クレイマー、クレイマー
〜「愛護団体」もモノだと思ってる? その2〜


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虹線



当ページでは言葉の問題がやたらと出てきます。そのため、ややもすると単に言葉さえしっかりしていればよいかのような誤解を与えかねませんが、そうではなく、あくまでもその背景にあるものにこそ目を向けて下さい。
ここで取り上げる問題も言葉だけ変えても中身がなければ…といった性質を持っています。


俗に、「里親探し」と呼ばれる活動があります。野良犬や野良猫になるよりは人間の保護下に置かれた方がよいとの考えに基づき犬や猫らの保護者を探すことを指します。
里親」と呼ばれるようになったのは、「貰い手」と呼ぶよりは大事にしてもらえるだろうとの願いから誰かがそう呼ぶようにしたのでしょう。

しかし、せっかく「里親」という言葉を使って活動をしていても内容が伴っていないことも多々あるのです。

1990年に雲仙普賢岳が大噴火し翌年に大火砕流が発生しました。地元の住民は大慌てで避難しましたが、ヒト以外の動物たちは置き去りにされてしまいます。そこでそれらの動物たちを救おうといろんな人々が活動を始めました。

中でも最も活発に活動していたのが横浜(その後東京に移転)からやって来た『アニマルライトセンター』(現アニマルライツセンター)でした。
同会は地元の人と『雲仙被災動物を救う会』という会をなぜか新たに作り、危険区域に残っている犬や猫を次々とキャンプに収容していきました。

と、そこまではよかったのですが、この後、地元の人とトラブルを起こしてしまいます。
保護した犬や猫を元の「飼い主」に返さず、早々に「里親探し」としてさばいていったからです。彼らは飛行機を使って次々と犬や猫を東京へ空輸していったのです。
しかも、その後、「飼い主」からの返還要請に対しても、「どこに行ったのかわからない」とか言って返還に応じなかったのだそうです。

また、被災からかなり経ってからやって来た東京の『動物たちの会』にいたっては、被災動物がいなくなっていたので、そこら辺にいた「飼い犬」を地元の活動家の忠告も無視して「誘拐」して帰ったのだそうです。
しばらくしてから、『動物たちの会』の会報に「被災動物救済!」の文字が踊ったことは言うまでもありません。

雲仙では今でも「ウチの犬を返してくれ」と嘆いている人がいるそうです。

『アニマルライツセンター』は阪神大震災でも被災地に出向き、『被災動物を救うネットワーク』という会を作り雲仙の時と同様の活動を行っていましたが、ここでも不可解なエピソードを残しています。

仮設住宅へ犬や猫を連れて行けるのかどうか不安になった被災者の人が同会に電話をかけたところ、こう言われたそうです。

「里親に貰ってもらうのでウチへ持ってきて下さい。飼い主さんがどうしても手放したくないというのならやむを得ませんが」

これを聞いて、この被災者の人はどこかヘンだと思ったそうです。

「飼い主さんがどうしても手放すというのならやむを得ませんので引き取ります」

と言うのが筋ではないかというわけです。

そして、「引き受け先が見つからなかった場合はどうなるのでしょう?」との問いには被災者の人がいくら問いつめても答えてくれなかったそうです。

被災という特殊な状況下で早々と「里親」に引き渡すこと自体については一概に論じることはできないかも知れませんし、「放し飼い」の犬や猫を野良と間違えたり、「里親」探しをした後で元の「飼い主」が現れたということはこの種の活動には付きもののトラブルです。
しかし、ここで問題にしたいのは彼らの考え方です。

彼らは、地元の人に対してこんなことを言ったのだそうです。

あんたたちに飼われるより※カネ持ちに飼われた方が犬や猫は幸せなんだ

そうでしょうか?

実は、そういう考えを持つ活動家は※彼ら以外にも結構いるのです。

もし、犬や猫がモノなら彼らのしていることに問題はないのかも知れません。
でも、犬や猫はモノではありません。犬や猫にも「心」があるのです。

昔、ペット産業が「室内犬」というヘンな概念を売り出したことがありました。
「犬には屋外で飼うための犬と室内で飼うための犬がある」というのです。そして、屋外のない団地住まいの人は「室内犬を飼いましょう」というのです。さらには、団地へ引っ越す人は「今まで飼っていた犬を室内犬に替えましょう」というのです。
モノなら環境に合ったものに買い換えるということもできるでしょうが、犬でそのようなことができるはずがありません。

もちろん、このような考えに賛同する「動物愛護」活動家はほとんどいないと思いますが、安易に「里親」探しに頼り、犬や猫をたらい回しするのは、結局はそれと同じ問題を抱えているのではないでしょうか。

子犬や子猫なら新しい環境にも簡単に適応できるでしょう。
しかし、前の家族との間に絆ができた成犬や成猫は引き離されると激しいストレスを受けますし、犬や猫には事情がわからないのですから、前の家族の元に帰ろうと脱走して、旅の途中で交通事故に遭ったり行政に捕獲されたりすることも予想されます。
簡単に「カネ持ちに貰われた方が幸せ」なんて言えるのでしょうか。

それに、「里親」探しで救済できる数には限界があり、「里親探し市場」に出す犬や猫を増やせば一方で「里親」からあぶれる犬や猫を増やすことになるという構造を持っています(これについては別の項目で詳しく説明します)。「被災者には生活が安定したらまた別の犬や猫を飼わせれば、また別の犬や猫が救済できる」というわけにも行きません。
ですから、見かけ上、助けているように見えても、実は単に助かる犬や猫を取り替えているだけなのかも知れないのです。

これらの理由から、「里親」探しで救済する対象は「飼い主」のいない野良犬や野良猫などやむを得ない場合に限定すべきであり、「飼い主」がいる場合は基本的にその「飼い主」が引き続き犬や猫と暮らせるように支援するのが「動物愛護」運動の原則なのです。


犬や猫にも心があるのです。しかし、すべての活動家がそのことをわかっているのかというと疑わしいと言わざるを得ません。

雲仙の人が言うには、『アニマルライトセンター』が犬や猫をさばいている様子は「さながら、家電品のリサイクルのように見えた」そうです。

「里親」探し活動は「動物愛護」運動の中でも重要な位置を占めている活動ですが、犬や猫にも心があることを忘れた「里親」探し活動は家電品のリサイクル活動に成り下がってしまうということだと思います。





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