参考資料(絵で見るごみの歴史) ホームページに戻る

1.ゴミ処理の歴史

年 代 人 口 ごみのしまつのうつりかわり 集める方法 ごみ容器
明治22年 37,681
静岡市が誕生しました


大八車
(明治33年ころから


トラックと大八車を使って
(昭和3年頃)

木の箱を利用した




木のごみ箱



33年 ごみのしまつの法律(汚物掃除法) ができる
ごみの埋め立てを田町ではじめる
ごみを燃やすことを安倍川の川原で はじめる

昭和 3年
ごみの埋め立てを麻機沼ではじめる

28年 ごみを燃やす施設が東新田にできる
(能力57t/日) (昭和49年まで)

29年 ごみのしまつの法律(清掃法)がで きる

35年 328,819 ごみの埋め立てを西ヶ谷ではじめる


トラックとリヤカーを使って




トラックとごみ収集車を使って
(昭和36年ごろから)



コンクリートのごみ箱




ポリバケツ
(昭和40年ごろから)


37年 コンポスト(生ごみたい肥化施設)が 吉津にできる
(能力50t/日、たい肥15t/日)
     (昭和43年まで)

39年 東新田清掃センターができる

40年 367,705 ごみ箱をやめ地域ごとに集める

43年 西ヶ谷清掃工場できる
(能力300t/日)

44年 安倍6村合併
西ヶ谷清掃センターできる
46年 ごみのしまつの法律(廃棄物の処理 及び清掃にかんする法律)ができる

50年 446,932 沼上清掃工場できる
(能力340t/日)
ごみの埋め立てを三請埋め立て地で はじめる




(今)ごみ収集車



紙ぶくろなど
(昭和45年ころから)
55年
458,341 海岸一斉清掃はじめる

56年 この年よりごみ展が開かれる
57年 462,075 新西ヶ谷清掃工場できる
(能力400t/日)

59年 465,471 乾電池の分別収集はじまる

60年
469,073 「集団資源回収」はじまる

61年 沼上清掃センターできる

63年 新西ヶ谷清掃センターできる

平成 2年 472,100
沼上最終処分場できる
(埋め立て容量750,000m3)

3年
473,000 ごみ処理の基本計画(一般廃棄物
処理基本計画)がつくられる

4年 472,000 空き缶回収機を公民館におく
コンポスト容器の購入費補助をはじ
める

5年
471,915
事業所ごみの処理を全部有料にする
ぼかしのPRをはじめる
廃棄物減量等推進員制度がはじめる

6年 471,567 廃棄物監視機動班をつくる

7年 471,671 新沼上清掃工場できる
(能力600t/日)

9年 476,407 ペットボトル回収がスーパー等で
はじまる

年 代 人 口 ごみのしまつのうつりかわり 集める方法 ごみ容器


2.ゴミ処理施設のうつりかわり


低湿地等を利用した埋め立てや焼却



東新田焼却場
(能力56t/日)
1953年(S28)〜1974年(S49)
吉津コンポスト(能力50t/日)
生ごみとし尿を急速に発酵させ、たい肥化する機械
1962年(S37)〜1968年(S43)



西ヶ谷清掃工場
(能力300t/日)
1968年(S43)〜1980年(S55)

沼上清掃工場
(能力340t/日)
1974年(S49)〜1992年(H4)



新西ヶ谷清掃工場
(能力400t/日)
1982年(S57)〜

新沼上清掃工場
(能力600t/日)
1995年(H7)〜



沼上最終処分場
埋立容量75万m3
1990年(H2)〜