
他には それぞれに独立した二人の子供がいます。
そして、それぞれに 子供が二人づつ 娘の所には 男の子が二人
息子の所には,女の子が二人 つまりは四人の孫がいる訳です。
2002年10月23日 享年57歳 kuresonは、沢山の人たちに惜しまれながら天に召されました。
現在、kuresonの死を悼んでくれた、沢山の方々に支えられその息子と娘でこのHPを運用しています。 |
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| 生息場所 |
九州 熊本県 |
| この世に生を受けてから |
半世紀は経ちました |
| 好きな事 |
こんな事をやっている事
つまり パソコンにどっぷり
|
| 嫌いな事 |
算数 ユエに数学どころじゃない。 |
| 家族 |
今は夫と二人暮し |
| 希望 |
大それたことは言いません
平和な最後になるためには
心を平らかに生きたい |
熊本県北部にある、来民(くたみ)の、渋うちわ
カキ渋を使って作る渋うちわを作るところは
今日、この地だけではないでしょうか
竹と和紙で出来たものです。
プラスティックの骨で出来たうちわに比べると
風が、シャープに切れて、涼しさが違うようです。
お城の側にある、伝統工芸館で買いました。
小さいときには、今のように世界中の人たちとお話が
出来るようになるなんて思ってもいないことでした。
手塚治虫さんの マンガを見ながら育った世代は
憧れは憧れとして、本当にこのような時代が
来るものとは 思ってもいませんでした
田舎の一軒家(正確にいうと 3軒でしたが)で
育った私には友達はいませんでした。
裏の家に住む、おばちゃんだけがお友達と言えば
言えたかな?
でも いじめっ子だけは、しっかりと居ました。
というと、変に思いますか?
友達じゃなくっていじめっ子だけが居たなんて
いじめっこ! 家に飼ってあった鶏が
いじめっ子の張本人です。
そのころ、病気がちでいつも寝ていた母は
私の相手は出来ないで居ました。そのため私は
いつも、朝ご飯を食べるとすぐにおばちゃんの
ところに行っておしゃべりして過ごすのが、
日課になっていました。
ソーット抜き足で家から出ようと
すると、すかさず"奴"がやってきます。
そのすばやいこと!
逃げるのも命がけ!の状態!
鋭いくちばしで つつかれ ケズメでけられ
必死に脱出をしなければならないのでした
小さい子供にとっては、鶏も侮れない大きさです
たまに、逃げ遅れたときなどは、それこそ
かさに来て苛めるのです。
私の泣き声を聞いて母は起きてきて助け出して
くれるのでした。
そのせいかどうか 今でも生き物はペットにしろ
小動物は避けたくなります。
小動物を可愛いと思うけど、自分の手で世話を
したいとは思いません。
嫌っているわけではないけど怖いのです。
自分のことなど
自己紹介のコーナー