何故、このページを作ったのか


このホームページの作成のきっかけ、それは、1998年の10月頃から、
名鉄側から不採算路線のうちの5路線6路線区の廃止を今年の10月に
予定していると各関係自治体やマスコミに通達した、
と言う記事が公表された事をきっかけに、その後様々な自治体の努力もあって
(も空しく)、そのうちの三河線1路線2路線区(碧南〜吉良吉田間&猿投〜西中金間)は、
豊田市や西尾市など有力自治体の補填などの協力もあって
最長3年間の存続が認められたものの、他の岐阜県内の4路線4路線区
については、補填金等の準備がなされていないため、結局廃止の方向に
進んでしまった、という悔やみとその後の対抗策と言う意味で
ページを作成するに至った訳です。 その後、各関係自治体は、バス化の方向で話を進めており、第3セクター鉄道 存続については、
予算上苦しい事で難しい、と各自おっしゃっており、バス化の具体案まで決めたところも
自治体のなかにはあって、鉄道存続は苦しい状態ではあります。


しかし、各自治体は、鉄道存続後と廃止後の町のあり方の比較や、代替え交通手段としての各バス路線についての
シュミレーションについて十分手がけてない、公表していないばかりか、
一方的な議論の末、転換バスの決定をするなど、ずさんさを感じてしまった、
そのような怒りを感じながら10月1日を迎えなければならない・・。
そんな思いを感じ、我々でなんとか存続の道を探ろうではないか。
そのような思いで、ページを作成するに至った訳なのです。


特に、名鉄谷汲線(黒野〜谷汲間)は、そのなかでも赤字幅が 高く、
代替バス設定にも苦労するだろう路線で、100円の収入に700円以上の
支出を投じるべき路線である為、廃止もやむをえないと言う声が聞こえる路線である
と同時に、毎月18日の谷汲山華厳寺の命日や、春秋の花見・紅葉時期には、
たくさんの行楽客・参拝客で混雑し、 その日の午前10時ごろ〜午後3時ごろまでは30分間隔
で運転される 行楽路線で、名鉄モ750形(3輌・昭和2〜4年製造)、
名鉄510形(2輌、大正15年日本車輛製造,去年の10月、510形のうち512が
10月に廃車、旧名鉄美濃町線内旧美濃駅構内に静態保存された。
現在513,514が在籍。車体は2扉13m、
正面は5枚窓の流線型、戸袋窓は丸窓。赤と白の鮮やかな塗装で、
揖斐・谷汲・岐阜市内線の予備車として活躍 )が毎日、もしくは時折見られ、又、
行楽時の休日には、中途の北野畑駅で、通票(タブレット)も見られる人気の高い
路線として鉄道ファン・地元で愛されている路線でもあります。
この路線は、名鉄揖斐線の廃止予定部分(黒野〜本揖斐間)や、存続部分
(黒野〜忠節間)とも関連を持ち、更に名鉄岐阜市内線(忠節〜新岐阜駅前・岐阜駅前間)とも関連性を持った路線であり、
名古屋や岐阜からの観光・参拝路線としての位置を固めていた路線でもある。


 他に、八百津線(明智〜八百津間)や、竹鼻線の一部(江吉良〜大須間)も、
廃止対象路線に挙げられている。
しかし、八百津線は途中で、 兼山町の土手地帯に入り、廃止後の代替バス線で営業を行っても、
道が狭い為鉄道に比べると2倍半ほどの時間がかかると見られる。
又、竹鼻線に関しては、羽島市、特に南部に関しては木曽・揖斐両川に囲まれ、
支川も細い川が多いため、洪水の時氾濫をおこしやすい体質になっていることなど、
懸念材料を多く擁している。


そういったわけで、廃止予定線の存続、もしくは、廃止後の土地活用について
このホームページでは述べていきたいと思っています。



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