パリ音楽院の評議員や仏国営放送の中央評議員などにも任命されている。先輩にあたるラヴェルとは音楽院時代から親交が深く,1910年の『マ・メール・ロワ』初演は彼が企画。ルヴュ・ミュジカル誌(185巻7号)に「ラヴェル」があるほか,同時代人を紹介した『当代の音楽』(1923年),『音楽史』(1949年),『ドビュッシー』(1957年),『フォレ』(1960年)など著書も数多い。1960年3月2日パリにて死去。


主要作品

器楽曲 ・10の転調するメロディックな小品10 pièces mélodiques à changement de tons (-) {hrn, p}
・練習曲集 études (-) {hrn, p}
歌曲 ・民謡集 Chansons populaires (-) {vo, p}...編曲作品
・フランス系カナダ人の歌 Chansons franco-canadiennes (-) {vo, p}
・ラ・ペルドリオール La perdriole (-) {vo, p}
・シャプド=ボーフォルのブーレ Bourrée de Chapdes-beaufort (-) {vo, p}
・愛の庭 Jardin d'amour (-) {vo, p}

※もか氏より未載録作品3点をご教示いただきました(2006. 5. 15)


ヴュイエルモーズを聴く


★★★★
"French Recital Pieces : Pieces en Re (Busser) Pour Diane (J.Charpentier) Scherzetto (J.de la Presle) Legende (Poot) En Irlande (Bozza) Piece Melodique No.8 (Vuillermoz) Le Reve du Jeune Faon (de la Presle) Romance sans Paroles (P.M.Dubois) Poeme Fantastique (Delerue) Sonatine (R.Guillou) Cantecor (Busser) Legende (Planel) Souvenir (Bonneau)" (Mark : 2611-MCD)
Robin Dauer (horn) Dennis Hay (piano)
アーカンソー州立大学助教授ロビン・ダウアーと,ミシシッピー州ブライスビルで地域単科大講師をしているデニス・ヘイという,普通なら手が出ない(失礼)顔触れによるこのCD。あからさまなミスはそれほどなく,曲を聴く分にはさほど問題ないとはいえ,やはりローカルな面々とあって,音運びがかなり重そうなうえ危なっかしい。それでもこれが売り物になるのは,マイナー作家への慈愛に満ちた素晴らしい選曲がゆえ。ドビュッシー絡みで名前こそ良く知られているものの,作品となると滅多に聴けないビュセール周辺もさることながら,むしろ聴きものはモーダル度の高いその他の無名作家。いずれもよりかっちりした器楽的モダニストの佇まいで,いうなればデュカをもう少しドビュッシーに近づけた印象でしょうか。わけてもプレルとヴュイエルモーズは名前しか聞いたことがありませんでしたが,ピエール・ガベーユ的な平明さとモーダルな色彩感覚があり,かなり達者な仕立て屋なのに驚きました。評伝でしか知られてないとはいえ,一応オペレッタの世界で成功してる条件は満たしたっていうのに,作品集一つなし。ヒドイッ!ここは一つ世界に先駆けて,日本のどこかの演奏家さんが全集を世界初録音なんていかが?超大物が散々録音してる手垢の付いた巨人ものを,極東でまたバカみたいに再録するより,彼らが見落としている実力不相応な評価の人を探し出して光を当てる方が,余程文化的に意義深いですし,その姿勢はきっとあなた方を,世界が注目する演奏家へと昇格させてくれるでしょう。本盤がこうして海を渡り,日本のサイトへ載せられているように。

(2005. 2. 23 upload)