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「自己責任」とは何か(大平光代さんを題材に)
北海道札幌市立屯田南小学校 佐藤 裕三
この授業は,大平光代さんのベストセラー『だからあなたも生きぬいて』をお持ちの方なら,誰でもすぐにできます。
「大平さんはすばらしい」というだけでなく,「大平さんの生き方から自分は何を学ぶか」を考えさせる授業です。 教師の語りが中心です。
なお,大平さんを取り上げた先行実践として,松岡宏之氏・染谷幸二氏の実践があります。
○「入れずみ」と板書。
「入れ墨」って知っていますか?
・知っている,暴走族や暴力団の人がしている。
○大平さんの「極妻」時代の写真の提示。
『だからあなたも生きぬいて』(以下,本書という)の口絵に写真が載っている。
この女の人は,どんな人に見えますか?
・なんだかこわそう。 ・普通の女の人。 ・スナックのママみたい。
この女の人の背中には,大きな入れずみがあるのです。名前を「みつよ」さんといいます。今日は,光代さんのことを勉強していきます。
○「中学1年」と板書。
光代さんは,普通の小学生でした。光代さんが中学1年の時,家の事情で転校をします。そこで,ひどいいじめにあうのです。
○「いじめ」と板書。以下,語りの合間にキーワードを板書していく。
光代さんがいじめられたきっかけは,はっきりしないのですが,クラスのボスだった女の子が話しかけてきた時に返事をしなかったことらしいです。それから,クラスのみんなに無視されるようになりました。それだけではありません。悪口を学校の色々なところに書かれたり,それを消そうとしていると囲まれて「学校の物に傷を付けている」と言われたり,ある時は筆入れがなくなったので探すと,大切にしていたおばあちゃんからもらったお守りと一緒に,ゴミ箱の中に捨ててあったそうです。また,トイレに入った時に,隣の個室から,頭から水をかけられたこともありました。
○このくらいになると,しんとしながら聞いている。
光代さんは,中学2年になりました。いじめのボスだった子とも別のクラスになりました。また,親友が3人できました。親友には,いろいろなことを話しました。ある時,2年生のいろいろな人にいたずら電話がかかってくるという事件が起こりました。光代さんの家にもかかってきました。それで,犯人は誰だろうと親友とも話していました。そんな時のことです。光代さんはクラスの女子全員に呼び出されたのです。
○資料を配付する。
資料は,表に本書p48〜51をコピーしたものを,裏には口絵の新聞記事の切り抜きを印刷したものである。
資料を読み,割腹自殺を図ったこと,それが新聞記事になったことを話す。
結局光代さんは病院にしばらく入院し,3年生になってからまた学校に通い始めます。
始めて学校に行った日,新しいクラスで自己紹介があります。みんなが名前と「私の趣味は音楽鑑賞で…」「僕は野球が好きで…」などと話をしていきます。光代さんも,自分の趣味はなんて言おうかなと考えました。そして,名前と趣味を言いかけた時…(間)ある男子が言ったのです。「こいつの趣味は,ハラキリでーす」
光代さんはそれから,ゲームセンターに出入りするようになりました。暴走族と友達になり,家に帰らないので警察に連れて行かれたこともありました。でも,光代さんには将来の夢がありました。それは,美容師です。転校してきてからほとんど勉強をしていないから,普通の高校には進めない。でも,美容師になる学校には入れるかもしれない。そう思って,自分で試験勉強もしたのです。さて,光代さんは美容師の学校に合格したでしょうか?
○ほとんどの子は「できなかった」と答える。あっさり次に進む。
光代さんは,美容師さんの学校に合格することが…できたのです。合格の通知を持って,光代さんは中学校の先生に会いに行きます。合格の報告と,これまでのことを謝ろうと思ったのです。ところが,中学校の先生は光代さんの顔を見るなり言いました。「お前,なんだ,その髪型は」と。そして,合格通知を見せても黙って行ってしまいました。
家へ帰ってお母さんに見せると,「よかったね,でも高校に行かないなんて田舎のおばさんになんて言えばいいか…」と言われました。
光代さんが合格したことを,誰も素直に喜んではくれなかったのです。それから光代さんの暮らしはますます荒れ,暴力団の人ともつきあうようになりました。美容師の学校もやめ,気が付いたときは16才で暴力団の組長の奥さんになっていました。
この写真は,その時代の写真なのです。
暴力団の組長の妻になっても,周りには相手にされません。何とか組長の妻と認めてもらいたくて,光代さんは背中に大きな入れ墨を彫るのです。針を何本か束にして,そこに色を付けて背中に彫っていくのです。熱が38度も39度も出て,寝ると傷から出た体液でシーツがぐっしょりになるのです。それを半年も続けて入れ墨ができあがります。そうやって,自分も暴力団の仲間になろうとするのです。
でも,結局光代さんは組長とも離婚して,「生きていてもしょうがない,あの時死ねばよかった」といいながら,酒浸りの毎日を送るようになります。
光代さんが22才になった時,光代さんのおじさんの大平さんに偶然出合います。光代さんを小さいときから知っているおじさんです。それから,大平さんは光代さんを呼び出して,何とか立ち直らせようと話をするようになります。
さて,もし皆さんの大切な家族や友達が光代さんのようになってしまったとしたら,皆さんなら何と言って立ち直らせようとしますか?
○ここは時間をとって考えさせる。
・そんなことやってたら自分がだめになるといって叱る。
・叱ったら聞いてくれないだろうから,まず話を聞いて,「でも…」と話していく。
なるほど,よく考えましたね。大平さんも光代さんに説教をするのですが,光代さんは聞きません。そんなある日,大平さんはこう言って叱ったのです。「なるほど,そんな風になったのは周りの人のせいだ。でも…」
○板書する。「いつまでも立ち直らないのは自分のせいだ。」
大平さんの言ったことの意味が分かりますか?
中学校の時,光代さんはいじめにあい,友達にも裏切られます。その時,光代さんは割腹自殺をします。が,同じ目にあってもそうしないという道もあるでしょう。(黒板に上向き・下向きの二つの矢印を入れる。)
「こいつの趣味はハラキリです」と言われた時,光代さんはゲームセンターに出入りするようになりますが,そうしない道もあったでしょう。(黒板に上向き・下向きの矢印を入れる。)
○以下,同じように節目で矢印を入れていく。そして,黒板の上の方に「プラスの人生」,下の方に「マイナスの
人生」と書く。
つまり,人生同じつらいことがあっても,そこからプラスの生き方を選ぶか,マイナスの生き方を選ぶかは自分の責任なのです。これは「自己責任」という考え方です。
さて,光代さんは今,34才になりました。これが今の光代さんです。
○大平さんが講演をしている写真を提示。
・マイクを持っているから,歌手じゃないか。 ・弁護士だ。(話を聞いたことがある子の発言)
服の襟にバッジがついています。これは弁護士のバッジです。
弁護士とは,裁判などで訴えられた人の側に立って弁護をする法律のプロです。弁護士になるには,司法試験というのに合格しなければなりません。日本で一番の大学を知っていますか?東大です。その中でも最もレベルの高いのが東大法学部です。それから,早稲田,慶応,そういう日本のトップレベルの大学生が受験して,それでも100人のうち2〜3人しか合格しないほどの難しい試験です。
光代さんは,大平さんに叱られた後,勉強して,勉強して,その試験に合格するのです。最後の最後に,プラスの道を選んだのです。
光代さんは,大平さんの養女になりました。それで今は,大平光代といいます。
光代さんが弁護士になる間にも,つらいことがありました。お父さんが亡くなったのです。でも,光代さんはマイナスの道には戻りませんでした。
今,光代さんは弁護士として,罪を犯した子供たちがそこから立ち直れるように助けてあげています。
皆さんの周りには,光代さんほどつらくはなくてもプラスの道とマイナスの道がある時があります。その時どちらを選ぶかは,他の人ではなく自分の責任なのです。
では最後に,光代さんの話から考えることを書いて下さい。
附記:途中で「皆さんなら何と言って立ち直らせようとしますか」という発問がある。ここは,子供は真剣に考えるが
答えにくいところである。
「大平さんが光代さんを立ち直らせた一言があります。さて,何と言ったのでしょう」という発問も考えられる。