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採集者は帰らない
ミニヤ・コンカの悲劇

 1981年に再発見されるまで、世界中に何と1頭しか標本がなかった「幻の蝶」として有名なのが「ウンナンシボリアゲハ」。1918年、雲南省麗江にて調査を行った植物学者ジョージ・フォレスト氏が1頭のメスを採集し、20年後の1939年に新種として記載されたこのチョウは、学名をイギリスの探検家マンスフィールド大尉にちなんでBhutanitis mansfieldiと名付けられた。最初の発見者フォレスト氏は、その後7回、このチョウの調査を敢行したが、ついぞ2頭目を得ることはできなかった。彼はこの最後の遠征において病死している。
 シボリアゲハの同属と分類されているが、ギフチョウの仲間の系統を研究した日浦勇氏は、この種類を基に新属Yunnanopapilio(ウンナンシボリアゲハ属)として記載したことがある。現在この属名は使用されていないが、外見的には確かに大きな大きなギフチョウである。本種がギフチョウ属とシボリアゲハ属の中間的な特徴を持ち、ギフチョウ・グループの進化を明らかにする「カギ」になる重要なチョウであることには違いない。
 最初の発見から約60年間は、産地が不明だったこともあり、日本にはついぞこのチョウの標本がもたらされることはなかった。1981年、北海道山岳連盟によるミニヤコンカ登山隊が結成され、それまで未踏峰だった山岳に挑んだ。隊員の中に2人、昆虫に興味のある登山家がいて、ベースキャンプ付近の雑木林にて大型のギフチョウのようなチョウを14頭(11♂3♀)採集した。
 「もし、山から帰って来なかったら、身の回りの品物と一緒に日本に送り返してください」
世界で2頭目のウンナンシボリアゲハを採集した1人は本当に帰って来なかった。
 登山隊とは別便で日本に送られて来た数々の思い出の品物の中から、14頭の見慣れぬチョウが出てきた。さっそく国立科学博物館に運ばれたこのチョウは、未だ日本人の誰もが見たことのないウンナンシボリアゲハであることが判明する。この世紀の再発見はたちまち世界中を席巻した。最初の発見から実に63年が経っていた。しかし、その個体は最初のものに比べ著しく小型で別亜種とされた。最初の個体と同じ原名亜種は「幻の蝶」のままだったのである。
 それからさらに8年後の1989年、雲南省土官村の標高3,000m地点にて、その原名亜種の産地を再発見したのが、北脇和光氏だ。71年後の再発見は、新種発見と同様であると各方面から絶賛された。氏もまた1997年、39歳の若さで病死している。
レイアウト例
標 本
ラベル
ウンナンシボリアゲハ
シボリアゲハ
シナシボリアゲハ
ギフチョウ
オナガギフチョウ
ヒメギフチョウ