
高舘景観問題資料集1 高舘景観問題資料集2
1.バイパス説明図 2.岩手県の資料へのリンク 3.高舘の旧蹟図 4.平泉旧蹟志から高館の説明 5.ノルウェーの文化観光主義九原則とは
6.柳の御所資料館の景観模型 7.東北開発促進計画(国土庁) 8.岩手県総合計画HP(岩手県企画振興部企画調整課) 9.高館橋(株ピー・エスプロジェクト・レポートより)
10. 千葉平泉町長所信表明演述(2001.1) 11.平泉バイパスの完成予想図(国土交通省岩手工事事務所)
平泉バイパスの説明図
今回の高舘景観問題を考える上での資料として、建設省東北地方建設局 岩手工事事務所掲載の「平泉バイパス」の説明図を掲載させていただいた。
尚、このバイパス計画は、「当地区の交通混雑解消等を目的に、昭和56年度から事業に着手し、平成11年度に延長L=2,400mを暫定2車線で供用しています。平成12年度は、用地買収の促進及び工事の促進を図ります。」という事だそうである。
●道路情報
○一般国道4号平泉バイパスについて、
平成12年度、岩手工事事務所トップページ
建設省東北地方建設局 岩手工事事務所
URL
http://kikaku.th.moc.go.jp/iwate/
バイパスの説明図 (建設省東北地方建設局 岩手工事事務所のHPより掲載)
管理人の感想
この地図を一目瞭然ですが、高舘の前を横切ってまっすぐ衣川に抜けて行きます。要するにこうなると高舘から見えるのは、真ん前からまっすぐ伸びる道路である。なぜ高舘の前を通らねばならないのだろう。それはおそらく河川改修工事で、空いた土地を使って、バイパスを通せばという考えであろうが、やはりこれだけの古都平泉でもあり、代表的景観としての高舘景観を無視したこのようなやり方は、やはり再考すべきではなかろうか。地元の方から、「混むといっても年末年始や、決まった時だけであって、バイパスは必要ない」という意見もいただいている。再考の余地はないものだろうか・・・。
最近都市の景観ということが全国的に叫ばれており、各地で景観を損ねないための景観ウォチャーなどの言葉も使用される時代になりつつある。
岩手県でもそのような取り組みがなされ、
「平泉周辺景観形成重点地域の指定について」といった資料が公開されている。
是非今回の高館の景観問題を考える基本資料のひとつとしたい。
そのURLは以下の所である。
http://www.pref.iwate.jp/Press/200003/20000328t4.html
岩波写真文集(1952年より、高館を中心とした地図。
○相原友直 著 「平泉旧蹟志」より 高館の説明
管理人の感想
高館は、昔は、大きなタッコ(こんもりとした山)だった。下の相原翁の「旧蹟志」の書かれてある如く、かつての高館は東西460件というから現在80間の5.75倍もあった。南北にも130間もあった。現在はそれが80間ほどに縮小している。また高さは50間というからこれもまたずいぶん低くなっている。これも北上川がたびたび氾濫の為の侵食によって形成された地形と言ってよい。
伊達氏の時代にも、北上川の灌漑事業は、幾度となく大事業として取り組まれたようだ。そしてやっと現在の形に収束したのである。氾濫は衣川と太田川、それに磐井川が北上川に一気に集中することで起こる。そのため、高館の前から衣川から古戦場や東に束稲山に掛けての地形は、地形を生かした遊水地の役割を果たしていたのである。だからかつてここは、水鳥たちが遊ぶ格好の湿地帯となっていた時期もあったと考えられる。芭蕉が、夢の跡として観た高館の茫洋とした景観は、かつてつわもの(侍)達ここに住んでいた時代を思い、哀れを催したのかもしれない。
平泉を南に下り、宮城県に入ると、伊豆沼という美しい沼がある。かつてはここまで海があったということが言われている。この伊豆沼は、白鳥たちの飛来地としてつとに有名になり、ラムサール条約(「特に水鳥の生息地として国際的に重
要な湿地に関する条約」)の指定を受けた。平泉のユネスコ「世界文化遺産」の運動も、これら周辺地域一帯で進めることにより、初めて実現するものであろう。
【衣川館】
又高舘とも云ふ、百年程以前、古城跡を記せるには、東西四百六十間餘、南北百三十間、高さ五十間とあり、其頃は、北上川東山の麓を流れしが、今は此館の下をながる、昔の地圖を以て見るに、百年以來の事なり、度々の洪水に崩れかけて今は甚せまし、此館中尊寺より、東南にあたり八町餘をへだつ、秀衡の時民部少輔基成朝臣を居住せしむ、
又義經の頼朝卿の勘気をを蒙り下向せし時、秀衡此城の別館に居らしむ、是を柳御所と云けると云ひ傳へり、其趾と云ふは東方にあり、義經は其館に於て自殺せりと云ふ、
基成は其時の騒動にもかまひなく、泰衡が滅亡の後まで猶高館も居住せり、是義經の館兵燹の時も、基成の館は火災をのがれたると見えたり、其間のへだゝりぬることはかり知ぬべし、
頼朝卿、泰衡が平泉館の焼跡に陣して、千葉六郎太夫胤頼に命じて、彼らを召るゝ處に、基成三人の子息を召つれ降人に出たる事、東鑑に見えたり、或説に、此館を安倍頼時が築き、同貞任が住せし衣川柵なりと云ふはひがことなるにや、東鑑に、頼朝卿の頼時が衣川の遺跡を歴覧し給ふ時、郭土空く残りて秋草鎖す事數十町、礎石何くにかある、舊苔埋むこと百餘年と云へり、
これを以て考るに、此衣川館の事にはあらず、前にも云へる如く衣川館は、泰衡か平泉館炎上の時まで、基成居住し火災を遁れたる事分明なり、豈にかくの如く秋草鎖すと云ひ、礎石いつくにあるやと云はんや、これを以て館と柵とは、別なるの證據とすべし、續日本紀桓武帝、延暦八年六月、征東将軍泰稱、従玉造塞至衣川營四日云云、是を以て考れば、衣川營は昔よりこれある事分明なり、然るに其地柵をいへるにや、館をいへるにや考ふべきなし、然るに、今其要害を以ていはゞ、衣川館の事ならん歟、尚後の考をまつ、
【義經堂】
高館にあり、義經の腰懸石と云へる石有て、堂はなかりしとぞ、然るに、天和三年癸亥の歳、郡司河東田平衛定忸、祠堂を建立せん事を太守に白す、前太守綱村公命有て祠堂を建立せしめ給ふ、定忸村老に問に天和三年より五十年以前ほどまでは、祠堂有りしと云へけるとぞ、定忸上梁文を、松島通玄和尚に請て書せしむ、
義經廟上梁文、
陸奥州高館者、源氏義經故城也、義經薨後遂作荒墟、天和年中、當州大守仙壷羽林綱村
公家臣、河東田氏長兵衛定忸、来治諸郡之登此山、訪遺塵寒煙蔓草四顧荒涼、故老相傳
五十年前、此地有霊祠、定忸慨然而歎曰、義經者、大将軍頼朝公令弟、其軍功威名市街
豎童無不知焉、豈有不封尺寸地剪一莖芽、而安神霊乎、即興平泉衆徒共議之而白公、大
守命之草創一宇以銕瓦茸之人咸號之曰義經堂、其功其徳雖専歸大守原厥濫觴實出自郡吏
吏定忸之善心、豈可不獲善報乎可喜可尚、仍賦一偈充上梁文偈曰、
以平等心為基趾 霊廟新成輪奐美大功徳主奥州刺史仙壷羽林伊達英胃爼豆来藻川漣綺 篝籃高館城蒼翠
君蒿悽愴如見之 勿疑壷霊垂光賁
蓋代功名昨夢回 従前汗馬総兒戯
假令四海闘英雄 争似早出離生死
血流漂噛古戦場 純白蓮華捧隻趾
我有一巻了義經 天龍八部常側耳
幸是猛烈大丈夫 降伏魔軍超佛地
山下此丘通玄達敬識義經像、寶歴の生害處と云ふ、今は枯たり、察するに後人の附會な らんか、
ノルウェーには文化観光主義(cultural tourism)という言葉あり、文化遺産アカデミーが1997年4月29日に発表した9つの原則があるという。なるほど読んでみると、我々が平泉の数々の掛け替えのない文化遺産を未来に伝えようとするとき、大変示唆に富む金言のように響いてくる。したがって以下に紹介する。平泉だけでなく、他の地域の文化遺産を保全していく上でも大変参考になると思われる。尚、この資料は、「エコ・ミュージアムの旅」(大原一興著 鹿島出版会1999年12月刊)p165を参照させていただいたものである。
柳の御所資料館の高館周辺の景観模型
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北上川は、埋め立てられ東にずらされたている |
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赤丸が柳の御所資料館の位置、その前の小山が高館 |
◎東北開発促進計画(第五次)なるものが、「国土庁地方振興局東北開発室」のHPに掲載されている。「21世紀を先導する自然共存型社会をめざして」という副題のついたこの計画の中に、今後の政府の東北開発の指針が示されているので、リンクさせていただくこととした。
URL
http://www.nla.go.jp/chisou/block/tohoku.htm
○岩手県総合開発計画HP
http://www.pref.iwate.jp/~hp0201/index.html
岩手県企画振興部企画調整課が立ち上げているHPには、岩手県全体の開発のグランドデザインが示されている。その中に、はっきりと、以下の文言が謳われているので基本資料としてリンクさせていただくことにした。
「○北方文化中核拠点の形成
世界遺産への登録
平泉の中尊寺金色堂、毛越寺、柳之御所遺跡、無量光院跡などの文化財の世界遺産への登録を目指します。
日本列島北部の文化に関する研究機関の誘致・・・。」
また用語解説も非常に参考になる。
株式会社ピー・エス 東北支店のプロジェクト・レポートより
高館橋
http://www.psc.co.jp/tohoku/taka.html
平成12年度 平泉町長所信表明演述
私は、この度1月14日付けで平泉町長に就任いたしました「千葉和男」でございます。何卒よろしくお願
い申し上げます。
本日、ここに第1回町議会臨時議会が開催されるに当たり、今後の町政運営について、所信の一端を申し
上げます。
先ずもって、今回の町長選挙に至る経緯は皆様ご案内のとおりでありまして、前町長の不祥事は、本町
政にとりましても、相当に不幸な出来事でありました。町行政に対する不信感を幾らかでも招いたとすれ
ば、取返しのつかないことであったと存じます。この上は、後任町長として、町職員の先頭に立ち、職員と共
に交通法規の遵守を誓い合うことを、就任に際し全職員に呼びかけたところでございます。ここに改めて町
議会及び町民の皆様に対し、信頼される行政を推進することをお誓い申し上げ、不信感の払拭に努力する
ことをお約束申し上げます。
私は、町長選挙の立候補に際し、ご推薦いただいた多くの方々から、町政を推進するに当たり、「民間感
覚」の視点を忘れずに持ち続けて欲しいとのご要望をいただき、民間感覚とは何であるのか私なりに解釈
しました。民間に対する反対語は役所であるとすれば、従来からの役所的感覚ではない感覚での発想で
当たるようにというアドバイスであろうと理解いたしたところであります。役所的感覚は、ややもすれば、高
圧的で、傲慢でそして秘密的なイメージということではないでしょうか。このような感覚には私も反対であ
り、私にとりましても思わしくないイメージであることは言を待ちません。私は皆様も既にご案内のとおり32
年間に亘り、県職員として努めて参りました。
従いまして県庁もそういう意味からして役所であろうと存じますが、今日、日本や世界で進行している経済
社会の変化は、これまで私達が経験したことのないほど大きく激しいものであります。
時代は大きく転換しており、県も又大きく変わりつつあります。21世紀初頭に向けて大きく価値観や意識の
転換を図らなければなりません。
情報はインターネットにより世界を駆け廻り、農林水産物は国際ルールや世界的な評価基準により取引さ
れ、私達の身近な生活環境は地球規模の環境水準に直結し、高度情報化、技術革新は産業活動のみな
らず個人・家庭そして社会のあらゆる分野に大きな影響を与えています。又、着実に進行している少子・高
齢化社会を明るく活力あるものにするためには、高齢者自身が健康で、その役割を積極的に果たしていけ
るような社会に造り直すことが求められております。これまでの中央における価値観に左右されることなく、
地域の持つ独自の自然、歴史、文化等の特性を基盤とした価値観を確立していくことが地方分権社会へ
の対応の姿であると確信しているものであります。
私は以上のような時代認識の上に立って、第一に「情報公開」を推進して参ります。本町では既に情報公
開条例を1月1日より施行しておりますが、さらに行政情報をインターネット等を利用して、町民の皆様にわ
かりやすく提供できる情報化の施策の充実に努め、住民と町政がお互い信頼関係のもとに地域づくりを進
めて参りたいと考えております。
第二に「行政のアカウンタビリティー(説明責任)」を果たします。これは町がその施策の決定や実施に当
たって住民がどのように考えているかを的確に把握し、施策に反映できるよう、住民参画の取組みを積極
的に推進したいと考えております。その仕組みについては、県が実施しているパブリックコメント(事前に公
聴会などを開催して民間の意見を反映させる)制度なども視野に入れたアカウンタビリティーの方法につい
ても研究して参りたいと考えております。
第三に「行政にコスト感覚の導入」であります。行政が実施する施策は、一概に民間企業が行っている企
業会計と同列に論ぜられるものではありませんが、一定のコスト感覚のもとに実施される必要があることは
言うまでもありません。特にも公共事業の導入に当たっては、その優先順位を選択する目安とするためにも
必要と考えております。従って事業の効率性を重視したコスト感覚の導入についても研究の上、推進して
参りたいと考えております。
以上が、私のこれからの町政を推進する上での基本的な姿勢であり、従来から言われる役所的感覚から
脱するためにも必要な姿勢であろうと思うところであります。
次に具体的に施策の方向について申し上げます。
第一に、「保健、医療、福祉の充実」についてであります。
地方自治体、特にも市町村行政の基本は先ず、「命と暮らし、支え合い」が挙げられなければならないと
考えるものであります。このため、この項目を第一に掲げたものであり、健康の保持と社会形成の原点とも
言える支え合い、即ち福祉は何にも増して重要な部門であると考えております。
具体的には、高齢化社会において健康で充実した老後を過ごせるよう保健センターを中心としたいきい
きシルバー活動総合支援事業や各種保健活動の充実による健康管理、更には教育委員会、公民館が実
施する高齢者学習、スポーツ、レクリエーション活動の強化を図ります。
介護や援護を要する高齢者福祉といたしまして在宅介護支援センター施設整備への支援、又、介護保険
対象外者に対する施策として高齢者生活福祉センターの設置、生きがい対応型デイサービス事業等を実
施します。又、介護保険につきましては、広域連合を中心として制度活用と内容の充実に努めて参ります。
施設福祉につきましては、特別養護老人ホーム、老人保健施設の積極的な活用とデイサービス、ショート
スティの機能充実に対応して参ります。
「悠久の湯 平泉温泉」につきましては、健康福祉交流事業の拠点として経営の健全化、事業の充実に
努めて参ります。
第二に、「生活環境の整備」について申し上げます。
町民が憂いなく快適に暮らせる町を目指し、生活環境の整備充実に取組んで参ります。
具体的には人口の増加が期待される住宅整備につきましては、町営上野台住宅三号棟の建設、又、快
適環境整備につきましては、流域関連公共下水道の拡張、長島中央地区小規模農業集落排水推進事
業、合併処理浄化槽設置事業を推進して参ります。
廃棄物処理対策につきましては、一関地方衛生組合が建設する排ガス高度処理施設、廃棄物再利用施
設整備事業に応分の負担をして参ります
生活基盤の整備につきましては、町道髢石線を始めとする道路改良舗装工事、ウォーキング・トレイル事
業等を推進いたします。
一関遊水地事業、平泉バイパス事業につきましては、早期完成に向けて国土交通省に対し強く要望して
参ります。
第三に「教育・文化の振興」施策についてであります。
私は、生涯教育こそが教育の基本であるという認識から平泉町生涯学習推進機構の強化や伝統芸能の
伝承活動の充実を図りつつ、高齢者から幼児までの幅広い教育行政の推進に努めて参ります。特に現在、
社会的に大きな問題となっている青少年犯罪の低年齢化につきましては、心の豊かさを大切にする教育こ
そが大切であるという認識の下に、学校関係、家庭、PTAとの連携を密にして心の教育に重点を置き、努
力をいたします。
教育環境整備につきましては、現在計画が進行している、平泉小学校並びに平泉幼稚園の改築を着実
に進めて参ります。
又、すべての面でグローバルな考え方が必要になってきている現状に鑑み、文化活動の一端として中国
天台県との交流をはじめとする、幅広い国際交流を推進いたします。
第四に、「農業・商工業・観光との均衡ある発展」についてであります。
私は、農業、商工業、観光産業につきましては、地域経済の三本柱であるとの理解をいたしております。
地方分権時代においては地域経済基盤の確立は必須の条件であり、このことを十分に認識いたしまして、
グリーンツーリズムに代表されるような三本柱に共通する本町の農業、商工業、観光産業の振興策を充実
強化すると共に、企業誘致にも全力をあげて取組む所存であります。
現在、本町の農業、商工業、観光産業を取巻く環境は、主要生産物である米価の低迷、農商業後継者の
不足、中心市街地の空洞化、観光客の減少など極めて厳しい状況にありますが、これらの諸課題に一つ一
つ取組み、解決に向けて努力をいたす所存であります。
第五に、「文化財との共生と保護」について申し上げます。
各関係機関の多大なご努力によりまして、昨年「平泉の文化遺産」がユネスコの世界遺産登録の暫定リ
ストに登載が決定されたことにつきましては、心から敬意と感謝を申し上げる次第であります。
私は、今後、町民の皆様の御理解をいただきながら、国、県及び各関係機関と連携を密にし、世界遺産登
録の早期実現を本町における最大課題の一つと認識いたしまして、目的達成に邁進いたしますことをお約
束いたします。
そのためには、平泉の遺跡の全容解明が最も重要なファクターと考えており、その拠点としての「県立平
泉文化研究機関」を本町に設置することについて、強く岩手県に要請していく所存であります。
第六に、「地方分権と広域行政」についてであります。
地方分権社会にあっては、自ずから各自治体の行政能力、資質が試されることになります。
現在、地方自治体の財政状況は押し並べて苦しい状況にあり、本町も例外ではありません。私は、このこ
とを厳しく捉えまして、町行政の基盤となる総合発展計画の見直しを行い、21世紀にふさわしい計画的、且
つ効率的な行財政の運営に努めて参ります。
又、広域行政につきましては、岩手県の広域行政指針を参考にしながらも、町独自の広域行政指針を策
定いたしまして広域的な行政需要に対応する所存であります。
以上、今後における町政運営の基本方針と施策の概要について申し上げました。
私は、本町は、藤原三代の時代から我々の祖先が脈々と大事に受継いできた、この地らしい伝統文化と
貴重な文化遺産に囲まれる掛替えのない故郷平泉であると存じております。
この町を、これからも、生まれ育って良かった町・住みやすい町・誇れる町であり続けるため、これら伝統
文化の理解を更に深め、貴重な文化遺産を保護しながら共生の道を求めるなど、古都平泉にふさわしい
町づくりをしたいと考えております。
いわゆる「風格のある町 平泉」づくりを提唱しているところでありますので、町民皆様には、意図するとこ
ろをご理解いただき、お一人おひとりが、真に生活に根付いたご参画をいただき、皆様と共に理解する町づ
くりに励む決意であります。
議員皆様のご理解、ご協力と町民の皆様の町政への積極的な参加を心からお願い申し上げ、私の所信
表明を終わります。