炎刀キョウ油闘


 

 達人同士がその雌雄を決するために考案された決闘法は数あるが、中でもその極にあるのが炎刀キョウ油闘である。その発祥は戦国時代の名将・織田信長が侍大将を決めるために二人の候補者を闘わせたことにある。全身に油をかぶり、長時間火をともせる松ヤニを刀身に塗り、触れただけでも火ダルマと言うこの決闘法を考案したのは冷酷非情と呼ばれた信長ならではといえよう。余談ではあるが、この決闘法をたびたび楽しんだ信長が後に明智光秀による本能寺の変で炎に包まれ死を迎えたのは皮肉な因果応報といわざるをえまい。

民明書房刊 『炎の武将・織田信長』 より