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2006年2月8日

 昨日、ようやく終了しました。え?何がって?

 博士論文最終試験、すなわち博士論文発表が終了しました〜♪

 仙台に単身来てからの5年間、いろいろあったなあ。うんうん。別にこみ上げるものは全然なかったんだけど(笑)、とにかく、肩の荷が1つ下りましたよ。

 一応、昨日のダイジェストを。
 私の発表時間は、朝9時。ウチの研究室の4名の中で、トップバッターだった。しかも、この日は朝から大雪、交通は渋滞しまくってる、とのラジオからの報道もあって、朝8時には研究室から発表会場の片平南キャンパスに向かう準備を始めた。最も眠い時間だったなあ。え?何で眠いって?そりゃ、朝一番、起きてすぐに頭がフル回転なんてするわけないっしょ?しかも、極端に乱れた生活を続けていた私が、朝7時までに起きて、なんて、できっこないことも判っていたし(爆)。なので、前日、夕方まで寝て、(前日の夕方から)ずっと起きて過ごしていたのよ。研究室で(爆)。
 朝8時にクルマのエンジンをかけ、30分間の暖気運転の間に、私は白のスーツに着替え・・・。白のスーツ、このスーツは、学士(卒業)研究発表、修士論文発表でも着用したもの。やはり最後の博士論文発表でも着用しないわけにはいかなかった。そして、出発。路面はしっかり凍ってるし、クルマは全部ノロノロ運転。結局、片平南キャンパスの駐車場に着いたのが08:50。会場入りできたのが、発表時間の5分前。主査であるウチのボス以外の、審査員のセンセイはみんなすでに到着して待機していた。やべ〜。でも、私の後にボスが到着したのが幸いだったか(笑)
 40分の発表(しゃべり)と、30分の質問(曝し上げタイム)。1週間前の研究室内の発表練習では綻びばかり露呈しまくりで、対策のやり直しを迫られていたにもかかわらず、インフルエンザで3日間ダウン。よく考えたら、何もかもがドタバタ三昧だった。だが、質問タイムもなんとか切り抜け、すべて終了。あとでボスから、「何とか合格やな」というコメントを頂戴し、ようやく全身の力が抜けた(すなわち、安堵感に包まれた)。

 今日は夕方まで寝坊をかまし、社長出勤。まぁいいか。あとは、博士論文の本文を手直しして、製本に出すだけ。製本の提出締切は3月10日なので、時間的に余裕はあるのだが、私は来週から1ヶ月間、仙台を離れるため、次に仙台に戻ってくるのは3月12日。そう、今週中に、製本に出せるように仕上げる必要があるのだ。結局、ドタバタ三昧は続くよどこまでも・・・・

 ただでさえ、出費が激しくて首が回らない時期なのに、修士時代の研究室の同僚Mから電話がかかってきて、結婚式の出席要請が来た。しかも3月の最終土曜日。この日って、私ゃとっくに仙台を引き払ってる時期なんですが・・・・(その前日の金曜に、学位記授与式、すなわち卒業式があるのだが、すっぽかすつもり満々でいた)。結婚式の出席はいいんだけど、往復の移動費用がバカにならん。どうせなら、東京でやってほしかったね(笑)。2月、3月の出費をギリギリに切りつめんと、赤字だな。特に、引っ越し費用をギリギリまで抑える計画を立てんと。とにかく、寮の荷物は、できるかぎり廃棄する。日通単身パックで荷物を台車1台分に抑えられたら、安く済む。私のクルマにもなるべく荷物を積み込むなりして。

 私は今週末の連休に東京経由で大阪に帰省します。連休に、(上記とはまた別の)修士時代の研究室の同僚T吉と会食&泊めてもらい(笑)、翌日の高速バスで大阪に戻る・・・。気を遣ってくれなくてもいいのに、また、食いきれないほどの朝食が出るんだろうなあ。胃腸をしっかり整えておこう。

 そして、今月末の日曜から1週間、私は初の海外渡航を敢行します。詳細はこれに記載。(Microsoft Word 2001 Mac版で作成)
 え?首が回らない火の車財政じゃないのって?旅行費用は既に払い込んでるんで、現地の小遣いだけ持っていけばOK状態です。物価は安いんで、1週間で3万あれば十分おつりが来る程度を見込んでいます。・・・円安に歯止めがかからないのがウザいなあ。頼むから私の旅行期間だけでも短期的に円高になってくれんかね?(笑)

 まぁ、まずは、和歌山の新居探しからだな。

 

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