馬旅人の小さな世界の大きなNEWS


北海道初、流鏑馬競技会開催

 一足お先に「馬旅人の日記」へこの件を記載したのだけれど、7/21(Sun)世田谷公園で開催されたTADER乗馬会に参加された金田さんから写真を入手することが出来たので、NEWSとして記載します。【写真提供:K.Kanada 女史】

甲州流流鏑馬のパレード 北海道帯広市の近く、芽室町の「剣山どさんこ牧場」(代表:川原弘之氏)にて、7/07(Sun)開催。天候はあいにくの雨。しかし正式な和式馬装を施した馬と人で神事と流鏑馬競技が行われた。その艶やかな写真をごらんあれ。先頭の騎乗者は、紅葉台木曽馬牧場 Chief Staff 漆澤 太氏 (Urushizawa Tai)。カッコイイね(^^)>ウルシ
流鏑馬競技前 和種馬限定の流鏑馬競技なので、一般の流鏑馬より走路が短い。3つ設置される的の間は50mに設定されている。的から的まで、和種馬ならざっと5,6秒で駆け抜ける。一本目の矢は最初から弓につがえて(矢を打てる状態にSetすること)あるので、手綱から両手を離し弓が引ければ誰でも撃つことは出来る。しかし二本目、三本目は揺れる馬の上で矢をつがえ、的を射抜かなければならない。もちろん競技の流鏑馬だから、的の中心部分から年輪上に点数が決められている。同時に正確さも要求されるゲームなのだ。とは言え、道内の中札内から参加された方のコメントは「意外と当るもんだ。」というものもあったりするから、そんなに身構えずに馬と一緒に遊んでください。ホントは馬に手伝ってもらって、人が遊んでいるんだけどね。(^^;
 僕が以前からずっと感じていること。国内では馬に乗ることだけ一生懸命に教えて、馬と共に遊ぶことは何一つ見せていないんじゃないだろうか?ってことがある。高度な遊びとして障害飛越(Jump 競技)や青森県・八戸の和式打球(和式のポロ競技)、そして今回の流鏑馬等がある。誰でも気楽に参加できるトレッキングだけでなく、海馬遊びや馬を使った運動会(与那国馬ふれあい広場)なんてのもある。それらは子供と和種馬が一緒に遊び、お互いを理解するとても素晴らしい機会になると思うのだ。僕だって三日月と旅に出る前は、馬自体のことは何一つ理解していなかったのだから。馬に乗るのが好きな人は、もっと馬自体に目を向けて一緒に遊んで欲しい。きっと新たな発見があることでしょう。
 長くなっちゃったけど、もひとつだけ。なぜ山梨の牧場から和種馬(木曽馬)を持ち出し北海道まで流鏑馬競技をやりに行ったか?それは菊地さんの「和種馬活用の場の拡大」という夢が隠されているんだと思う。本人は何も言わないが、国内最大の在来和種馬生産の地で、新たな馬の需要が見出せればそれは新たな和種馬生産へ繋がるだろう。滅びるな在来和種馬達、僕らはもっと君達と一緒に遊びたい。ワレワレをもっと遊ばせてクレ〜(⌒_⌒)

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出産おめでとう!三日月

 夜遅くなって、仕事から疲れて帰ってきた僕のもとに牧場の菊地さんから電話が入った。それは待ちに待った三日月出産の連絡。4月30日のことだった。そのとき聞いたことは、元気な牝馬を出産して三日月も元気だと言う事。そして、その仔馬はいい形をしているということだった。気にかかる事も一つ、三日月が乳をやりたがらないので少々苦労しているとの事だった。5月10日頃、菊地さんが出向いて写真を撮ってきてくださった。その写真を、先日多摩川河川敷で開催されたキャラバン乗馬会の時に受け取ることが出来た。菊地さんによると、三日月は全く乳をやらないのではなく、初子の授乳に慣れていないので乳首を仔に噛まれるのが嫌だったみたいだ。「ハハハ、彼女らしい。」僕は笑ってしまった。種付けの時の逸話も僕は知ってるからね;-)
 仔は確かにいい形だった。紅葉台の種馬が「蘭丸」になってから、産まれてくる仔は皆フレンドリーで人間が好き。興味津々で鼻を寄せてくるんだ。そんな訳で今のところ蘭丸の仔はハズレ無し。三日月の仔の毛色はまだ不明。蘭丸は鹿毛、三日月は鹿毛糟なのだが、産まれてきた仔は黒糟にも見えるし青毛にも見える。牧場にいる「苗」のにいちゃん「早」も、最初は黒っぽい茶色の毛が生えていたが、今では青毛の馬に成長している。三日月の仔も青毛だったら嬉しいのになぁ。どうなるかな?非常に楽しみだ。(⌒_⌒)
 そして今日、5月23日は「三日月」の満11歳の誕生日でもある。本年度はハーフリンガーの種付けの予定。元気な第ニ仔を頼むよー。

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国賓の前で和種馬が駆け抜けた

 既に過ぎ去った話しなのだけれど、どうしても記載しておきたいと思っていたことなので、遅れたNewsとして登場です。
 2002年2月17日(日)、日米首脳会談で訪れたブッシュ米大統領と小泉首相の前で流鏑馬が披露された。場所は東京・代々木の明治神宮。同日、居酒屋を訪れた両首脳の絵がTV Newsで流れたので記憶にあるかたもいらっしゃると思う。この流鏑馬の場面もTVで見ることが出来た。実はここで駆けていた河原毛の馬は紅葉台の馬だったのだ。この日、「銀鈴」「当麻」「式部」がStaff・うるしに連れられて、朝4時に紅葉台を発ったらしい。お疲れ様。そして武田流の射手によって流鏑馬が披露された。
 翌日の新聞各紙の一面を飾った流鏑馬の写真に映っているのが「銀鈴」だ。まだまだ人々には和種馬としての認識はないかもしれない。しかし確実に和種馬が人目に触れはじめていると僕は思う。菊地さんの作った馬が、今後も和種馬として活躍することを願う。それは随分少なくなってしまった在来和種馬が、生きて行くもう一つの可能性だと考えるからだ。「首を下げて、トボトボ歩くだけが和種馬じゃないんだぜ」っていう所を、「銀鈴」が和種馬の代表として見せてくれた。
 DailySports紙の記事がWeb上にあるので新聞を見逃した方、是非覗いてみて下さい。(⌒_⌒)

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素晴らしい馬年のカレンダー

陽子さんカレンダー2002 実はこれ、知人の山口陽子さんから年賀としていただいた。すっごく嬉しかった。いや〜これだけで何だか僕は良い馬年を迎えられたような気がする。彼女は東京障害者協会のボランティアとして紅葉台にいらした時に知り合った方だが、八ヶ岳ホースショウやホース・フェスティバル、草競馬も見に来てくださったりもした。彼女は馬にも乗られるが、馬のいる場所ならどこでも出かけてしまう馬追人の一人。そんな馬との関わりもいいなぁ。僕はもう十数年前から年賀の送付はやめてしまったから、いつもの事ながら夏の放浪先から絵葉書を送ることしかしませんが、ご勘弁下さい _o_
 もし問題が無いようでしたら、1年分12枚をきちんと Scan して僕の Homepage 上から Download 出来るようにしたいですね。とりあえず陽子さんの許可待ちです。(⌒_⌒)

 (03/06/2002追記)
 残念ながら、各絵には別に著者がいらっしゃるそうなので、ここでは公開できそうにありません。しかし、陽子さんから返信をいただいた際に、面白いものを一緒にいただきました。現在、それに少しだけ夢中になっています。完成したら、写真を添えてご紹介します。

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来年は馬年、フジフィルムのCMにて

 コンビニエンスストアのレジ前で、来年の干支が書き込まれた数十種の年賀葉書を見つけた。2002年は馬年だから、にぎやかに馬だらけ、それだけでワクワクものだ。
 フジフィルムのTV CMや車内広告にも馬が登場するものがある。「キノコ」や「缶詰」編もあるみたいなので、見たこともある方も多いかと思う。樹木希林が出てくる、僕も好きなおちゃらけCMだ。で、そこに出てくる馬の元になったのが、紅葉台の和種馬の可能性があるという話しを小耳に挟んだのでご報告したい。張りぼてのケンタウルスの方じゃなくて、写真の方じゃないかな?紅鹿毛や雲竜の写真を広告代理店の人がわざわざ撮りに牧場まで足を運んだとの事だから、まんざら嘘ではないと思う。僕もTVやNetで確認してみたけれど、これが普段見慣れた馬達だとは思えなかったので確信を持って言えないけれど、自分の知ってる馬が姿を変えた形でTV CMに登場していると考えるだけで楽しいじゃない。というわけで単純にそんな噂を楽しんでいる。もしよかったら、和種馬や紅葉台の馬達が好きな人にもご一緒に(⌒_⌒) なかなかTVのCMが見れない人には、フジフィルムのSiteでどうぞ。

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密かに騎射競技会が開催される

 この写真は競技の始まる前の素走の時のものなので、弓を持っていません。でも馬が一番元気。競技中、僕は的付きだったので、一枚も写真が撮れませんでした。カメラが追いついていないのが残念ですが、いい形で走る和種馬でしょう。2度惚れ(*^_^*) あ、もちろん巴組のおねえさま方もかっこいいですよ〜。詳しい Data もそのうち記載したいです。

 12/08/2001(Sat) 山梨県小淵沢の県営馬術場にて、紅葉台木曽馬牧場主催である競技会が密かに開催された。なぜなら、この競技は告知をしても参加出来る人はそう居ない事が予測できたため。加えて競技会として成立するかどうかを試す実験的な意味も持ち合わせていたようだ。
 競技会の内容を観ていない人に説明するなら、流鏑馬みたいに馬上から弓矢で的を射抜き、その正確さを競う。ただし、的が流鏑馬のように狙いやすい場所にない所が非常に面白い。流鏑馬は馬が走る方向に対して垂直方向に的が存在するが、今回行われた競技では、後、横、前側に的が設置されている。要するに馬の上で弓が引けるだけでなく、走る馬上で騎乗者は上体を自由に動かせなければならなくなるわけ。ゲーム性が高いので、流鏑馬より馬に乗って的を射抜くアーチェリーの大会に近いかもしれない。まあ興味のある人は牧場に行ったときにでも、Videoを見せてもらうといい。馬年の2002年から年2回程度、競技会を開催したいとの話しだったから、外乗だけでなく流鏑馬遊びをお願いしてみるのもいいかもしれない。ただし、営業に余裕がある時でないと出来ないことは前もって知っておいて欲しい。当然の事ながら、この競技会では和種馬に和鞍、和鐙、そして騎乗者も笠や袴等の和式で行われる。今回は和鞍だけでなく、ビギナーズ対象競技には Western Saddle の使用も許可されていた。
 まあどっちにしろ、菊地さんの想い描いている和種馬に乗って自由に駆けめぐるimageが形を持ちつつある、そんな予感のする競技会となった。(関連記事・馬旅人の日記 (12/02/2001)もご覧下さい。)

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うれしはずかし出版物

 11月中旬、(社)北海道うまの道ネットワーク協会の会員向け情報紙「ホースアイ」vol.24 に「和種馬との旅」を書かせていただきました。カラー写真を10枚も載せていただいてやたら豪華です。そしてオーシャンライフ社「乗馬ライフ」誌 No.125(2001年12月号)馬追人で取材していただきました。機会があったら目を通してもらえると嬉しいです。「ホースアイ」vol.24 は手元に数部残っていますから、読んであげようという方はご連絡ください。紅葉台経由でお渡し出来ると思います。うまの道ネットワーク協会は北海道内の馬と遊べる場所の紹介だけでなく、乗用馬の取得や預託に対して助成を行う事業もやっています。乗用馬として馬の活用の場を広げる努力をされているのが嬉しいです。

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和種馬の小さな可能性

 牧場に御崎馬がやってきた。正確に言うなら、御崎馬という種の枠の中から人為的に外された馬。しかし、その馬には御崎馬の血が確実に流れている。
 紅葉台木曽馬牧場では随分前から、純血種にこだわらない和種馬を生産・活用している。在来和種馬に関して品種の純血を守るべきかは色々な考え方があるだろう。僕はその中の5品種しか実際に目にしたことはない。しかし在来馬に関して言えばどの種も生存数は少なく、種の保存が危ぶまれている状況はここ何年か変わってないように感じる。僕は紅葉台木曽馬牧場主の菊地さんのように、純血にこだわらない和種馬を生産する事も、残り少ない在来和種馬を残して行く一つの方法だと思うのだ。
 数年前からだろうか、菊地さんの作る馬達を見たり乗ったりして感じるのは、新しい和種馬が誕生し始めているのかもしれないと言うこと。血が濃くなってその品種が残らなくても、今いる在来馬達から新しい和種馬と進化し、馬達が命を繋いで行けるかもしれないと思う。具体的に言うなら、木曽馬と北海道和種をかけた仔のような馬達を示す。
 もうお気づきだろう。今度、牧場に来た元御崎馬は種牡馬だ。もし彼が乗用に適した馬であるならば、馬方・菊地幸雄氏が見逃すわけがない。数年後には、御崎馬の血を継ぐ和種馬が人を乗せて馬場内を駆け回っているかもしれない。品種で言えば、宮崎県都井岬で生き続ける純血の御崎馬とは全く別な馬だろう。しかし、そこには減りつつある和種馬が生きて行く可能性があるように思う。そう本当に本当に、細い線なんだけれど。
 でも僕は、牧場にいる北海道和種とハーフリンガーをかけた「お局」や北海道和種とポニーをかけた「和姫」も好きだ。特に最高の歩様で乗る人を楽しませてくれる、北海道和種とトロッターのF1(混血種)「銀鈴」も。彼らは和種馬だけでは、生み出すことが出来ない乗り味を楽しませてくれる。そんな和種馬がいることも、数多くの人々に知って欲しい。

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「馬と旅する」新装開店

 三日月との旅を無事終えた後、皆さんへの旅の無事終了の報告のつもりで、この Site を長い間放置していました。旅を終えた脱力感と三日月と離れて暮らす寂しさが、僕をより一層ぐうたら君にしていました。その間、掲示板に書き込んでくれた訪問者の方々、Mailを下さった方々、ありがとうございました。それが無ければ、僕はこの Site を Freeze するか、close しようと考えていた時期もあったのです。
 馬旅人から街で暮らすただの人に戻った僕は、やっと歩き出したところです。この Site は今後も継続し、三日月のその後の報告と馬関連の話しを掲げて行こうと考えています。というわけで、ここに訪れてくださる皆さん今後ともよろしくお願いします。(⌒_⌒)
 なお、各 Contents の容量が増え、読み込みに時間がかかる重い状態になってしまったので、旧 Site 全部を別に圧縮して Download できるようにしました。それに伴い、 Contents の整理統括と再編集を行いました。過去のモノと重複している部分も残りますがご了承ください。Cyber space の利点を生かし、Di の独立した Site も開設しました。もしお時間があったら、こちらにもお立ち寄りください。

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旅を無事終え

 11/28/2000 三日月との旅を無事終えました。昨年1999年の旅も面白かったけれど、今年2000年の旅も素晴らしい旅となりました。これは三日月という在来和種馬が居てくれたおかげです。多大な協力をいただいた紅葉台木曽馬牧場主・菊地幸雄氏に感謝します。そして何よりも、見知らぬ僕達を助けてくれた数多くの人々、あなた方がいたから僕と三日月は無事に旅を終える事が出来たのです。本当にありがとうございました。
 三日月は今後、紅葉台木曽馬牧場で休暇に入ります。身体が健康体に戻った時点で、牧場の営業という仕事に戻るでしょう。そして僕は旅の資料整理を始めます。何とか形あるものにして、三日月との旅を記録しておきたいと考えているからです。春に、三日月は木曽馬・蘭丸と種付け、僕の方は東京で仕事に戻るつもりです。
 今後の僕の楽しみは、知り合いになった人へ無事旅が終った事を知らせる葉書書きや写真の整理です。写真を送付すると約束した方々、ゆっくり始めますから気長に待っていてくださいね。また気が向いたら牧場に遊びに来てください。三日月と共にお迎えしたいと思います。
 みなさん、どうもありがとうございました。そして素晴らしい相棒「三日月」、本当にありがとう。今度は僕が約束を果たす番だね。ゆっくり休んでくれ(⌒_⌒)

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パラリンピックに出場

 10/28/2000 シドニーで開幕したパラリンピックに乗馬で国内から3選手が出場しています。乗馬はまだまだマイナーな競技だからでしょうか、オリンピックで競技が放映される事はめったにありません。さて、パラリンピックではどうでしょうか?
 僕がお世話になった「東京障害者乗馬協会」の前会長、渡辺廣人(Watanabe Hiroto)氏も選手の一人として参加しています。乗馬でのパラリンピックは国内初ですから、僕としてはとても楽しみにしているところです。今まで渡辺さんはアメリカやデンマークでの海外大会に参加し、海外の障害者乗馬競技を経験してきています。しかし、国内では障害者が競技として競う段階まで来ていないのが現状でしょう。何よりも障害者の乗馬人口が少ないので、その中から競技に参加できる技術を持った人は本当に限られた人になってしまいます。その上、障害を持った人に競技のための指導をした経験のあるトレーナーが何人いるでしょうか?つまり障害者乗馬の競技部門は真に今始まったばかりなのです。大変かもしれないけれど、手探りで何もかも自分達で考え進んで行けること、これはきっと素晴らしい経験になるでしょうね。シドニーから帰ってきた渡辺さんの話しが聞ける日が待ち遠しいです。渡辺さん頑張って来てください。

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北海道を離れ東北へ

 三日月と合流してから帯広近辺で過ごした後、僕らは苫小牧から東北・八戸にフェリーで渡りました。道内のあちこちでお世話になった方々、大変ありがとうございました。事故の後遺症も無いようで、僕達は以前と変わりなく放浪を続けています。後は三日月の右足の傷が直れば、僕に恐いものは何もありません。道内では雨が多く、寒くなって来たのが多少辛かったのです。八戸に降り立ったら天気もよく、随分暑くてびっくりしました。早朝はやはり寒いですが、日中の日差しはまだ夏が感じられます。道内で秋を少し感じてしまった僕は、もう少し夏に頑張っていて欲しいです。
 東北・青森は南部駒の産地、博物館などを含めあちこちで馬をみつけることができます。三日月に乗る事もきちんと楽しむつもりですが、こんな気持ち良い天気の中、馬たちや風景を眺めてぼ〜っとしたいなと考えています。

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三日月と合流、再出発

 8/27に中標津で事故に遭い、僕と三日月の旅は中断されていました。それまで僕達の脚だった「ふ〜てん号」という馬運車は廃車に追いこまれ、それに替わる車がすぐに用意出来なかったためと、三日月の事故での物理的影響が消えるまで動く事が出来なかったからです。地元の車屋さんの協力のおかげで代車が用意され、三日月と9/08に中標津で合流することが出来ました。三日月の後右足のびっこは解消されましたが、様子を見ながら移動する事にしました。僕側や天気の問題もあるけれど、まだ騎乗していません。9/11辺りから本格的に旅を開始するつもりです。心配をおかけした皆様、どうもすいませんでした。能天気な僕はまた歩き始めます。

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「乗馬ライフ」誌に

 乗馬ライフ 8月号(6/24/2000発売)のおすすめホームページのコーナーで紹介していただきました。ちょっと高級誌すぎて気が引ける面もあったのですが、いろんな馬との関わり方があってもいいのじゃないかと掲載をお願いした次第です。馬に乗って遊ぶだけじゃなくて、馬と一緒に暮らす事はそんなに難しい事じゃなくて、結構楽しめるんだけどなぁ。

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北海道へ向けて

 いよいよ旅立つ模様。と言っても馬旅人の話しではありません。Homepageで知り合った「歩き人」ふみさんの徒歩日本横断旅行の話しです。彼とは面識も無いのですが、馬と共にアルゼンチンを旅した人で、なんだか親近感を感じてしまうのです。海外の旅が多い「歩き人」と国内がほとんどの「馬旅人」&「三日月」が、ちょうど2000年に北海道を旅するのも何かの縁。是非途中で遭遇したいなと思ってます。できたら彼の話しを焚き火でもしながらゆっくり聞きたいものです。僕は基本的に個人で動ける人が好きです。そんな彼らの多くは、自己責任と行動力を兼ね備えているからです。そんな人々と接すると、フツフツと僕の中に力が湧き出して来るのを感じます。まさに強い生命力そのものです。
 「歩き人」ふみさん、実り多く安全で楽しい旅を願っています。気をつけて楽しんできてください。(⌒_⌒)/"

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世界初!競技会に・・・

 2000年04月23日、この日僕は四国放浪中で見逃すこととなってしまったが、記念すべき日になった。というのは山梨県小淵沢の県営馬術場にて、世界初となるであろう競技会への参加があったのだ。正式な馬場馬術の競技会に、何と在来和種馬(木曽馬)が参加した。そりゃあ和種馬は日本にしかいないのだから、競技に参加したら国内初通り越して世界初だよね(^^;

 木曽馬を収縮させて動かせるわけじゃない。まじめなドレッサージュ競技に何て馬鹿な事と思われる人もいるだろう。僕もそう思う(^^;;;

 この競技に木曽馬「宝春」で参加したのは、東京障害者乗馬協会(TADER)の現会長、水野眞澄(Mizuno Masumi)選手だ。彼女は普段サラブレットで馬場馬術競技に参加している。馬に乗り続けるきっかけを与えてくれたのは、紅葉台木曽馬牧場の「宝春」だと言う。彼女は宝春がいなければ乗馬の世界で遊ぶ事はなかっただろうと笑う。そして以前から普段参戦しているドレッサージュ競技会に、木曽馬「宝春」で参加したいと言っていた。そして今回それが実現したのだ。おめでとう!

 結果に興味のある人は「乗馬ライフ」誌で調べてみるといい。自分の大好きな馬で、競技に楽しみの一つとして参加する。こんな馬との関わり方があってもいいのではないかと思う。ドレッサージュ競技に、全然スタイリッシュじゃない木曽馬で参加。こんな遊び心いっぱいの水野眞澄選手に僕は拍手を送りたい。彼女は同競技に、サラブレットでも参加したことを付け加えておく。

 思いっきり楽しんだでしょう、夢が叶ってよかったね >眞澄姉キ

 もし、この競技会での水野さんと宝春のVideoを撮っている方がいたら、是非ダビングさせてください。スナップ写真しか残ってないので、見逃した僕は非常に悲しかったのです。お礼も考えています。是非ご連絡ください。_o_

【ドレスアップした宝春】 たてがみボーボーの木曽馬しか見た事ないので、宝春じゃないみたいだ。 【水野選手と宝春】 シルクハットをかぶって、愛馬「宝春」で颯爽と水野眞澄選手。カックイイぜぃ

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キャンプ場に三日月出現

邑智にて山ちゃんと 去る2000年04月26日〜28日まで、島根県を流れる江の川沿いにある「カヌーの里おおち」に三日月と滞在した。僕がつい邑智に来てしまうのは、ここの館長で一見恐そうな山内氏がサングラスを取るとすごくお茶目な顔になるのを知っているから、それを見に来てしまうのだ。うそじゃないんだなこれが(^^)

 連休前の天気が良くない平日だったから、お客は僕と三日月だけだった。僕たちは1ヶ月にわたる四国巡礼の旅を終えて、ただ気持ちのいい場所でのんびりしたかった。僕のやらなきゃいけない事は、たまった洗濯物を洗う事だけ。後はCoffeeをいれて好きな本を読んだり、昼寝したり、三日月が草を食べている音を聞きながら、ただ彼女を眺めて時を過ごせばよかった。何て心安らぐ平和な時間。僕達にはこんな時間も必要なのだ。僕も馬も勤勉じゃないから、気が合うのだろう。天気が良ければ江の川の流れに馬を入れて、身体を洗ってやりたかった。でも気温が低かったので、これはまたの機会とした。

【三日月に裸馬で山内氏】 写真提供:カヌーの里おおち

 僕は昨年の1999年に旅に出てから、だんだん三日月の影響力の大きさを知るようになった。子供達は珍しい大型動物に近づいてくる。昔を懐かしむ人は蹄鉄がたてるポコポコという足音を聞いただけで、家から飛び出して僕達を呼び止める人もいた。馬を見ながら昔話を聞かされていると、その人の過去の記憶が馬という Keyword から、どんどん紡ぎ出されてくるのがわかるのだ。僕はその体験をとても楽しんだ。本当に人それぞれ、馬のいた風景を僕に聞かせてくれた。これらは三日月と一緒に歩けたからできた体験の一部だ。

 ここカヌーの里で若いStaffに三日月に乗ってもらった。彼らは好奇心丸出しの子供と同じ眼をしていた。彼らの興奮がダイレクトに伝わってくる。僕はその空気を楽しんだ。そして、こんな場面を見たいために僕は三日月を連れ歩いてるのかもしれないなって思う。本当にここの Camp site は気持ちよくて、馬がいてもすごく自然な景色に見えた。何でここには普段馬がいないのかな?って感じられるくらい自然だった。こんな場所にもうまく事を運べば和種馬の活用の場があるのではないかと、僕の中でひらめいたものがあったのだ。そう山内氏は競技Kayakから来た人であるにもかかわらず遊び好きだ。自然の中に彼の生活があるように感じる。そんな彼が三日月と遊ぶ事に一番熱心だった。そんな姿を見る僕もすごく楽しかった。でも三日月は体重約80Kgはあるであろう山ちゃんを乗せ、「ちょっと重いんじゃない?」と言いたげな顔で頑張って動いていた。和鞍、U.S.騎兵鞍、裸馬の3種類の騎乗方法で遊んでみた。

 もしかしたら何年か後にカヌーの里を訪れるときには、馬たちが迎えてくれるかもしれないなっていう小さな期待がある。和種馬であれば、一緒に暮らすのは難しいことじゃない。大変なのは馬を活用するために、普段からしっかり動かさないといけないことくらいだ.。僕はそれが楽しいから馬と一緒にいるのだけれどね。馬の活用の無い所に、和種馬の保存はありえないとおもう。多分全国にこんな場所は数多く存在するんだろうな。和種馬と共に生きる人々が増えたらいいなとキャンプ場でぼんやり考えたのだった。

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馬旅人の謎

 あんた誰?って聞かれても、すぐには答えられないんだけど・・・・・・・。
 牧場にいる時の僕は、牧場のStaff のように。いや牧場のStaffより大きな顔をしてのさばっている。でもすぐに見分けがつくと思う。態度はデカイが馬に乗るとヘタッピなので、すぐこの人はStaff じゃないなとバレてしまうのだ。そう、僕はただの牧場の常連客。そしてあまりにも滞在が長い常連客なので、居候とも言えるかもしれない。東京障害者乗馬協会のスーパーハウスをねぐらにして、住み着いたように滞在する。でもそれは三日月のそばに居たいからなんだ。決して住むところが無いからじゃないんだよ(^^;
 普段は東京で Computer関連の LowTech 何でも屋をしているが、1999年春から三日月と共に放浪者になった。現在の職業肩書きは「馬に乗った浮浪者」だ。つまりプー太郎。その前年度までは7,8月は夏の休暇と勝手に決めて「Bike に乗った浮浪者」をしていた。カッコ良く言えば「放浪する旅人」だが、その実体は「ただの汚いオヤジ」だと周りの連中に囁かれている。
 もし興味があるなら、牧場に来た際に三日月にひっついてる添乗員に声をかけてみるといい。それが私だ。わっはっは。(でも、どこが謎なんぢゃ)
 女性からのデートのお誘いは絶対断らないが、野郎は嫌いだ。一緒に外乗デート行こうぜぃ(^^)

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