ニセアカシア(針槐)
Since 2001/05/14
Last updated on 2008/01/26 


 北アメリカ原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木です。ハリエンジュ(針槐)ともいいます。日本で「アカシア」といえば、ふつうはニセアカシアを指します。ほんとう(学問上)のアカシアは、オーストラリア原産の、フサアカシアやギンヨウアカシアなど、「アカシア属」の植物ですが、日本ではそれらを「ミモザ」と呼んでいます。
 【関連ページ】  →ミモザ(フサアカシア)

 ニセアカシアの花は白い房状で、白フジに似ています。写真は相生スポーツセンター東側の空き地で撮ったものです。

(写真はクリックすると大きくなります。)

 

 アカシアというと私は、西田佐知子の「アカシヤの雨がやむとき」を思い出します。「60年安保」のレクイエムといわれた歌です。 ♪♪ アカシヤの雨にうたれて このまま死んでしまいたい ♪♪ という歌詞が、反対運動で挫折した学生や知識人の共感を呼んだようです。国会流血デモで樺美智子さんが亡くなったのは1960年の6月15日。東京のアカシアはすでに散っていたはずです。

 ついでながら、「70年安保」の応援歌にあたるのが、高倉健の「唐獅子牡丹」です。東大駒場祭の「とめてくれるな おっかさん 背中の銀杏が泣いている〜」の名コピー(橋本治)と、対(つい)にして語られる歌です。

 ニセアカシアの新芽はおひたしやゴマあえにして食べられます。花の密(みつ)は極上で、ふつうの蜂蜜の数倍の値段になるそうです。その蜜を含んだ花を、パン生地に入れたり、火を止めたミソ汁に放したり、テンプラにしたりして、楽しむこともできます。

 私が実際に食べたことがある花のテンプラをご紹介します。開花直前のツボミを取ってきます。開いてしまった花は、アリなどが入っていることが多いので避けます。房ごと、コロモをつけて揚げます。房の芯を持って、横にしごくようにして花びらの部分を食べます。芯は固くて食べられません。独特の芳香が口いっぱいに広がります。この香り(ジャスミン系)は、人によって好き嫌いがあるかもしれません。

 

追記 (2008/01/26) 大連のアカシア事情

 中国で仕事をしておられたという Kawasaki さんから、「ニセアカシアは大連市の市花」と題したメールをいただきました(2008/01/25受信)。「アカシヤの大連」という有名な小説もあり、ニセアカシア関連の情報として貴重なものだと思ったので、ご本人の了解を得て、同メールの全文を下にご紹介させていただきます。Kawasaki さん、ありがとうございました。

 Mr.tonbiiwa 失礼します。

  さて、ニセアカシアの文章、為になります

 さて、貴殿もご存知と思いますが、この花は中国・大連市の市花です毎年、5月の20日頃の1週間が《アカシア祭》となっています。日本からの観光客もアカシア目当てに出かけますが、実は、市内ではホンノ一部にだけ街路樹として残されています。チョット騙された感じを受けると思います

  元々、アカシアは大連の街路樹として植えられたようですが、梢が高くなり過ぎるので、管理が困難になり、遂に,邪魔者扱いにされる事になったと聞きます。街路樹から外されたと言いながら、市内の彼方此方に老木が残されています

  付近の丘、山に行きますと、邪魔者にされず、自然の姿で生えています。労働公園の後ろの電視塔に登る道中や、沿海路(低山)にも生えています。大連市内では5月半ばから10日間程白い花(藤の花に似ている)が咲きます。沿海路の低山では6月初旬まで見る事が出来ます。この頃の大連、初夏の気分が蔓延します。その花は甘みがあり、天麩羅にして食うと言う人も有ります大連の街路灯の形は、アカシアの花の形になっています。

 大連市は日本との関係が深く、現在でも、親日的な都市です。日本語教育も盛んで、大連外国語学院の日本語科は、中国でも有名な存在です。日本人留学生も1千人ほど中国語学習の為に、留学しています。シニアも撓い全体では300人は留学しています。日本企業も多く進出しています。最近では、IC関連企業の比重が高まっていますが 日本企業以上にアメリカなどの国際企業が、人材を求めて、大挙押しかけています

 日本からのアクセスも簡単、日本語だけでも生活できる環境、そして、何よりも、大連は清潔です。中国の汚れたイメ-ジは有りません。日本料理店も一杯あります 一度、お出かけなさいませ。北京五輪のため、ホテルはソコソコ高く為っているかも知れません

  Kawasaki


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