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最終更新日:H28年12月3日 私財を投じ、人生を賭け、個人立の博物館を目指した変人(へんじん)のHPです。 島根県江津市桜江町大貫847ー3
小さな自然館内
TEL:0855-93-0795

(H28年12月3日記載)

我が郷土には、科学の芽を育む土壌がない!?
(↓江津市波子町の大崎鼻海岸で踏査中の中学生)
 今年の夏も当館で科学作品になるようなちゃんとした自由研究をしたいという子供達は来なかった。 反面、当館の自作パソコンでゲームをしたいという子供達は大勢やって来た。 しかし、スマホ狂いになるよりもましか、と思って容認してやった。

 学校関係が夏休みに入った当初は、科学作品にするような自由研究をやりたい、と言って(これを口実にして)ゲームに熱中していた子供達も踏査を始めて三日目くらいでギブアップしてしまって、学校に出せる程度のものでいいと言い出す始末であった。 大変ガッカリした。
 さらにもっとガッカリというかガクゼンとしたのは、オーチャクして即席ラーメンのようにしてやってしまいやがった中学生の自由研究が市の科学作品展に出展されることになり、これほどまでにちゃんとした科学作品になるような自由研究をする中学生がいないのか、とびっくり仰天してしまった。

 こんなことでは我が郷土には科学の芽が育たない、と痛感します。 もう30年近くも前になりますが、ある高校で年間を通じて理科の実験を全然やらなかったという教員(講師)に会ったことがあった。 その理由はというと、授業中に生徒が騒いで危ないから、というものでした。 その教員は次の年には中学校の数学の正式な教員になりましたが、なんでこんないい加減な者が正式に採用されるのか、と強い怒りを感じました。 まこと昨今の子供達の理科離れは、こういったいい加減な教員の指導に原因があるのではないかと思うほどである。

 やはり、育てなければいけない、培っていかなければいけない、と痛感します。
 先日、新聞に懐かしい人の記事が出ていた。 十数年前に京都から浜田市の旭町にIターンした元体操のオリンピック代表選手のM氏の記事が出ていた。 M氏とは十年前に市内でいっしょにゴボウ畑の草取りや大麦若葉の刈り取り作業をしたことがあった。
 M氏はIターンされてから町内に体操教室を主宰され、今日までずっと子供達に体操を指導されてきた方ですが、最近少しずつその芽が開花し始めて来たそうである。 地元の競技会などで良い成績を出し、さらに大きな大会へ出場していく子供達が出ているようです。
 長年にわたるM氏の努力が少しずつ報われてきているといった感じです。

 我が郷土江津市には、どこの中学にも高校にも体操部など全然ないですが、筆者が中学校に入学したころ、学校に体操部があったのですぐに入部したけれど、ちゃんと指導してくれる先生がいなく、生徒同士で教則本を参考にしながら練習をしたものである。 自分達なりに一生懸命練習した。 しかし、二年生の春に数年後に学校が統廃合されるのを理由に突然廃部になってしまい、筆者はしかたなしに陸上部に再入部するはめになってしまった。 全く面白くない中学校生活になってしまいました。
 その後、ちゃんと人から指導を受けて体操ができるようになったのは、大学に入って都会生活をするようになってからで、体操と並行して町道場で空手の稽古もすることができるようになった。 まこと当時の我が郷土ではとうてい実現できないことだった。

 今の子供達は大変恵まれていると思う。 家庭に何台も車があって、ちょっと車を走らせれば町には体操教室や空手などの道場がある。 自分達のころから較べれば全然状況が違います。 いろいろな方面で子供達の能力を引き出し育ててくれる土壌ができているといった感じです。
 しかし、子供達に科学を育んでくれる土壌はあるか、というと、、、、、

 ← H16年夏 荒廃畑(耕作放棄地)の開墾作業(江津市桜江町田津)

 12年前、筆者のいとこのH君が桜江町内の耕作放棄地を使って有機農業をするということで、筆者は出雲方面の下請会社の従業員達と荒廃畑の開墾作業をやったことがあった。
 真夏の暑い時期、まるでジャングルのように茂った林の中での作業で、一日に一回は必ず蜂に刺された。 特に出雲の業者の中には重機のアームをスズメバチの巣に誤ってぶち当て、全身十数カ所を刺されるという大惨事になったこともあった。

 H君は、あの青森の「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則氏がやられたようなことを目指している人で、言うなれば「奇跡のゴボウ」を実現しようと頑張っている。
 害虫もつかない、腐ったりもしない野菜は肥料も農薬も全然使わない自然のままの土壌でなくてはできないもので、このような土にするためには大変長い年月がかかるそうである。 奇跡を起こすためには、長い年月をかけた根気のいる土壌づくりが肝心というわけです。
 筆者はあまり農業には関心がないけれども、今日までずっとH君に労力を惜しみなく提供し続けてきた。 ぜひとも、「奇跡のゴボウ」を実現してもらいたいものである。


「奇跡の自然館」を目指して二十年!・・・精神的なひもじさに耐えて20年

     「鉱物の科学展」の”蛍光鉱物コーナー”(H19年 市内の博物館施設) →

 来年の7月が来ると当館は満二十歳になります。 これまでに市内外の特に社会教育関係の施設などに展示などの奉仕活動をかなりやったけれど、正直申して腹の立つことが多かった。 「自然館のバカが、かってに身銭斬って汗流してやっていることだから、自分達には無関係」という感じだった。 筆者が、この施設でやっていることを少しでも支援してやろう、サポートしてやろう、といった姿勢が全然見られなかった。 
 要するに、「臭いものには蓋をせよ」ということであったのだろうか。 てめえ達がやることにしかヤル気が出ないのであろうか。

 先日、市内の博物館関係の施設の責任者の方に偶然会ったおり、この方に筆者は「おたくの施設を運営している組織の人も管理している組織の人も大変冷えた感じだ。 熱意も誠意もさっぱり感じられない。 自分の身銭を斬り、熱い汗流してまでして一生懸命やろうという気がもうしない。 親の介護もしなきゃならないので、今年限りでやめますよ。」と言うと、その方は「それじゃ仕方ない。 江津(旧江津市)に水の科学に興味のある人がいるので、一言口利きしてみよう。」と言われたのには、ちょっと唖然とした。 筆者がいなくなった後には、こんどは別の人に冷えた態度で接し、奉仕させようというのであろうか。

 旭町で体操教室をされている元体操のオリンピック代表選手だったM氏も市内で有機農業(自然栽培)を営むH君も、育て上げるための土壌づくりに懸命である。 筆者も科学の芽を育てる土壌づくりに励まなければならないです。 我が郷土は面白くないところだが、当館は郷土の自然をテーマにしているからどうしようもない。 筆者には風当たりの強い我が郷土ですが、「奇跡の自然館」を目指して頑張り抜きたいものです。




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