大倉三郎 略歴
大倉 三郎(おおくら・さぶろう)
●京都帝国大学で営繕事務、講師などを勤めた後、大阪工業大学、京都工芸繊維大学などの教授。若かりし頃、宗建築事務所にも在籍した。
【武田五一との関係】
京都帝国大学工学部建築学科の一期卒業生。卒業後、宗建築事務所に入所するが、後に武田のもとで営繕事務を勤める。武田の教え子の中でも、武田に近いところで、腕を振るった人物の一人。
「武田五一博士門下の逸足であられた先生は、おそらく全人的な武田博士を手本に仰いでおられたのではないでしょうか。或いはまた先生をして武田博士の再来と申してもよいかもしれません(京都工芸繊維大学教授 藤本康雄・大倉先生追悼号『松ヶ崎建築会』から)」
| 明治33 |
1900 |
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京都市に生まれる |
| 大正6 |
1917 |
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同志社中学校卒業 |
| 大正9 |
1920 |
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第五高等学校卒業 |
| 大正12 |
1923 |
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京都帝国大学工学部建築学科卒業(第一期生) |
| 大正12 |
1923 |
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宗建築事務所入所 |
| 昭和3 |
1928 |
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京都帝国大学営繕事務嘱託 |
| 昭和6 |
1931 |
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京都帝国大学営繕事務課長 |
| 昭和14 |
1939 |
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京都帝国大学講師嘱託 |
| 昭和15 |
1940 |
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台湾総督府技師営繕課長 |
| 昭和19 |
1944 |
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台南工業専門学校講師嘱託、台北帝国大学講師嘱託 |
| 昭和20 |
1945 |
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台湾省行政長官公署留用 |
| 昭和21 |
1946 |
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国立台湾大学工学院教授 |
| 昭和23 |
1948 |
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(引揚帰国) |
| 昭和24 |
1949 |
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大阪工業大学教授 |
| 昭和26 |
1951 |
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京都工芸繊維大学教授 |
| 昭和35 |
1960 |
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京都工芸繊維大学工芸学部長 |
| 昭和37 |
1962 |
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京都工芸繊維大学学長 |
| 昭和41 |
1966 |
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京都工芸繊維大学退官 |
| 昭和42 |
1967 |
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西日本工業大学長 |
| 昭和52 |
1977 |
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西日本工業大学退職 |
| 昭和58 |
1983 |
11月 |
26日 |
京都市にて逝去・83才 |
学位
● 工学博士「ゴットフリート・ゼムバーの建築論的研究」
役職
● 京都府建築審査会委員
● 京都府文化財専門委員
● 京都府建築士会会長
主な建築作品
● 生駒時計店(大阪・宗建築事務所時代、脇永一雄と)
● 熊本YMCA花陵会館
ほか
著作
●「ゴットフリート・ゼムバーの建築論的研究」(昭和32年日本建築学会賞受賞)
参考文献
○「大倉先生追悼号」『松ケ崎建築会』21(1983.12.20)
など
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