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教えて下さい

日頃疑問に思った事を書き溜めておく事にしました。


タイトル質問参考文書
Prostration Rama V は王の前での prostration の儀礼を廃止した人物であるが、Vimanmek 宮殿の見学コースでは、ガイドが見学者に対して、Rama V の肖像画にprostration をするように勧めている。この理由は何か?

1.ガイド(宮殿の管理者)は歴史を知らない
2.歴史は知っているが、近代のナショナリズム(王室の政治利用)の要請に答えている。
3.歴史や政治に無頓着で、ただ懐古趣味でやっている。

映画館で映画が始まる前に Royal Anthem を流すようになったのはいつか。 (瀬戸正夫の人生、瀬戸正夫、2001)
「映画館で映画を観終わったら、国王賛美歌の曲が終わるまで起立すること」、(現在もまだ実行されているが、今は映画が始まる前に国王賛美歌を流している。理由は映画が終わってからだと、終わる寸前に逃げ帰る人が増えたため)
国歌ベンチャシリ公園では夕方6時になると園内スピーカーからタイ国歌が流れるが、ラマ9世公園では流れない。この違いは何か。
国王の宗教に関する憲法の規程 1932年憲法の制定において、「国王は仏教徒でなければならない」との条文が定められたのは、ラマ7世・人民党の間のいかなる対立や折衝の産物だったのか。

1932年憲法はラマ7世が以前から準備していた憲法草案に似ているとの事だが、その草案にも同様な条文が入っていたのか?

タイ語の表現のニュアンスとして、
1. 国王は仏教徒でなければならず
2. 国王は仏教徒であり
には、どのような違いがあるのか。また、1952年憲法で、一時的に表現が#1に戻ったのはなぜか。

1976年憲法には、国王の宗教に関する条文があるのか。

1932年当時において、憲法第4条は、もしかして、
「国王は仏教徒でなければならず、仏教擁護の第一人者である」
という意味だったのか。
(タイ現代政治史、加藤和英、1995)
1932年憲法
【第4条】国王は仏教徒でなければならず、宗教擁護の第一人者である。

1946年憲法
【第4条】国王は仏教徒でなければならず、宗教擁護の第一人者である。

1947年憲法
【第4条】国王は仏教徒であり、宗教擁護の第一人者である。

1949年憲法
【第7条】国王は仏教徒であり、宗教擁護の第一人者である。

1952年憲法
【第5条】国王は仏教徒でなければならず、宗教擁護の第一人者である。

1968年憲法
【第6条】国王は仏教徒であり、宗教擁護の第一人者である。

1972年憲法
【第9条】国王は仏教徒であり、宗教擁護の第一人者である。

1976年憲法
【?】(本書に記載無し)

1978年憲法
【第7条】国王は仏教徒であり、宗教擁護の第一人者である。

1991年憲法
【第7条】国王は仏教徒であり、宗教擁護の第一人者である。


(Thai Society: Comparative Perspective, Erik Cohen, 1991)
The Sanskrit term satsana (Pali sasana), generally translated as "religion," is no less ambiguous than the term chat... In Thailand, the term satsana originally referred specifically and solely to Buddhism; however, at a later stage the connotation of the term was expanded to include all officially recognized religions in Thailand, including Christianity and Islam.

The Thai constitutions, after the revolution of 1932, defined the king as akkharasasanupathamphok, which according to Ishii, is a term, "... open to alternative translations, 'the protector of Buddhism' or 'the protector of religion,' depending on the interpretation placed upon sasana (satsana)." This ambiguity in the term satsana, is the source of an important dilemma in the definition of the monarch's role towards religion: if the term is taken in its narrow sense, the king will be perceived as the protector only of his Buddhist co-religionists--which is certainly acceptable to them, but leaves out the Thai subjects belonging to other confessions...However, if the term is taken in its broad sense, then the belongingness of non-Buddhists to the Thai collectivity is reconfirmed--but the monarch's protection may be unwanted by some of the religious communities themselves...It causes a problem for the Muslim community, which finds it hard to reconcile even the benevolent protection of a Buddhist monarch with the basic precepts of Islam.
母の日 ピブンが1950年に「母の日」を制定したのは、どのような政略・時代背景があったのか。また、4月15日に定めた理由は何か。

なぜ1976年に、8月12日に変更されたのか。また、その前後で「母の日」の扱い方や社会的な効果にどのような違いがあるのか。
Premier General P. Pibulasongkram first introduced Mother's Day to Thailand in 1950 when the day was celebrated on April 15. On this day, a religious ceremony was held alongside a National Mother contest and Mother's Day Slogan competition. In 1976, however, April 15 was replaced by Her Majesty the Queen's birthday on August 12.