Wの作曲家


ジャン・ヴィエネル Jean Wiener (1896-1982)

1896年3月19日,パリ17区の中産階級の家に生まれた。母はユダヤ系オーストリア人(戦時中共産主義に傾倒する所以)。音楽的な家庭に育ち,4才でモーツァルトやバッハの曲を即興的に弾くなど才能を発揮。パリ音楽院に進学して,1914年までアンドレ・ジェダルジュに和声法を師事した。また正規にではないが,イヴ・ナットの師匠でもあるポール・ブロー(Paul Braud)にも私的に師事している。1920年には高名なジャヌ・バトリ(Jane Bathori:歌手)の伴奏者として活動を開始。六人組,わけてもミヨーと深く交流し,1921年にはシェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』の仏初演をミヨー指揮のもとで行い,主に新ウィーン楽壇の精力的な紹介者と目された。また,ジャズに深い愛着を示し,この当時からクレマン・ドゥーセ(Clément Doucet)とのピアノ連弾でジャズを演奏。即興の名手として,無声映画の即興伴奏などで活躍してもいる。戦後は1950年から2年間に渡り,フランス国営ラジオ放送で『皆さん今日もこんにちは(et bonjour chez vous)』と題された番組の即興演奏を担当し,人気を博した。純粋な意味での作曲作品は少ないが,ラジオ番組などの演奏が音源資料として残されており,近年復刻されている。1982年6月7日,パリにて死去。


主要作品

映画音楽 ・ブリダンのお尻 l'ane de buridan (1933)
・現なまに手を出すな touchez pas au grisbi (1954)
協奏曲 ・フランス系アメリカ協奏曲 concerto franco-américain (1923) {p, strings}
・アコーディオン協奏曲 concerto pour accordéon (1964) {acc, orch}
・2本のギターのための協奏曲 concerto à deux guitares (-) {2g?}
器楽曲 ・チェロ・ソナタ sonate pour violoncelle (1968) {vc, p}
歌曲 ・3つのブルースの歌 trois blues chantés (1923)
・30の歌物語 trente chantefables (1955) {vo, p}
・花の歌 chantefleurs (1959) {vo, p}
・ジャン・コクトーの2つの詩 deux poèmes de Jean Cocteau (1921)
・7つの小さな物語 sept petites histoires (-)
ピアノ演奏 ・世界の皆さんこんにちは et bonjour tout le monde... (1950/1951)
・タイユフェールの舞曲による即興曲 improvisation sur un slow de Germaine Tailleferre (1955)
・ニグロ=アメリカンの形式による即興曲 improvisation dans le style négro-américain (1961)
・J.S.バッハの形式による即興曲 improvisation dans le style de J.S.Bach (1961)
・自分流の即興曲 improvisation dans un style personnel (1961)
・アメリカのアリアによる即興曲 improvisation sur des airs américains (1964)


ヴィエネルを聴く


★★★★★
"Chantefables / Chantefleurs" (Accord : 200652)
Francis Dudziak (btn) Jean-Bernard Dartigolles (p)
ジャン・ヴィエネルは,前世紀前半のパリで活躍したピアニスト兼作曲家。パリ音楽院で学んだこともある俊才でありながら,プロとしてのキャリアも,ナイトクラブのピアノ弾きから始めるなど,普通のクラシックの世界から少し逸脱していた彼は,音楽的嗜好もシャンソン,ジャズから六人組寄り。後年,自分の番組を持つようになっても,即興演奏を旨とし,庶民的な作風を堅持しました。本盤は彼が1954年から1955年に書いた2編の歌曲集を併録。合計80曲ということで,いずれも1分弱の小品です。ジャケットで顔写真が並んでいるロベール・デスノスなる人物は共作者。しかし作曲家ではなく,ヴィエネルが愛着を示した詩人。収録された2編も,デスノスの詩にヴィエネルが曲を付けたものです。ピアノ曲においても簡素で庶民的なスタイルをとったヴィエネルの歌曲は,明瞭なメロディと簡素な曲形式に則った,庶民派の曲想。クラシックと身構えることなく聴ける,平明で分かりやすい作風です。それでいて,六人組のように人を食ったところはなく,ケックランの歌曲に通じる,もっと無垢なあどけなさがある。演奏はかなり良い。ドゥチャックは,豊かな張りと伸びやかさを備え,完璧に情感をコントロールした美声。ピアノも慎み深いタッチと的確なアクセント配置が素晴らしい。経歴を調べてみましたら,歌手はパリ音楽院でカミーユ・モラーヌに師事し,1981年に一等を得た人物でした。その後録音をあまり見かけないように思うのですが,勿体ない。これだけ歌える歌手はそうそういません。ピアノはボルドー音楽院を出てメシアン夫妻に師事。パリ音楽院でモラーヌの助手をしていたそうで,バリトンとはそこで録音の話になったんでしょう。

★★★★
"Et Bonjour tout le Monde... / Improvisation, dans le Style de J.S.Bach : sur des Airs Américains : dans le Style Négro-Américain : sur un Slow de G.Tailleferre : dans un Style Personnel" (INA : 247772)
Jean Wiener (piano)
ジャズ批評家は総じて欧州のジャズ導入には否定的な論評しかしませんが(「ジャズの本質を理解した上で・・取り組んだとは言い難い」とする悠ほか{2000:p.195}はその好例),むしろ即興はクラシックが本元。中世の音楽家はみな即興演奏で曲を作ってました。モーツァルトやブラームスも名手でしたし,仏近代に限ってもユレやフューメら即興演奏の名手はゴロゴロ。彼らが即興屋と思われていないのは,単に記録の術が紙しかなかったからです。即興の有無で欧州の音楽を一元化する狭量な逆差別意識は無知でしかないでしょう。こちらは現代に於ける即興屋ジャン・ヴィエネルによる即興演奏集。プーランクの軽妙な曲想を基調に,ラヴェルやファリャの香りが穏やかに加わる。ときにバッハ,ときにテイタムが現れて,皆仲良く談笑しているような軽やかで丸いタッチの演奏に頬緩みます。確かにジャズ曲をネタにした即興を聴くと,装飾音や派手なシンコペーションで主題を飾った程度。ジャズ的な意味での即興と言えるようなものではありません。しかし1950年代に録音された『世界の皆さんこんにちは』は技巧的にも見事な演奏となっており,バッハからラグまで,雑多なスタイルを見事に溶けこませ違和感を与えぬもので感服しました。作品を譜面に落とすプーランクと,テープに記録するヴィエネルの間にどれほどの違いがあるというのか。結局,前者は紙(譜面)が主のメディアだった時代の記録方法であり,後者はテープが記録手段となった時代の記録方法というだけ。即興がジャズの本質だというなら,悠さん。あなたは「スーパーサックス・プレイズ・バード」の目論見をジャズとは認めませんか?2000年の今になってもなお「脱カテゴリー」の幻想に囚われ,即興がないクラシックを欧州スノビズムの権化として辺境に置くその発想こそ,逆にアナクロであり,黒人中心主義の逆スノビズムに過ぎないのでは。同じ日にバッハとニグロ=スピリチュアルの両方を軽々と即興して見せる彼の頭の方が,カテゴリーからは余程自由。まるでエロール・ガーナーの『コントラスツ』そっくりなジャケットが,何よりも彼の頭の柔らかさを雄弁に主張しています。

(2003. 6. 7 upload)