ガンコ山ツリーハウストップ  マウンテンバイクで房総を行く人1  MTBで房総を行く人2
                                     走れないガンコ山

                          ガンコ山がガンコ山になって以来自分なりにそれなりの不満はある.
                    ガンコ山がガンコ山になって、もっとも
                    誤算であったのは、自転車という生涯の付き添いとなるはずの乗り物と別れる羽目になって
                    しまったことだ。
                    ガンコ山を始めた大きな理由の一つが、ここを基地に自転車ーMTBを思い切り楽しむという
                    目的の為であったのだ。ツリーハウスにMTB、いいじゃん、いいじゃんッテナ感じ。
                    ところが思いのほかガンコ山を大きく開発してしまった結果、大事となり、「里山というお仕事」
                    のメンテナンスに追われる羽目にになってしまった。自転車という無為な行動の楽しみの
                    1時間より草刈りの1時間の方が貴重になってしまったのだ。そうしないとガンコ山が
                    維持できないのだ。少なくともそういう強迫観念にとらわれている。
                    もの心ついて以来、はじめて自転車のない生活に入った。
                    ガンコ山もサラリーマンの経験があるが実は、自転車のメーカーに就職していたのだ.
                    ロードから山に目が向いたのは、その次に入った会社でオギ隊長との出会いからであった。
                    
                    初めてのMTBツーリングとなった、新潟の八十里峠越えの記憶は今だ鮮烈だ。
                    司馬遼太郎の「峠」の舞台となった河合継の介の
                    たどった道を踏破するとという計画は途中けものみちに入り、失敗、山から引き返した時は、
                    泥だらけでズボンはびりびりと破け、敗残兵のようであった。が、これで完全にMTBにはまって
                    しまった。この全身ボロボロ感こそ求めていた真の自転車の姿だと、勝手に灯がついた。
                    それから幾たびも、オギ隊長と無某な山越えを企図する一方、実家が千葉にある為、
                    房総をフィールドとして密かにコースを 設定してきたのであった。
                     八十里以来ロードに代わりMTBがいつも僕の傍らにいるようになった。都会でも旅に出ても
                    一緒だったのである.ガンコ山になる前は時間と距離の尺度は自転車しかなかったのである.
                    不思議なもので自動車で1時間半というのはけっこう長く乗って遠い距離だが、自転車で
                     1時間半というのは、短い時間と感じるのだ。
                    自動車の1時間半は誰にとっても同じ一時間半だが、自転車の一時間半というのは動力が
                    自分の足であるからか、自分の固有の時間尺度といえるわけだ.
                    これだけは生涯一緒だと思っていたが、人の心は変心してしまうものなのか.
                   
                    ガンコ山は、自転車ではなく、ガンコ山を選んでしまった.                 続く