
1984.7.3-4
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本部からの帰り、何気なく新宿に寄る。 |
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今回は初めてのテント山行。かなり重い。 バスに乗ったのは客7人、運転手2人。 横尾から先は初めて。 一ノ俣小屋、二ノ俣つり橋を越えると登りになる。 やがて槍沢ロッジ。 |
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| 槍沢は雪に覆われていた。上の方はガスで何も見えない。槍はいったいどこにあるのだろう。 ピッケルとアイゼンを出して登り出す。 前の方を3人パーティが登っている。シャーベット状のためアイゼンがあまり効かない。 ガスが降りてきては昇って行く。 何度か繰り返すうちに空がオレンジ色に染まる。多分日没なのだろう。背後の山は夕陽を浴びている。 やがてまた暗くなりだすとともに、ガスが濃くなってきた。もう何も見えない。ピッケルを突きながら一歩一歩登る。 だいぶ寒くなる。6時を過ぎていた。気は焦るがなかなか進まない。 雪溪が岩にかわる。やっとのことで殺生ヒュッテ。中では3人パーティが食事をしていた。 一応指定地を見る。しかし風がますます強くなってきたので、小屋に泊まることにした。 9時、2階に行く。寝床につくとすぐに眠ってしまったようだ。 |
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ふと目を覚ますと静かだ。 窓から向こうの稜線が見える。 晴れたのか? ともかく外に出る。 外に出て驚いた。 |
| 4時、槍に向かう。稜線が赤く輝きだした。これがモルゲンロートか。山頂の雪が薄いピンクから次第に赤くなってゆく。 |
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| 槍の肩に近付いたとき、とうとう日が昇った。 朝日を浴び、白や黄の小さな花も目覚めたよう。 そよ風にゆらいでいる。 殺生ヒュッテから2人でてきた。槍岳山荘からも一人山頂に向かいだした。いよいよ肩という時に白い雲が槍の穂を越えた。青空は広がっている。岩々は輝いている。風はほとんどない。 いったん槍岳山荘の前に出てから穂に取り付く。ペンキ印に従って右に寄ってから左に向きをかえる。反対側に降りたり、鉄のはしご、鎖、針金を手掛かり足掛かりにしながら登って行く。岩登りの気分が味わえるところだ。 |
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| 山頂で先行者に写真を撮ってあげる。彼は南岳の方まで行ってから下山すると言って、先に降りた。 山頂に一人だけ残った。 山頂にはほこらが一つあるだけ。狭い。6畳ぐらいだろうか。 静かである。風もあまりない。今までの疲れがいっぺんに吹き飛んでしまった。 やはり来てよかった。 岐阜側の谷底の雲の動きが活発になる。小さな雲が大きくなってはまたしぼむ。 くりかえしているうちに、渦を巻いて稜線を越えるようになった。穂高はガスに包まれる。 2人パーティが登ってくる。大阪から来たということだ。3人パーティも来た。山頂は賑やかになる。 増え出したガスは槍の穂先を越えるようになった。谷底で生まれたガスは渦を巻きながら吹き上げてきて、一瞬視界を閉ざす。次の瞬間にはまた視界がひらける。穂高の方はますますガスが増えてゆく。ときおりジャンダルムが姿を現すこともあるが、ほとんど隠れてしまった。 岐阜側の谷はだいぶガスが多くなった。ふと見るとガスの中に虹。その中に人影。ブロッケンだ!みんな大喜び。盛んにカメラを向けたり手を振ったりしている・・・・・ 一段落したところで、3人パーティはなんとスイカを取り出した。ひとつごちそうになる。ビスケットを出す。山頂はちょっとした宴会。 すっかりガスに覆われてしまったので下山。慎重におりる。上の方からはあとから下山しはじめた2人パーティの「こわいよう」という声がきこえる。 |
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| 1984.7.3-4 | |
※ その後槍に登ったときまたまたスイカを運び上げたパーティーがあり、あつかましくもご馳走になってしまった。よほど槍ヶ岳はスイカに縁があるのだろうか?スイカをご馳走してくれたかたがたにこの場をおかりして、御礼申し上げます!!
最近また槍に登ったが、頂上への最後の部分にはしごができてしまい、スリルがなくなってちょっと残念な感じがした。もちろん多くの人が安全に登るためには、はしごが必要なのかもしれないが。
2000.9.9