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日蓮正宗ウソ語録掲示板

 

はじめに

『大御本尊様が偽物である』との日顕上人の発言(河辺メモ)が、創価新報によって報道されて、約一年半が経過しました。しかし、日顕上人と河辺師が口裏合わせて、この本宗僧俗にとっての、最大級の関心事がうやむやにされています。立宗七百五十年を目前にして、この問題がそのまま放置されていては、御本仏日蓮大聖人様に対して、なんとも申し訳が立ちません。

河辺メモ 全文

語録

1   御法主日顕上人御指南 平成十一年九月十八日

いわゆる河辺メモは、客観的な言旨を極めて自己の主観的な形に書き変えた慈篤房の記録ミスである。則ち主として創価学会の存在によって生じた日蓮正宗に対する種々の批判中の一環として、御本尊と血脈等に関する疑難悪口があることの内容について、ある時に慈篤房と客観的な話しをしたような記憶は存する。しかし、学会で発表したあのメモのような諸件についての主張をしたことは断じてないのである。

2   河邊慈篤師からのお詫びと証言 平成十一年七月十日 

従いまして、今回の件における面談の折の記憶を喚起致しますと、当時の裁判や以前からの『戒壇の大御本尊』に対する疑難について様々な話が出た中で、それらと関連して、宗内においても、『戒壇の大御本尊』と、昭和四十五年に総本山へ奉納された『日禅授与の御本尊』が共に大幅の御本尊であられ、御筆の太さなどの類似から、両御本尊の関係に対する妄説が生じる可能性と、その場合の破折について話を伺ったものであります。
 但しこの話は強烈に意識に残りましたので、話の前後を抜いて記録してしまい、あたかも御法主上人猊下が御自らの意見として、『本門戒壇の大御本尊』を偽物と断じたかのごとき内容のメモとなってしまいましたことは明らかに私の記録ミスであります。

 

弁解は破綻している

1)  日顕上人は「いわゆる河辺メモは、客観的な言旨を極めて自己の主観的な形に書き変えた慈篤房の記録ミスである。」とのべ、「客観的な話はしたが、その話が、慈篤房の主観によって書き変えられ、メモの記載となった。」と弁解した。それでは、その話の内容はどうだったのか、河辺師の説明を読んでみよう。

2)  河辺師は「当時の裁判や以前からの『戒壇の大御本尊』に対する疑難について様々な話が出た中で、それらと関連して、宗内においても、『戒壇の大御本尊』と、昭和四十五年に総本山へ奉納された『日禅授与の御本尊』が共に大幅の御本尊であられ、御筆の太さなどの類似から、両御本尊の関係に対する妄説が生じる可能性と、その場合の破折について話を伺ったもの」と説明している。それでは、河辺師はどのような記録ミスをしたのか。

3)  この点について河辺師は「但しこの話は強烈に意識に残りましたので、話の前後を抜いて記録してしまい、あたかも御法主上人猊下が御自らの意見として、『本門戒壇の大御本尊』を偽物と断じたかのごとき内容のメモとなってしまいましたことは明らかに私の記録ミスであります。」と説明している。

つまり、上記の2)の説明と合わせると、河辺メモの記述は、日顕上人自身の主張ではなく、日顕上人が提示した、『宗内に生じる可能性』としての『妄説』の記録であり、前後の関連を書かずに、その『妄説』だけを抜書きしたので、あたかも、それが日顕上人の主張であるかのメモになったことが、『記録ミス』の中身だ、と言う説明である。それでは、河辺師は、『強烈に意識に残』ったという、その『妄説』をどのようにメモしたのか。

4)  河辺メモ全文 (全文写真はここを参照ください)

S53.2.7.  A面談  帝国H

 一、戒旦之御本尊之件

   戒旦の御本尊のは偽物である。

   種々方法の筆跡鑑定の結果解った。(字画判定)

   多分は法道院から奉納した日禅授与の本尊の

   題目と花押を模写し、その他は時師か有師の

      頃の筆だ。

   日禅授与の本尊に模写の形跡が残っている

 一、Gは話にならない 

   人材登用、秩序回復等全て今後の宗門の

   事ではGでは不可能だ。

 一、Gは学会と手を切っても又二三年したら元に戻

   るだらうと云う安易な考へを持っている。

 ※日禅授与の本尊は、初めは北山にあったが北山の

  誰かが賣に出し、それを応師が何処で発見して

  購入したもの。(弘安三年の御本尊)

5)  メモの記述の特徴と、弁解の破綻

一 大御本尊様の『筆跡鑑定』、『字画鑑定』を根拠にしていること。

二 日禅授与の御本尊様を詳細に調査していること。

三 根拠も証拠も挙げて、極めて具体的に書かれていること。

この、『筆跡鑑定』、『字画鑑定』を前提にした記述は、すでに立派な偽作説を形成しているかのごとくであり、また、内容がきわめて具体的、かつ個別的で、どう考えても『今後の可能性の話し』とは言いがたい。また、誰かが勝手に両御本尊様を調査するという事態は通常あり得ない。日顕上人がそんなあり得ない事態を前提に妄説を語り、しかも、それが河辺師の意識に強烈に残ったという説明は、全然納得できない。つまり、実際には日顕上人が筆跡鑑定を密かに実施し、その結果の判断を河辺師に語った内容ではないのか、との疑いは消えない。

 

この件についての僧侶の誤りを正す会の結論

1 メモは、河辺師の自筆であり、創価学会が発表したからといって、その重大性がなんら損なわれるものではありません。

2 日顕上人の、『河辺師の記録ミス』との口裏合わせの弁明は、実際に話し合われたとされる内容と、メモの記述が矛盾し、信用できません。

3 河辺師の『妄説』についての弁明も極めて不自然であり、これも信用できません。さらに、その『妄説』の記述は、日顕上人による筆跡鑑定実施を強く示唆しています。 

4 両者の、口裏合わせによる弁明の破綻は、『河辺メモが日顕上人自身の主張に他ならない』事を示唆し、『日顕上人(当時阿部教学部長)による戒壇の大御本尊否定』を強く印象付けています。

5 このメモに対する日顕上人と河辺師の弁明の不可解さは、かえって宗徒を迷わせる要因を孕んでいると思います。メモが創価学会によって提示されたという、意味合いも含めて、今後、当会としては、継続して真相究明に努めて参ります。

   平成十三年二月五日

 

資料  河辺メモ (日蓮正宗問題研究より、コピーさせていただきました) 

 

 

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