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ここでは私が娘のためにと思って施したさまざまな英語教育を
思い出して、少しずつ書いていきます。
更新状況
7月22日
今までのことをおおざっぱに降りかえって行きました。
今日は1年生になった娘にどのように英語を教えていったのかを
思い出しながら書いてみました。できれば毎週更新できると良いのですが。
1988年頃
1988年といいますと、うちの娘が生まれた年ですが、この頃英語教育を意識していたかどうかははっきり覚えていないんですよね。ただ私が洋楽が好きだったこともあり、絶えず聴いていたのは英語の曲が多かったかな?それが娘の早期英語教育になったのかどうかは今でもわかりません。
あとは映画がすごく好きだったので、これまた子育てしながらよく洋画を見ていました。こちらも良かったのかどうかは不明です。たぶん赤ちゃんの時にテレビやラジオから聞こえてくるものは赤ちゃんにとって、ただの音なのかもしれませんね。言葉はお母さん、お父さんなどまわりの人とのスキンシップ、顔の表情などが伴なって覚えていくものだと私は信じているわけです。
1989年頃
そうそうこの頃初めて英語というものを意識して、セサミストリートのビデオを買ってきて毎日1度か2度見せていたような気がします。どうしてセサミを選んだかというと、うちにセサミのMY FIRST DICTIONARYという英語の本があったからです。たぶんそれと並行してビデオも見せていたような気がします。さてその成果は?うーん…うちの子って実はセサミが大嫌いになったんですよ。3歳ぐらいから一人違う部屋で寝かせていたんですが、その時にアーニーとバートが夢に出てきてずいぶん怖い思いをしたらしいのです。そんな感じでABCの歌を少し歌えるぐらいでとまったかな?
1990年頃
確か3歳ぐらいの時に近所の子供を集めて英語を教えた始めたこともあって、自作のアルファベットカードなどを作って、アルファベットを教えたりしました。字を覚えることは子供にとってそんなに苦痛ではないようで、近所の子供達もほぼ同時に26文字覚えてくれました。その時使っていた教材はオックスフォードの点線をたどったりするものを中心に作られたワークブックと、アルファベットカード、塗り絵、そして簡単な単語カード、後は英語であそぼうをビデオにとってそれに合わせて歌を歌わせたりしていました。ABCの歌はセサミのビデオをいつも使っていました。
セサミの初歩的なビデオはアルファベットを動物を使って教えていましたが、美しい映像と素敵な音楽がマッチしてかなりうまいやり方だと感心したのを覚えています。もう一つは今でもよく見かけますが、AからZまでの文字を街中のいろいろな物を使ってゆっくりと教えて行く映像はたんたんとしているのですが、何度も何度も繰り返し見ることで「この単語はこの文字から始まるのだということを知らず知らずのうちに(ネイティブの子供は)覚えて行くのだろうということがわかりました。それがまた次の学習へとつながるのですね。
1992年頃
この後すぐに某英語教室のホームティーチャーになるので、娘の話しと教室での体験談が前後します。ご了承願います。
英語は少しずつやっていましたが本格的になってきたのは、大阪から奈良に引越ししてそこで私が某英会話教室のホームティーチャーを始めてからでしょうか?それまでも近所の小学生に少しだけ英語を教えていましたが、本格的な教材を使ってやりだしたのはこの頃です。学年が大きい子供より幼稚園、小学校低学年の子供達の方が教えやすかったです。発音なども小さいほうが恥ずかしがることなく英語的な発音ができました。
この教材の中にPHONICS METHODが含まれていました。私が中学生のころ英語の成績がどんどん上がった理由の一つに、徹底的に発音の勉強をしたという事がありました。どうしてそれが良かったのか理由はわからないし、それを教えてくれた近所のおねえさんもやはり塾の先生が同じやり方で教えてくれたという事でした。とにかく二人とも英語が得意になったのでした。
ここでそのPHONICSの教材を見たとき、なんとなく私が中学のときにやったものに似ていると感じたのです。そしてこの時から私は娘に英語を教えるのならこのメソッドを取り入れようと決心したのでした。
教室では本部から渡されているマニュアルを中心にすすめていくのですが、始めてすぐにあまり良い教材ではないと感じはじめました。というのは1週間に1度ぐらい教室に通ってきても覚えないからです。復習ばかりしていると次のページにすすむことができず困りました。いろいろゲームをさせたほうが子供の食いつきが良いので、楽しいゲームを考えるのが大変でした。高学年のクラスでは興味のある子供とそうでない子供の差がはっきり出てきて悩みました。
1993年〜1994年
英会話教室も1年目が無事に過ぎ、2年目更新の時には母親にすすめられてしぶしぶ通っていた子供と英語がなんとなく楽しいなと感じる子供とがはっきりわかれて、1年目よりも生徒数は減りました。そしてこちらにも大きな問題がでてきたのです。既に単身赴任していた主人のところへ行く事になったのです。
本当にどたばたしましたが、なんとか一番近くにあった同系列の英会話教室の先生に生徒を引き受けてもらい私たちは香港へ行く準備をはじめました。
ちょうど香港へ移ったのが8月中旬でしたので、その二ヶ月前から学校か幼稚園探しを始めました。一番最初に考えたのは日本人幼稚園でしたが、日本人幼稚園にもし行かせてもその先、日本人学校の企業寄付金を主人の会社が払ってくれるかどうかわからなかったのと、のこり7ヶ月しか幼稚園には行かないのに、高い入園金、制服代などもったいない気がしていました。そんな時DELIA SCHOOLというインター校のことを聞き、さっそく資料を取り寄せました。
他のインター校の資料もいろいろ見ましたが、経済的に行かせられる学校がここだけだったのと、家からも近く、日本人もいるらしいので主人と話し合った結果DELIAに行かせようということになりました。それからは香港へ行くまでの数週間、かなり英語を勉強させました。といってもアルファベットを書かせたり、簡単な単語、短い文章を書かせたりしただけで、あとは私と二人のときによく英語で話しかけをしました。近所にアメリカ人家族が住んでいて、そこの息子達といつも遊んでいたので意味はわからなくても、英語というものにはかなりふれていました。あとは私がしょっちゅう英語の歌(いわゆる洋楽ポップス、ロック、ヘビメタ系統)を家でも車の中でも聞いていたし、赤ちゃんのころからBGMのようにして聞いていたため、これは後になって良かったと感じました。そんな生活をしばらく送った後、私達は香港へやってきたのです。
学校入学手続きは思っていたよりすごくすごく簡単で、面接のあとすぐに教科書、制服を買い揃え、クラスは1Bだということまでわかりました。娘はこのとき、まさか本当に自分がインター校に行くとは考えていなかったと今でも言っています。
その後あわてて本屋さんでビギナー用の教材を購入して家でも時間をきめて勉強をすることになりました。でも入学してみると半数近くが英語を話せない状態で、普通に話せる子供は幼稚部から上がってきた子供達だけでした。といってもほとんどがアジア人だったのであくまでも第二外国語としての英語でした。Nativeとして話していたのはインド人生徒、アメリカ人、カナダ人と香港人のハーフの子供ぐらいだったと思います。それでも幼稚部からの生徒たちは簡単な英語をすでに使っていたし、先生の言う事をいくらか理解しているという点をとっても娘よりはずっとすすんでいました。
五歳の終わりまで日本語だけでそだった娘がどのように英語を学んで行ったのかをこれから書いていく予定です。
GRADE 1の頃
さてグレード1(1年生)の頃はほとんどと言って英語を話せない状態でしたので、他の子供達に一刻も早く追いつかないといけないとの思いからかなりあせっていたような記憶があります。一応教科書もあったので教科書の内容を見ながらいろんな勉強をさせました。
英語ドリル
香港のローカルの学校では幼稚園から英語の授業があります。ですから街の本屋さんにもたくさんの英語関係の教材が売られていました。ちゃんと学年別にわかれていましたので、それを買ってきて少しずつやらせました。アメリカで出版されているものはReading, Writingなどの分野に分かれていたのでこれもおおいに役立ちました。
フォニックス
これはBookのところでも紹介していますが、英語の持つ音、母音の音、子音の音、そしてスペルによるきまりみたいなものを細かく教えて、本を読めるように指導しました。私はレディーバードの小さな絵本を使いました。これは一度にそんなにたくさん字が出てこないし、本が小さいのでお出かけするときにもバッグに入れておけるのでとても便利でした。
その絵本の内容は 例えばBOOK2ですとTt と大文字、小文字の両方が書いてあって、その横にSay the sound.とあります。その下にはtiger, toy, let, but, tower, tortoise, tail, tell, went, tentなどとtで始まる言葉が書いてあって挿絵もあります。だいたいこの本では8つぐらいの音を覚えるようになっていて、その後に短いストーリーがついています。今ここにある本はNo.2ですがストーリーの内容は下記のとおりです。
Ben sees a troll. Jenny sees an imp.
The troll does not like the imp
and imp does not like the troll.The imp is not nice to the troll.
The troll is not nice to the imp.....ストーリーは簡単ですが、英語を何も知らない娘にとって、音も覚える事ができ、言葉も覚えることができるのでとても良い教材になりました。この本は全部で8冊ありましたが、だいたい2―3週間で1冊の本をクリアーしていったように思います。この本は付属のラダーブックもありましたのでそれと並行してどんどん本を読めるようになっていきました。
いずれPHONICSに関しては別のページで説明していく予定です。
2000年7月22日
さて今日は娘がESLに入っていた頃学校でやっていた、FAMILY TREEについて書きます。これはみなさんもおうちで作ることができると思うので参考にしてください。
FAMILY TREEとは家系図のことです。ですからお父さん、お母さん、子供がまず主軸になります。それから例えばおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんなどもくっつけていけばいいと思います。
大きな紙に木を描いてそのてっぺんにお父さんとお母さんの写真をはります。そしてその横に吹き出しみたいなものを両脇に一つずつつけます。ですから各自一つずつ吹き出しがあるわけです。その中には例えば、お父さんの好きなもの、お父さんが何をしているかなどを書いていくのです。もちろん名前や生年月日なども書いていきます。この場合何を書きこむのかは前もってお子さんと話し合って、決めておくといいです。お父さんとお母さんの下に来るのはもちろんお子さんですので、お子さんの写真をはって、また吹き出しをつけてください。
何を書きこむかを決めたら、それを質問表みたいにしてお子さんに質問させてみてください。(これは実際宿題として娘が家でやっていました).
What is your name?
What color do you like best?
Where were you born?
What do you do in your office?
書きこむことはお子さんの興味のあることにしてもいいし、とにかくお子さんの英語のレベルにあわせて簡単なものにしてください。
こうして吹き出しに質問の結果をセンテンスで書きこんでいきます。主軸ができあがったらおじいちゃんやおばあちゃんにも聞いてみてまたその答えを書きこんで行けばりっぱなFamily Treeができあがります。
SHOW AND TELL
さて今日はSHOW & TELLについて書きたいと思います。
これは高学年になってからのSPEECHのレッスンに通づるものがあると思います。
この授業は確かGrade2の時に行われていたと思いますが、毎日授業が始まる前にクラスの誰かが、みんなの前で自分の好きなもの、大事なものを持って行って、それについて簡単なスピーチをするやり方で行われていました。娘はその頃レゴが大好きだったのでいろいろレゴで作ったおもちゃを持っていました。箱に入っているブロックを説明書通り(字はなく絵だけ)に組み立てていくと一つの形ができあがるのです。その説明書というのが絵が順番に並んでいて、絵と絵の違いを見つけて組み立てていくので、注意深く見ていかないとわからないのです。観察力を養うにはなかなかのおもちゃでした。
話しはそれましたが、その日娘は自慢のスペースシャトルを学校に持って行ったのです。そして自分がどうやってそれを作ったのかなどをみんなに説明して、あとはみんなからの質問に答えるという形でやったそうです。
このやり方はかなり英語ができないと無理かもしれませんが、最初から質問を用意しておいてそれに答えさせるというやり方でも十分かなと思います。教室をされておられる方におすすめですね。
READATHON
日本の読書週間のようなものがこちらの学校にもあります。
その名前はREADATHONと言います。今の学校ではこれはチャリティーの一部で、集められたお金は学校へ寄付されます。やり方は「私は1週間で3時間本を読む」と宣言して、3時間達成できたら最初に約束された金額を私達親が払うのです。前の学校では一日10分本を読むと親がサインをします。そしてそのサインがいくつたまると表彰されるというようなシステムになっていました。このシステムは英語のお勉強と関係があるわけではありませんが、ある程度読めるようになったお子さんの読書習慣をつけるために、たとえば10分読んだらシールをはってあげるなどしていくといいかと思います。