
2001年のカヤック遊びへ
少年たちと葉山でカヤック
2000年10月12日・13・14日
エリア:三浦半島葉山町沿岸
初めてカヤックに接する15、6歳の少年たち28人を連れて、カヤックの講習会に行った。お世話になったのは、葉山町のシーカヤックショップ、セタス。セタス代表である笠原氏の提案で、28人の少年たちを2班に分け、1日づつ実地講習を行うことにした。また、3日目には合同で座学を行うことにしたが、それは「落ち武者」こと高坂氏の助言にしたがった。座学を最後に行うことにしたのは、まず頭からカヤックを知るよりも、実際に海に出て、体でカヤックを感じ取ってもらうことを狙いとしている。笠原氏と高坂氏、それに実地講習でお世話になった、笠原氏の奥様、アルガフォレストの柴田丈広氏(シーカヤックテクニックでは日本で第一人者)には感謝の言葉もない。初日、秋とは思えない、初夏のような日差しとなる。8時半に逗子駅で集合して、路線バスで葉山公園に向かう。笠原氏たちが到着し、着替えを済ませてカヤックを艇庫から海岸まで運ぶ。十数艇のカヤックを運び、PFDやパドルなどを装着するのに初めての少年たちはてまどっている。が、パドルを握り、カヤックの基本的操作の講習になると、もう少年たちの目は輝き始めている。
そして乗艇、離岸。初めて自転車に乗れたときの子供のような嬉々とした姿は忘れられない。
パドリングの基本を習う
いざ、出発
私は陸上待機で、葉山公園のベンチで昼寝をしつつ、昼飯を食らう。と、テレビ撮影のクルーが来て、徳光和夫をカメラが追っている。あんまり暇なので、コンビニで「サッカーマガジン」など買ってきて日陰で読む。読み終わったころ、名島まで往復してきた少年たちが笠原氏たちに引き連れられて帰ってくる。船酔いしたものが1名いたが、無事漕ぎきってきたようだ。
艇庫でカヤックと借用したギアの水洗いを全員で行い、ほぼ5時解散。翌日は天気が一転して悪くなり、気温も下がって小雨も降るという。少し心配ながら、2日目に臨む。
2日目。朝から風もすこしあり、小雨混じりなので、集まった第2班のメニューは、午前中フォールディングカヤックの組立と分解。フェザークラフトのKライト2艇を4〜5人ずつで組み立て、分解する。漕ぎたかった少年たちもいただろうが、こんな作業は滅多にできるものではない。
午後、私も含め15人を5人ずつ3班に分け、班ごとの交替で漕ぐ。エネルギーが余っていたせいか、5名ほどのものが操作を誤って「沈」する。まあ、御愛嬌でしょう。
タンデム艇は二人の呼吸が肝心
私はというと、前日笠原氏が乗っていたフェザークラフトの発表前ニューモデル、「カフナ」に特別に乗せていただく。役得である。で、「カフナ」に惚れ込んでしまった。サイズがKライトとK1の中間くらい(全長4m50cm)で、私くらいの体形(174cm、67kg)に非常にマッチする。もー、来年買っちゃうもんね、の気持ちがもたげてくる。
上の赤いカヤックがカフナ。来春発売されるものにはハッチとラダーがつくとのこと。
4時ちかくまで漕ぎ、後片づけ。やはり5時解散。帰りは「カフナ」で頭がいっぱい。今までためらいが先行してきたけど、来年はいよいよフェザークラフトオーナーになるぞ!
3日目、笠原氏に御足労願い、少年たちからの質問に答えていただく。さらに、リバーカヤックやウェイブスキーなども含めたビデオでのマリンスポーツ紹介。実地での体験があったからこそ、少年たちの質問も血の通ったものとなる。
最後に、少年たちの感想を文章にまとめてもらい、笠原氏に手渡す。今後もシーカヤックをやってみたい、という少年たちの率直な感想は、私にとっても非常に嬉しいものだった。
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能登半島「シークレット」ツアーレポート
by Bergkatze
日程:2000年8月21日〜24日
エリア:能登半島富来町〜輪島市沿岸
8月21日(月)6時、日焼けの美しい女性、Mさんと妙高高原を出発。途中これまたチャーミングなKさんという女性を乗せて、スバルサンバーで一路能登半島の富来町Aコープを目指す。途中話し込んで左折すべき国道を直進してしまい、自動的に県道に迷い混むミスを犯しつつ、10時過ぎ着。師匠、Sさんと合流。Sさんとは、私の記念すべき初スキーツアー(至仏山)以来。職場が非常に近いので、最寄り駅近くでお見かけするだろうと思っていたのに、ついぞこの日まで会うことはなかった。
師匠から、この先買い出しができるところはない、個々人で食材を買い、個々人で食事を作ること、といわれ、見込みの甘さを反省。自分で勝手に思い込んでいたの
は、食材は共同で買い込み、師匠の持ってくるストーブでみんなで作る、というスタイルだったので、自分のコッヘルもストーブも置いてきてしまった。甘い見込み違いを多いに反省。コッヘルストーブを持ってこなかった私とKさんは適当に借りて済ますことにした。
門前町の琴が浜から出艇することとし、車3台のうち2台を輪島に回して、午後1時過ぎに出発。私とKさんがタンデム、その他は一人乗り。タンデム艇は初めて漕いだので、最初は勝手がわからず、前を漕ぐKさんとパドルがぶつかってしまった。コックピットが大きすぎて、3日間毎日腰が痛くなった。重いタンデム艇で結構な荒波の中みんなに追いついていくにはそうとうな漕力が必要だということもわかった。タンデム艇の後ろはとてもキツイ仕事だ。
3日間、追い風に恵まれたので、漕いでいる時間自体は比較的短くて済んだが、風が強すぎて離岸着岸が難しいのと、岩場に近づけない。
一日目の宿は、門前町のとある浜。道沿いにトイレあり。一番ワイルドな宿泊地だった。南西の強い風で細かい砂がテントに入る。夜にわか雨が結構降って、あわててフライシートをかけたら、もう汗だくで寝つけない。さらに夜2時頃大波があったらしく、一番波打ち際に張っていた師匠のテントが波をかぶって悲惨な状況になっていた。師匠曰く、日本海ではほとんど干満差を考えなくてイイらしいのだが、予想を裏切る風と満ち潮だったらしい。
8月22日(火)
朝から風が強く波が高い。波が静まるのを待つが、一向に穏やかにならない。サーファー好みの波で、ちらほらサーファーがやってくる。10時半、この波では離岸ができないと判断し、テトラポットのある比較的波の穏やかな場所まで、300mほど艇を移動。荷物を満載した2艇を炎天下5人で引きずる。途中砂利の深い河口もあったりして、たいへんな重労働。師匠は荒波の中、2艇を自分で乗って移動させる。白波のたつ、高さ2〜3mの波頭をかいくぐっていく姿は実にカッコイイ。素人がやれば、即沈だろう。
で、テトラのところから出発。それでも結構緊張する。タンデム艇が左に流れていってテトラにぶつかりそうになるので、大声で「右、右!」と叫びつつラダーを効かせ、シャカリキになって漕ぐ。実際にはラダーが引っ掛かって下がらなかったようで、少し波が静かなところで後ろを向いてパドルで叩いてラダーを下げる。
この日も右手の岸壁には寄れず、大波にもまれながら追い風に乗ってひたすら漕ぐ。パドルを帆に見立てて立てると、それだけでカヤックが前進していくのがわかるくらい。昼食も船の上で食べる。遊ばずに直線的に漕ぐので、2日目のキャンプ地には午後早く着いた。水場、トイレあるが、キャンプ場とは言えないロケーション。岸のすぐ上には「間垣」を施した民家があって、住人から珍しそうに眺められる。ゴミだけは持っていけとのこと。当然である。この日は前夜の反省から、もっと水面から高いところにテントを張る。風が強く、前夜濡れたテントを日中干していた師匠はテントを飛ばされる。
また例によってレトルト食品とインスタントラーメン主体の夕食。と、また夜になってにわか雨。慌てて片づけてテントに潜り込む。フライは前夜の反省からあらかじめ張っておいた。師匠のいびきがテント越しに聞こえる。やはり暑く、もうパンツも脱いで下半身裸で寝る。朝方、少し寒くなるが、持ってきたインナーシュラフを下半身にかけるだけ。
8月23日(水)
いよいよ輪島に向かう。朝食、撤収、積み込みが終わって、1時間半ほどぼーっとする。10時半離岸。また風が強く、ひたすら波にもまれて漕ぐ。だいぶタンデム漕ぎに慣れてきて、Kさんとの息も合ってくる。輪島より先には漕がないので、馬力全開で漕ぐと、師匠には軽く抜かれるが結構速い。
この日、初めて磯遊びする。少し岸から離れると水がきれいでよく見える。タイ、イカ、その他サカナ、サザエなどを見つける。
輪島の袖が浜キャンプ場前の砂浜に着岸。妙なものが海から来たとキャンプ場管理のおじさん達が寄ってくる。おじさん達は始めて見るシーカヤックにくぎ付け。積載した荷物をすべて揚げ、カヤックもキャンプ場の好意で管理棟の裏に置かせてもらう。装備の水洗いをし、自分たちも水を浴びて、砂でもなく砂利でもない、草地にテントを張る。天国。
この日は祭りがあって、神輿がキャンプ場前の海に入るという。夕方それを見物。大勢の人がやってくる。思わぬツアーオプションになる。
雨も降らなかったので、夜半までだべりながら夕食。残ったラーメン、レトルト食品を食べる。まわりには今までと違って、何組かのキャンパーが。いずれも2人ぐみ程度の小グループだが、キャンプ場のマンウォッチングはおもしろい。特に、カップルで来ているのだが、なぜか女性は早々にテントの中に引きこもり、残された男性が夜中の12時まで、炭火の前で何かをひたすら焼いている姿は、こちらの想像を多いに膨らませてくれて、おかしかった。
この日はやや涼しく、インナーシュラフの中に潜って寝た。
8月24日(水)
輪島観光を含めた最終日。歩いて朝市に向かい、トマトを1kg買ってみんなでかじりながら歩く。干物など多く、期待をやや裏切られた。キャンプ場に戻って撤収。出発地に戻って車1台を回収、富来町の「ふれあい温泉センター」で師匠とSさんとふれあって、氷見に向かい、回転寿司を食べて、解散。SさんとKさんは高山経由で東京方面へ。Mさんと私は妙高へ。スバルサンバーのエンジン音が唸る車内で大声で会話。カーステレオもボリュームを最大にする。なんと、軽自動車の最高時速が100kmだと思っていたMさん。6時過ぎ、事務所着。師匠の車から3艇のカヤックを下ろし、3泊4日の私のツアーの間、笹ケ峰と光が原、笠島で野外生活を送っていた女房子供と合流して、実家に向かう。
疲れた。カヤックはしばらくゴッツァンです。
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Homeに戻る 笠島シーカヤックキャンプツアーレポート
by 母ぺこ
日時 2000/8/5(土)〜8/6(日)
キャンプ地 新潟県笠島海水浴場そば
「酔ってもいいから、また行きたい」という息子の言葉に、今年もシーカヤックキャンプツアーに参加しました。昨年もモルゲダールクラブ主催の同じツアーに参加したのですが、息子は二人艇に乗って大いに船酔いし、後ろで漕いでもらっていたガイドの青年N氏に苦労をかけてしまいました。んじゃあ今年は、少しはカヤックに馴れてきた私が、後ろに乗って漕いでやろうじゃないかと決意した次第。腕力はそこそこ自信ありマス。母ですから。
笠島海水浴場に11時集合。同行してきた下の息子と夫とはここでしばしの別れ。下の息子は堤防の上でさめざめと泣いておりました。あと少ししたら連れていってあげるからね。今日はお父さんと二人で海水浴です。
他の参加者が2名。艇の準備や、荷物の積み込み等をして、11時半ごろ東に向け出発。なんと、あこがれのクロンダイクに息子と二人で乗ることが出来ました。フェザークラフト社のフォールディングカヤックで、とにかく美しい艇です。
芋を洗うような海水浴場の混雑を後目に、広々とした海に漕ぎ出します。至福の時間。波は優しく艇を揺らし、遠くには佐渡の島影もうかんでいます。風と、パドルが波をかき分ける音だけが聞こえ、心を落ち着かせてくれます。息子を乗せていても、思ったほど辛くなく、何とか他の艇についていくことが出来ました。
岬を二つほど越した岩場についたのが1時。息子が結構漕いでくれたのはびっくり。やはり1年経つと少しは逞しくなるようです。それに今回は船酔いなし!フォールディングカヤックは軟らかく、波をなめるから、揺れが少ないんじゃないかというのはガイドのN氏の弁。
ここで、待望の磯遊び。実は息子の一番の楽しみはシュノーケリング。放っておけばいつまででも海に浮いています。やや波が高かったのですが、たっぷり2時間楽しみました。岩ガキや、ウニ、サザエなど沢山いました。
海に浸かって涼んだ後、キャンプ地まで、約一時間西に戻りました。午後になると波のうねりが多少高くなりますが、それでも夏の日本海は本当に穏やかです。魚が跳ねて、息子を喜ばせました。
3時半頃、キャンプ地に到着。すぐさま、シュノーケルをつけて海に潜りました。
ここらあたりの海は、本当にきれいで、足がつくほどの浜の近くでも50センチを超すような魚が目の前を泳いでいたり、美しい色の小さな魚の群がやってきたり、タコやヒラメが砂の中に逃げていったり、プカプカ浮かぶクラゲに触ったりと素潜りでも十分楽しめます。シーカヤックツアーといっても、今回は漕ぐ時間は余り多くないのがミソ。海遊びがメインなのです。
そこへ息子2号と夫がやって来てキャンプに合流。家族でしばらく海に浮かんで楽しみました。実は2号は水が大好き。はやくカヤックに乗せてあげたいと思ってます。愛想のいい2号は同行していた若いおねえさんにすぐさま懐いていました。
そしてお待ちかねの夕ご飯。ガイドのN氏のキャンプ料理はいつも絶品。あとは浜辺の流木で火をおこし、ゆったりとした夜を過ごしました。料理にはストーブを使ったので、息子は「何で火を燃やすの?暑いのに」と最初は不思議がっていました。「なんでかなあ、でもお母さんは火を見るの大好き」といって放っておいたら、「なんか気持ちが落ち着くね」とボソリと言っていました。
海辺のキャンプは夜になっても暑いのが辛いところ。山国育ちの私には、カヤックを漕ぐよりも、この「夜もクソ暑い」というのが最大の難所。
翌朝は、朝合流するメンバーを待つ間、またしても素潜り。お昼前、東に向け出発。2号また号泣。
昨日遊んだ磯を越して、コウモリの洞窟へ。かなり奥まで広い洞窟で、カヤックを旋回させることが出来るほど。コウモリの鳴き声がかすかに聞こえました。息子は暗いので、「はやく出ようよ」とちょっとビビリ気味。艇の旋回にもだいぶ慣れ、怖さを感じることがなくなりました。
海からしか入れない入り江で昼食。また、シュノーケリング。いつまで潜っててもちっとも飽きません。
3時入り江出発。4時過ぎに笠島海岸に到着しました。さすがに息子は疲れたらしく最後の15分ほどは船の上で「船を漕いで」おりました。
子供を連れてのカヤックツアーはカヤックを漕ぐことだけを目的にするのではなく、磯遊びやキャンプなど、それに付随する楽しみがある事が大切だと実感。息子は「また行きたい」と、言ってます。
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