
<山=遭難=危険=行ってはいけない>という先入観が下界では定着しているように思われますが、いかがなものでしょうか?そう思うのは個人の自由ですが、私に言わせれば、下界の方がずっと危険です。山の遭難の多くは当人に責任があり、さけようと思えばさけられるものなのに対し、下界では新聞を見ても明らかなように、自分で注意しても避けられない凶悪犯罪が多発しているからです。 まあ、これとは別に、山をはじめたばかりのころは、山岳小説を読んだりして、なんとなく遭難にあこがれをもってしまう、ということもあるかもしれません。 私の場合、遭難と言えば、松本駅での滑落と丹沢表尾根と積雪期燕岳ぐらいである。丹沢表尾根では、川村氏とでかけたとき、あまり気持ちよかったので思わず走り出してしまったのだが、加速がつきすぎてカーブがまがりきれず、飛び出してしまったのである。突然私の姿が消えたので、おどろいた川村氏がひきかえして見たものは、笹につかまってぶらさがっている私の姿であった。長い下り坂ではローギヤとエンジンブレーキを使用すべきであったのだ。 遭難すると、幻聴を聞いたり、幻視を見たりするという。映画や小説ではよくでてくる場面だ。では、実際はどうなのだろうか。次は、実際に遭難しかけたときのお話です。
これまでの登山で一番印象に残っているものは、やはり3月の燕岳登山です。無事に下山できたことをただただ感謝!
5日、帰りに本部に寄って、小野寺さんと食事。
6日、前日までに揃えられなかった食糧や装備を調達。池袋や新宿へ。家に戻ってきたのは6時すぎ。急いで食事を済ませ、ザックに装備を詰める。8時少し過ぎ、予定通り出発。これまでの登山で一番あわただしい出発。9時新宿着。チョコレートを忘れたことに気付き、駅の売店で調達。
7日、目覚めると列車はまだ夜の明け切らぬ雪に覆われた田んぼの中を走っていた。やがて有明。快晴!東の空は赤く染まり、西の山並みは、しだいに姿をあらわしてくる。
出発の準備をしているうちに山々は朱色に染まっていった。鹿島槍、五竜、白馬三山・・・
タクシーで宮城まで行く。そこからは歩かなければならない。6時45分、歩き出す。
ザックは重いが、気持ちは軽い。やがて正面に大天井や燕岳が見えてくる。今回は中ほどのトンネルまで除雪してあったので助かった。第5発電所が見えてきたときは、思わず「速い!」と、言ってしまった。かなり雪も増えてきて眩しくなってきたのでサングラスにかえる。有明荘の手前で、左に向かう踏み跡があった。おそらく近道だろうと思って行ったら関係ない所にでてしまい、もとにもどるのにかなりラッセルしなければならなかった。この時すでにその後の運命を暗示していたのかもしれない。
正しいルートにもどってすぐに有明荘である。そこでしばらく休憩。空は相変わらず青く澄み、雲一つない。ザックをおろし、雪をかじる。もう一息である。
中房温泉の駐車場に着いたとき、思わずワインを一口飲む。12時半。
その日は中房温泉に泊まる。部屋に案内され昼寝していると、ドスーン、ドスーンと凄い音がする。屋根に積もった雪が落ちているのだ。ああ、春なのだなあ、と思いながら昼寝を続けた。温泉につかって疲れをとる。
3月8日、7時朝食、8時出発。快晴!雪はかなりある。ピッケルで雪を削ったり足場を作ったりしながら慎重に登って行く。やがて傾斜は緩やかになる。そのかわり、まわりは雪がまるで壁のよう。足元はわりとしっかりしている。が、時々ひどくもぐりこみ、あわてる。夏なら第1ベンチ、第2ベンチと快調に飛ばして行くところ。でも雪のため、なかなか第1ベンチに着かない。ようやく着いた第1ベンチはかなり雪に埋まっていた。後ろをふり返ると台形の有明富士。中房温泉は下の方に小さくなっている。
第2、第3と進んで行く。第3ベンチまではかなりよくトレースが残っていた。しかし、第3ベンチから先は殆どトレースは残っていない。旗印だけが頼り。直登につぐ直登という感じで、かなり疲れる。
木立はまばらになってきた。雲一つなく、空はどこまでも澄みきっている。稜線も近づいてきた。日も暮れかけてきた。少し寒くなってきたので、ジャケットを着て、ワインを飲む。
日は稜線の陰に隠れてしまった。稜線の上にはまだ明るさが残っている。でも後ろからは闇が迫ってくる。そろそろテントを張らなければ。張れそうな所を探しながら登る。
もう少しもう少しと思っているうちに合戦小屋まであと120mの標識を発見した。そこでもう一頑張りする。
ようやく合戦小屋。6時を少しまわっていた。急いでテントを設営。上の方は風がかなり強そうだ。うなり声を上げている。しかし、ここはまわりを木立に囲まれている。それほど強くはない。テントから見た星空は美しかった。
3月9日、快晴。日の出とともに起きる。静かな夜明け。星がしだいに少なくなり、東の地平線の一部が赤くなる。赤い点が線になり、その線が次第に長さを増してくる。雪に覆われた稜線を薄桃色に染める。線は厚みを増し、色は薄れてゆく。ふと上を見ると、飛行機雲が長くのびていた。
靴が凍ってしまったので出発に手間取る。今日の予定は燕岳まで。夏なら1時間というところ。いよいよ稜線に立てるのだ!ここからアイゼンとカンジキのコンビネーションにする。まっすぐに突き上げて行くのできついのは前日以上。でも、稜線はもう、かなり近づいているし、その上から槍もその穂先を見せている。それに雪の白さと空の青さのコントラストが何とも言えない。
合戦沢の頭。もう何も遮るものはない。しばらく展望を楽しむ。
いよいよ最後の登り。傾斜はますますきつくなる。休みを入れながら慎重に登る。風が強い。時々、ピッケルを雪に突き刺し、両足のアイゼンの爪を蹴り込んで耐風姿勢をとる。
稜線!
とうとうやってきた。真っ先に目に飛び込んできたのは槍。大天井、穂高、槍、そして長く続く裏銀座の山並み。みな雪に覆われている。期待通りの大展望に、もう満足。しばらく放心状態。時計は12時をさしていた。
天気予報では今夜から前線が通過するということ。そこで冬期小屋に入ることにする。木造の平屋の小さな小屋。トタンを打ち付けた木の板を持ち上げて中に入る。通路を挟んで棚が2段になっていて、そこで寝泊まりできるようになっていた。小屋の中に荷物を入れ、カメラを持って外に出る。
しばらくそのあたりを歩き回る。食事をしたり写真を撮ったりしているうちに夕方になった。それまで、かなり風は強かったのだが、このころになると弱まった。静かな夕暮れであった。西の方に少し雲はあった。また、谷間もなんとなく、もやっているような、すっきりしない感じだった。以前、このような時、その翌日、かなり荒れたことがあったことを思い出した。また荒れたらいやだなと思った。
雲の中に隠れていた太陽が再び顔を出す。あたりをしばらく金色に染めて、やがて静かに沈んでいった。たとえようもなく美しい夕日だった。寒くなったので小屋に入る。
夜半から風が強くなった。地面をこすり、何かを転がす音が絶え間なく続いた。小屋も絶えず揺れていた。
3月10日、吹雪。
水を作るための雪を取りに行かなければならない。風はかなり強い。雪を下から吹き上げている。一定の方向から吹いているので、岩についた雪は風上にむかってのびていった。思い切って外に出てみる。雪が顔にあたって痛い。まるで石かなにかのようだ。実際石もまざっているのかもしれない。燕岳は花こう岩でできている。山頂には花こう岩の砂もかなりあるのだ。目をあけられないのでゴーグルをとりに戻る。
ワインを飲みながらバロックを聞き絵葉書を書いて過ごす。
3月11日、曇、強風。
吹雪かれて小屋に2晩泊まる。そろそろ下界が恋しくなったので外に出てみる。風はまだかなり強かったが、大天井あたりまで視界はある。行動もなんとかできそうであった。
すでに予定を2日オーバーしていたので大天井〜蝶へのコースは見送り。下山することにする。小屋の外に数回にわけてザックやアイゼンなどを運び出す。 風が痛い。アイゼンをつける。ザックを背負い、あたりを見回す。槍は雲の中に隠れているが、視界は割合良い。
合戦の頭を見下ろす
このあと右手の北中川谷に
入り込むことになる
一歩一歩慎重に降りる。時折風が雪を舞い上げる。いかにも冬山という感じ。合戦の頭までは無事に着く。合戦沢に迷い込みやすいということなので方向を確かめ合戦小屋に向かう。
以後写真どころでは
なくなってしまった!
無事に合戦小屋着。数日前にテントを張ったところにザックをおろし、大休止。大きな木がまわりにあり、風や雪をふせいでいる。ここまでくればもうあと2時間ほどで中房温泉だ。どんなに遅くとも昼頃には着くだろう。そこで残りのチョコレートを全部(といっても板チョコ半分しか残っていなかったが)食べてしまった。まさかそれから4日間も沢の中を歩くことになるとは思いもしないで。
十分休んだところでザックに積もった雪を払い、担ぎ上げ、ピッケルを持って歩き出した。少しもぐるようになったのでカンジキをつける。小雪が舞い、まるで墨絵のよう。
樹林のなかに入る。視界はきかない。なんとなく変だと思ったのはそれからまもなくである。樹林の中の雪の坂道を真っすぐ快調にかけおりていたのだが、いつまでたっても次の旗印が見えないのだ。もしかしたら旗印を見落としてルートを誤ったかな、と思った。そこであたりを見回した。すると右手の上の方に小さな白い布が枝にさがっているようなのが見えた。この辺は尾根が2つに別れているような感じのところである。旗印らしきものは向こうの尾根の上の方にある。登りかえすのはきつそう。でも、ともかく行ってみることにする。
尾根と尾根との間の斜面は思ったより雪が深く、手間取る。真っすぐのつもりでも、どうしても下降ぎみになる。それでもなんとか向こうの尾根にたどり着く。そして、まわりを見回すが、木と木の間は狭まっており、ルートらしきものはなかった。やはり見間違えであったかと思った。
白い旗が多く、雪がたれさがったものと区別が難しいから、おおかた後者であろうと思ったのである。しかし、今考えてみると、やはり旗であり、もう少し良く探してみるべきだったのだ。
さっき降りてきたルート戻ろうとした。ところが雪が鼻のように張り出したところに出てしまった。なんとか乗り越えて元のルートに戻りたいとおもったのだが、雪がふかふかでどうしてももぐってしまう。そこで下をまわることにした。
これからしばらくは、その雪の斜面をジグザグに下降することになる。下降しながら右のルートに戻りたいという気持ちがあったが、一方で左の方がやはり正しかったのではないかという迷いもあった。
小雪が降り続いている。樹林の中。東に向かって降りているということしかわからなかった。ともかくどちらかの尾根に取り付きたかった。今いるところは恐らく沢になるだろう。尾根に出れば、少しは見通しがきくのではないか、と思った。そして、できることなら右の尾根に取り付きたかった。
傾斜は次第にきつくなってゆくようだ。雪もますます深くなる。下の方を見ると右の尾根は傾斜を緩めているようだ。なんとなくルートのような気がする。そこでまず、右手の張り出している所を越えて行こうと思った。ゆっくりトラバースしながらようやくたどりついて乗り越えようと試みる。しかし相変わらず雪がふかふかで一歩踏み込むとズブッと潜り込んでどうにもならない。なんとかよじ登ってみると、向こうの尾根との間にはまた雪の斜面が広がっていた。
ここを乗り越えるのも大変そうだし、また乗り越えたところで、その後の雪の斜面もつらそうだ。下を見ると尾根はこちらに曲がっているように見える。そこで下降して下で取り付くことにした。しかし、真っすぐには下れない。傾斜がきつすぎる。また右手は崖のようになっているから、いったん左をまわらなければならない。いちおうルートの見当をつけてから、また、ゆっくりおりはじめる。
ゆっくり、ゆっくり、下降する。
しばらくすると、なんとなく左手の方が切れているように見える。もしかしたらルートかもしれないと思い、左手に向かう。やがて岩が見えてきた。やったと思った。しかし、近づいてみるとそこは崖になっていて通ることはできない。そこでまた右に引き返す。
小雪は降り続く。
晴れていれば現在位置もはっきりするのだろうが、目の前にぼんやり尾根が見えるだけ。もうルートを誤ったのは確実であった。問題はどちらにそれたかである。あの時はずっと右手の方が正しいと思い込んでいた。左手上の旗印らしきものにまどわされたためにルートを左にそれたのである。だから合戦沢に入り込んでしまったのだ。そう思った。それなら荷揚げケーブルとぶつかるはずである。そこで上に対しても注意することにした。もし、荷揚げケーブルが見つかれば、それを頼りに進み、第2ベンチあたりに出られるからである。ところが上を見ても下を見てもどこにもケーブルはなかった。まだ出会わないのか、それとも、もう過ぎてしまったのか、それはわからなかった。ともかくケーブルが見えれば現在位置だけはつかめるはずであった。
中房温泉到着予定のお昼は、とっくに過ぎてしまった。現在の傾斜から見て、まだ、かなり上の方にいるらしいことは見当がついた。それでも3時くらいには着くのではないかと思った。
相変わらず雪は降り続いている。
何度か右の尾根や左の尾根に取り付こうとしたが、そのたびに深い雪にはばまれてできず、雪の斜面をおりることになる。しばらく降りて行けば取り付けそうに見えるのだが、そこまで降りてみると雪が深くやわらかで、結局取り付けなかった。そんなことを何度か繰り返した。
雪の斜面をゆっくり降りて行く。
下の方を見ると少し傾斜が緩くなっているようだ。あの辺で一休みしたいなんて思った。ゆっくり、ゆっくり降りて行く。その時である、足元の雪が崩れ、滑り出したのは。
はじめは滑り台を滑るみたいな感じで滑っていた。これなら時間が短縮できるなと思った。槍沢で経験があったから、別に怖くはなかった。ところが途中で頭が下になってしまった。眼鏡に雪がつき、やがて飛んで行った。ピッケルも手から離れてしまった。なんとかとまらなければ、そう思って雪を手でひっかいた。幸い、やわらかい雪だったので手でかくことができた。
やがてスピードは落ちてきて、そして、止まった。まず、ピッケルをたぐりよせた。バンドがはずれなかったので、なくならずにすんだのである。下を見ると、少し下に眼鏡らしきものが雪の上に出ている。一歩踏み出すと、雪が崩れ落ちる。慎重に近づいてみると、やはり眼鏡だった。
沢の音が聞こえる。しばらくすると、音は、いっそうはっきりしてくる。そしてついに小さな流れがあらわれた。夕方には着けそうな気がした。少し平らになったところにザックをおろし、コップを持って流れの所に行き、水をすくって飲んだ。合戦小屋をでてから何も口にしていなかったのでおいしかった。
もう一息だ。そう思って歩き出すと、なんとそのすぐ先は、スパッと切れ落ちているではないか。夏ならきっと滝になるのだろう。右か左かどちらかをまわりこまなければならない。しばらく見回してから左を行くことにする。笹か何かに雪が積もったらしく、ひどくもぐる。やがて、曲がってみると、傾斜は急だし、枝もだいぶ出ている。しかしここよりほかにルートはなかった。枝につかまったりしながらトラバース。再び沢に降りる。どちらかというと沢の上の方が雪がしまっていて歩きやすいから。それに、少し、広いから。でも、立ち止まっていると、いきなりズボッと足元が抜け、下に水が流れているということもあった。これからはもう沢の上は危険であった。そこで主に、左岸を降りていくことにする。
できることなら尾根にあがりたいという気持ちはあったが、いったん沢に降りてしまうと尾根への斜面はどこも急で、しかも一面に笹があって、笹のあるところでは雪が全然しまっておらず、迂闊に踏み込むとすぐに深く潜り込んでしまうので、もう取り付くことはできなかった。でも、なんとか取り付こうとは思っていた。
右手の方に沢を見ながら(沢を見失わなければ方角だけは確かだ。合戦沢にしろ北中川谷にしろ、いずれは中房温泉に近づくのだから。)少しずつ高度をあげる。なんとか尾根にでるために。
また、行き止まり。
降りる。
アイゼンをけり込み、ピッケルを突き刺し、三点確保。
完全な氷ではなく、蹴り込むと草がでてきたりして弱る。
降りてみると岩の間から水が流れていたので飲む。
だいぶ薄暗くなってきた。もう、5時。テントを張らなければ。
上の方は狭くて急なため、とても設営できない。そこで沢に向かって降りる。
夕闇が迫ってきたので設営のため雪を踏み固めた。水を飲むため沢に降りてみると、もう少し平らな所があったので、そちらに移動することにした。でも行ってみると少し狭いので、また移す。
しばらく雪の上を歩く。沢の上の大きな岩の上に降り積もった雪は深く、一歩一歩に時間がかかる。髪に付いた雪がいつのまにか凍りついて、つららのようになっていた。タオルでふき取って、テントの中にもぐりこむ。シュラフは濡れてはおらず、わりとあたたかく休むことができた。たまにはビバークも良いだろうという感じで1日目の夜は更けていった。テントの上に雪は降り積もっていった。
3月12日、雲は多いものの雪はやんでいた。やや明るい夜明け。今日は着けるだろう、そんな予感をさせる朝であった。沢の幅もだいぶ広くなってきているし、傾斜もゆるやかである。昨日のうちにかなり降りてきたようだ。
まだ、合戦沢だと思っていた。合戦尾根を挟んで両側の沢のうちのどちらか、ということであるが、右手の尾根、つまり、今正面に見ている尾根が合戦尾根のように見えたし、また、地図で見ると、合戦沢の方が短く、水があらわれてから間もなく中房温泉に着くような感じだったから、合戦沢であってほしいという思いもあったのかもしれない。ともかく簡単に食事をすませて、出発することにした。
しばらくは大きな岩に積もった雪の上を行く。ひざまでもぐる。はかどらない。でも、雪の上が歩ける間は、昨日よりはよかった。手を使うような急なところはなかったから。
ところが岩と岩との間が離れて、どうしても水に入らなければならなくなった。
右にも左にもよけることはできない。降りるしかない。降りてみるとそれほど水は深くなかったし、冷たくもなかった。しかし、ずぐ向こうの岩にとりつき、雪の上によじ登った。やはり水の中は歩きたくなかった。できるだけ靴などを濡らしたくなかったのだ。
沢は幅を広げてゆく。左岸の方が少し広い。雪は深い。
昼頃には着きたい。
小さな足跡をみかけた。上の方に向かっている。登れるのかと思って行ってみたが、だめ。動物を羨ましく思った。
左岸を行く。きりたってきて、歩けなくなる。沢に降りる。岩と岩の間が離れてゆく。岸の上の方が安全だ。岸に取り付く。笹の上に降り積もった雪。ひどくもぐる。笹にしがみつき、一歩一歩登って行く。
ようやく登り詰めてみると、何と沢がまわりこんでいるではないか。落胆。気をとりなおして雪の上をゆく。
もともとルートのないところ。何度も何度も行き詰まる。なんとか上に行きたい。けれども沢に押し戻されてしまう。
沢は右に曲がっている。両側は切り立ってきた。中房温泉は近いのだろうか。近づいているなら硫黄のにおいがするはずだが。
とうとう沢しか歩けなくなった。流れは急だ。深い所もある。足をとられ滑る。水の中でもがく。しかし、ジャケットのおかげで、中までは、それほど水はしみこんではこなかった。
カンジキをアイゼンにかえてみる。沢の中もすべらずに歩けるようになった。それからはアイゼンとピッケルで沢の中を行く。その方が雪の上を歩くよりずっと速く、また楽だったから。
ところがまた滑ってしまった。見るとアイゼンの留め金が折れている。以前、丹沢の夜間登山で岩場にさしかかったとき、しっかり靴に固定されていなかったために、曲げてしまったところだ。ベルトをつけかえ、なんとか靴につける。これでもないよりはましだ。
いつのまにかお昼はすぎていた。
沢を歩き、雪の上に登り、また沢に降りる。
降りようとしたとき、突然雪が崩れた。そのまま沢の中に落ちた。ずぶぬれ。
でも、中房温泉に行けば、暖かいご飯と温泉が待っているのだ。
すでに夕方になっていた。
もう30分、あと5分と思っているうちに、また滑ってしまった。
今日もまたテントを張る時間がきていたのだ。
右岸を見ると、ちょうど良い具合に木の下が台のようになった所がある。そこを踏み固めてテントを張る。
水に不自由はない。明るいうちにテントは設営でき、食事も済んだ。
夜になる。昼間濡れたためにシュラフもしめってしまい、寒さにガタガタ震えた。ガスコンロをつける。靴下は乾いたものと取り替えた。しかし、あとは取り替えられない。
コンロをつけている間は暖かかった。でも、いつまでもつけてはいられない。消すとまた寒さが襲ってくる。
シュラフの中で震えていた・・・
3月13日、青空。
今日こそは中房温泉に着ける!
はじめは左岸。
まもなく行き止まり。滝になっているのだ。時間がかかっても右岸を降りるしかない。降りると木が倒れている。それを橋にして渡る。
縦横に走っている小さな足跡。
彼らは自由にこの雪の上を歩きまわれるのだ。
流れの深い所では濃い水色、というよりもみどりがかったような感じで美しい。つららが流れにひたっている。
雪の上を歩いたり、沢に降りたり。
沢は右手に折れ、その先で左に曲がっているようだ。
もう中房温泉は近いのかもしれない。
天気は大変良い。風もない。雪の上でカロリーメイトを食べる。しばらく休む。遠くの方では沢の水が陽光を受けてキラキラ輝いている。いかにも春。のどかだ。流れもそんなに深くはなさそう。このまま沢の中を歩いて行けば、昼くらいには中房温泉につけそうだ。
天気が良いと気持ちまで軽くなる。
前に見えている尾根、右手の尾根がずっと続いているのだが、それが合戦尾根にしてはなんとなく変だという気がしてきた。正面のピークが切れているような、あるいは下がり過ぎているような感じだったから。登る時、あんなに下がるところがあったかなと思った。しかし、沢から見上げているから、ああ見えるのだろうとも思った。
ともかく、しばらくは流れの中を行く。ピッケルとアイゼンのおかげで、歩行はそれほどつらくはなかった。傾斜もあまりきつくはない。
曲がり角までくる。流れが急で、深みもある。岸に沿ってまわりこもうとした。雪にピッケルを突き刺して、手掛かりにしようとした。雪は大きく欠け落ち、流されて行った。空は青く澄んでいた。
少しでも高い所にでたかった。上の方を見る。なんとなく道のようだった。林業用のものだろうか。ともかく登ってみる。
笹が隠れている。ピッケルで雪を削ると出てくる。一歩一歩がもぐる。登りづらい。ようやく登りきる。そこは・・・?
道は、やはり、なかった。でも正面には見覚えのある山、有明山が聳えていた。
右手の尾根とも左手の尾根とも離れた山、有明山だ!
助かった!
中房温泉は、もう近いのだ!今日中に戻れる!
雪は深い。腰までもぐる。でも、もう沢に戻る気はなかった。そろそろ右手の尾根は切れそうだ。左手も同様。では、中房温泉は、その下あたりだろうか?
まもなく中房温泉に着く。そう思って見ると、まわりの木立は、なんとなく人の手が入っているような気がする。おそらく、中房温泉の奥の方は、こんな感じの庭園になっているのではないだろうか。温泉客のうち、元気の良い者は、この辺まで来るのではないか、そんな気がした。そう思って見回すと、クイや壊れた標識が見えた。見えたと思って近づいてみると、なんのことはない、ただの枯れ木だったりした。
雪の上を行く。相変わらず雪は深い。膝までもぐる。でも、上の方のように、もぐりこんで、しばらくもがく、というようなことは、なくなった。
今日もお昼はとっくに過ぎてしまった。もう、お昼には間に合わないが、あたたかい夕食が待っている。温泉にも入れる・・・
行き止まり。
上の方をまわってゆくか、沢に降りるか悩む。沢の方が歩きやすそうに見える。ここから見た感じでは、流れもゆるやかで、深くもなさそうだ。それに、もう終わりも近づいていることだし。あとは、沢を歩いた方が早そうな気がした。そこで降りることにする。
濡れたタオルを乾かそうとコンロにかざしていたら焦がしてしまった。そのにおいをかいだら、むしょうにパンが食べたくなったのを覚えている。
しばらく、下降を続けるが、高く登りすぎていた。傾斜がきつすぎる。別の下降点を求めて、少し戻る。途中までは降りられたが、その先、急に切れ落ちていて、降りられそうもない、それにまた、夕方になってしまった。とうとう今夜もまたテントを張ることになってしまった。
テントの中でコンロをつけると、ジャケットからもうもうと湯気があがる。火にあたっている間は暖かかった。しかし、連日の沢歩きでシュラフも衣類もビショビショ。シュラフはほとんど乾かすことができなかったので、特にその晩は寒さに震えた。
3月14日、雪。
朝から小雪が舞っていた。でも、雪を通してぼんやりと薄黒く有明山がかすんで見えた。今日こそは中房温泉に着く。
テントをたたみ、カンジキをつけ、昨日の下降点より少し先に行ってみる。上をまわれるかどうか、確かめるためである。ときどき雪に足をとられながら、それでも、少しずつ高度を上げてゆく。
へりまで来る。切れ落ちている。行けそうもない。ところが・・・
沢を下流に追ってゆくと、そこには・・・建物だ!どう見ても建物だ!
間違いない!助かったのだ!
きっと中房温泉の建物の一部に違いない。そう思った。
そこからは降りられない。引き返す。
今朝出発したところまで戻り、さらに少し戻ったところから降りる。途中まではなんとか行けそうだ。でも、最後に木がある。勢いがつきすぎたら、沢に落ちるかもしれない。木にぶつかるかもしれない。
ゆっくり降りる。でも、最後は滑る。
意外に深そうだ。両側はきりたっている。ピッケルで雪を削り、岩をまわってみる。そこも深そう。でも、そこを行くしかない。腰まで水につかりながら、向こう側の岩に取り付く。2〜3mぐらい。雪がかけおちて、なかなか登れない。ピッケルを突き刺して、なんとか這い登る。そこでアイゼンをつける。
右岸の雪の上が平らそうに見えた。登りたかった。しかし、登ると雪が崩れ落ちてしまう。
流れは浅くなってきた。幅も広くなってきた。
右岸にとりつく。相変わらず笹に悩まされる。登ってみると、そこは道ではなかった。雪は深かった。でも、急ぐことはない。このまま沢に沿って行けば、中房温泉に出られるはずであった。どうせ今夜は中房温泉泊まり。ゆっくり歩く。
しばらく見えなくなっていた人工建造物が再び目に入る。中房温泉ではなかった。ダムの施設のようであった。でも人工建造物である以上、下界に通じる道があるはずであった。それをたどれば、人のいるところにでられるはずだ。その建物を見ながら最後の飴をかじった。
もう自分で道をきりひらく必要はなかった。あとは、この、目の前の道を歩いて行けばよいのだ。橋を渡り、崖の下の狭い道を行く。
鉄の門がある。ザックを先に出してから乗り越える。
しばらく行くと人の住める家があった。おそらく管理人でも来るのであろう。カーテンがおりていて、誰もいそうもない。
また、休む。ザックの上に雪が積もってゆく。
アイゼンをはずし、カンジキにつけかえる。
色々な看板がある。夏には随分人が来そうだ。でも、今は誰もいない。
林の中を行く。
つり橋がある。中房川だ。渡りきる。かなり広い。上流と下流、両方に続いている。ここで、自分が迷い込んだのが、合戦沢ではなくて、北中川谷であることを確認する。
数日前に歩いた道だ。その道を再び中房温泉に向かって歩く。
昼過ぎ、駐車場。
この日中房温泉の暖かい部屋で食事をしたとき、しみじみといきているということを実感した。箸を持つ手の震えがいつまでもとまらなかった。
ザックを岩の上におろし、ひっくりかえる。
雪は静かに降り続いていた。