子どもの権利・情報箱
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教科書に見る「子どもの権利」(2)
 2002年より使用されている「学習指導要領」準拠の中学校教科書(社会科公民)から、関連の部分を抜粋して紹介します。
  1. 『中学 社会 新しい公民教科書』(扶桑社、2001年)
  2. 『中学生の社会科・公民 現代の社会』(日本文教出版、2001年)
  3. 『中学社会 公民 ともに生きる』(教育出版、2001年)
  4. 『わたしたちの中学社会 公民的分野』(日本書籍、2001年)
  5. 『社会科 中学生の公民 地球市民をめざして』(帝国書院、2001年)
  6. 『新しい社会 公民』(東京書籍、2001年)
  7. 『中学社会 公民的分野』(大阪書籍、2001年)
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◇『中学 社会 新しい公民教科書』(扶桑社、2001年)

子ども・未成年者(p.65)

 憲法はすべての国民に基本的人権を保障していて、子どもも例外ではない。しかし、子どもは心身の成育段階にあり、肉体的・精神的に未熟なので、親の監護のもとに置かれたり、少年法の適用を受けるなど、さまざまな法律上の保護を受ける。同時に飲酒・喫煙の禁止など、さまざまな権利や自由についても制限を受ける。
児童の権利条約(p.65)

 世界には戦争や貧困のため、病気でも病院に行けず、食料さえ十分に与えられない子どもたちがいる。また能力があっても学校に行けない子どもたちもいる。

 1989年に国際連合の総会で採択され、1994(平成6)年にわが国でも批准された児童の権利条約は、発展途上国における子どもたちの劣悪な人権環境を改善することを目的としたものである。また先進国でも家族の崩壊現象の中で親に虐待されたり、捨てられる子どもも増えてきた。この条約は、地球上のすべての子どもたちが、真に人間としての尊厳に値する生活を営むことを保障していこうとするものである。

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◇『中学生の社会科・公民 現代の社会』(日本文教出版、2001年)
「いじめ」を根絶するために(p.130)

 「いじめっ子」「いじめられっ子」はむかしもあったが、最近は「いじめ」を原因とする中学、高校生の不登校や自殺が増えている。

 「いじめられっ子」を調べてみると、背の低い人、高い人、おとなしい人、弱い人、体に障害のある人など、対象となる人はさまざまである。みんなとちがうというだけで「いじめ」の対象となってしまう。「いじめ」は差別であり、人権無視である。同じ仲間でありながら、「いじめ」がなくならないのはなぜか。次ページの資料【略】から考えてみよう。

 国連は、1989年に全会一致で「子どもの権利条約」を採択した。日本でも1994年に批准され、子どもも大人と同様に市民的権利を保障していこうというものである。具体的には、生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利などである。

 これらの権利を守るよう宣言しても、わたしたち中学生自身が、まず他人の人権を守ることが何より重要である。在日外国人をはじめ、障害者、男と女、ちがう世代の人々が平等に自由に生きることのできる社会の創造こそがたいせつなのである。

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◇『中学社会 公民 ともに生きる』(教育出版、2001年)
世界に広げる人権問題の解決(p.67)
(前略)1989年には、国連は、子どもの権利条約を採択し、加盟国に対して子どもに自由で平等に生活できる条件整備を要求した。わが国では、1994年にこの条約を批准した。この条約では、子どもの人権を守り、子どもの意思を尊重するという考え方が基本にすえられている。
わたしたちの人権(p.43)

「子どもの権利」とは何か

 ユニセフでは、子どもの権利条約にうたう「子どもの権利」について、次の四つの権利に大きくまとめている。
(1)「生きる権利」 防げる病気などで命をうばわれないこと。病気やけがをしたら、治療を受けられること。
(2)「育つ権利」 教育を受け、休んだり遊んだりできること。考えや信じることの自由が守られ、自分らしく育つことができること。
(3)「守られる権利」 あらゆる種類の虐待などから守られること。障害のある子どもや少数民族の子どもなどは特別に守られること。
(4)「参加する権利」 自由に意見を発表したり、集まってグループをつくったり、自由な活動を行ったりできること。

私たちがすべきこと

 子どもの人権を守るには、国や地方公共団体をはじめ、大人たちの責任は大きい。そして、近い将来大人になるわたしたちが、今すべきこともある。それは、まず、具体的な「子どもの権利」の内容と大人たちの取り組みについて知ることである。そして、日常生活の中で、すべての人々に自由や権利がある。だから、自分勝手に行動してはいけないことがあるということ、つまり、自由と責任と、権利と義務とのかかわりを学ぶことである。

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◇『わたしたちの中学社会 公民的分野』(日本書籍、2001年)
仲間と学びあう共同体としての学校(p.22)

学校生活

 人間が成長し、社会で独り立ちしていく過程で、大きな影響を与えるものに学校がある。学校に入ると、わたしたちは、それまでの家庭生活で得られなかったことを体験する。小・中・高と進むにつれて、わたしたちをとりまく環境も、与えられる影響も変わっていく。

 学校は、わたしたち一人ひとりが人間として成長していくために、欠かせない学びの場である。学校で学ぶ教科は、先人たちが築いてきた学問や文化のなかで、基本になる大事なことが、順序よく組み立てられている。

 学校生活では、先生のお話を聞いたり教科書で学ぶだけでなく、友だちと話し合ってたがいに理解し合ったり、友だちの考えや行動に影響されたりする。

 わたしたちは、学ぶことをとおして、新しい世界を切り開いていく。そこには発見する喜びがあり、人間が一回り大きくなったという自分との出会いがある。

学ぶ権利

 わたしたちが人間として学ぶ権利は、憲法第13条の「幸福追求の権利」、第23条の「学問の自由」、第26条の「教育を受ける権利」などによって保障されている。また26条には、人権としての教育を保障するために、義務教育の定めがある。つまり、人権としての教育をわたしたちに保障する責任と義務を、親と都道府県・区市町村などの自治体と国が負うということである。こうして、教育は子ども一人ひとりの可能性を育てていくことを基本としておこなわれている。

 しかし、現実の学校ではどうなっているだろうか。受験競争が激しく、いじめや校内暴力、不登校がふえるなど、学びにくい状況えあるともいえる。1998年に国連子どもの権利委員会は、「・・日本の子どもたちは、高度に競争的な教育制度のストレスによって、発達障害におちいっている。・・」との懸念を日本政府に表明している。

 学校生活を豊かにしていくためには、生徒と教師と父母が協力して、「共に生きる」「共に学び合う」文化を育てていくことが望まれる。競争から共生へと転換させていくことは、学校だけでなく社会の中でも取り組まれていくことが必要である。

子どもの権利

 子どもはたんなる保護の対象ではなく、子どもも人権の主体であるという考えは、国連の「子どもの権利条約」以来ますます強まっている。しかし、この条約に定められている子どもの生きる権利や意見表明権などは十分に保障されていないとの指摘もある。

 わたしたちは、子どもの権利の現状について話し合い、さまざまな問題を自分のものとしてとらえ、「人間として学ぶ権利」を確実なものにしていこう。

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◇『社会科 中学生の公民 地球市民をめざして』(帝国書院、2001年)
児童の権利に関する条約

 人権は、世界人権宣言を義務づける国際人権規約のような国際条約によっても守られています。1989(平成元)年には子どもの人権を守るための国際条約「児童の権利に関する条約」が国連によってつくられ、わが国も批准しています。この条約は、すべての子どもの生命に対する固有の権利や教育を受ける権利をみとめ、加盟国に子どもの生命および発達を可能な最大限の範囲において確保することを義務づけています。また、子どもに対する措置は、子どもの最善の利益を考慮して行われるべきことを定めています。とくに、基本的には大人と同様に、思想・良心・宗教の自由、結社・集会の自由、意見を表明する権利を保障していることは、注目されます。

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◇『新しい社会 公民』(東京書籍、2001年)
子どもの人権(p.37)

 子どもにも人権があります。子どもは、まだ成長段階にあるため、親の保護を受けたり、飲酒の禁止などの制限を受けたりします。しかし、子どもも一人の人間として尊重されます。1989年に国際連合の総会でつくられた「子ども(児童)の権利条約」は、子ども(18歳未満)の権利の保障にとって重要です。日本は1994年に加入しました。

 「子どもの権利条約」は、子どもの権利や自由を尊重し、子どもが幸せに生活できるようにすることを目的としています。そして、子どもを権利の主体としてとらえ、その人権を保障しようとしています。

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◇『中学社会 公民的分野』(大阪書籍、2001年)
児童の権利条約・・戦争と子どもたち

 国連は、1989年に、全会一致で「児童(子ども)の権利条約」を採択しました。この条約は、18歳未満を子どもと定め、子どもを放置、搾取、虐待から守るための世界的な基準を定めたものです。しかし今日でも、子どもの人権が完全に保障されているとはいえません。そして、そのいちばんの原因が戦争なのです。

 東西の冷戦が終わって10年以上がたちました。しかし、今でも地上から戦火は消えていません。そして、数多くの一般市民や子どもたちが悲惨な被害にあっています。国連は、「97年までの10年間に、200万人以上の子どもが戦火の犠牲になり、600万人以上の子どもが手足を失うなど障害者になりました。孤児になった子どもは100万人にのぼり、難民の半数にあたる1140万人が子どもです」と報告しています。

 紛争によって傷つくのは体ばかりではありません。1995年にアフリカのアンゴラで行われた調査によると、子どもの91%が遺体を見たことがあり、66%が殺害を目撃しているのです。さらには、70%以上の子どもが死の危険を感じたといいます。このように、残虐な行いを目撃し、また恐怖にさらされる結果、心もむしばまれていきます。

 信じられないような話もあります。アフリカ西部のリベリアでは、なんと9000人近い子どもが戦場に送りこまれました。これは兵士の4人に1人にあたる数だったといわれています。子どもたちは危険な戦場で、戦争や略奪などを強制的にやらされているのです。少年兵の1人は「兵士になれば食べていけると聞いたんだ」といいます。

 子どもの笑顔と未来を守ることは、世界じゅうの人々の使命です。わたしたち一人一人が、児童の権利条約の精神を理解し、すべての子どもがよりよい未来を手にすることができるように努力する必要があります。(『戦争と子どもたち』より)

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