【酔いどれ通信番外編@酔いどれRock'n Roll Climber】

 例会後のいつもの飲み会でピオレのヒロシさんからクライと言われた。そうか、私が掲示する山行案内に人が集まらないのは、クライ性格が影響しているのだなとなぜかしみじみ思ってしまった。明るくならなければ…、でも自分は、ちょっと斜に構えた感じで、クールに反骨的にいなければならない。なぜなら、私は「酔いどれRock'n Roll Climber」だから…。


U2 Love comes to town tour with B.B King
U2 Love comes to town tour with B. B. King  76年にアイルランドのダブリンで結成された4人組のバンド。87年に発表したヨシュア・トゥリーが世界的に大ヒットし、以後、出すアルバムはすべてが大ヒットしている。
 Love comes to town tourは、前述のヨシュア・トゥリー、88年に発表した「魂の叫び」を引っさげての世界ツアー。東京ドームがあまりに大きすぎて、ステージ場のメンバーは米粒。会場に設置されたスクリーンに映し出された彼らの姿は生の現実味(ライブ感)に欠けて、自宅で映画版の「魂の叫び」を見ているのと同じ感覚だった。ちなみにカリフォルニアにJOSHUA TREEという国立公園にルート数4000本からなるクライミングエリアがあり、10代のルートが充実しているらしい。U2のThe Joshua TreeをBGMにクライミングに興じるのも悪くないかもしれない。

PRINCE in JAPAN '90
PRINCE in JAPAN '90  真駒内のオープンスタジアムを会場にしたものの、人の入りは今ひとつでアリーナ席もスタンド席もガラガラだった。私の席はアリーナ席の後方だったが、開演と同時に前の方に移動して間近にプリンスを体感することができた。イメージしていたよりかなり小男だったが、お決まりのパープルレインの素晴らしさは言わずもがな、飛び跳ねて歌ったバットマンのテーマ曲も意外に格好良く、胸毛をチラチラさせながらピアノを弾き歌ったQuestion of UはLOVE SEXY、まじで抱かれてもいいと思った。
 ガラガラの会場を見たプリンスは、気分を害したのか、1時間ちょっとで帰ってしまった。

Jesus Jones ジャパンツアー93
Jesus Jones ジャパンツアー93  88年にロンドンで結成された5人組のバンド。サードアルバム「パーヴァス」発表後の来日公演だった。若者たちに混じっておじさんも飛びまくった。押し合いへし合い、窒息寸前、若者の息づかいが、汗が、エネルギーがおじさんを奮い立たせた。地下鉄で帰るのがはばかれるくらいに汗でグショグショになったのを覚えている。会場規模やバンドと観客の一体感はU2のコンサートと対局をなすものだった。

1st Annivarsary North Wave
1st Annivarsary North Wave  FMノースウェーブ開局1周年を記念してのコンサート。テーマは次代を担う日本のポップシンガー。コーザ・ノストラ、ソウル・ボッサ・トリオ、エスカレーターズ、そしてトリを納めたのは、アジアの歌姫Sandii。
 私がサンディーを知ったのは、90年に発表したソロ1作目のマーシー。日本の古き良き歌謡曲をサンディー風にアレンジした何とも不思議なアルバムだった。2作目のパシフィカは、その名のとおりテーマは太平洋諸島の音楽、最高です。3作目のアイルマタはマレーシア歌謡、「あなたは最近涙を流したことがありますか」という帯どおりのアルバム。クロチョンやダンドゥットを完璧に自分のものにしているサンディーはやはりアジアの歌姫。
 これらのアルバムから8曲を演奏、躍って、歌っての1時間は、あっと言うまに過ぎ去っていった。ジーザスジョーンズの時とはうって変わって、年齢層はちょっと高めだったが、ライブの楽しさはジーザス以上だった。私がこれまで観た中で間違いなく1番のコンサートだった。

THE STONE ROSES JAPAN TOUR '95
Stone Roses  2ndアルバム「セカンド カミング」で彼らを知った。当時の音楽雑誌ではそれなりにもてはやされていたバンドで、2枚目のアルバム(5年8か月ぶりに発表された)も待ちに待ったというような感じの紹介をされていた気がする。音楽的には好きな部類だったが、3枚目のアルバムは発表されることがな解散した。
 コンサートはくぐもった感じの音の雰囲気とあまり上手でないボーカルが印象的だった。そういえば、演奏中、どこかの国旗か何かを燃やしていたけど、防火上問題なかったのかな…?

King Crimson
King Crimson  ビートルズの「アビーロード」をけ落として全英1位になったのがクリムゾンの「キングの宮殿」だったと思う。阿鼻叫喚を表現したかのようなジャケットはそれを目にした誰の目にも強烈な印象を与える。静と動の対比をテーマにした太陽と戦慄というアルバムは傑作。Lark's togues in aspic が何故に「太陽と戦慄」という日本語訳になるのか、未だに分からない。
 解散と再結成を繰り返したクリムゾン、95年の日本公演は何度目の再結成だったのだろうか。ミスタークリムゾンのロバート・フリップ、ギターで動物の鳴き声を奏でるエイドリアン・ブリュー、トニー・レビン、ビル・ブラフォードなどアルバムやヴィデオの中でしか知らなかった彼らを一目見たくて、彼らの生演奏を聞きたくて、埼玉まで飛んで行ったが…あまり楽しくなかった。

Slapp Happy 札幌公演
PRINCE in JAPAN '90  音楽評論家の大鷹俊一氏は彼らのコンサートを次のように紹介した。
 「まさかこの歳になって観られるとは。(中略)そんな奇跡が起こるから音楽は素晴らしい。(中略)そんな音楽と聞き手が交歓する光景を思い浮かべるだけで脳内は沸点に達する。聞き手一人一人の心に"永遠"が刻み込まれるコンサートを会場で共有しましょう。」
 スラップハッピーの最初で最後の日本ツアー。ファンの間では奇跡の日本ツアーと言われている。このコンサートを観ることができた私は本当に幸せものだ。
 彼らを同時代的に聞いたおっさん達にとってもSAVA以降の新しい彼らを聞いた若者たちにとっても"永遠"が刻み込まれた良いコンサートだったと思う。
Eric Clapton
e_c_ticket.jpg  エリック・クラプトンといえば、ビートルズのWhite Albumの中でジョージ・ハリソンに許された貴重な作曲枠の1曲である"While my guitar gently weeps"のリードギターをほんとうにむせび泣くように弾いて、なぜだか気がつくとジョージの奥さんがクラプトンの奥さんになっていたという不思議な友人関係で、何やらギターがうまいらしい・・・とか、レイラという超有名な曲を持っていて、アンプラグドのハシリのような人との印象しか持ち合わせておりませんでした。ですから、彼が札幌に来ると聞いた時(新聞の1面を使った大広告だった気がします。)も大きな喜びはありませんでしたし、自ら積極的にチケットを購入することもしませんでしたが、チケットを2枚購入した山仲間のH君が1枚譲ってくれるとのお誘い、ミーハー的な気持ちでのることとしました。結果、やっぱ、音楽はよいです。ギターはよいです。生のライブはええです。知らないことだらけのクラプトン体験でしたが、すっかり心の洗濯になり、得るものは大きかったと感じています。 彼のHPを読んでいて知ったのですが、Change The Worldという曲は、ジョン・トラボルタ主演のフェノミナンのサウンドトラックに使われた曲だったとか。この映画、あまり評価されていなかったような気がしますが、私は密かに泣きました。ストーリーはあまりよく覚えておりませんが、ラストシーンで泣いたという記憶だけは残ってます。で、きっとクラプトンの曲も私の涙をよりいっそう誘ったのではなかろうか?なんてことを後付けで考えてしまいました。 アンコールのラストで歌ったOver the RainbowはMitsubishi Motors presentsと大きくかかわっていたんですね。 ボブ・マーリィのアイ・ショット・ザ・シェリフなんかも歌っていましたが、クラプトンは、ものすごくブルースな人で、ギターを本当に自在に操り、色んな音を出して、そして何よりもかによりも今にもイキソウな顔でギターを弾く彼に感動してしまいました。

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