どろのこころだ
ウナギ
 ウナギの思い出といえば、あの時見たんが最初で最後や。子供の頃、家の裏に川が流れててな。平野川というんやけど、大阪市の東の方を北に流れて寝屋川に入って、最終的に大阪湾に注ぐ川やけど、今は完全にどぶ川や。その頃も相当汚かったけど。今みたいにコンクリートの高い護岸やのうて、簡単に飛び降りれる石垣みたいな岸になってて、その下は泥がたまって草の生えてるとこもようけあった。その泥の岸には糸ミミズが、汚い水の中で揺らめいてた。近所の子らといかだ作って流れて行ったりして遊んだもんや。どんくさいやつは、ようはまっとったわ。

 ある日小学校から帰るときに、ハマムラちゅう八百屋の横の橋を渡っとって、ふと下を見ると、なんや太い灰色の曲がった棒のようなもんがおる。よく見るとウナギに違いない。毎日のように平野川で遊んでたけど、それまでウナギは見たことなかったから、メチャメチャ興奮して家に走って、網を取りに帰った。網ちゅうても、メダカすくうようなチャチなやつや。

 まだおってくれと祈るような気持で橋のところまで戻ると、まださっきのままおる。ウナギは、川の岸の近くの浅いところでじっとしたままや。そっと網を持って川に下りた。ウナギは相当大きくて、太さ5pはあったやろ。長さは1mくらい。まあ、子供の時のことやから、ちょっと大きめに見えたかも知れんけど。

 表面は薄い灰色で、なんや汚い水垢のような白っぽいもろもろが付いてて、波に揺られてなすがままや。それに岸ぎりぎりのところにおるやなんて変や。これは、もしかすると死んどか、死にかけかのどっちかやと思った。
 しかし、持っていった網ではとても取れそうにないわな。ウナギの方がずっと大きいんやから。なんぼ俺がフナすくいの名人やったとしてもな。しやけど死んどるかも知れんし、取れるかもや。まあ、やってみるわな。子供やし。取ってどうする、なんか考えてへんもん。

 そーと近付いた。ウナギに変化なし。水に網を入れた。ウナギ変化なし。ウナギの尻尾の方から、ウナギが逃げるやろう深い方にゆっくり網を動かして、頭の方まで持って行った。ウナギに動きなし。息を整える。ハアハア。そして…、一気にすくった。

 かっー、結果は、するりと逃げられてしもた。ウナギは濁った平野川の水の中に消えていきよる…。昭和40年代の始めの頃のことやった。
ドロアシの本
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