福岡江川 ふくおかえがわ
Fukuoka-e-gawa River
最終更新 05.10.1

ふじみ野市亀久保付近から始まる荒川水系の普通河川*1である。上流部は暗渠化されている。
取り扱い区間:全区間 掲載方向:上流→下流
※写真はクリックすれば拡大。

*1 埼玉県県土整備部 河川砂防課 (http://www.pref.saitama.lg.jp/A08/BG00/kasen/mokuji.html) のリストから普通河川と判断。



今回も上流側から探してみた。地形図や航空写真によればふじみ野市亀久保付近に源流があるはずだ。富士見江川の藤久保同様、ここでも久保 (窪) という地名が源流を探す際のキーワードとなる。だが実際は現地を訪れてみないと分からない。地点、旧川越街道との分岐点に小さなコンクリート蓋水路が見付かった。これが福岡江川の上流部なのだろうか。(05.5.1)
地点、少し遡ってみた。ふじみ野市給食センター前。ここには橋のようなオブジェもある。この反対側は給食センターの敷地内へと入ってゆく。流れを探しているうちにかなり軌道を外れてしまい、砂川堀の近くに出てしまった。亀久保からも離れている。どうもこの流れは福岡江川ではなさそうだ。後で地図を再確認してみたところ、この川はふじみ野市と富士見市の境界を流れ砂川堀へ注いでいることが判明。これ以上の深追いは止める。(05.5.1)
地点、亀久保交差点近く、これが本当の福岡江川の上流部。旧川越街道から上流側を見たところ。これより上流は住宅地の中へ入り組んでおり追わなかったが、この細さから言って水源もそう遠くはないだろう。(05.5.1)
地点、川越街道から下流側。河川敷は広がるがコンクリート蓋はなく、既に暗渠化されているようだ。(05.5.1)
地点、上記のすぐ下流。少しの間、旧大井町と旧上福岡市の境界を流れる。この付近は緑道化されている。(05.5.1)
74年撮影の福岡江川上流部。この当時はもちろん暗渠化されていない。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、東武線橋梁前。子供の頃、電車から暗渠化される前のこの川を見た覚えがある。川幅は1.5m程度と狭く、土堤防で田圃の用水路みたいな感じだった。だが流れは速く水量も多かったので強い印象に残っている。80年代中頃、土管が埋められ暗渠化が行われている時も電車から見たのを覚えている。(05.5.1)
地点、江川橋より下流側。ふじみ野市街地では歴史の散歩道と名付けられており、一定の区間ごとにデザインが変わる。旧上福岡市と旧大井町の境界付近は「現代」、東武線の辺りは「昭和・大正」、この江川橋の辺りは「明治」の各時代をイメージしたデザインが施されている*1。(05.5.1)

*1 現地の案内板による。
地点、新駒橋から下流側。この付近は江戸期をイメージしたデザインだそうだ。この先さらに土橋〜水天宮橋は「中世」、水天宮橋から下流は「古代」をイメージしているらしい。(05.5.1)
地点、水天宮橋から下流側。待ってました水の流れる本物の川。この辺りは古代をイメージした緑道なのだそうだが、なるほど暗渠化されていないから原始的といえば原始的だ。だが堅固なコンクリート護岸はお世辞にも古代のイメージとは言えない。(05.5.1)
地点、この辺りには河床からぼこぼこと水が吹き出ているところがある。同じようなものが何か所もあり湧水には見えない。親水公園の流れのように下流の水をポンプで循環させているのだろうか。(05.5.1)
地点、谷田橋から下流側。富士見川越道路が見えてきた。(05.5.1)
地点、ふじみ野市運動公園前から上流側と下流側。波打ち鉄板に両岸を結ぶ梁。これはこれで都市河川らしい姿だ。下流側は新河岸川への合流点がすぐそこに見える。(05.5.1)
地点、河口。新河岸川の右岸から。(右) 同じく左岸から。水門を介して排水されるが、他の河口と違って常に逆流防止用の扉が閉じられている。普段は下部の隙間から排水される。(05.5.1, 05.5.28)

※新河岸川はこちら
74年撮影の福岡江川下流。この頃は土堤防だったようだ。辺りはほとんど水田で、富士見川越道路はまだ完成していない。ふじみ野市運動公園もまだ存在しない。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/


以上。

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