「ペットブーム」ってホント?


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ペットブーム
この言葉を聞いたことのない日本人はいないでしょう。
「空前の」という形容がついて使われているのも聞いたことがあるかと思います。
言うまでもなく、「ペットを飼う人が増えている」という意味です。


この「ペットブーム」という言葉は、80年代中頃に日本のマスコミが言い出したものです。以後、15年以上が経過しましたが、相変わらずマスコミは「今の日本はペットブームだ」と言い張っています。そして、「動物愛護団体」もこれに同調しています。

「ブーム」とは通常は一過性の現象を指す言葉のはずなので、15年以上も「ブーム」と言い続いていることが正しいのかも考えねばなりませんが、もっと考えねばならないのは果たして本当に「ペットを飼う人が増えている」のかどうかということです。

実は、総理府の世論調査では「ペットを飼っている人」の数は減ってきているのです。
ということは、マスコミか総理府かのどちらかがウソをついていることになります。

では、どちらがウソなのでしょうか?

これを考えるには、みなさんの昔の頃を思い出してみて下さい。どこの家にどんな動物がいたのか自分の町のことなら、たいていの人はよく覚えているでしょう。そして、今と比べてみて下さい。
そう考えれば、昔に比べて減ってきていることに気付くのではないでしょうか。

昔は、それぞれの人がそれぞれ好きな生きものをいろいろと飼っていたものです。特に、「こども」たるものはそこら中からいろんな生きものを捕まえて持って帰ってきたものです。
野良犬や野良猫もウロウロしていて、こちらにその意志がなくとも向こうから勝手に転がり込んで来てそのまま住みついたりしたものです。

そもそも、飼おうにも飼う対象であるいろんな生きものが身の回りから年々いなくなってきているのです。
都会では蝶々やトンボを見かけることも少なくなってきていますし、原っぱも池もなくなっています。

また、昔は、「ペットを飼ってはいけない」家屋など存在していませんでしたが、「動物公害」キャンペーン以降、都会では団地のように「近所迷惑だから飼ってはいけない」と言い出す傾向が出現しています。
かつては、どこの町でも一軒はあった「やたらと鳩がいる家」というのも、最近ではほとんど見かけなくなってきています。

このように、環境的に年々ペットを飼う機会も減り、飼い難くなってきているというのが実態なのです。

なぜ、増えてもいないのに「増えている」とウソをつき続けねばならないのかはマスコミに聞いてみないとわかりません。

「もっと減らしたい」から、戦略的に「現状は異常に増えている」とウソの規定をしているのかも知れません。
実際、マスコミは15年間「ペットブーム」と言い続けていますが、不思議なことに15年間これといったその根拠を示していません。

この間、「変わった」ことといえば、コオロギなど昔ならそこら辺にいた虫までペットショップで買わねば飼えなくなっていたり、流通経済の発達で海外の生きものが輸入されるようになっていることや、経済が豊かになったため、獣医療費など昔よりも「ペット」にカネをかけるようになり、総じてペット産業の収益が上がるようになっているということでしょう。

それらがあるから、「ペットブーム」とか言われると「ああ、そうなのか」と錯覚してしまうのかも知れません。
ヒトラーは、「ウソも1万回つけばホントになる」と言ったそうですが、「ペットブーム」と1万回言えば「増えている」ことになるということでしょうか。

一般の人がこういったプロパガンダにひっかかるのはやむを得ない面があるかも知れません。
しかし、問題は「動物愛護団体」までもがひっかかっているということです。

「ペットを飼う人が増えている」のかどうかなどということは、本来なら、「動物愛護」団体こそが正しい実情を把握し世間に提示できなければならないはずなのです。
総理府の世論調査だって「動物愛護団体」なら知り得る立場にあるわけですし、そもそも日常的に活動しているのなら、そんなことは調べなくとも肌で感じてわかっていなければならないはずです。

「動物愛護団体」は総理府のデータを疑っているのでしょうか?
総理府がウソをつくことも考えられるわけですから、それならわかりますがそうではありせん。
それどころか、総理府のデータを見た時は「あっ、減っているな」と言っているのです。
ところが、マスコミ報道で「ペットブーム」という言葉を聞くと、また、それを信じてしまうのです。

これはいったいどういうことなのでしょうか?

つまり、こういうことでした。要するに、日本の「動物愛護団体」には「メディアリテラシー」というものが欠落しているのです。
だから、マスコミ報道で「ペットブーム」と言われると、「そうか、増えているのか」と思ってしまい、総理府のデータを見ると、「そうか、減っているのか」と思ってしまい、同時に目に入らない限りその二つが矛盾していることにも気付かないのです。

このように、日本の「動物愛護団体」は情報面で全く自立できていないのです。

さて、これをどう解釈するかは議論の分かれるところです。
「いや、それでも"動物愛護団体"と呼べる」という人もいるでしょう。しかし、そんな人もどういう状態にあるかは理解していただけるかと思います。




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