バッシングは終わったの?


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虹線



Q
動物愛護バッシングは終わったんでしょうか?


A
「動物愛護」バッシング、「動物公害」キャンペーン共に「終わった」と判断するのは危険です。

というのも、「動物愛護団体」がマスコミの弁論をぶちのめして克服したわけでもありませんし、マスコミが過ちを認めて謝罪したわけでもないからです。
国際的なエコロジーブームの到来でバツが悪くなり、マスコミの側が一方的に止めたというのが実態であり、正確には「休止している」というべき状況だと思います。
実際、今でもチラホラとバッシングは見られます。

それに、「動物愛護」バッシングは言わば呪いの催眠術のようなものですから、休止したところで、かつて影響を受けた人が催眠から醒めるわけではありませんし、相変わらず、影響を持ち続けています。
一度、世間に放たれた観念がそう易々と消えるわけではないのです。

もちろん、人間には世代交代というものがあります。
バッシング休止から約10年が経過しましたが、この状態があと40年続けば理屈の上ではバッシングでマインドコントロールされた人たちが社会的に完全引退してしまうことになります。

しかし、物事はそううまく行かないように思います。


日本のマスコミの体質が変わらない限り、火種はくすぶり続けるわけですし、エコロジーブームがいつまでも続くという保証はどこにもありません。
かつての「公害問題」がそうであったように、この手のムーブメントはスポットの当たっているいくつかの問題が解決すれば一段落ついたと見なされ人々から関心が薄れていくものです。
すでに、フロンガス問題は代替物質が開発されたため語られなくなってしまいました。

したがって、エコロジーブームが終わった時が危ないと思います。実際、70年代のバッシングは「公害問題」が一段落ついた後に発生しているのです。
また、「自然保護」賛成で「動物愛護」反対の石原慎太郎東京都知事が首相になることを計画しているようですので、これも不安材料です。
石原さんの行動力、それへの人気、そして自民党の人材難を考えると実現の可能性は高そうです。

この二つの出来事が重なればバッシングが復活する可能性は倍増でしょう。

バッシングが再開されれば、今度はかなり洗練されたものになることが予想されます。
以前のバッシングにはかなりずさんな面があり内容的にもウソがありました。
たとえば、団体のメンバー構成もマスコミが主張していたような「若い女の子」は実際はほとんど存在していませんでした。
団体側にメディアリテラシーがなかったためマスコミを批判しませんでしたが、批判すれば勝てたと思います。

しかし、現在の第三の波はかつてマスコミが主張していた通りの「若い女の子」が中心になっていますし、昔とは違って偽善や欺瞞に満ちています。バッシングが正当な立論になる可能性さえあるでしょう。
また、第三の波はバッシング休止により生まれたため、その性質上ムーブメント自体が基本的にマスコミの管理下に入っており、バッシングされた場合、バッシングを受け入れる者や、ファッション感覚で参加している者の中には「カッコ悪い」と判断するや反「動物愛護」に寝返る者も出てくるやも知れません。

それに、忘れてはならないのは仮にバッシングが再開されなくても、催眠が解けない限りかつて影響を受けた人たちは影響を持ち続けているということです。
マスコミがやらなくても、その人たちがドラキュラのように人々に噛み付いてバッシングの思想を布教するということも考えられます。
実際、そんな人たちは既に存在しています。


催眠術は基本的にはかけた人に解いてもらわないと困ります。
「動物愛護」バッシングを真に終わらせるためには、マスコミに謝罪させて人々を呪縛から解放するより他ないのだと思います。
しかし、日本のマスコミがそんなことするでしょうか。
ならば、「動物愛護団体」および活動家が催眠を解いて回るしかありません。
そのためには、まずバッシングされていることを人々に伝え、さらにはバッシングの弁論をぶちのめさなければならないのです。




虹線


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