豊島―これからの10年間(

 

津川敬 環境問題フリーライター

 

  どんな廃棄物が出てくるかわからない。向こう10年以上は住民の厳しい監視の目にさらされる――。

  豊島の産廃を処理するということはその二つのリスクを一身に背負うことでもあった。日本の代表的メーカーが相次いで逃げ出したその事業に、ただ1社取り組むことになったのが総合機械メーカーの潟Nボタである。

 
豊島産廃を直島ヘ


  同社(環境エンジニアリング事業部)の中心技術は表面溶融である。主な熱源は重油だが、別図のように二重円筒式になった縦型回転炉の外筒と内筒の間に廃棄物を投入したあと外筒の回転によって一定量ずつこれを切り出し、摺り鉢状の主燃焼室に送り込む。

直島南端は瀬戸内屈指のリゾート地
(ベネッサコーポレーションの国際キャンプ場
豊島廃棄物処理事業がスタート
(三菱マテリアル直島製錬所)

  表面溶融方式の特徴は、炉に投入する際、粒度(粒径の大きさ)を均一にすることが求められる点である。

  このことについて廃棄物対策豊島住民会議出身の香川県議会議員の石井亨氏がいう。

  「(豊島産廃の処理には)二つの課題がありましてね。ひとつは破砕の問題。もうひとつは廃棄物を如何に均質化するかという問題です。50万トンの埋蔵廃棄物には可燃分ゼロ≠ゥら99%が可燃物≠フレベルまであるわけで、これを均質化するには50万トンすべてを撹拌しなければなりません。そんなことは不可能だし、均質化に関しての明確な答えはまだ出ていません」。

  これに対し「決め手は一にも二にも前処理にかかっている」というのはクボタ焼却技術部。溶融担当部長の阿部清一氏である。

  99年11月に公表された「第3次香川県豊島産業廃棄物等処理技術検討委員会最終報告書」によると、豊島産廃の処理手順は以下のようになっている。

<豊島側>

(1)廃棄物を掘削し、粗破砕の上、岩石や長大な金属など特殊前処理物を選別、(2)これを洗浄・破砕し、一部は豊島に止め置くか、有効利用に回す、(3)大部分は梱包して桟橋から船積みし、直島側に送り出す。

<直島側>

(1)桟橋で廃棄物を陸揚げし、(2)直島製錬所に搬送、(3)同敷地内の中間処理施設で前処理ののち溶融、という手順になる(図)。

   全体の処理工程について、その手順を阿部氏に問いた。

 
炉の重量は400トン

 
 「まず廃棄物を、豊島廃棄物、直島の一般廃棄物、特殊前処理物の三つに分けます。前の二つは30ミリ以下に破砕して表面溶融炉に入れ、特殊前処理物はロータリーキルンによって有機物を焼却し、鉄分や他の金属類を取り出します」。

  豊島廃棄物と直島の一廃はまったく同じ工程であり、粒度を一定にしてから溶融処理≠キる。そこから発生したスラグをさらに破砕し、銅とアルミ分を分離して再利用に回す。10年後の処理完了までに約30万トンのスラグが生ずる見込みだという。

  飛灰はスラリー(水溶)状にしたあと、直島製錬所が新設する施設に持ち込み、酸やアルカリを使って銅や亜鉛を析出する、いわゆる山元還元を行なう。飛灰の排出量は月当たり約500トンと想定されている。

  約2へクタールの敷地に建設する工場棟は鉄骨6階建て、延べ床面積は1万5800平方メートルになる予定だ(写真)。

  表面溶融炉は飛灰のようなサラサラした対象物の溶融には威力を発揮するが、他の方式(ロータリーキルンやコークスベッド方式)のように施設を大きくできず、豊島廃棄物には向かない、というのが他メーカーの評価だったが、それに対し阿部氏は答える。

  「今回予定している炉の内径は8.5メートルあります。これまでの最大が大阪南の下水処理場に設置した内径7メートルですから、他の溶融技術とくらべて遜色はありません。重量は1体400トンになりますが、基礎はガッチリしている。表面溶融炉イコール小規模施設というのは当たっておりません」。

 
溶融という難物


 ランニングコストはどうか。これについて阿部氏は「県も予算を組む必要があり、慎重に見積りを立てています」というにとどまったが、この面でもクボタ(複合企業体)は県から厳しい条件をつけられている。

  2000年12月18日に工事請負契約を結んだ際、約745億円という事業費の1割を保障担保として積む。さらに発注仕様書で定めた性能が発揮できない場合、3年間は企業の責任と費用で補修するというもの。通常のケースでは1〜2年が常識だという。

  だが何よりも最大の難関は「溶融」という技術そのものにある。阿部氏自身も「溶融は理屈の世界じゃない」と率直に話す。

  受注契約が済んだあと、クボタは技術委員会から豊島廃棄物のサンプルを譲り受けている。公調委の専門委員会が95年に掘削したものであり、それを溶融した場合、どんな挙動と性状変化を起こすかを検証するためである。

  「廃棄物の厄介なところは種々雑多に融点が異なることです。ものすごく融点が高いものを溶融するにはそれを超える温度が必要になりますが、そうなると真っ先にやられるのが耐火レンガです」。

  阿部氏によると、溶融における適正温度といえるものは1350℃前後であり、融点1460℃以上のものが多ければ、融点降下剤を入れて1350℃以下に抑える必要があるという。こうした高温域ではわずか50℃の差でも必要燃料は5割増ぐらいに跳ね上がるというが、燃料コストもさることながら、問題はレンガの耐久力だ。

  「たとえば耐火物の材質に使うアルミナは融点が2000℃以上ありますから、それなりの高温には耐えられますが、廃棄物中のナトリウムに出会って化学反応を起こすと、アルミナは低融点化してボロボロになってしまいます。廃棄物には無数の成分が入っていますから、その化学変化は天文学的となります。人間が対応できる範囲など、それこそ高が知れているのです」。

  廃棄物は時にアルカリになり、時に酸性に変わる千変万化の化物である。

  現時点で、廃棄物溶融という技術を完璧と考える技術者はおそらくいない。しかし豊島産廃を処理する選択肢はこれしかないこともまた事実なのである。この先どんな難物が待ち受けているかわからぬ、いわばパンドラの箱を開けるようなクボタの挑戦が、予定どおりなら 2003年春から始まる。

  だが、香川県にはもうひとつ別の問題が起きていた。

 
エコタウンプラン浮上


 
2000年3月22日、直島町議会による「豊島産廃受け入れ決議」を待っていたように、真鍋武紀香川県知事は同年5月の県議会で一つの構想を明らかにした。

  「豊島廃棄物処理施設の整備を契機として新しく環境産業を展開し、直島町の活性化につなげる」という主旨の、いわゆるエコタウン構想である。

  ちなみにエコタウンとはゼロエミッション(ある産業から出る廃棄物を他の分野の原料として活用する、といった理念)を推進するために国が創設した新事業のことである。

  所管省庁は現在の経済産業省と環境省であり、1997年、両省の共管事業として発足した。事業内容は地方自治体(都道府県や政令指定都市)がエコタウンプランを策定し、国が承認すると、当該プランに基づく民間等の中核事業について支援(補助金支出)を行なうというものである。

  香川県がエコタウンプランに名乗りを上げた背景には直島との約束である「活性化」があった。実質は三菱マテリアルへの支援であり、具体的には豊島産廃処理とは別に直島製錬所が新たに大型溶融施設(ロータリーキルンタイプ)を設置し、廃車や廃家電を月に5000トン前後処理してそこから金属類を取り出すというリサイクル事業である。

  構想は水面下で進められ、2000年9月議会にはエコタウン事業の申請に向けて調査費の補正が提出された。

  ここで問題なのは、香川県内から排出される廃車や廃家電が月に840トン程度で、とても月5000トンという処理能力を満たせないことである。リサイクル事業とはいえ、採算が合わなければ意味はない。

  当然ながらこの事業が成り立つためには瀬戸内海を取り巻く他府県からの廃棄物受け入れが不可避であった。しかし香川県はすでに1991年に制定した「香川県産業廃棄物処理等指導要綱」の中で県外産廃の持ち込みを禁止している。これは豊島住民の悲願でもあり、同時に県議会と豊島住民の深い対立の根でもあった。

  これが喉に刺さった骨≠ニなったまま、2000年11月にはエロタウンプラン策定に向けた基礎調査がはじまり、翌12月には県のエコタウンプラン検討委員会(以下検討委)が設置された。

 
条例化ヘの道


  2001年3月末、検討委の結論を得てプランの素案がまとまった。同年5月21日、真鍋知事は定例記者会見で県外廃棄物持ち込みのネックになっている指導要綱を見直すことを正式に表明した。

  これに対し6月県議会(総務委員会)では県外産廃受け入れを既成事実化するものとの質問が相次ぎ、閉会後もエコタウンプランそのものが異例の継続調査事項となった。

  同年8月28日、総務委員会で多田健一郎環境局長は「指導要綱」を改正し、県外産廃を受け入れる場合の基準案を示した。

  すなわち、(1)環境汚染を起こさない、(2)適切なリサイクル、(3)積極的な情報公開、(4)地元の理解、(5)県内廃棄物の循環的利用を促進する、の5点である。

  だが状況が混乱した。まず豊島産廃処理はエコタウン事業ではない。また豊島産廃を溶融して出てきた飛灰はマテリアル側の製錬原料になるわけだが、その前に塩素除去の必要があり、その装置はエコタウンプラン側に組み込まれている。

  だが飛灰は豊島産廃側≠ニ製錬所側≠フ両方から出てきて、それがいっしょに処理されるため、エコタウン事業との境目があいまいになり、両者が同時並行でなければ豊島の産廃処理も進まないという事態になってしまった(概念図)。加えて、エコタウン事業を推進するためには採算の面からも県外からの廃棄物持ち込みが至上命令となる。

  こうして、@豊島の産廃処理、Aエコタウン事業、B県外廃棄物持ち込みの三つが横一線に並んだものだから県議会でも混乱して整理がつかなくなったのである。

  「誰かが意図的に絵を描いたんじゃないか。県はプランを小出しにしながら思い通りにことを進めようとしている」との不信感が県議会の中に生まれた。

  香川県は自らの失政で数l00億円という出費を強いられ、事件の混乱が県政の運営に暗い影を落とした。もとはといえば無秩序な県外産廃の搬入がもたらしたものである。

  ところが県執行部はエコタウン事業推進のため、一方的に要綱の見直しを目論んだ。面目丸つぶれとなった県議会の存在感を示すには要綱より強制力を持つ条例で県外廃棄物の規制を図るべきだという声が9月県議会の中に起こった。

  この動きに県が慌てた。条例による県外産廃締め出しとなれば上位法である廃棄物処理法の理念(「場所はどこであれ、適正に処理されていればよい」)に抵触するという表向きの理由とともに、2002年度中に提出を予定しているエコタウンプラン申請に遅れが出ることを恐れたためである。県議会の方でもそれなら全会派一致の議員発議で条例案をつくり、成立を急ごうということになった。

 
県外産廃の行方


  しかしいざ条文作成という段になって各会派の思惑に乱れが生じた。

  共産党のように「エコタウン計画そのものに反対する」という立場から「豊島の教訓を生かし条例の本文に県外廃棄物持ち込み原則禁止をうたうべきだ」という会派もある。

  これに対し、保守会派の大部分は「県による根回しが不十分」という不満が動機だかな国との対立が予想される先進的条例≠つくる気はない。

  9月定例会の終了後、県議会各会派代表者会議、総務委員会条例検討会が繰り返し開かれ、同年11月半ば、総務委員会案として、(1)県外産廃リサイクル業者に対し県との事前協議を義務づける、(2)協議・報告なしの操業に対しては勧告を行い、(3)違反者に対しては30万円以下の罰金を科す、などを骨子とする条例案が提示された。

  11月定例会は12月17日が最終日である。いよいよ大詰の12月5日、各派代表者会で上記の案をほぼ成案として12日の本会議に提出する方針が示されたものの、原則搬入禁止を本文に盛り込むかどうかをめぐって意見が対立し、ここで全会派一致の共同提案は不可能な見通しとなった。

  論議の中で、各会派が注目していたのは豊島の住民運動を一身に担ってきた石井亨・県議会議員(総務委員)の去就である。

  2001年11月26日、その石井氏が各会派代表者会に自らの理念と信条を込めた独自案を提出した。マスコミはこれを石井私案と名づけた。

  石井案は多年にわたり豊島産廃と取り組んできた経験を踏まえてまず条例制定趣旨を明らかにする。要旨は以下のとおり。

   <県外廃棄物の持ち込みを原則禁止することは本当に上位法(廃棄物処理法)に違反することになるのであろうか。その検証は「なぜ県外廃棄物を規制するのか」の立法事実と、「規制を行なうことによって何を守るのか」という保護法益の両面から行なわれるべきである。本県において搬入規制は過去10年にわたり行なわれてきた。しかし香川県は全国で唯一数100億円という負担を負う結果となった。今後二度とこうした事態を招かぬためにも、本県議会はこの先例なき条例制定に臨むべきである。それはひとえに『豊島の教訓』を生かすことにほかならない>。

  以上の理念を踏まえて石井県議は自ら作成した「香川県外産業廃棄物の取扱の基準及びその公開等に関する条例議案」を示す。

  全23条、附則3条から成る石井案の特徴は(1)県外廃棄物の持込み原則禁止を条文に盛り込んだこと(第3条・県の責務)、(2)持込む場合の知事承認基準を明文化(第8条・承認の基準)していることだが、最大のポイントは「知事との協議を行わず県外産廃を持込んだ場合、及び協議により承認を得て承認外のものを持込んだ場合」、地方自治法上の上限(懲役2年以下、罰金100万円以下)を科すとしたことである。

  2001年12月17日、香川県議会の11月定例会は最終日を迎え、満員の傍聴者が見守る中で多数会派の条例案は40対3で可決、結果として石井実は否決された。

 

二度と“豊島”を繰り返すな
*1990年11月の兵庫県警による摘発
(提供:廃棄物対策豊島住民会議)

「(条例案は)豊島産廃で多年苦闘してきた石井案の方がすぐれている。しかしいまの県に国を抑えてこれを施行するほどの器量はない」というマスコミ論調(四国新聞2001年12月18日付)が今回の条例制定劇の本質を端的に物語っていた。

  条例制定の流れに合わせ、県はエコタウン事業を契機にリサイクル可能な産廃に限り搬入を認め、直島のみならず、基準を満たしていれば県内事業者についても処理を認める方針を打ち出した。だが、豊島住民会議など多数の傍聴者は今回の条例を「県外産廃持込み条例だ」と批判する。

  こうして香川県のエコタウン計画は瀬戸内海を囲む1府8県から廃棄物を持込み、実現に向けた第一歩を踏み出したわけだが、早くもその前途を危ぶむ声が出ている。

  まず、原料≠フ役割を担う廃棄物が必ずしも安定的に供給される保障がないことである。すでに本州側の倉敷市ではPFIによる「資源循環型廃棄物処理施設整備事業」が動き出し、2001年12月には川鉄サーモセレクトによる一廃300トン、産廃200トンの溶融炉導入計画が決まっている。下手すると原料≠フ取り合いにもなりかねない。

  さらに景気動向によって廃棄物排出が左右され、何よりも排出事業者自身が企業のステータスと風評に敏感になっている。循環型社会の掛け声で排出抑制が求められている現実と、直島製錬所の経営安定方針との間に齟齬が生じる可能性もあるのだ。

 「逆の見方をすれば、この事業が成り立たない社会こそ循環型社会の構築を意味するものといえよう」と石井県議はいう。エコタウン事業推進の目的が循環型社会形成指向より地域産業振興(活性化)の要素が強い以上、そのギャップは避け難いのかも知れない。

  多くの不透明な要素を孕みつつ、豊島問題はほぼ四半世紀を経て、まったく新しい局面を迎えることとなった。(おわり)



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