ゲームブックの面白み




と言うわけでゲームブックの面白みについて思うところをつらつらと。


〜ここで言うゲームブックとは〜

 しかし一言でゲームブックと言ってしまってもその実、様々な形態を取っている。 まず、20代前半から中盤にかけては絶対に一冊は遊ばれていると思われる双葉社の ファミコンゲームを題材に採ったゲームブック。一般に日本人から見たゲームブッ クとは、一連のこのシリーズを指すのではないだろうか。特に前後編に分かれたド ラゴンクエストUなどは、クラスメイト全員が貸し借りを繰り返して遊んでいた記 憶がある。

 そして、前述のものよりも少し年齢層はあがるが、社会思想社、東京創現社より 発行されていたシリーズ。前者は主にファイティングファンタジーシリーズ(以下 FF)。そして後者はナムコのファミコンゲームをゲームブック化したものなどが あり、いずれも、その高難易度から人気を博していた。


〜絶大な差〜

 さて、今回自分がゲームブックを語るに当たって除外すべきゲームブックシリー ズがあります。それは双葉社のゲームブックシリーズである。理由を述べるにあた り、除外されないゲームブックの中から、東京創現社のゲームブックと比較してみ る。

 双葉社と東京創現社。この2社のゲームブック作成のコンセプトはある意味で一 致している。それは「コンピューターゲームのゲームブック化」。しかしながら、 両者の間にはたった一つの大きな違いがある。それが「ダイスの使用」双葉社のゲ ームブックにおける戦闘は、一定の数字を戦闘マトリックス(戦闘解決表とでも言 うのが解りやすかろう)に割り振り、ゲーム開始から終了までそれを用いて戦闘を 解決する。これはこれで対象年齢に適応した解り易いシステムである。しかし、あ る程度知恵を働かせれば一目で戦闘の結末が見えてしまうこと。そして何より、デ ザイナーの意思ひとつで、絶対に勝てない戦闘を仕組むことが出来てしまうこと。 これらの理由により、戦闘マトリックスを用いた戦闘は、今一つ緊張感に欠け、プ レイヤーは絶対に勝てる自信か絶対に負ける絶望かの2択しか用意されていないの である。ただでさえ選択肢の少ない双葉社のゲーム。戦闘までこのありさまなのは あんまりである。(余談だが前述した「勝てない戦闘」を行ったのはかの名作ドラ ゴンクエストUである。しかしそれは戦闘システムの矛盾をついた作者のジョーク で、ゲームオーバーになるわけでもなく。そんな作者のセンスに対する驚きだけが 今もなお残りつづけている。)

 これに対し、東京創現社のゲームブックは戦闘にサイコロを使用している。身も 蓋もないが両者を隔てるのはこの一点。「サイコロの使用によるランダム要素」な のだ。ある人は言う『サイコロの発明は人類にとっての火の発見と同じ位画期的な イベントである。』と。ランダム要素を取り入れることによって絶対に勝てる戦闘 は激減する。それだけではない。「戦闘開始直後は押されたが危機一髪の大逆転だ」 といった、戦闘の流れを感じることすら出来る。多少の煩わしさはあるものの、目 前の敵と戦うという行為をより詳細にかつ現実的に表現できるようになったのだ。

 この爽快感なくして、ゲームブックを語ることはやはり出来ない。そう言った意 味で、双葉社のゲームブックは今回は特に触れることはない。
(さらに余談だが、かといって双葉社にサイコロを使っていないゲームがないかと いったらそう言うわけでもないだろう。しかし、東京創現社や社会思想社のゲーム ブックにサイコロを使っていないものがあるかと言われれば「ない」と断言できる ので、この様な処置をとったまでのことである。最後にフォローしておくならば、 双葉社のゲームだって面白いものはたくさんある。しかし、何度も繰り返すだけの クオリティがあるかと言えば、そうでない作品の方が多いように感じてしまうので ある。)




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