無憂・汝不死(憂ふるなかれ、汝は死せず)



「まだまだ修業が足らんなぁ!」
K.O.F,98の中国ステージである渡し船の上で一人の少年が見事三人抜きを決めた様子が全世界のネットワークで大きく放送されている。
あふれんばかりの笑顔が画面いっぱいに映し出されて、賑やかな歓声と共に一人の男の部屋を明るくする。何もない暗い部屋が一瞬華やぐが、男はテレビのスイッチを切った。
「あれから三年か………。」                      
それから男はくしゃくしゃになった煙草をくわえ、火も付けずに足元に散らばっている古ぼけた資料を取り上げた。二人の少年少女の写真が剥がれかかっているが、まだ文字はハッキリと読むことが出来る。
「麻宮アテナ、椎拳崇、か・・・・・。」
名前を読み上げ、自虐的な笑みを浮かべた男は煙草に火を付け、煙を肺いっぱいに吸い込んだ。

「やったな、拳崇!」
勝負が終わり、向こう岸に向かう船の上で先程の少年がチームメイトに声をかけられる。チームで二番手である草薙京が祝福の言葉をかけようと来たのだ。
「おおきに。けど三タテ出来るとは思うとらんかったわ。」
まだニコニコしている拳崇は好物の肉まんをほう張りながら答える。そんな彼は十九歳とは思えないくらい幼い顔をしている。
「これで後は決勝だけになったな。ここまで来たら優勝だろ?」
京は拳崇の隣に座り込む。肩を組んで二人は語り合った。昨日見たテレビだとか、そんなたわいもないことだったけれど。
しばらくして船が岸につながれた。闘いを終えた六人の格闘家達がぞろぞろと降りてゆく。拳崇は相手チームの少女の側に駆け寄った。
「アテナ、お疲れさん!今日は勝たしてもろうておおきに。」
同じサイコソルジャーである麻宮アテナとは第二ラウンドで闘ったのだった。
「あら拳崇。お疲れさま。強かったわね。」
笑顔で答えるアテナ。試合のことは引きずらない明るい声だ。
「アテナ、足元気ぃ付けや。」
 彼女が武舞台を下りるとき、拳崇はエスコートする。武舞台だけでなく、いつでも彼女をエスコートするのが彼の習慣だ。
出会ったときからずっと続いているこの習慣を二人はとても大切にしている。
「ありがと。拳崇、私これから庵さんと舞さんの三人で打ち上げやる予定なの。だからここでお別れね。決勝、頑張ってね!」
「おお。アテナ、気ぃ付けて行きやー。」
いつものコトが済んだ後、二人は分かれて歩き出した。
アテナは打ち上げに、拳崇は京達と共にインタビューを受けに…………。                                     
翌朝、まだ陽も昇りきらないうちにランニングをしている拳崇とアテナの姿がホテル近くの公園にある。
「あてて……。何や昨日庵にやられたとこがズキズキするわ。」
「大丈夫?ヒーリングあてようか?」
昨日の闘いであちこち絆創膏や包帯を巻いている拳崇は一歩進む事に悲鳴を上げるのでアテナは少し心配そうに声をかける。彼女はあまり怪我をしていないのだが、拳崇はまさに満身創痍。
「ねぇ、今日は休んだ方がいいわよ。傷がひどくなって決勝にひびいたら京さんや紅丸さんに悪いでしょ。帰ってもう少し眠ったら?」
アテナがそう言ったとたん、拳崇は立ち止まって前方を指さす。
いつの間にか公園を出て小さな社の前に来ていた。きれいに清められ、花や線香が薫るその社に手を合わせた拳崇はその裏にまわり突然穴を掘り始める。
「アテナに渡したいモノがあるんや。俺が日本に留学する前にここに埋めといた宝物で、……あった!」
橙色の油紙に包まれた宝物を大事そうに取り上げ、丁寧に土を払いながら拳崇はアテナの方へ向き直る。
「俺が生まれたときに名前付けてくれた道士がくれたモノなんやけど………。これな、この指輪やねん。…きれいやろ?」
幾重にも包んでいた油紙が開けられるとそこには美しい指輪と金のピアスがあった。指輪をつまみ上げ、朝日にかざしてみるとキラキラと輝く。
「俺が本物の対の女性に出会ったら渡すようにってくれたんや。日本に行けば必ず出会えると……。せやからこれはアテナのモンや。」
アテナの手に握らせる拳崇。手の中の指輪は不思議な輝きを秘めている。
「ありがとう……。」
頬を赤らめ、指輪をはめてみるアテナ。何気なくサイコメトリーを使う。
「!!!」
突然彼女の視界が揺らぐ。指輪に込められていた記憶があまりにも多すぎて意識が流されたのだ。
「!?アテナ!」
倒れ込むアテナを抱き留める拳崇。
「アテナ!どないしたんや!?アテナ!!」
呼び掛けても反応しない。意識を失っている。
「アテナーーーーーー!!」
拳崇の声が辺りに響く。アテナは指輪の記憶に取り込まれてしまったのだ。

「ん……?」
アテナはざわざわという音で目を覚ました。
だが、ここはさっきの拳崇とランニングしていた早朝の公園ではない。もっと山奥の農村らしかった。
懐かしい景色がそこにある。子供達の遊ぶ声が響き、女性達の井戸端がにぎわっていて、老人達が将棋などを指しているのどかな村…。そこにアテナはいた。
「ここ、どこかしら?」
辺りを見回して呟くが、誰も彼女に気付かない。肩が触れてもへんな顔をして通り過ぎてゆくだけである。
「あの……。すいません……?」
声をかけてみるが、聞こえていないようだ。そして、誰も彼女が見えていないようである。何事もないように生活している人々。
アテナは途方に暮れた。知らない場所で、誰も気付いてくれなくて、どうしろというのだろう。かといってむやみにテレパシー等で人の心を読んだりするわけにもいかない。仕方が無く、広場の隅に腰を下ろした。
 「ここは記憶の村です。村人が貴女を見ることが出来ないのは当然ですよ。」
ふいに頭上から響く声。顔を上げてみると初老の男性が微笑んでこちらを見ていた。他の村人とは違う服装、優しい物腰、しかし彼は確かにアテナを見ることが出来るようだ。アテナは彼に駆け寄った。
 「あたしが見えないってどういうコトですか?あなたには見えているようですけど……。」
アテナの問いに男性は優しく答える。
 「あなたはこの世界の者ではないのですよ。ここは拳崇君にもらった指輪の中の記憶です。……それにあなたが見えるのはもう一人いますよ。」
彼の裾からまだはいはいを始めたばかりのような赤ちゃんが現れた。その子を抱き上げて、アテナの目の前に持ってくる。
「拳崇君です。……三ヶ月くらいですか。十九歳の彼は憶えていないかもしれませんが、彼は生まれてから五歳までは能力をあらわしていたんですよ。中国で一・二位を争うくらいの天才道士としてこの村の誇りです。」
三ヶ月の拳崇はアテナを見つめ、キャッキャッと笑い出した。純粋無垢な瞳がとても可愛らしい子供……言われてみると十九歳の拳崇と似ているところがある。目の辺り、その笑顔、そして人を幸せにする何か………。
「拳崇君の選んだ女性をここにお呼びしたのは、彼の全てを知って頂く為、今は無きこの村での出来事を御覧になって下さい。どうして村が消えたのか、何故彼は能力を封じてしまったのか……。時間がありません。いつまでも魂と躰が離れていると危険ですから。……事は彼が一歳の時に起きました………。」
男がそう言い終わると三ヶ月の拳崇が消え、次いで辺りの村の様子が一変する。祭りらしい。広場には祭壇がしつらえられ、その中央には拳崇が盛装して座っている。うつろな表情、心はここにないようだ。
「この祭りは、彼に天の龍を降ろす儀式でした。龍の化身と呼ばれる彼に天龍を降ろすことによって加護を得ようとしたんです。しかし………。」
突然銅鑼の音が鳴り響き、儀式が始まった。音楽と、色とりどりの旗などがはためく中、座っていた拳崇が立ち上がる。
「道士に龍が降りたぞ!!」
誰かがそう叫んだ。確かに何かが拳崇の躰を借りているが、アテナにはその何かがよく見極められない。
よく見極めようと目をこらしたその時、背後から爆発音があがった。
「!なに……!?」
慌てて後ろを向いたその刹那、アテナの頬を銃弾がかすめていった。
「拳崇君を捕獲するための襲撃です……。NESTSとか言う組織が彼の力を我がものにせんと襲ってきたのです。」
隣で穏やかに男が言う。しかしアテナはそんな話を聞く前に駆け出していた。
「?どうするんです?あなたが今行っても何も変わりませんよ。」
「でもこのままじゃっ………!!このままでは村が……!!」
叫びながらアテナは気付いた。そう、ここは記憶の世界。もうすでに起こったことを今更どう変えられよう?
彼女は唇を噛みしめた。すぐ横で一人、また一人と銃弾に倒れていく村人達。そこにいながら何もできぬ自分……。
「目標以外は皆殺しにしろ!!あとは焼き払い痕跡を残すな!」
一人の男が壇上の拳崇に駆け寄った。そして次の瞬間大量の吐血をして動かなくなる。一体何が起こったのか?
ゴオッ!!
そのとたん、激しい風が渦巻いた。吹き飛ばされる人々、なぎ倒される家。
「……暴走!?」
渦巻く風の中に飛び込むアテナ。幼い拳崇の肩をつかんでゆする。
「戻って!でないと躰が保たない……!」
必死に止めようとするアテナの意識の中に泣き声が聞こえた。拳崇がテレパシーを送ってきている。心の中で泣き叫んでいる拳崇。
「もう嫌や、僕は天龍なんかやない!」
「……!拳崇……?」
ハッとして顔を上げるアテナ。泣き声と共に流れ込んできた意識は哀哭。自分が超能力に目覚めた時に感じた孤独と、己への恐怖。
「嫌なんや、誰も僕を恐れてばかりで理解してくれへん。どうして、僕ばっかりこんな目にあうんや!僕は一体何者なんや!?」
悲しい叫び声。一歳の拳崇の心は嵐に包まれていた。聞く方もいかに彼が傷ついていたがよく分かる……。
その意識に同調したアテナは涙が止まらない。暴走を止めようとしていたことも忘れ、ただただ涙があふれてくる。
「?何だ。これは……。こんなはずは……」
後ろで男の慌てた声がした。あり得ないはずの予定外の出来事らしい。
バチッ!
突然なにかがちぎれる音がひびき、嵐が一段と強くなった。
幼い拳崇の体が強い光を放ち始める。最終段階に入ったのだ。
彼と同調していたアテナも激しい力の暴走の中に取り込まれてゆく。あらがうことの出来ない強い渦の中に引き込まれ、かき乱され、バラバラになって………。その時だった。
「アテナ!!」
渦の中でちりぢりになっていた彼女の意識を聞き覚えのある少年の声がかき集める。集まってようやくもとのカタチに戻ったアテナを抱き寄せる十九歳の拳崇。見た目は華奢だが、その腕、その胸はとてもたくましく感じられる。
「拳崇?どうしてここへ………?」
彼の腕の中で荒い息をしながら呟くアテナ。ここはあの指輪の中の記憶なのに………。
そんな彼女を優しくヒーリングで癒す拳崇。暖かい力が流れ込んでくる。
「俺もサイコメトリーで追っかけてきたんや。今、ホテルの部屋の中で京と庵に立ち会ってもらって意識を飛ばしとる。不知火舞は二日酔いやさかい、おらへんけど……。もう安心や、さ、帰ろう。」
周りはものすごい嵐なのに何故か拳崇のまわりは穏やかな気が流れていた。暴走した力よりも強い力を持つ証拠である。
「暖かい……。!ダメよ、この嵐を、暴走を止めないと!」
「嵐?暴走?なんやねんそれ。それよりもはよう帰ろう?いつまでもこないなとこにおったら体がもたんで。……出口は……。」
「帰すわけにはいきませんよ、拳崇君。」
男が現れる。拳崇の体が強ばる。
「道士、陽……!ここはあんたの仕業か!?」
敵意をむき出しに、くって掛かる拳崇。動揺が激しい。
「アテナになにするつもりやったんや!?ゆうてみい、事と次第によっちゃ、ゆるさんで!!」
憤る彼を制し、静かな声で続ける陽。
「君の全てを知っていただくためですよ。拳崇君、ずいぶんたくましくなりましたね。」
「そないなコトきいとるんやない!あんたはこの行為がアテナにとってどれだけ危険なことか分かっとるんか!?」
怒りの気が拳崇を包む。事実、サイコメトリーで意識を飛ばすと言うのは常に危険が伴う行為である。アテナにその危険を冒させたことが彼の怒りの原因。
「拳崇!ダメよ、この人は……。」
止めようとするアテナ。こんなところで争いをしたら幼い拳崇は意識が破壊されてしまうだろう。そうなったら今の拳崇も……!
「掛かったな!拳崇!」
幼い声が響いた。この意識の主、幼い拳崇である。
「ようやっと自由になれたよ。ながいあいだおされてばかりだったが、もうじゆうだ。」
荒れ狂った嵐がいっそう激しくなり、その中心で幼い拳崇が喜んでいる。何やら恐ろしい氣を纏っているように感じられ、アテナは背筋に冷たいものを感じた。
「今までご苦労だったね、これからはオレが君だ。……オレは……椎拳崇。」
「……!お前が拳崇?ちょっと待てや、俺の名やないか。どないなってんねん?ここはただの記憶の中やないんか……?」
拳崇と言う名に反応した拳崇が困った声を上げる。彼はいまだによく理解していないようだ。
「拳崇、ここのこと憶えていないの?あなたが一歳の時の………。」
「一歳の?あーー、俺五歳以前の記憶がないねん。なんでかわからんけどな、思いだそ思うても頭がいとうなってなんにもうかばへんのや。……それがどうかしたんか?」
あっけらかんと答える拳崇。彼は能力だけでなく、記憶をも封印してしまったらしい。そういえば彼は五歳以前のことを話してくれたことがなかった。
「拳崇君、まさかあのことも憶えていないのですか?君が私を……!」
陽が慌てて問う。この道士も彼が記憶を封じていることは知らなかったようである。
「あ?なんやねん?俺が陽をどうしたて?あんたは俺が留学する前に尋ねてきたときもなにもきかへんかったやないか。…………それよりボウズ、なんでお前は拳崇いうんや?俺が拳崇やで?」
幼い拳崇の頭に触れる拳崇。本当になにも知らないようだ。
その時幼い拳崇が呟いた。                  
「なるほど……。オレと共に記憶も封じたのだな。全て忘れて……逃げ切ったつもりだったのか?」
「……え?」
「!拳崇?!」「拳崇君!」
アテナと陽が止めようとしたが間に合わなかった。幼い拳崇の指が拳崇の眉間を貫いている。滴り落ちる血。
「思い出させてあげるよ。十四年間夢を見させてあげたんだからもういいよね。早くもとの世界に戻りなよ、そしてしずかにねむりにつくがいい。」
次の瞬間まばゆい光が全員の視覚を奪った。

数分後、アテナはホテルの一室で目を覚ます。
「アテナ、気がついたか!?」
視界に飛び込んでくる草薙京と八神庵の顔。……もとの世界に戻ったらしい。起き上がって隣を見ると拳崇が横たわっている。未だに目覚めない彼はなるべく抵抗を軽くするためであろう、掛け布団からのぞく肩はなにも着ていなかった。そして二人も立ち会ってもらっていた………。かなりの覚悟をしてアテナのもとに意識を飛ばしたようだ。
「まだ拳崇は目覚めないんだ……。まさか寝ちまったってことはないよな?」
瞑目している顔を覗き込んで京が呟く。アテナはそんな彼の額の髪をそっとかき上げてみた。
「!?……これは……?」
拳崇の額には今まで見られなかったあざが出来ていた。あの時、幼い拳崇が貫いた眉間に………。
息を呑むアテナ。突然拳崇が目を見開く。
「拳崇……!無事だったのね。よかった………。」
「………した………。」
何かを呟く拳崇。起き上がると大きく見開いた両目から涙があふれでてきた。涙を流しつつ、無表情に呟く拳崇。
「思い出した………。俺はあの時……五歳の時………養ってくれた陽を………この手で…………。」
その場にいた拳崇以外の三人は息を呑む。最後の言葉を放つ拳崇。
                                                                      
「俺のこの手で………殺した。」

「俺のこの手で………殺した。」
拳崇の衝撃の告白はそれだけでは終わらなかった。その日から彼の様子は一変し、ただただ無表情に過去のことを語っていくようになった。
拳崇の部屋にはアテナだけでなく、チームメイトの草薙京、二階堂紅丸、過去に一緒にチームを組んでいたロバート・ガルシア、ラルフ、八神庵、キング、ユリ・サカザキ、アンディ・ボガード、………などKOF出場者全員が見舞いに訪れるようになった。
「拳崇君、私のこと分かる?’96で組んでたユリだよ。」
「…………。」
声をかけられてもじっと見つめるだけであまり反応を見せない。トレードマークのあの明るい笑顔は影もない………。
「アテナ、拳崇の様子はどうだ?なんか変化あったか?」
京はアテナに尋ねた。最近、彼女は拳崇の部屋で一緒に生活をしている。
「………なにも………。食事もあまりとらないし、このままでは決勝にひびくんじゃないかしら………。それに……私、信じられないんです。拳崇の言ってること………。あんな………。」
アテナは拳崇の話を思い起こしていた。

拳崇は幼い頃から強い力を現すため、両親と離れ、道教の寺の中で道士として育てられた。彼は生まれる前から占いによって見いだされていたらしい。
隔離された空間の中で、ひたすら術の錬磨の日々………。
寺の中で望むものは全て得られたが、外に出ることは許されず、同年代の子供達と遊ぶこともなかったという。時折あがる子供達の歓声を聞きながら泣いたことも多々あったそうだ。
彼の精神は生まれる前から発達しており、アテナが記憶の中であった三ヶ月の時には精神年齢は二歳、一歳の時にはすでに十一歳程度の思考回路を持っていた………。いかに彼が非凡な才能の持ち主だったかがうかがわれる。
あの事件のあとの体験談はもっと生々しかった。アテナは何度耳をふさぎたくなっただろう。組織に捕らわれた後、彼は様々な手術を施され、超能力兵器として育てられたというのだ。精神は実年齢の数倍近く成長した。
しかしその驚くべき早さの精神の成長は、五歳の時、保護者とも言える道士・陽を殺害したときに全てを葬り去ってから止まり、また始めからの成長となった。そのため、この事件の起こる以前の拳崇は実年齢から五歳引いたくらいの精神年齢だったと思われる。彼が幼く見えたのはこのせいかもしれない………。
「…………決勝の相手が決まったぞ。」
突然聞こえた八神庵の声にハッとするアテナ。拳崇のベットの側にいたらいつの間にかうとうとしていたようだ。……拳崇はもう就寝している。向こう側には京が突っ伏して寝息をたてているのが見えた。
「さっき準決戦が終わったそうだ。………おい、京起きろ。」
「………んぁ?」
庵に叩き起こされた京は寝ぼけまなこでこちらを向く。……顔にシーツの痕がついているのを見てアテナは思わずくすっと笑った。事件以来初めて笑ったなと考えながら………。
「山崎竜二、七枷社、ルガール・バーンシュタインのチームだ。オーダーは変わっていないから決勝でもこのまま進んでくるだろう。……問題はこちらのオーダーだ。」
そこまで言い終わるとちらりと眠っている拳崇の顔を見る庵。今までのオーダーは全て拳崇、京、紅丸できていたのだが………。
「拳崇がこれでは間違いなく山崎に殺される……。二階堂も言っていたが、ここはコイツを大将にまわした方がいいだろう。二人で勝ち進めば何とかなる。京、それでいいな?」
「………何でお前がここに来たんだ?部外者だろうが。紅丸はどうしたんだよ?」
庵の問いには答えず、京は文句を垂れる。確かに庵はアテナと同じチームで、準決勝で拳崇に敗れている。もうここにいなくてもいいはずだが、彼はほぼ毎日この部屋へ通っていた。
「少々気になることがあってな。二階堂は今朝から出掛けている。」
いつもの彼らしくない態度である。妙に素直というか、あっさりとしている。
「……お前が気になること?そんなのあるのかよ。いつも『くだらん』とか『関係ない』とかしか言わない奴が……。」
「アテナ、オーダーはコレを出すぞ。……あと拳崇には……。」
「………っ、てめぇ!話を聞け!!」
京の言うことを無視してアテナと話している庵に京は大声を上げる。
「……何だ。拳崇が起きてしまうだろう。静かにしろ。」
「ぐっ……。」
自分の子供っぽさを指摘されたようで詰まる京。話の続きをする庵。
「拳崇には気をつけろ。二階堂にはコイツの過去を調べてもらっている。」
「?!……そんな………。」
アテナは耳を疑った。いつも一緒に過ごしてきた彼なのに、何故距離を置かなければならないのかと思った。彼がこういう時だからこそ、側にいたいのに………。その気持ちを代弁したのは京だった。
「どういうコトだよ?拳崇は俺のチームメイトだぜ。何で仲間を探るようなまねなんかすんだよ。」
「京、お前もよく聞け……。二階堂の行動は俺が頼んだことだ。………感じないのか?あの時から拳崇の氣の質が変化していくのを。コイツはもしや……………、オロチ以上かもしれん。」
その言葉を聞いた瞬間アテナは自分の意識が暗闇に包まれるのを感じた。
遥か遠くで誰かが自分の名を呼んでいる………。

薄暗い部屋の中で横たわっている自分を見た。あれは自分だ。だけれどもそれを見つめているのも自分だ。これはどういうコトなんだろう?
「もう一人の拳崇がいると言うことさ。ややこしいから君のことは天龍と呼ぶよ。俺は………、そうだな、地龍と言うことにしようか………。」
突然横たわっている自分が話し掛けてきた。関西弁ではなく、中国語で。
拳崇は慌てて隠れようとした。何故隠れようとしたのかは分からない。ただ、地龍と名乗ったもう一人の拳崇の瞳に捕らえられそうで咄嗟に体が動いた。 本能が危険を知らせる。やばい、ヤバイ、恐い、コワイ、逃げろ、と。
「おいおい……、そんな風に逃げ回らなくてもいいだろう?せっかく十九歳の君と同じ姿になったというのに………。これなら同じ目線で話ができる。さぁ、俺と一緒に語り合おうじゃないか、天龍。」
瞳がゆっくりと開かれる。本能の警告がさらに激しく響く。
足が動かない。脂汗がじっとりと流れる。蛇に睨まれたカエルのようだ。
そして、完全に見開かれたその瞳が拳崇をしっかりと捕らえた。
「っ…………!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
金色に輝くその瞳は狂気に満ち、そして血塗られた色だった………。
「何を驚いているんだい?これが君の本当の姿なんだよ……。君が忘れようとしていた真実、逃げるなよ……。」
「くっっ!来るなァ!!あっちへ行け、行けェ!!!」
手当たり次第に物を投げつけながら逃れようとする拳崇。壁に背中が触れ、慌てて壁づたいに出口を捜した。逃げたい一心で、必死に壁を引っかき続ける。
しかし、出口はない。拳崇は次第に思い出してきた。
俺はこの部屋を知っている…………………………………………………………?
壁を引っかく手が止まる。いつのまにか指の爪ははがれ、血だらけになっている。激痛が彼を襲うが、気がつかない。
「………そんなん………ウソや………。………ここは………もうこの世に存在しないはずの…………。」
呆然と呟く拳崇。背後から地龍が囁く。
「そう……。俺達が暮らしていたあの部屋だよ………。暗かったね…………。寒くて、恐かったね………。」
ゆっくりと抱きつく地龍。触れられた瞬間、拳崇の躰は強ばったが、されるがままになる。
「俺は…………一人やった……。寂しくて………、側に誰も居なくて、………俺は………………。」
うわごとを呟き続ける拳崇を優しく抱き締めながら地龍は不気味な笑顔を見せた。腕の中の少年をいとおしそうに撫でながら、歓喜の声を上げる。
「また俺達、一緒になったね。もう離さないから。……あの女にも……。」
狂喜の声がこだまする。恍惚の表情で地龍は叫んだ。
「聞こえるかい?麻宮アテナ!!拳崇は俺のものだ!!お前のような奴に渡したりなんかしない!こいつの対の者はただ一人、この俺だけなんだよ!!」

夏で最も暑い日がやってきた。KOF'98の決勝戦が行われる日である。
会場の日本ステージには朝早くから大勢の観客が訪れ、期待に胸を膨らませている。今年のキング・オブ・ファイターズは誰になるのか、そして、選手達の華麗な大技が披露されるのだろうか……。格闘技ファンでなくとも注目の闘い、それが今日の決勝戦。
盛り上がる観客達とは裏腹に控え室にいる各選手はとても静かだった。
特に、紅丸、京、拳崇のチームは静まり返っている。
「……アテナ、どこにいっちまったんだろうな……。今朝からホテルにも居ないなんて……。」
ぼそりと京が呟く。彼の言うとおり、アテナは朝から姿を消している。誰も彼女がホテルを出るところを見ていない。何故、彼女が姿を消したのか、どこに行ったのか、誰も知らない………。
一昨日、紅丸が持って帰ってきた拳崇の過去のデーターを見たあとから部屋に引きこもり、それから誰も彼女を見ていなかったが、今朝にはホテルのどこにも彼女の気配はなくなっていた………。
「ショックだったんだろうな。予想以上のものだったから………。俺も初めて見せられたときには驚いたぜ………。八神の言う通りだった。」
ちらちらと拳崇の方を見ながら紅丸も呟く。
二人の視線の先にはうつろな目をした拳崇が座っている。…いつもなら、「緊張すると腹が減ってしゃーないんや。」とかなんとか言いながらサイコパワーで次から次へと肉まんを出してきて、限りなく食い続けているのだが。
「……今日は俺達で何とかしないとな…。最悪な敵だが、勝たなくては。……そろそろ時間か……。行くぞ。」
京が立ち上がり、続いて紅丸も立ち上がる。そんな二人を見た拳崇もゆっくりと立ち上がって一歩前へ進み出た。
「!!」
今まで自分から行動を起こすことがなかったので、この変化は二人を驚かせた。
相変わらず瞳には光が宿ってはいなかったが、自分から行動を起こしたのだ。
「…何かあったのはアテナだけじゃないようだな…。」
拳崇の氣から何かを感じとった京が呟いた……。
拳崇の中で何かが起こっている。静かに、しかし確実に…。
そして歴史に残る闘いが幕を開ける。

「んっ……」
軽い頭痛がする。身体の芯が少し重い。
視界は横に寝かされた格好で、目の前のテレビにはKOF’98の決勝戦の番組が流されている。
「……ここは……どこかしら?」
そろそろと頭を持ち上げてみるがテレビ以外は真っ暗で何も分からない。
「気がついたか、麻宮。」
突然後ろで聞いたことがある声がした。かといってKOF出場者の声ではない。
後ろを向くことができないのでまだ誰かは分からない。しかし、確かに聞いたことがある声だ。
アテナは思い切って体を起こそうとした。が、しかし、四肢が思うように動かない。どんなに身体をよじっても起き上がれないのだ。
「…無駄だ。じぶんがどんな格好かよく見なさい。」
男の声で、アテナは初めて自分が拘束衣を着ていることに気付いた。
何故こんな格好をしているのかは全く分からない。しかしアテナは切り札を使った。
《念動能力(サイコキネシス)発動!》
最後の切り札、それは超能力。サイコキネシスで拘束衣を破ろうとしたのだ。
「うっ……!?」
僅かな力の発動と共に激痛がアテナの躰をめぐる。とたんに集中力がとぎれ、動きかけていた能力が霧散してしまう。
「どうして?どうして力が……!?」
呆然と呟くアテナ。体の奥でさっきの激痛の余韻が響いている。鈍器で全身を殴打されたあとのような、皮膚はしびれているのに奥ではまだ疼いているという感覚。
「…超能力を使われたのでは逃げられるからな。少し細工をさせてもらった。安心しなさい、殺すことはしない。もう一つサンプルを捕獲したらここを出るから、……それまでおとなしくしていなさい。」
男はそう言いながらイモ虫状態のアテナの肩をつかみ、自分のほうに転がした。
乱れた髪の隙間から男の顔をかいま見た彼女は思わず息を呑んだ。やせこけた頬、くぼんだ鋭い目、それらがTVの光によってぼうっと浮かび上がっている。
「…あなたは……!?」
記憶の中の顔とはあまりにも変わり果てたその顔を見て、確認するかのように名前を呼ぼうとするが、男はそれを遮るかのように言った。
「……分かったな、麻宮。」
そう言うとさっさと部屋から出ていく男。
一人取り残されたアテナは驚いたままの表情で呟いた。
「……三宮……先生……?」
高校一年の時の担任、三宮芳宏……かつて、普通の少女であった彼女を監視していたエージェント…男は彼だったのだ。

辺り一面に血が飛び散る。思わず傷口をかばう京。
すでに一番手である紅丸は会場にはいない。さっき担架で救急病院に運ばれていった。
「いつもと様子が違う…。こいつはこんなに強くなかったはずだ。何だ?この人間離れした強さは……?」
かすむ目を凝らしその力の源を探ろうとする。目の前には奇声を上げる山崎がいた。
「何だ…?何か奴の背後にうごめいているモノが……。」
山崎の背後には何やら黒いもやのようなモノがうごめいている。京は一瞬それに気を取られた。僅かに生じるスキ。
「シャァァ!!」
ハッとしたときにはもうすでに黒い蛇が胸元をえぐり去っていた。再び流れ出す大量の血液。視界が大きく歪み、片膝をつく京。
「5…4…3…2…1…時間です。」
タイムアップを告げる声が聞こえた。ダメージからして山崎の勝ち抜きがコールされる。失意と出血のため薄れていく意識の中、何者かの声が響いてくる。
「ざまねぇな草薙…。何がオロチをなぐ者だ。アイツも八傑集の一人なんだぜ?」
薄暗くなってゆく視界の中で京が最後に見たもの…。叫んでいる山崎の肩越しに、不敵な笑みを浮かべているバンドマン。
「七枷…社…!!」
唇を噛みしめる京。…拳崇、すまない…、と。
そして彼も担架で運ばれていった……………………。
残るは椎拳崇ただ一人。彼は静かに武舞台の中央に進み出てゆく。
虚ろな目、無表情。構えることもせず、突っ立っている。
「ROUND3!…READY……GO!!」
試合開始がコールされるのと同時に山崎は突っ込んできた。
「突然のラァーシュッ!!椎選手反撃体勢ができていなーい!!」
うるさいだけの解説ががなりたて、観客のそしてTVで見ているアテナの悲鳴が上がる。
「拳崇…!!よけてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
叫びながら、アテナは恐ろしい光景を見た。襲いかかる山崎、彼の凶刃が迫る直前、拳崇の口元が不気味に歪んだのだ。
ドスッ!!
世界が一瞬モノクロになった。ただ一つ、誰かの血があざやかな色彩を放っていた。
世界が色彩を取り戻したとき、誰もが息を呑んだ。宙に浮いている山崎。彼の足元に広がっている血溜まり。
そして、その彼の体を支えている背中から突き出ている腕。
「……ぃいやぁぁーーー!!」
観客の中から女性の悲鳴が上がった。
無造作に腕が引き抜かれ、山崎の体がアスファルトに叩き付けられた。しかし、山崎はぴくりとも動かない。
そんな体を残酷とも、狂喜ともとれない表情で見おろす拳崇。派手に飛び散った返り血を拭おうともせずに、ただその双眸がヒトならざる者の光を宿して輝いていた。
その光景をTVで目の当たりにしたアテナは背筋が凍った。あの時の幼い拳崇だ。狂喜に満ちたそのまなざし、恐ろしい氣。
「拳崇が…拳崇が、拳崇じゃない…。」
今の彼を表すのに最も適した言葉だった。今武舞台に立っている彼は拳崇であって拳崇でない。
その後の闘いもまさにその通り、攻撃法も、体裁きも全て異なっていた。
次の相手は七枷社。彼は覚醒をおこし、オロチ四天王として拳崇に挑んだ。
「うらぁぁぁーーー!!!」
社が繰り出す攻撃をさらりさらりとかわし、血まみれの拳崇がまた不気味に口元をゆがめる。双眸が怪しく輝く。
「ちっ!!」
それを察知した社は素早く後ろに飛びずさった。さっきの山崎戦である程度予測していたらしい。拳崇の左腕はむなしく空を突いた。
「やるな…。お前はオロチ一族ではないようだが……、その瞳は我々と似ている。一体何者だ?」
社は自分の目を指さした。覚醒後の彼の瞳孔は細長く、蛇のそれと同じようになっている。そして拳崇の瞳も、色こそ違うが同じようになっている。
「…オロチ…?ああ、あの…。…オレは龍族なんだがね。お前らとは違うんだが……。全てにおいてね…!」
そしてまた口元をゆがめた。しかし今度の間合いは裕に三メートルを越している。腕など届くわけがない。社は構えをといた。
「おいおい、そんなのが届くわけないだろう?…っ!?」
突如社のまわりの空気が固まった。と、同時に内臓が鷲掴みにされたような激痛が彼を襲う。全身の骨が軋む音が会場に響いた。
「ぐぁぁっ…!!」
のどの奥から呻き声と共に血が絞り出される。悶え苦しむ社にゆっくりと歩み寄る拳崇。
「…忘れたのかい?オレは超能力も扱えるんだよ。…久しぶりだから上手くコントロールできないけどね。」
耳元で囁き、ちらりとルガールの方を見やる。妖しく微笑んだ。

次の瞬間、社とルガールは体内から破裂した。肉片が派手に飛び散った。

「あー…。ゴメン…。上手くコントロール出来なかった。」
肉片の一つを握り潰して、拳崇は笑った。足元には瀕死の社とルガールがピクピクと動いている。その血の海の中で笑い転げる一人の少年…。彼は全てを破壊するために使わされた御使いのように見えた。もはや、「人を救済する」サイコソルジャーではない…。

椎拳崇・・・・・河南省にて保護される。特徴などから一致する戸籍がないため、ヘイハイズであったようである。保護当時、自らの名を“シイケンスウ”とだけしか言えず、当て字として上記の字を付けた。
然るべき手続きを経て、戸籍登録をした後に国立の学校に入学。初等部、中等部と大変優秀な成績を収め、姉妹校である日本の清嶺学園高等部に交換留学生として転校。帰国後、卒業。拳法家として本格的に鎮元斎老師に師事。
現在、老師と、日本人女性麻宮アテナとの三人で、世界的格闘大会に出場。
拳法と超能力を使った格闘スタイルで活躍中。
備考・・・・保護されたのは五歳の時だが、それ以前の記憶がない。精神年齢も低く、保護当時身につけていた物から察するに、何らかの虐待をうけていたのではないか。全身に様々な手術跡があった。血液検査等で、様々な薬品を検出。中には数種類の劇物も見られ、何かの生体実験に使われていたことは明白である。
「…これが椎のデーターか。なるほど、学園より詳しいな。これに組織のデーターを重ねると、こいつの本当の人生が明らかになる。」
三宮は側にあった別の資料を手に取った。
「二階堂財閥のおかかえ探偵も調べられなかった事実…。そして、中国政府も突き止められなかった過去…、全く驚きだ。まさかあの男がこんな過去を持っていたとはな。」
独り言を言いながらパソコンのキーを叩く。新たな椎拳崇のプロフィールが打ち込まれていく。
今まで完成されることのなかったそれは、奇妙な数字の列から始まった。
221121ー0037;CHINA;P/W・・・山西省にて捕獲。出身の村は抹消。本名はシイケンスウ。神の使いと言うことで戸籍登録はされていない。
捕獲当時、扱える能力はサイコキネシス・テレパシー・サイコメトリー・未来予知・千里眼・空中浮遊・テレポートの7種。特にサイコキネシスは強力で、すでに実戦に対応できるレベル。
戦闘能力の成長が著しく、訓練では他のサンプル3名を瞬く間に殺害。
薬物の免疫生成も早く、5種の劇物に対し免疫を持つ。ゲリラ戦などに使用すれば町ひとつ分抹消は可能だろう。
道士陽と言う男にしか心を開かず、一切の世話は彼がしている。この男がいないと超能力の暴走をおこしやすい。
潜在能力開発の手術は計八回、肉体強化の処理は二回。
五歳の時道士陽を殺害、同時に中国支部を徹底的に破壊、一人も生存者を残さず。脱走。現場の死体には内臓を潰されたもの、内側から破裂したもの、等残虐を極めたものばかりだった。これにより計画進行の予定が二十年程遅れたと見られる。数人いたサンプル、及び彼のクローン体は全て原形をとどめぬ程に破壊され尽くしていた。・・・・・・・・・・・・・・・。
「サイキックウェポン…。椎が昔それだったとはな…。道理で命令は麻宮よりも椎の方を優先させていたわけだ。しかし皮肉なものだな。」
ひとしきり打ち終わった三宮は画面から目をそらして呟いた。
「一度こいつらに敗れた私が再び捕獲作戦をし、一度は逃げ出したはずの組織に再び捕らえられる椎。また狙われる麻宮。」
煙草に火を付け、暫く吸っていたが急に激しくせき込む。あてがっていた掌には鮮血が広がっていた。
「私は、何をしているんだ…。」
広がっている血を凝視したまま、一人呟き続ける。
「こんな思いをしてまで…。何を…。」
三宮芳宏・麻宮アテナ・椎拳崇……彼らの道が再び交わった。その行く先は誰にも分からない……。

KOFはある意味無法地帯である。裏世界では有名な者が出場したり、殺意をむき出しに闘う者、公式大会といいながらその実は何でもあり…もちろん、殺しも。拳崇は罪に問われることなく、オフに入った。
「椎選手にインタビューさせて下さい!山崎選手は重傷、七枷選手とルガール選手は未だ意識不明だそうですが、この事をどう思われますか!?」
彼が泊まっているホテルには四六時中報道陣が詰めかけ、連日のワイドショーには“その時彼に何が起こったのか?椎選手、KOFで残酷傷害!!”と銘打たれた特集がにぎわっている。
残虐非道のイメージがある者ならばこれほど騒がれなかっただろうが、正義、救世を掲げるサイコソルジャーとあっては、世間も大騒ぎするものだろう。
そしてその騒ぎは京、紅丸にも及んだ。
「チームメイトとしてどう思われますか?一言、一言だけでいいんです!コメント下さい!下さいよぉ!!」
しつこいまでの報道陣がありとあらゆる手段で接触を図ろうとする。草薙本家張り込み、二階堂財閥潜入、もちろん電話責めも忘れていない。二人の携帯電話は鳴りっぱなし、FAXの紙は大河のように床に流れ続ける。
「どうしよう…。一歩も外に出られなくなったぞ。」
携帯の電源を切り、FAXの線を抜いて一段落した京が呟く。
紅丸もため息混じりに窓の外の風景を見やる。…黒い。
報道陣の頭が集まってこんなに黒くなっているのだ。
「アーア、嫌だねぇ。体はなまるし、遊びにも行けない。オフに入ったら飲みに行こうと思った計画もぱあだしな。」
「…ユキとの約束も果たせそうにない…。電話もかけられそうにないし、どーすりゃいいんだぁ……。」
がしがしと頭をかきむしる二人。紅丸に至っては泊まっていた部屋を乗っ取られてしまい、京の部屋に転がり込んだと言ういきさつがある。
「そういや、主役の拳崇君は?ここんとこ、姿形さえ拝んでないんだけど。」
「さぁ…?っておまえ、拳崇を幽霊かなんかみたいに言うなよな……。」  

「ない……っ!無い…!?」
クローゼットが乱暴に開け放たれ、中の衣類が宙を舞う。ベッドが浮かび上がり、激しくみを揺する。
これらは決してポルターガイスト現象などではない。一人の少年の意志で動いているのだ。彼の気持ちそのままに部屋の家具は荒々しく飛び交う。
「あの女ぁっ…!どこに、どこに隠したぁ…!?」
双眸がひときわ強い力を放ち、飛び交っていた家具類は音を立てて床に叩き付けられた。大音響の後、急に静まり返る一室。
今まで家具を操っていた少年は荒い息をはきながら床に広がっているそれらを見渡した。激しく叩き付けられたため、大破しているものが多い。
「はぁっ……。はぁ……!」
なかなか落ち着かない呼吸。少年・・・地龍拳崇はそれにいらだちながら再び力を使う。
《透視発動!!》
部屋にあるものからは目的の物は見つからない。隅々まで見渡しても、無かった。諦めて力を納める拳崇。とたんに疲労が彼を襲う。
「くぅっ…!」
  視界が揺らぐ。足に力が入らない。意識も遠のきかける。
たまらず傍らのベッドに倒れ込む。勢いよく倒れたのでスプリングが大きくきしみ、力無い体を揺さぶる。揺れる度にベッドから甘い残り香が漂う。
ぐったりとした彼にはその甘い香りも煩わしかった。
「…くそっ……。」
思うように動かすことの出来ない身体、整わない呼吸。
「限界か…。」
額のあざが疼く。偽りの持ち主を拒むかのように痛みは脳の中へ侵食していく。
「同じ拳崇なのに…。なぜ、この身体は受け入れないのだ…?俺は、椎拳崇で、この身体も椎拳崇なのに……つぅ!!」
ひときわ鋭い痛みが駆け抜ける。地龍は頭を抱えた。
「アアッ!!…ゥウアアアアァ!?」
人のものとは思えない呻き声、もはや邪悪なるモノの咆吼に近かったが、地龍の口から絞り出される。
「どこ行った…!殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる……!!!」
ベッドの枕がはじけとんだ。純白の柔らかい羽毛が雪のように舞い落ちる。
「殺してやるぞ!!麻宮アテナ!!!」
これ以上無い憎しみを込めて、その名を呼ぶ。
己の半身を愛するが故に魔にとり憑かれた哀しい叫びともとれる咆吼だった。
「何か凄い音がしたぞ!?」
ホテルの従業員の声と、大人数の足音が廊下の奥から聞こえてきた。
「ちぃ…!」
地龍は今だ満足に動かせない身体を起こし、瞳を輝かせる。一段と激しい痛みが襲いかかり、思わず顔をゆがめた。
《瞬間移動発動!》
従業員達が部屋にたどり着く直前、異次元にその身を投じる。かき消されるようにして消える拳崇の身体。
「麻宮様!?」
ドアが開けられると、従業員達は立ち尽くした。動かないはずの家具類が位置を変え、しかも大破している。常ならざる力が働いたということは一目瞭然だった。
…そしてその次の日、ワイドショーで新たな特集が組まれたのだった。
“麻宮選手失踪の謎!宿泊ホテル荒らしとの関係は!?”

永き眠りより目覚めたる魔の者はびこりし時、光の戦士あらわれん。その光の力合わせ、再び魔は闇に帰せり。魔は闇に帰せり。魔は闇に帰せり。
日出る方より現れし戦士の名、ここに記す。あさ・・・・・・・。
「ねぇ、やぁん。お話はこれで終わりなの?いつもここまでだよねぇ。」
膝の上の幼子は大きな瞳で話の続きを催促する。彼の一番のお気に入りは英雄談、それも口伝でのみ伝えられる鳳凰と龍の戦士の物語。
「そうだね…。実はまだ続きがあるんだよ。でも今日はこれでお仕舞い。」
あごの無精髭をさすっている小さな手を包み込んで微笑みかける。ちょっと拗ねた顔をする幼子。
「えぇー。いつもそうだよぉ?今日くらいお話続けてよぉ。気になるもん。」
頬を膨らませ、だだをこねる。その様子はどこにでもいる四歳児と同じだ。
ただ着ている物と、実年齢は違う。そして、生活している部屋も。
「ねぇ、お話ししてよぅ。おとなしく聞くからさぁ。」
どう見ても一歳にも満たない幼子は、質素な木綿ながら仕立てのしっかりした道服を纏い、極彩で彩られた廟に住まう神の化身と崇められている。
「そうだな…。まだ修行までには時間があるようだね。」
ちらりと水時計を見やり、優しく微笑みかえす。まるで実の子に向けるかのように。
「それじゃ、お話の続きをしようか。おいで…。」
再び座りなおし、その膝に子を誘う。喜ぶ幼子はやや小走りに駆け寄り、自分にしか見せない笑顔を満面にたたえている。
そして自分……陽は物語の続きを吟じ始めた。
その大まかな意は次の通りである。
太古に封じられた魔の者は、その悪しき力で世界中を大混乱に陥れた。
奴等にはどんな武器もきかず、いかなる術も効果がなかった。
多くの勇士、術使い、巫者達が世界を救わんと奴等に立ち向かったが、誰一人、生きて還った者は居なかった。
人々が絶望に打ちひしがれ、僅かな望みすら手放そうとしたとき、極東の地から二人の戦士が日の出とともに現れたという。
少女は鳳凰の加護を、少年は神龍の加護をそれぞれの身にうけており、彼らの力は世界を多い尽くした悪しき者を次々と破っていった。
壮絶な闘いの後、遂に最後の悪しき者を倒し、これらを永遠に消し去ろうとしたが叶わず、ある場所へ封じ込めた。その場所は今だ明らかにされておらず、それは今でも封印が護られている何よりの証拠でもある、と。
闘いの後、救世主となった彼らは人知れず姿を消し、その英雄談がここに口伝として語り継がれているのみ。
「……これを語り継ぐるは我らが使命。」
陽が全て吟じ終わったとき、膝の上の幼子は静かな寝息をたてていた。何時間にも及ぶ話に、流石に疲れきってしまったようだ。
「……道理で途中からやけにおとなしいなと思ったよ。」
苦笑しながら起こさないようにそっと抱き抱えて寝台まで運ぶ。寝具の中にそっと横たえ、そのふっくらとした頬に接吻する。
「今日は修行お休みにしようね…。ゆっくりお休み、拳崇くん。」
・・・それは己が魂に刻みつけた幸せな記憶・・・。
急にまわりが暗くなり、残されたのは陽一人。
「封印が、こんな所にあったなんて………。」
幼い拳崇も、美しい部屋も、今は記憶の中の幻。
「……神龍は彼を試しているのか?宿命はかくも残酷なものなのか?」
暗い空間の中で、陽は一人、頭を抱えた。
彼だけには分かってしまったのだ。悪しきものを封じ込めた封印の在処が。
なぜ救世戦士達が姿を消してしまったのかも。
「かくも残酷なものなのか……。宿命とは。」
そして、その宿命の歯車を自分が動かし始めてしまったことも。
「どうか、どうか……。どうかあの子達はおなじ轍を踏まぬように…。」
陽は祈る。自分が犯してしまった過ちと拳崇達への謝罪も込めて。
祈ることしかできない。自分はもうこの世に存在すべきではない者なのだから。

「……では、サンプルA.Aしか手に入れていないと言うのだな。指令はK.Sを最優先と伝えたはずだぞ。」
「申し訳ありません。決勝戦の後消息を絶たれておりまして、組織の諜報部にも調査を依頼しているのですが……。」
「……その報告は受けておる。こちらもK.Sの件については総力を以て追跡している。」
「ありがとうございます。」
「……先日、中国福建省で極東支部のエージェントが三人、変死体で発見された。K.Sの戦闘記録から奴の仕業と判断された。中国支部を壊滅させたときと同じ手口だ。」
「!それでは……!」
「……サンプルK.Sは中国にいる。」
拳崇を狙う組織の手は確実に彼をからめ取りつつある。
この交信が三宮と本部で取り交わされている間に、地龍・拳崇は数人のエージェントを葬った。
「……ちょろちょろと五月蝿いんだよ、おまけに弱すぎるしな。」
中国のある村の細い路地で、地龍は呟いた。
目の前にはさっきあの世に送ってやった亡骸が転がっている。
どれも生前は屈強な男達であった。NESTSのエージェント達。
鍛えられてきた肉体と、意志を合わせ持った訓練された者達である。
しかし、彼の前にはどのような兵器も、力も意味がない。
一瞬にして男達を葬り去った椎拳崇・・・地龍には。
「イライラしてんのに……ったく、ストレス解消にもなりゃしない。この俺と対等に闘えるのは一人しかいねーんだよ。」
ぶつぶつと文句を言いながら手にしていた果物にかじりつく。
その果物は異様な紅みを持っていた。殺された男達の血の色である。
「……弱いわりにはいい味してんな。それなりの栄養はつくぜ。」
独り言を呟きながら全て飲み込んだ。喉が上下し、中身が体内に送られていく様子が見て取れる。
唇に残った果汁を舌でなめとった。妖艶な仕草が少年を彩る。
「ま、その一人はここに居るんだけどな。……ごちそうさん。」
鋭くきびすをかえし、シャツのボタンを留めながら歩き去った。奥の奥の路地なので表通りに出るまでは少し複雑で、時間が掛かる。
すいすいと早足で地龍は路地を抜けた。建て込んでいた建物が開け、急に明るくなる。
表を行き交う人々のざわめきが一気に耳に入ってくる。
何事もなかったように、微笑みながら表通りに歩を進めた。今度はゆっくりと。その数時間後、全身の筋肉、血液をすっかり抜き取られ、骨と皮だけになった変死体が発見された。奇怪すぎる死体に犯人は鬼かと大騒ぎになる。
発見されたころ、真犯人は遠く離れた町の公園に座り込んでいた。
「……俺の能力の一つさ。生命体の組織や能力を吸収できる……。」
「お兄ちゃん、何かいった?」
足元で遊んでいた子供が彼を不思議そうに見上げ、声をかけた。
「いや、天道の元に出るのは久しぶりだなーって言っただけだよ。…兄ちゃんと一緒に遊ぶかい?」
「うん!!」
「それじゃ、なにしよっか?…………。」
無邪気に笑う子供の手を引いて、今度は彼も無邪気に笑った。
それとほぼ同時刻。
「んー……。」
アテナは微睡んでいた。
既に拘束衣ははずされている。逃げる意志がないととられたのだろう。
「逃げても、超能力は戻ってこないからな。」
何度も試み、全て失敗してうなだれるアテナに三宮はそう、くぎをさした。
世界大会に連続出場する程の腕前をもっていても、彼女の場合は超能力がメインであるため、それがなければ普通の拳士と変わりない。
それで、彼女は逃げることを中断したのだ。
そして、ここに居れば、行方をくらました拳崇の消息についても何か分かるかもしれない。それがせめてもの慰めだった。
拘束衣がはずされた後、彼女には個室が与えられた。
今、彼女がまどろんでいるのはその部屋のベッドのなかである。
夢と現の間で、彼女はいにしえの記憶の欠片を見る。

得体の知れない異形の者と闘う日々。
殺伐とした時間の中に、心なごませる一時があった。
闘いに赴いた地で出会った子供達と戯れる平和な情景。
ほほえましく繰り広げられる歓声に眼を細めていると、横から声をかけられた。
「……何ボーっとしとるんや?呆けとる暇なんて、俺らにはないんやで?」
たしなめる言葉だったが、その声は微笑みをふくんだ優しいモノだった。
横を見上げると、緑色の拳法着を纏った少年が腰に手を当てて、立っていた。
顔は、逆光でよく見えない。細身で、なおかつ鍛えられた体の持ち主だ。
「……せやけど、こうやってみると闘いの事なんて、忘れてしまいそうになるな……。」
よいしょっと隣に腰掛け、同じ視線を辺りに配りながら彼は呟いた。
「そうね。あの頃と変わらない笑顔だわ。」
夢の中の自分・・・アテナも頷いた。
しばし言葉を忘れて、二人は子供達を、眼を細めて見ていた。
目の前の、幸せに浸って、荒みきった心が癒されていく。
「…私たちも、こんな幸せな声がいつでも聞こえる家庭がつくれると良いわね。」
思わずアテナは口走ってしまった。隣の少年が「え?」と狼狽える声が聞こえて、自分が何をいってしまったのか分かり、赤面する。
「あ、いや、そのっ……!あのねっ……!」
慌てて訂正しようとするが、その様子から、ハッキリと本心を伝えているようなモノだ。
真っ赤に染まってしまった顔を見られまいと、両手で顔を覆い隠した。気配で少年がこちらを見ているのが分かる。
・・・観念した。
「………この闘いが終わっても……私と、いつまでも一緒にいてくれる?」
そっと様子をうかがいながら言ってみた。
いつも優しい彼のことだ。断るにしても、(まさかそれはあり得ないとふんでいるが)困ったような笑顔で、照れながらだろうと思っていた。
いくら光の戦士といえども、アテナだって年頃の女の子なのだ。ちょっと大胆な想像だって、する。特に恋愛事に関しては。
案の定、彼は一瞬で真っ赤になった。頭から湯気が立っているんじゃないかと思うくらい、音に例えるとぼんっ!!といったところだろうか。
しかし、その熱はすぐに下がってしまった。彼の瞳が、急に鋭く細められ、厳しい光を宿したのだ。
その輝きは強い悪しき者達と闘う時の、どこか思い詰めたような感じがするものだった。
「……それは、できへん。」
感情も、熱もこもっていない短い言葉がアテナを刺した。
「どうし……。」
「できへんものは、できへん。………わすれてや。」
最後の一言は歯軋りするような声。逆光の中の表情が苦しそうに歪んだように見えた。
ハッとした瞬間、少年は素早く立ち上がり、駆け去ってしまった。
一人残されたアテナは呆然と、彼の後ろ姿を見ていた。知らぬ間にボロボロと涙が落ちてくる。
そっと自分の頬に触れてみた。大量の涙が指先をぬらす。
「………どうしっ………。」
最後まで呟き終わらないうちに嗚咽が漏れてきた。
ただ、訳も分からずに泣きじゃくるしか、なかった。
──────ドウシテ、ワタシヲオイテイクノ─────────?

巨大なエネルギー弾が目の前ではじけた。
炸裂とともに、膨大な熱量が放出される。まともに喰らえば人体など一瞬にして消し炭になってしまうほどのそれを、辛うじてバリアーで防ぐ。
「大丈夫か!?」
灼熱の疾風をかき分けてあの少年が現れた。
自分めがけて駆け寄ってくる姿を認めて、アテナは少し嬉しくなる。
こんな戦場でも常に自分を気遣ってくれ、支えてくれる彼の存在が、出会ってそう経ってもいないのにこんなにも大きく心の中に育っていることが嬉しかった。
今はまだお互い戦友・・・友情関係しか成り立っていないけれどもそれがいつか良い変化を遂げてくれそうな予感がする。
「平気よ!そっちは……!?」
無事を伝えようとしたその時、巨大な影がゆらりと立ちのぼった。
熱風のせいでこんなに近くまで敵が来ているとは気付かなかった。
不注意さを呪いつつ、後方に跳んで第一撃を避けようと少し膝をたわめた瞬間!
グォォーン!!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
避けられなかった!避ける暇など、無かった。
他の雑魚敵よりも何倍も素早い攻撃が的確にアテナを襲った。
避けるどころかバリアを張ることさえもできなかった。
アテナは自分が衝撃で引きちぎられ、バラバラになってしまった様を想像した。
死ぬって、思ったより痛くないのね、なんてぼんやりと思う。
「ぐっ!!」
自分のものでない声にハッとした。
と、同時に自分の胴体がちゃんとくっついていることにも気付く。
「私、どうし……!?」
呟いた言葉は途中で息を呑む音に変わった。
信じられない光景が目の前で展開している。
彼が、敵の一撃を受け止めていた。バリアも使わず、素手で。
あの強烈な一撃を、素手で!
呆然とするアテナの前で彼は受け止めている両腕に力を込めた。
研ぎ澄まされた刃のような氣が集約されていく。
メキメキッ…!ミシッ………。
敵の堅い外殻が破壊されていく音が辺りに響いた。
「こっから先は、……見ん方がええで。」
こちらに背を向けたままの彼が言った。息の上がっていない、穏やかな声。
「離れときや。」
いたわりさえ感じさせるその口調に、逆にえもいわれぬ不安を感じ、アテナは思わず一歩踏み出した。
ズババッ!! 
とたん響いた引き裂く音と、大量の体液の放出音。
激しく噴き上げる体液の間から、巨大な敵が真っ二つに引き裂かれ、左右に分かれて倒れていく光景が見えた。
その光景の中央からゆらりと人影が揺らめく。
敵の、紫の体液で全身を染めた彼だった。髪も、服も、額に巻いた鉢巻も、紫色に変えた彼は、空中に浮いていた。
「ッ…………!!」
その、芸術ともいえる域にまで高められた残虐な地獄絵図のあまりにもの美しさと、凄惨さに思わず息を呑む。




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