1997・5月富山から鳥取へ

やはり、旅は列車が良い。
最近でこそ、船でウロウロしていても、元は鉄道マニアだから、やっぱりビール片手のノンビリした旅が好きなのである。
運が好ければ、妙齢のご婦人と隣り合わせになって、恋が芽生えるなんてこともなかろうが、そんな夢だけは持って。
それにしても、最近の新幹線は速すぎて旅の情緒に欠けるから節約と時間の浪費のために在来線を使うことになる。
駅スパートなどのソフトを使っても、出てくる経路は新幹線利用。
新幹線は時間の節約になる、といってもそれは出張旅費が支給になるサラリーマンの世界で、個人旅行者としては1時間余分にかかっても1000円安いほうを選ぶ。なんたって時給900円のバイトの身なんだから。

今回は、富山と鳥取を結ぶ列車の旅。目的は従弟の結婚式と夏のロシアのヨットの受け入れ打ち合わせ。

  さて、上野からもうすぐ新幹線取って代わられる特急白山に乗る。
無くなるからっていっても、外観くらいはきれいにしておけ!と文句の一つも言いたくなるような電車である。
車内は、昔のグリーン車程度の設備だから許してあげよう。高額な料金を取るんだから、当たり前といえば当たり前。
自由席の禁煙車、結構混んでいる。中年のご婦人グループが多い。
賑やかであります
驚いたことに深谷に止まる。ネギしかない畑の町に何で止まるんだ?
思い出した。昔、ここを地元にしていた荒船清十郎代議士が運輸大臣に就任した記念?に急行を停車させて批判を浴び、あたら大臣の椅子を棒に振ったその名残かもしれない。妙なお城のような駅舎を建設中。

高崎から長野まではもうすぐ新幹線に変わる。だから、碓氷峠越えは無くなる。それを惜しむ鉄道ファンがあちこちでカメラを構えている。
となると、横川名物・峠の釜めしはどうなるんだろう。
車内販売では残るだろうけれど、淋しい。別れを惜しんで当然買う。
列車の出発時に深々と頭を下げる売り子の小父さんも淋しげ。

上田の蕎麦屋「刀屋」を横目に、長野を過ぎ、妙高高原。
昔、この「白山」は夜行の急行だった。この駅がまだ「田口」といっていた頃、この駅で土砂降りになり3時間立ち往生。まだ蒸気機関車 だったっけ。夜、窓から見ると石炭の焚口扉が開閉するたびに、機関車の運転席が燃える火でパッと照らし出された。
当時富山まで10時間かかった。今は6時間。さらに短くなる。

直江津で列車の進行方向が逆になる。もう乗客は数えられるくらいになっている。右手に日本海。親不知も高速道路で台無し。 高速輸送のために破壊される自然の景観。日本って情けない国だ。
「荒れ狂う海辺の磯をたどる旅人は、その困難さに親は子を忘れ、子は親を忘れ」、というような話もどこかへ行ってしまった。
13:55 富山着。母が迎えに来ている。
ホテルに荷物を置いて、せっかく来たんだからと魚津まで小旅行。

一緒に歩いてあげるのも、殆ど家にいないしょうがない息子の、せめての親孝行。 富山と黒部渓谷の宇奈月温泉を結ぶ富山地方鉄道という私鉄が通っている。JRと併行しているとおもったら、富山市内を大回りしている ので、魚津−富山間は200円も運賃が違う。
この電車は通称「地鉄」なんだけれど、駅名には「電鉄」を冠してい る。富山市内にも路面電車を運行しているから、区別しているのか?
JR魚津と電鉄魚津は1kmくらい離れている。漁港を一巡りして、ちょうどの距離。
駅ビルが有ったけれど、表現に困るような寂しさ。高架になっているプラットホームへのつなぎに作っただけのようだ。
そのプラットホームも古い木のベンチが置いてあったりで、不思議な異次元空間みたいな感じ。
夕食は富山市内で。繁華街・総曲輪(そうがわ、と読む)で見つけた小さな居酒屋。
ここは大当たり。岩ガキ、アマエビ、マグロ。それに懐かしや!、石川の「福正宗」生酒。

朝8時半の特急「雷鳥20号」で富山を発った。
始発だから当然座れるし、金沢までボックスを独占出来た。
富山とういのは妙な駅で、大阪行きが上り、新潟方面が下りなんだけれど、東京つまり新潟方面から来た列車は富山駅に着くまで下り、着くと同時に上りに変わる。
金沢、小松、福井、武生とそれぞれの町に居る友人たちの近況やいかに、と思いつつ、敦賀まで2時間あまりの乗車。

敦賀は5年前の日本海ヨットレースのときに、ロシアのヨットが来た折に呼ばれて3日いたことがある。
この町は、某韓国に本拠を持つキリスト教に名を借りた怪しげな団体に縁が深いらしい。
そう言えば、元アイドル歌手が結婚して住んでいるのもここ。 あのレースのとき、ここを地元とする某代議士(その後落選)が顧問についていたが、彼の後ろ盾になっていたらしい団体も、この宗教団体と密接なつながりがあるとか・・・
まあ、世の中裏の世界は分からん物です。
敦賀では名物古代のじゃ無くて小鯛の「笹寿司」が名物。
それをサカナにビールを飲んで、小雨降る若狭路の旅。

小浜線は3回目。東舞鶴の駅はいつのまにか高架になっていて驚いた。西舞鶴の飲み屋「一天張」の看板に、オヤジ、元気かなと思う。一杯飲んでいきたいけれど、今回はダメ。
福知山、豊岡とあわただしく乗り換えを重ねて、香住へ。
旧知の柴山の怪人、海人、快人Y君と会う約束がしてあった。
迎えに出てる、というのはあてにならず、電話したら「着いたのか」?は無いだろう!

早速海辺の焼肉屋(なんで?)でつもる話に花が咲く。
彼の自宅に寄って、もう一杯・・・
幸いにして銘酒「香住鶴」が無かったので、なんとか8時過ぎに腰を上げることが出来た。
暗い柴山の駅で、来月また飲もう!と約束して、鳥取までの夜汽車。
昼間なら、この海岸を走る山陰線の眺めは良いんだけれど。 10時ちょっと前に鳥取着。ホテルに荷物を置いて、元湯温泉 に。 大きくないし、銭湯よりも狭いくらいだけれど、町中に湧出する温泉は貴重だ。
宿泊は駅前のワシントンホテル。
6月4日は鳥取のN氏と境港まで打ち合わせに往復。
夜は鳥取のヨット乗りの皆さんと、懇親の宴。最後はスナックでタガログ語の研修会となった。

6月5日 雨の鳥取駅を急行砂丘2号で出発。この列車は3度目。岡山に出るには一番安くて便利であるが、秋には特急になってしまうらしい。
三両のディーゼルカーは、郡家(こおげ)、用瀬(もちがせ)、智頭(ちず)と読めない駅名ばかり続く因美線を、山間に向かって進む。

津山からはかなりの雨降り。列車の中だからいいけれど、こんな日に荷物持って歩くんじゃたまらん。
何度か来ているんだけれど、津山は降りて散策する機会に恵まれない。
わざわざ来る、というほどの所じゃないけれど、なんか忘れ物をしたような気がする。
縁が無いといってしまえば、それだけのことだが・・・
津山を出れば後は岡山まで突っ走る。瓦屋根の家、藁葺屋根の家、まだまだこのあたりは日本の農村。

岡山からは新幹線。せっかく頂いた交通費だもの、遣わせていただこう。
あっけなく長旅は終わりを告げる。