この文章は1998年11月ごろにフリーペーパー「独善」第2号として発行されたものに手を加えてみましたものですよ。




東海道自転車旅日記(3)


8月19日(水)三日目


 夜が更けてゆくにつれ、虫の鳴き声は小さくなってきた。
 しかし、それと反比例するように、蚊の動きは活発になり始めた。
 活発どころではない。日頃こんなところに人間なんか来ないのに、真夜中に馬鹿ヅラさらして寝ているのである。そりゃあ近郷近在から文字どおり血に飢えた蚊が大集合するのである。寝られないのである。
 しかしがんばった。俺もがんばったが蚊もがんばった。虫除け薬を塗りたくり、寝袋から顔だけを出して、さらに顔に塗れタオルをかけて寝た。
 しかし、濡れタオルごしに蚊の集団が顔を突ついているのが判るのである。これは恐ろしいことである。ちなみに濡れタオルを顔にかけて寝るのは酸欠になる危険性があるのでみんなするなよ。
 囮にと腕を出してみるが、すぐに腕がぼこぼこになってしまい、すぐしまい、また悩む。
 2時過ぎまでねばったがもう無理だと離脱を決意。もっと早く離脱すれば良かったけれど。

 防波堤の上を走る。
 細かい雨が俺を打つ。屋根のないところはキビシイかなあと思う。
 眼下にオートバイとドームテントを見かける。この人は蚊や雨に悩まされてないんだろうなと思い、やっぱりテントは必要だったのかと思った
 もう3時前。寝たい。
 遊びプールを見下ろすあたりの防波堤の舗装路に、石でできたベンチのようなものがあった。
 自転車を停めてベンチに腰掛け、しばらくじっとしてみる。蚊は来ない。ここなら大丈夫だと思い、マットを敷きシュラフを広げ、ザックを地面において、床に就いた。
 ラジオ番組はすでに「走る(れ?)歌謡曲」に変わっていた。まだ眠れなかった。
 そういえば最近、こういうときに俺はいつも酒を飲んで寝ていたのだ。
 今回は酒がないからなかなか寝つけないのだ。わかったところでどうしようもなかったが。

 そして朝5時半、携帯電話のアラームに起こされる。
 ぜんぜん寝てないけど、いいのか
 仕方がないのでラジオをつけて生島ヒロシの声(TBS)を聞く。やってることは榎さんと同じじゃないかと憤る。
 朝めし用にと残しておいたメロンパンを食おうと思って袋をザックから取り出そうとしてびっくり。
 昨日のパンの空き袋にアリがびっしりとたかっていたのだ。
 あわてて袋を出し逆さにして何度かはたく。

 空を見上げるまでもなく、厚く重い灰色の雲が空一面を覆っていた。一点の曇りもない曇天。
 雨が降らなければいいが、と毎度の心配をする。

 今日は日没までに御前崎に到着して、そこから少し進んで南遠大砂丘で寝ようと大まかに考えた。
 御前崎のあたりにはタチの悪い自動車乗りがいるときいていたのであまり遅くまで走りたくなかったからだ。

 6時になる前に、生島ヒロシを聞きながらスタートする。
 ひとまず国道1号へ戻ろうとするが、なかなか見つからない。いや、すぐに見つかったのだが、高架だったし側道はないわで、しばらくは隣接する道を右へ左へ行きながら、何とか1号線と合流する。
 しかし歩道は、ないといっても良いような、幅50センチメートルくらいの砂利道。それで「交通安全県を目指す静岡県」かよ。馬鹿じゃないのか。

 6時40分に自販機で買ったウィスパーを飲んでしばしの休憩。

 7時、道の駅ふじに到着。
 自販機でカップヌードルを買い、ベンチに座ってさっき食べなかったメロンパンとともに食べる。
 トイレで大便をして、Tシャツを適当に水洗いして、固く絞って、それをまた着て出発。
 7時40分、蒲原町に入る。蒲原って広重の絵で有名な蒲原か、と思うがよくわからないまま国道は軽車両を締め出し、俺はよくわからない側道を走ることになった。だから一桁国道って嫌いだ。疲れはどんどんたまる。
 8時16分、由比町に入る。でもまだ1号線には戻れず。
 39分にようやく戻ることができた。何の感慨もわかない。うれしくも何ともない。国の作った道を国民が走れて何の感慨がわこう。当たり前のことじゃないか。
 といっているうちに清水市に入る。カルピスウォーターの500ミリ缶を一気飲み。まだ朝なのに、もうなんかバテていた。散髪でもして体力を回復しよう、と思いながら、理髪店を探しながら走る。
 9時28分、国道149号線へ入るため左折。
 理髪店に入る。散髪してもらっている間は柔らかい椅子に座ってただただじっとしているだけだから回復する。それにここまで頭を洗ってなかったので気持ち悪くなってきたころだったのだ。
 いつも「くせのない髪ですね」って言われるのに「コワイ髪ですね」って言われたし、シャンプーも一度目は泡が出なかったし。
 10時半、店を出てすぐに国道は150号に。ものすごい逆風が俺の走行を妨げる。

 150号はすぐに海沿いの道になる。
 左手に海、右手にイチゴ畑を見ながら悪くない歩道をゆるゆると走る。
 しかしだんだんと雲行きが怪しくなってくる。
 久能山東照宮の案内板があったが、山の上にあるようで、どうせたいした鳥居は無かろうと無視することにした。
 どんどんと雲行きは怪しく、怪しいと言うか確実性を帯びてきた。
 11時半を前にして、ついにバラバラと雨は振りだした。
 ちょうど反対車線にサークルKを見つけたので自転車をそこにおいて、自分だけが道路を渡って店内に。ライフガードを1リットルと、カロリーメイトとカレーパン、バナナロールを購入して店を出ると、土砂降りになっていた。
 軒下でゆるむまで雨宿りをする。
 アスファルトがまるでできたてのように、雨の水を湯気に変える。そんなに地面が熱くなっていたのか。それだけ暑かったということだな。

 雨も小降りになったので出発する。
 11時48分、また太平洋岸自転車道が現れたので少し躊躇したがそこを走ることにする。
 すぐにアマーシは強くなった。
 市民プールの前を通り、雨の中たわむれるスク水の小学生などが気になったが、土砂降りの雨のなかプールを覗きこんでいる人間は明らかに変態だし濡れるしでそのまま通り過ぎた。
 大きな川(安倍川)に至る。さすがに自転車道のために河口に橋を造ることはなく、R150の橋へ進む。
 雨はざんざん。
 木の下などで宿ってみるが、すぐにどうしようもなくなり、橋の近くのコンクリートの土手のなんか屋根のあるところに自転車をあげ、休憩と雨宿りをすることにした。
 橋を眺めると、たくさんの車が水しぶきをあげながら走っていた。あんなところを通ったらびしょ濡れになるんじゃないかと心配するが、まあ、俺が通るときには多少車も避けてくれるだろうなあ、と楽観する。楽観するしかないじゃん
 しばらく経つと、雨はゆるんできたので橋を渡ることにした。どうでもいいけど、雨がゆるむ、って言うのかな。
 案の定、トラックに水をかけられた。耳まで泥水で濡れた。どこか食べ物屋に入りたかったのだが、椅子を汚すのは店に悪いなあと思って我慢した。悔しかった。

 雨は止み、今日の難所、大崩海岸を迎えた。
 ここは大型トラック通行禁止で、崖っぷちにある上下左右にうねうねしていてそのうえ洞門というのだろうか、海側だけに明かりとりか空気抜きか知らぬが穴(大きい)が開いているトンネルのことだ。入口に「○○洞門」と書いてあるから俺は洞門と呼んでいる。ちなみにトンネルには「随道」と書いてある。そんな洞門がこの区間の大半を占める。
 俺は洞門が嫌いだ。日本海旅日記でも触れたように、路側帯はまるで存在しないし、もちろん歩道もないし、走行音はうるさいし、暗いし、自転車にはとても不都合にできている道なのだ。
 
 しかしまあ仕方がない。洞門ではない、海と離れたもう一方の道は恐らく大型トラックが走っているのだろうし、地図を見ると3キロぐらいの長さのトンネルがある。それにその分岐点まで戻るのもバカバカしい。
 とりあえず一つ目の洞門の入口のわきのちょっとしたスペースでパンを食べ、ライフガードを飲んで気持ちを盛り上げて、テールランプを点滅させ、自転車を押しはじめた。


 なんかすげえ曇天ですな。

俺の自転車が小さく映ってます。


 まあ、これといった事件が起きるわけでもなく、壁に体をこすりつけるように道路の左端(海側)を大急ぎで歩いた。道はすぐに下り坂になり、それほどの難関ではなかった気がした。やはり前日に箱根を越えたことで多少の山道には動じなくなっていたのかも知れぬ。
 13時。焼津市に入った。なんとはなしに魚の匂いがする。
 それから30分後、俺はガスト焼津東小川店にいた。
 自分の体が臭いのが判ったが、何ともしようがない。ハンバーグとヒレカツのセット、ドリンクバーを注文する。地図を広げ、音声メモを文字に変換したり(地図の裏に書き込む)していると、注文したものが単品で来た。お昼時に出されたランチメニューを指差して注文したのに。というか単品で食うか俺。すぐ訂正した。飯は大盛りにした。
 実はこれまでポケットピカチュウで歩数を計測していて、今日も何歩かなあとピカチュウを見たら、通算100万歩に達したので、操作不能になっていた。いわゆるカンストである。100万歩に達したことはうれしかったが、歩数を計測するという当初の目的を達成することはできなかったので不満。
 オレンジジュースとコーラをバカみたいに飲んで、出発。

 14時52分、大井川町に入った。
 15時を過ぎて大井川に到達。大井川橋を渡る。非常に風が強く、つらい。これが越すに越されぬ大井川か。でも2分ほどで通過。
 そしてまた太平洋岸自転車道が見つかる。いちおう入ってみる。
 いちおう自転車道だが、なんか風も強いし進んでいる気がしない。
 15時36分、小山城址公園というところで大便をしてシャツを洗ってタオルを濡らし、出発(休憩と言えるほど休憩はしていない)。
 陽射しはきついが遠くのほうで雷のような音が聞こえた。気のせいか。
 51分、榛原町。
 それから15分くらい経つと、自転車道はたんに民家の中を通る道路のようになってきて、自分の走っている道が本当に太平洋岸自転車道なのか不安になってきたので、R150へ戻ることにした。
 16時16分、相良町に入る。
 しばらくするとまた自転車道が出てきたので走ることにする。こんどは海と国道の間を走る道だった。だらだらと走る。
 34分にサークルKでサンキスト桃の500ミリパックを買い、そばの防波堤に腰掛けてそれを飲んだ。バンテリンを塗ったりサンダル擦れした足に軟膏を塗ったり絆創膏を貼ったりして休憩する。
 そう、日常ずっと履いていたサンダルなのに、サンダルずれを起こしてしまったのだ。徒歩の時とかかる力が違うんだろうな。
 とても痛いのだが、かといって走らないわけにはいかないので仕方なく休憩もそこそこに、出発した。
 空はだんだんと赤みを帯びてきていた。日没までに御前崎に到着することはできるのだろうかと不安になるが、べつに日没までに到着できなくともこれといって問題はないので、あまり焦ることもなくマイペースは続いた。
 
 1時間ほど走り、17時50分、御前崎に到着。静岡県最南端だ。だからどうなんだ。波乗りをしている人が多かった。
 
 さらに走る。原発の近くを通ったりして、18時30分、R150に戻った。
 あたりは暗くなってきた。テールランプを点けた。  マクドナルド浜岡店に入った。レタペパLセットを頼んだ。前日購入した『クプクプ』を少し読んでいい気分になった。シャツは臭い。

 19時38分、マクドナルドを出る。
 20時に大東町に入る。ライトは全開。リアは点滅、フロントはハロゲンランプで。
 もうそろそろ寝る場所を探さなきゃなあと思い始める。  何度か左に折れる道を見つけて海へ向かって走ってみるが、よくわからないので戻ってくる。フロントのライトが切れたので、電池を交換する。
 走行音を聞いていると特に悪い自動車が走っているようには聞こえない。ちょっと安心するが、どちらにせよ9時ごろに友人から電話がかかってくるのでその頃までには落ち着く場所を見つけておきたかった。ってそいつ中心に行動計画を立てるなよ俺。
 と思っていたら、大東町なんたらファームという地方の物産を販売する土産屋のようなところにトイレを発見したので直行、タオルを洗って濡らす。  よく見ると、その店舗入口の前にはベンチのようなものがあり、しかも建物で隠れて道路からは見えにくい。非常によさそうな感じだったので、ここで寝てやろうと考えて、ベンチに座って体を塗れタオルでふきながら、店の人たちが去るのを待った。
 店の人たちが去ったあと、友人と電話をしていると、店の人が一人戻ってきて、鉢植えを移動させ始めた。何か言われるかと思ったが、おっさんは作業が終わったあと、「もうこれで終わりやからゆっくりしていきや」のようなことを言った。  自販機でアクアレモンスカッシュ500ミリ缶を買い、パンを食べ、安心してベンチに横たわった。今日は空が見えない。
 屋根があるからだ。遠くの空で稲光のようなものが見えるが、雨が降っても大丈夫だ。屋根ってすばらしい。
 屋根のあまりのすばらしさに、俺はシュラフに入らず、腹のあたりだけに気持ちていどシュラフを掛けて、寝た。
 車の走る音はうるさかったが、虫の声や波の音や蚊の羽音に比べればずっとましだった。おれも都会人だなあ。

19日の出費
 ウィスパー(90)/カップヌードル(200)/カルピスウォーター(120)/散髪(4000)/サークルK(659)/ガスト(924)/サークルK(105)/マクドナルド(525)/アクアレモンスカッシュ(120)



19日の走行距離
富士市(千本松原)→大東町 114,8Km

 めんどくさいんで地図はこれ一枚です。

2002.5/15

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