主体的運動用語のすすめ


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虹線



「キーワード」と言われるように言葉は視点や観念を拘束する効果を持っています。
言葉によって、事柄が正当化されたり美化されたり、逆に否定されたりすることもあります。それゆえ、運動にとって使用される言葉は極めて重要な意味を持っているといえます。

しかし、「処分」という言葉に限らず、日本の「動物愛護団体」および活動家は運動に不利な言葉をわりと平気で使ってしまっています。

なぜ、そうなっているのかというと、言葉というものに無頓着で問題意識が希薄であるのと、メディアリテラシーがないことが災いしているのだと思われます。
というよりも、これも運動人口が絶対的に不足しているので、そういうことを意識している人が運動の中に少ないというのが正しいところでしょう。

ともかく、日本の「動物愛護団体」は行政やマスコミが使っている言葉をそのまま使ってしまっているわけです。

役人やマスコミ関係者は「動物愛護」に反対しているわけですから、そんな連中の作る言葉を使っていたのでは運動がうまく行くはずがありません。

これは何も「動物愛護」運動に限ったことではありませんが、活動家たる者は運動で使う言葉を主体的に考えなければならないのです。

実際、知らない間に「野良犬」は「良」が抜けて「野犬」になっていますし、「臨床実験」は「臨床試験」に変わっていますし、「屠殺」は「屠畜」に変わっているのです。
いずれも意図を持つ関係各団体とマスコミが申し合わせて変えたものです。
もしかすると、「里親」という言葉も犬や猫に用いることを禁止されるかも知れません。

こんな中、「動物愛護団体」だけがいつまでもぼさーっとしているわけにはいきません。

そこで、このコーナーでは運動に有利な言葉の例をいくつか提案してみます。


「殺害」
 

「愛護団体」もモノだと思ってる?参照


「動物アウシュビッツ」
 

犬や猫を集めて殺す行政の施設のことを指す一般名称は「殺処分所」です。
しかし、各自治体によって呼び名は変わっています。「動物愛護センター」と名付けているふざけた自治体もあります。さすがにこれには「愛護団体」からブーイングが出ています。かといって「殺処分所」では戦略が無さ過ぎます。

動物アウシュビッツ」と呼ぶのがよいでしょう。この呼び名は『動物実験廃止協会』のOさんが提案したものとされていますが、Oさんはその後、反ユダヤ主義者になったため「動物アウシュビッツ」と呼ばなくなってしまいました。また、『動物たちの会』のHさんはドイツ人なのでこの言葉を嫌がっているようです。

しかし、ユダヤ人が悪者であろうとドイツ人が嫌がろうと、これほど何をしているのかを端的に表現している言葉はないと思います。
動物殺害センター」でもよいと思いますが、やはり、「動物アウシュビッツ」と呼びましょう。


「ゴーシャラ」
 

保護活動家の保護施設のことは「シェルター」と呼ばれています。

間違ってはいないのですが、何か閉鎖的で冷たいニュアンスを感じますし、「シェルター」なら行政の殺す施設にも当てはまる言葉です。
やはり、「殺す」ための施設と「救う」ための保護施設が同じ名称というのは戦略が無さ過ぎます。

「殺す」施設を「動物アウシュビッツ」と呼ぶのなら、保護施設の方は「ゴーシャラ」と呼ぶのがよいでしょう。

ゴーシャラ」というのはインドの言葉で「聖なる牛の避難所」という意味です。
インドでは「野良牛」というのがウロウロしており、これを保護する活動家も存在しているのです。
牛はヒンズー教では聖なる動物とされているため、保護活動家は「聖人」とみなされ人々から拝まれています。「近所迷惑だ」と罵声を浴びせられる日本の保護活動家とはえらい違いです。

日本では野良牛はいませんが、この「ゴーシャラ」という言葉をこの際すべての動物の保護施設共通の言葉として使いましょう。
活動家が拝まれるようになるとは思えませんが、多少は世間の目も変わるかも知れません。


「猫の密猟」
 

三味線業者や実験動物業者が猫を捕獲する行為を通称「猫捕り」と呼んでいます。

しかし、「捕る」という漢字では間違ってはいないのですが問題性を的確に表現しているとは言えません。
なぜなら、「猫捕り」なら「動物愛護」活動家だってやっているからです。「猫捕り」をして避妊手術をする人もいますし、「猫捕り」をしてそのまま保護する人もいます。
安部譲二さんも公園に行くと茂みに潜り込んで「猫捕り」をして野良猫を抱っこしています。そして、「ああ、引っ掻かれた〜。いいなあ、この公園。俺が野良猫だったらここに住もう〜っト」などと言っています。
これでは何が問題なのかがはっきりしません。

「とる」にこだわるなら、「猫獲り」という漢字を使うべきでしょう。また、「飼い猫」が被害に遭ったなら「猫盗り」とするのもよいでしょう。

しかし、「猫とり」「犬とり」というのはその行為を指す言葉としてだけでなく、古くからその行為を行う人たちを指す言葉としても用いられてきました。つまり、「被差別部落」の人たちを指す「隠語」でもあるのです。
それゆえ、この言葉を使っていると、『部落解放同盟』から「部落差別だ」と因縁をつけられるおそれがあります。
それを避けるなら「とる」にこだわらず、「猫狩り」というのが妥当でしょう。

しかし、それでも戦略というものは欠けています。
その行為に反対し、なおかつ違法だと考えるのなら、その意を込めた言葉を使わねばなりません。そう考えると、「猫の密猟」と呼ぶのがよいのではないでしょうか。


というような感じでみなさんも運動用語について主体的に考え直してみましょう。

 

(以後、徐々に増やしていきます)



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