足尾賛歌
〜忘れられた岩壁、ウメコバ沢中央岩峰の登攀〜

 

ウメコバ沢中央岩峰右岩壁・正面壁全景(Photo:神谷浩之)


足尾と聞いて、アイスを連想しても、岩登りを連想出来る人はほとんどいないだろう。仮に岩登りを想像出来たとしても、松木沢ジャンダルムのボロい壁を連想する人がほとんどだろう。それほどまでに足尾の最奥にある「ウメコバ沢中央岩峰」は人気のない岩場だ。80年代JMCCによって開拓の手が入ったが、高速でアプローチが非常に良くなった谷川と違い、東京からの遠さもあって敬遠され、次第に忘れられた岩壁となっていく。開拓から20年以上が経過し、21世紀になった今は、一部ルートに地元栃木のメンバーが通っているようだが、東京から通われる事は滅多にない岩場になっている。
枯れた大木。荒涼とした風景。爽快感というより寂寥感を感じる。植物すら根付かない死の谷と言う雰囲気がここ足尾には漂っている。そして、ここはドピーカンとかよりも、暗ーい曇り空がよく似合う。
見える風景があまりにも寂寞としており、そのあたりが不人気の秘密かな、とも思えなくもない。
だが、巻機山天狗岩然り、佐梨川金山沢奥壁然り、「忘れられた大岩壁」には、近くに有名な岩場があるとか、交通の弁がイマイチといったささいな理由だけで、取り付かれなくなったものが多い。ウメコバ沢中央岩峰もその1つだ。しかし、そのようなものの真の価値は登ってみなければ分からない。登る度に、伝聞や先入観や見た目で判断していた自分の愚かさに気付かされる。日本人って、なんてガイドブックに頼った遊びが大好きなのだろう……。
2001年秋、僕は誘われるがままに足尾にやってきて、その魅力に気付かされた。そして、この1回で結構ハマってしまった僕は、この1ヶ月後にももう一度行き、翌年は2度、そして今年も無雪期の最後に登りに来た。この岩場にハマった理由は、誰もいないと言うロケーション、そして残置を追うようなクライミングではなく、自分の目でルートファインディングをしなければならないという、山登りで一番大事な事を教えてくれるからだ。もともとピンが少ないのもあって、ほとんどがカムとナッツでのリード(摂理はある)を強いられる。
こうした残置がほとんどなく、傾斜もあってそこそこ難しい岩場での修行が、今の僕の指向する沢登りに十二分に生きている。


1. 正面壁凹角ルートダイレクト

「まーだまされたと思って、一度ついてきてよ」。ある日、秀峰の瀧島さんからメールがやってきて、食べず嫌いはいけないと思った僕は、誘われるがままに足尾についてきた。本当に快適なクライミングが出来るのか? そして本当に岩はボロくはないんだろうか?
前夜、高速を東松山ICまで乗り、そこから下道で足尾を目指す。車の持ち主の三好は、いつものように口を全開で寝て、全く運転する気がないようだ。高橋さんと間藤の駅で合流し、翌朝はゲートを8時頃の出発。
落石がゴロゴロ転がる林道をのんびりと歩きながら、それぞれの岩場について教えてもらい、1時間程でウメコバ沢出合。ここで体重を軽くして装備をつける。ここで運動靴で30分も遡行すれば取付だ。
いつものようにパンをほおばりながら、河原でゴロゴロし、取付くべき岩壁をオブザベーションする。なんだかえらーく立ってるな−。まじかよー。よく分からねーから、瀧島さんと易しい所にいきたいなー、とか調子のいい事考えていたら、
「じゃあ、頂上で会おうぜ! 凹角ルートはそこだから」
と瀧島さんは、一緒に来ていた高橋さんと右ルートの取付に行ってしまった。何がなんだか分からないうちに三好とロープを組む事に。気持ちがまったく戦闘モードになっていない。「どうする、先行くかい?」と聞いても、いつもはリードをしたがる人があっさり横に首を振り、オレから壁に取付くはめになる。
1P目は目の前の凹角状を登る。岩が逆相だ。しばらく登ってない体には結構つらいが、ただフリクションがいいのだけが救いだ。しかし10m、15mとロープを伸ばしても残置ピンがない。下から「ピン取らないと危ないよぉ」そんなことは分かっている。でもリスがない。ちょうど出てきたフレークの隙間に、やむなくロストアローを1本打つが、とても効いているようには思えない。さすがにやばいと感じるようになった頃、中指くらいのブッシュが1本あったので、こいつでランナーを取る。30mは伸ばしたか? そろそろビレイ点のはずだが、そんなもんはどこにもなく、結局2ピッチ目終了点まで45mもロープを伸ばし、最後は凹角から外に出て左のフェースをランナウト。寿命が縮まった。
2P目も出だしがかなりしょっぱい。おまけに1本目の残置ハーケンは根元まで入っておらず、行きつ戻りつ真剣になる。あとでバカにされるのを覚悟で、三好が1ポイントのA1をするが、ここと3P目が核心だった。
さて3P目、凹角ルートダイレクトというだけあって、1ピッチ丸々凹角を辿る。うぉー、V+のグレーディングらしく、かなり真剣なピッチになる。体感ではもう少し辛く感じる。ピンは小指ブッシュや腐ったハーケンが主体となり、精神的にかなりくる。40m伸ばして、凹角の右のペツルに飛びついてハンギングビレイ。
4P目は、出だしでカムを固め取りして、あとはするすると登って行った。このピッチ、IV+程度か?
5P目をちょっと登ると、緩傾斜帯に辿り着き、あとは上に向かって2ピッチ程登って行けば終了である。
右ルートを登ってきた瀧島さんは、30分も待ってくれたようだ。
帰りは、FIXを頼りに降りて行き、2ピッチの懸垂を交えて、岩場の基部につく。瑞牆の大フレークにほんとそっくりなスーパーフレークとかを眺めながら、のんびりと下山。取付に戻ってきた時にちょうど雨が降ってきて、雨具となぜか持っていた傘をさしながらののんびりとした下山だった。
「どうだ、おもしろかったろ?」
「そーっすねー、結構ハマりそうっス」
岩は非常に硬く、谷川よりボロいイメージがあったけど、全然そんなことはなかった。谷川の人気ルートよりは難しいし、ルートも適度な長さがある。こんな場所があったのかと、目からウロコが落ちる思いである。やはり先入観は禁物だ。たしかに残置ピトンは信用できないが、カムとナッツが気持ちイイくらいに決まり、その恐怖感をなくしてくれる。おまけに誰もいないというのもいい。最後はダメ出しとも言える足尾の知られざる食堂に立ち寄り、水沼駅の温泉で日帰り山行をしめた。これがウメコバのデビュー戦となった。
[山行DATA]
2001年9月30日
木下・三好(秀峰登高会)
9/30[曇]ゲート(0800)→取付(1015)→終了点(1430)→(1730)ゲート


2. 右岩壁・右ルート

デビュー戦以後、ウメコバの魅力にハマってしまった僕は、今シーズン中にもう一度行きたくなった。1ヶ月後、谷川の幽ノ沢を登りに行く計画をした時、天気が悪いと言う事で、半日程度の好天で登れる足尾に出かける事になった。
1ヶ月が過ぎ、荒涼とした山も赤色に染まっている。その風景は美しいと言うよりも、寂しさを感じる。廃虚になって雑草が生い茂る銅山職員用の住宅や、丸裸になった山、そして時折聞こえる鹿の鳴き声が、その雰囲気に拍車をかけている。
1時間程で取付に到着し、トポと照らし合わせて、凹角を目印に登り出す場所を決め、1ピッチ目は木下からスタート。残置支点はほとんどなく、カムと灌木でランナーを取っていく事になる。40mほど上がったテラスでビレイする。
続く2ピッチ目、はっきりいってどこでも登れそうでどんどんロープがのびる。錆び付いたボルトとカムでピッチを切るが、次のピッチでロープが足りなくなったので、ちょっと先の大きな木の根元で切った方が良かったか?
そして3ピッチ目、10mほど先の小垂壁以外には特別困難なところはなく、スルスルとロープがのびる。50mいっぱい伸ばせば、ここから傾斜はきつくなる。
4ピッチ目は3本のルートがとれるが、右の「お父さん頑張ってね!フェース」は、取付にペツルボルトが1本あるだけで、フェース部分には何の支点も取れそうになく、さすがに怖いので、消去法で真ん中を登る事になる。15mほど登ったところで、凹角から左のフェイスに出るところが、V級くらいあり、ちょっと緊張する。
5ピッチ目、一旦、直上した後で左トラバース。チムニー状の凹角に手ごたえがあるが、灌木から支点が多くとれるので、それほど難しいとは感じない。すぐ左手には凹角ルートの終了点の大岩が見える。
そして最後、III級程度の2ピッチ70mロープを伸ばすと、あっけなく山頂に着いた。紅葉真っ盛りの渓谷を楽しみたいところだったが、5ピッチ目を登る頃より振り出した雨は少しづつ強くなり、逃げ帰るように車に戻ったのだった。
[山行DATA]
2001年10月28日
木下・神谷(同流山岳会)
10/28[曇]ゲート(0600)→取付(0700)→登攀開始(0740)→終了点(1010)→取付(1055)→ゲート(1155)


3. 右岩稜・チコちゃんルート

チコちゃんルート5P目を登る
午後から雨になる予報なので、明星のフリースピリッツの予定を変更して、足尾のウメコバ沢中央岩峰に行く事にする。こういう時にウメコバはとにかく都合が良い。短い割に充実度が高いからだ。ただ、急遽変更したため、東京出発が夜中の2時。足尾到着は夜が明け始めた朝4時半。1時間しか寝ないで壁に取り付くなんて、なんて勤勉なんだ!って思ってしまう。
この日は、じゃんけんで勝った古田さんが奇数ピッチを、私が偶数ピッチを担当するが、奇数ピッチに限って傾斜が強くなり、クラックが出てくるのだった。
取付は中央岩峰の右端のスラブから。所々ナッツが面白いように決まり、とにかく快適なピッチだ。長さの表記が滅茶苦茶なトポをあてにして登ったため、核心の御大の岩場の基部にいる事が分からずに、3ピッチ目に取り付いてしまう。しかも、カムを渡し忘れたまま。「カム忘れた〜」と悲鳴に似た声が聞こえるがもはや手遅れ。結局、ほとんどピンを取らずに登る事になってしまった。
振り向けば、R6のすべり台に取り付くクライマーが。この岩場でクライマーを見かけるのは初めての事だ。2P目のVI−のコーナーを登っているが、とってもきびしそうだ。
さて我々の方は、4ピッチ目で一部コンテが入る他は、残りの2ピッチもそんなに難しいところは出てこず、6ピッチいっぱいっぱいでピークに着いてしまう。
この日はワールドカップの3位決定戦が行われる日で、もう1本登っても良かったのだが、気になって仕方がなく、クライミングもそこそこで帰ってきてしまった。
結局、天気は時々ガスが出てくるものの、おおむね晴。もともとフリースピリッツに行く予定だったので、こうも晴れてしまうと、行かなくて失敗したなぁと思ってしまうが、梅雨時で、なかなか天気が読めないだけに仕方ないかもしれない。
[山行DATA]
2002年6月30日
木下・古田(日本山岳会青年部)
6/30[曇]ゲート(0620)→取付(0720)→登攀開始(0800)→終了(1100)→岩場基部(1210)→ゲート(1320)

4. 正面壁・直登ルート

ウメコバに来るのは、去年の秋に恵子ちゃんルートで降雪による敗退をしてからだから、ちょうど1年ぶりだ。こう毎回パートナーをかえるのは、一応、多くの人にウメコバの良さを知ってもらうためでもある。今では僕にとってのリハビリクライミング的な場所となっており、ピッチが短いながらもなかなか刺激的なクライミングをさせてくれるお気に入りの場所だ。
前夜、いつものように間藤の駅で寝て、翌朝、銅山公園からアプローチする。一年半程前に舗装道路の終了点に電動で開くゲートが出来たため、往復1時間半はアプローチが長くなった。かつて冬に賑わったであろう氷のゲレンデも、ゲートが出来てしまっては、また静かな山に戻るのだろう。
「あれはジャンダルムだ、あれは幕岩だ」と会話しながら、ノンビリと2時間ほど歩いて取付へ。いつものように壁を見上げながら、登る準備をする。今回は直登ルートだが、初めて来た時に登った凹角ルートダイレクトより難しそうだ。
1P目、快適な凹角を登り、最後は左に逃げて、灌木でピッチを切る。
2P目、直上を避けて、右上のハングの切れ目を目指して登るが、なんにもピンがなく、結構悪いムーブになる。トポのVI−のグレードほどには難しくはないが、ボルダー的ムーブが面白い。
3P目、トポによるとルートが右と左に分かれているようだが、左は何の手がかり足掛かりがないところに腐ったハーケンラダーが続いているので論外。ここ足尾はすべてのピンが腐っていて、とても信用出来ない。よって右上するが、これとて取付に1本の腐ったハーケンが残るのみ。ムーブが悪い上に、10m先に出てきた水平クラックにキャメロットを決めるまで全く信用出来るピンが取れなくて往生した。しかも、この先も全くピンが取れず、本気でハーケンを1枚決める事になる。途中から今度は左上し、ステンレスボルトを過ぎ、クラックを登って、一段上のテラスでビレイ。IV級と書いてあったがとんでもない。とにかく渋かった。
4ピッチ目、今度は小林さんがロープを伸ばすが、トポの右上に広がるスラブではなく、一旦左手のコーナーを辿って、カンテ状を登る。最後はフェースに走るクラックを辿って、太い灌木の生えたテラスでビレイ。
傾斜はやっと弛んできたようだ。ここからは正面の凹角状をするすると40m伸ばすと見慣れた砕石がたまったテラスに到着。初めてきた時は正面から越えようとして苦労したが、ここは左岩稜フランケの方から回り込むと簡単に登れる。コンテ混じりでFIX沿いにピークまで登り、紅葉のすっかり終わった秋のウメコバを堪能した。
もう1本登ろうという話もあったが、2人とも1本で満足で、そのままのんびり下山。
今年無雪期最後の本チャンは陽光の中で幕を閉じた。いずれ大きなたき火をしながら、松木渓谷の夜を過ごしてみたい。そんな事を考えてながら、じっと春を待っている。
[山行DATA]
2003年11月2日 
木下・小林(チーム84)
11/2[快晴]銅山公園(0630)→直上ルート取付(0845)→終了点(1215-40)→岩場基部(1320-35)→銅山公園(1520)


<参考>
◎ウメコバ沢周辺の岩場に関する情報
アプローチ:
昔はゲートのあるところから歩いてウメコバ沢出合まで40分程度だったが、現在はさらに手前の銅山公園の先に無線開閉式のゲートが出来、さらに片道45分のアルバイトを強いられる事になった。新ゲートはとても強行突破出来そうにない。ウメコバ沢出合からは沢沿いを行くが、F1とF2には右壁にFIXがあるので、運動靴でそのまま行ける。出合から約30分。

下降:
ピークからフィックス伝いに下りていき(悪い)、フィックスの末端からさらに尾根通しに20m下降すると、太い木にボロいフィックスがついているので、懸垂で末端まで。あとはガレを注意して降り、壁を回り込めば、荷物置き場のそばに出る。正味40分。

クライミング:
基本的にカムとナッツを多用するクライミングになる。残置ハーケンや残置ボルトがあるが、あまりにも腐っていて怖くて使う気にもなれない。近年はいくつかのルートに限っては、ビレイ点が整備されている模様。どうやら、栃木のメンバーが結構入るので、徐々に整備されているみたいだ。カム・ナッツ類は小さめのサイズを多く使うようだ。

参考文献:
岩と雪87号「足尾・松木沢の岩場(平田謙一)」他、近年の記録についてはインターネットで若干の記録は閲覧する事ができる。

ウメコバ沢中央岩峰概念図

右岩稜・チコちゃんルート
1P目:IV。中央岩峰の右端のスラブに走る浅いクラックにナッツを決めながら、右上。
2P目:III+。尾根を忠実に辿り御大の岩場取付付近まで。
3P目:V。核心の御大の岩場は真ん中のクラックを辿る。要キャメロット。
4P目:III。尾根を忠実に辿る。傾斜も緩く、一部コンテ。
5P目:IV+。右上クラックを辿る。
6P目:III+。積木状に積み重なった岩尾根を辿る。
正面壁・凹角ルートダイレクト
1P目:Vー、45m。目の前の凹角状を登る。逆相でプアプロ。最後は凹角から外に出て左のフェースをランナウト。
2P目:V・A1、25m。出だしがかなりしょっぱい。
3P目:V+、40m。1ピッチ丸々凹角を辿る。途中左のフェースを登る。
4P目:IV+、30m。浅い凹角を辿る。
5P目:IV+、40m。ちょっと登ると、緩傾斜帯。
6-7P目:山頂に向けて適当に登っていく。
右岩壁・右ルート
1P目:IV、40m。凹角を辿る。40mほど上がったテラスでビレイ。
2P目:III、30m。はっきりいってどこでも登れそう。錆びた
ボルトから少し先の大きな木の根元でピッチを切るといい。
3P目:III、50m。10mほど先の小垂壁以外に特別困難な所はない。
4P目:V、30m。15mほど登ったところで、凹角から左のフェイスに出るところがちょっとバランシー。
5P目:V、30m。一旦、直上した後で左トラバース。チムニー状の凹角に入る。
6-7P目:III級程度の2ピッチ70m。
正面壁・直登ルート
1P目:IV+、30m。快適な凹角から最後は左に。ビレイ点に残置スリング有り。
2P目:V+、30m。右上のハングの切れ目を目指して登る。ボルダーチック。
3P目:V+、30m。右上するが、プアプロで悪い。途中から左上し、ステンレスボルトを過ぎて、一段上のテラスでビレイ。
4P目:V、40m。一旦左手のコーナーを辿って、カンテ状を登る。最後はフェースに走るクラックを辿って、太い灌木の生えたテラスでビレイ。
5P目:IV、40m。正面の凹角状を登る。
6-7P目:ガレ場登り。